5-2:ハイウェイオアシス
高速を走る事しばらく。やがて遠くに巨大なハイウェイオアシスが顔をのぞかせた。
ふと窓に貼りついたエレナが思わず声を上げる。
「……えっなにここ、お祭りみたい!」
エレナは目を皿にした。
ハイウェイオアシスは体育館よりずっと大きいのに自販機まみれだし、フードコートもあればお土産屋さんまである。屋台っぽい出店は特産品やスイーツでにぎわっていて、エレナはたまらずロレンツォに振り返った。
「ねえねえ、待ち合わせまで少し時間はあるし、ちょっと見ていい?」
エレナの眩しい笑顔に、ロレンツォは思わずどきりとした。心臓が絞られたかのような感覚を悟られぬよう、軽く頷き返す。「ああ、好きに見てこいよ」と。
矢も盾もたまらぬ様子で、エレナはお土産コーナーに駆けて行った。
子どもたちに混ざってエレナが色々吟味している間、ロレンツォは自販機横の椅子で缶コーヒーをすする。
エレナの綺麗なポニーテールが柔らかく揺れた。どこにでも売っていそうな安っぽいキーホルダーやぬいぐるみに夢中になっているようだ。
そのいくつかをレジに持って行ったエレナは、ほくほく顔でロレンツォのもとに駆け寄り、遠慮なく隣に座った。
ちょっと驚いたロレンツォが、それとなく移動し距離をとる。
「皆にお土産買っちゃった、すごいねここ」
エレナがご機嫌に言いもって袋を開ける。ちらと見えた中は、いかにも子どもが喜びそうなティンクルなペンやハンカチが入っていた。
そのうちの1つを当然のようにロレンツォに手渡す。それは、ふわふわな犬のぬいぐるみのキーホルダーだった。いかにもどこにでも売ってそうな量産型のものだ。
「はいこれセンセーに。この犬、何だかセンセーに似てない?」
「俺ぇ? こんな可愛くないだろ」
エレナはご機嫌に袋を閉じる。ロレンツォは持っているのも恥ずかしいので、ふわふわな犬のぬいぐるみのキーホルダーをポケットに突っ込んだ。なぜだか妙に緊張して、変な気恥ずかしさでお礼を言いそびれたことに気付き、軽い咳払いひとつ。
「……ええと、じゃあお返しだ。なんか食いたいものとかないか?」
それにエレナがふと、レジで受け取った紙切れを見る。ロレンツォもそれとなく、紙切れこと福引チケットを見た。
「入口でやってた出店のチケットか。 木箱にハンドルがついてて、回して出た玉の色で景品が決まるやつだよ」
エレナはフゥンと福引チケットをひらつかせ、ロレンツォに突き出す。
「1等はリゾートご招待だって! センセーひいてみてよ、それがお礼ってことで」
「そんなのでいいのかよ、俺はくじ運ないぞ」
「いいから!」
やや引っ張られるかたちで福引コーナーに並んだロレンツォは、隣で期待に目を輝やかせるエレナを横目、木箱のハンドルを回した。
木箱の中で安っぽいプラスチックの玉が踊る音が響く。飛び出した玉はいかにもハズレの白だった。
「あ~残念!! 5等だ」と店員が差し出したのは、おもちゃの指輪が山盛りに入った篭だった。
原色のプラスチックが色とりどりの指輪は、いかにも量産型の陳腐なデザインだ。
ロレンツォは適当に1つ摘まみ上げ、エレナに見せる。「な、くじ運ないだろ?」と。
「え? 大当たりじゃん」とエレナは言って、そのままずいと小指をつっこんだ。「うん、小指ならぴったりよ。ありがと!」
はからずとも指輪をはめたかたちとなったロレンツォは、気まずい咳払い一つ。店員の視線が痛かった。
ご満悦のエレナがふと、ロレンツォの腕時計を覗く。
「あ、そろそろ時間だわ。この先の展望デッキのガゼボが、依頼人との待ち合わせ場所よ。行きましょ!」
エレナがスキップするように先を行って、ポニーテールを揺らし手招きする。
普段は黒づくめの戦闘服を着るエレナだが、普通の服を着ているとやはり年相応の女の子だ。
安っぽい指輪が太陽に光っている。
あと5年もしたら、ブランドの指輪を彼氏にねだるようになるんだろうな、とロレンツォはつぶさに思ったのだった。
展望デッキは潮風が抜ける大パノラマだった。視界いっぱいに広がる海が空色に輝く。
辺りを見渡して、ロレンツォはちょっとびっくりした。遠くのガゼボで、海水浴客のようにこちらに手を振るヤクザ……高橋がそこにいたからだ。
「今回の依頼者は高橋か」とロレンツォ。エレナは答えず、先を歩いた。
かつて次世代ゲーム夢幻でエレナに成敗された高橋の隣には、ややみすぼらしい風貌の若者が身を縮こまらせている。はたからみれば取り立てと債務者だろう。
ガゼボが眩しい太陽光を遮る。
まるで十年来の親しい友のように、高橋が握手まま快活に促した。
「やあやあ、ご足労おかけしました。お飲み物は何にします?」
差し出されたメニューを突っ返したエレナは、やり手のコンサルタントのように足を組んだ。
「いいえ結構。本題に入りましょ」と。その目はさっきまではしゃいでいた少女の目ではなく、エイリアン・バスターズのリーダーの眼光だ。
エレナはやおら鞄から計画書を抜き、隣のロレンツォに手渡した。
「今朝、私がボコッた時にこのバーディアンにレンズの光を当てたの。それで事態が発覚したわ」
言って、正面のみすぼらしい若者を顎でさす。みすぼらしい若者ことバーディアンを自称する彼は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「バーディアン? なんだそりゃ、学芸会で出し物でもするのか?」
ロレンツォは言いもって計画書に目を流した。1枚、また1枚とめくる。なんともしっかりした計画書だ。
「……この計画書をみるに、俺はハーデス製鉄所を根城とする【メルガー伯爵】って奴の気を引くそうだけど、こいつは何者なんだ?」
高橋がサポートするように言い添える。
「【メルガー伯爵】は事の黒幕です。バーディアンは洗脳されてたんですよ、メルガー伯爵の血を飲まされてね。
エレナさんのおかげで、マーフォークの卵を強奪していたバーディアンの裏がとれたんです。
エレナさんのレンズならバーディアン達を蝕む血を浄化し、不老不死のメルガーを地獄へ落とせます。よろしくお願いしますよ」
ロレンツォが半信半疑で若者ことバーディアンを見る。どう見てもそのへんにいる若者で、毎週末ミサで神に祈りを捧げてそうな印象だ。
よくよく見れば、バーディアンはボコられたというより一方的なリンチをうけたようななりだ。腫れた目元は痛々しいことこの上ないが、本人はエレナに感謝しきりな心情がみてとれる。そんなバーディアンはロレンツォの視線に気付き、萎れるように頭を深く下げた。
さてと場をまとめたのはエレナだった。
「ってなわけで、ざっくり言えばセンセーがメルガー伯爵の気をひいている間に、私達が人質たちを開放する作戦よ」
「気を引くっていってもなあ……」
腕を組み頭をひねるロレンツォに、高橋が待ってましたとばかりに口を挟む。
「それがですね、メルガー伯爵は大の男好きなんです。それも大金持ちじゃないと面会すらできない。そのラペリーノのスーツは金の印籠ですよ」
高級スーツに身を包むロレンツォがぎょっとエレナを見る。どうりでここまで随分とサービスがよかったわけだと。
「おいおい、気を引くって……そのメルガー伯爵って野郎にケツを振れってのか? 冗談だろ?」
エレナは咳払い一つ。塩気のある海風が静かにガゼボを抜ける。
「おい部長サン、なんとか言えよ」とロレンツォが苦虫を噛んだ顔でせっつく。
ロレンツォはこと現実主義だった。元研究職のため、公にできない存在というものはマジックストーン然り存在するものという頭はあった。
エイリアン・バスターズはそんな法の及ばぬヤバいとこまで平気で首をつっこんでいくのだ。
以前アウルエッグに切り込みを入れたように、今回もそのメルガー伯爵を討伐すると計画を練っている。それがそれだけ危険か、ロレンツォは測りかねていた。……もし危険なら、顧問として年長者として指をくわえているわけにはいかないのだ。
しかし自分のケツの危険までは想定してなかった。
「……おいコラ、黙ってないで何とか言えっての!」
「でもセンセ、辞退するならそのスーツが経費でおちなくなっちゃうわよ?」
その時、バーディアンが語るも恐ろしい声音で囁いた。
「……洗脳されたら最後、自分の意思で動けない。メルガー伯爵が死ねといえば死ぬ、それが当たり前。でもレンズの光で溶けるようにわかった。メルガー伯爵は悪魔のような男……。
マーフォークの卵を培養し育て、その肉を食って不老不死を維持してる。俺の洗脳が解けたのがバレるのも時間の問題。どうか皆を助けて……」
デスク大粒の涙が落ちる。ロレンツォはなんともいたたまれない気持ちでバーディアンを見た。涙を拭ってまた深く頭を下げる姿にはまだ、少年の面影がある。
面倒見のいいロレンツォは、断わるなんてとてもできなかった。