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MIB 2nd contact  作者: 光輝
■4話:カルト教団 アウルエッグ
14/37

4-4:愛の交感


計画は、明日の朝だ。

ひとまずロレンツォの無事は確認できたが、救出困難と判断したエレナは、明日にひと暴れして教団ごと壊滅する作戦Bを決行することにした。


エレナは〔入団のしおり〕を開いてみた。自分の部屋番を確認し、ドアを開ける。

そこは8畳ほどの空間だった。簡素なベッドとソファ、あとは細長い窓があるだけのシンプルな空間だ。

金持ちのエレナは、そこのあまりの狭さに驚いた。エレナからしたらバスルームよりうんと狭いのだ。ベッドはぺったんこで安っぽいし、ソファはまるで使いたおしたクッションのようだ。


とりあえずベッドに座ってみた。……まるで地面に段ボールを敷いているように固く、狭かった。

いわゆるシングルサイズなのだが、エレナからしたら紙粘度で作られたソファだ。紙のように薄っぺらいブランケットを摘まむ。紙やすりのようにごわついたブランケットは肌に悪そうだ。


ちょうどその時、ノックが響いた。特徴あるリズムの4回ノック……桜蘭だ。

ドアを開けた桜蘭が死にそうな顔でエレナを見た。

「……失礼しますわ、部屋がお隣のようで」

「そうなんだ。大丈夫?」


「……部屋が狭いですわね」と死にそうな顔で桜蘭。「それに桃色の壁紙だなんて、センスを疑います」

「ええ、びっくりしちゃった」とエレナ。


桜蘭は頷きもって、〔入団のしおり〕を広げた。

「あのですね、ここの……今週のスケジュールなのですが」

エレナはフムと桜蘭の指した項目をみる。


「朝に〔目覚めの儀式〕か。毎日あるみたいね」

エレナは目を細めた。調査書では〔目覚めの儀式〕で洗脳されている可能性が高いとあったからだ。寝起きの頭と疲労した脳は洗脳しやすいのだ。


「違いますわ、その下です」

なになにとエレナはその下を見る。

「……〔愛の交感〕? なにこれ」

最下部の注意書きには〔月に1度、信者同士の親交を深める日〕とあった。「親睦パーティーかな?」

だとしたら作戦にうってつけの、なかなかのチャンスだ。


ふと桜蘭を見ると、エレナと同じ考えのようだった。目は口ほどにものを言う。お互い静かに頷いたのだった。


……・……


ロレンツォのまどろみを断ったのは、女の子たちの声だった。


何事かと顔を起こしたロレンツォは、ふと音の主であるジャンを見て、大仰天に言葉をなくした。

なんと、ジャンが女性信者たちを王様のようにはべらせていたのだ。あほみたいな笑顔できゃあきゃあ脱がし合いっこしている。


ジャンはパンツ一丁でふと、呆然とするロレンツォににこやかに笑い返した。

「ごめん、起こしたな!」と。


「……な、何やってんだ? 女性信者に手を出すのはご法度じゃなかったか??」

愕然とするロレンツォに、ジャンは当然というか悪びれを1mmも感じていない笑みを向ける。


「今日は月1の〔愛の交感〕っていう神聖な日なんだ。生まれた子はアウルエッグの信徒になって、布教に世界へ羽ばたくんだぜ」

ジャンは言って、ホストのように別の女性信者の肩を抱き寄せる。

「この日だけはなんとイチャイチャし放題! 気になる女の部屋に行ってこいよ」


ロレンツォはその言葉に一気に血の気がひいた。心臓を雑巾絞りされているかのような痛みが走る。

真っ先に頭をよぎったのはエレナのことだった。目の前の女性信者とエレナがかぶって見え、レンガで殴られたほどの衝撃に眩暈をおぼえる。


「……冗談じゃない!」

ロレンツォは考えるより先に、転がるように部屋を飛び出していた。


飛び出してすぐ、女性信者数人とぶつかった。尻餅をついた女性信者たちはロレンツォに頬を染める。

「ロレンツォくん、ぜひ私とも愛の交歓を」

ロレンツォは手を貸すことなく、力任せでふり切り廊下を走った。


早朝だろう、窓からのぞく外は薄暗い。廊下には誰もいなかった。部屋のあちこちから漏れた声が反響する。それがあまりに異様で現実味がなかった。


(くそ! どこだ、あいつの部屋は!)

次々開けるドアの先の光景にどんどん焦りがせりあがる。頭の片隅で、こんがらがった糸のように思考がもつれる。



あいつをみつけたところでどうする? 愛の交感は信徒を産む神聖な儀式だろ、なのに俺は何がしたいんだ?

もしあいつが最中だったら? 相手の男をひっぺがして殴り飛ばすだけじゃ収まらないのだけはわかる、……でもなぜ!

あいつを独占したいのか? 自分の女にしたいのか? ……いや違う、そういうのではなくて!


鉛のように重いものが心臓を泳ぐ。


……あいつがもし泣いていたらと思うと、それだけで胸がつぶれそうだ!


……・……


エレナはふと、ふとももの違和感に弾けるように目を覚ました。


熱っぽい何かに、脊髄反射で思い切り蹴り飛ばす。重い感触がずしんと動き、ひとつ呻いた。

エレナは勢いまま、ベッドから降りてその正体を睨みつけた。


誰かがエレナのベッドに侵入したのだ。ベッドのブランケットが大きく膨らみ、はらりと落ちた。

その正体にエレナがドン引きに舌打つ。……ボブだ!


ボブは事あろうにパンツ1丁だった。蹴られた頬を大事に押さえ、鼻血を流しつつ獣のような目でエレナを見る。

「ぃ……痛いな……他の野郎どもを蹴散らして、この俺が〔愛の交感〕に来てやったのにっ」


エレナは自分の作務衣がはだけている事に気付き、一気に血の気が引いた。

「……ゲス野郎」

エレナの心の底からの悪態だった。

黒金の指導をこれほどありがたいと思ったことは初めてだ。怒りに比例し、頭はどんどん冷静になっていく。殺意だけが、どんどん湧き上がる。

エレナは身構えた。黒金が〔人間にはかけるなよ〕と釘を刺した技の構えを。


ボブが視線をエレナままにベッドから飛び降り、その目つきに鼻を鳴らした。

まるで子猫だ。生意気なのがまた可愛い。殴り飛ばして組み伏せて、力まかせにいたぶったらどんな声をあげるだろう? 想像しただけで疼くような笑みが漏れた。


「ロレンツォの目の前で、壊れるまでぶち込んでやる~」

下卑た笑みに呻き、ボブは舌なめずりにエレナを壁に追い詰めたのだった。


……・……


「モーガン! 無事か!?」


扉を蹴破ったロレンツォが見たのは、血反吐を噴くボブと、その背を踏みつけ太い腕を持ち上げるエレナだった。

「あらセンセー。ぶっ殺されに来たの?」

ボブの肩を外す鈍い音が響く。白目のボブに反応はない。おそろしいことに顎が縦半分に大きくずれていて、血反吐には白い歯がたくさん浮かび、小便が床に流れていた。


エレナはフンと手をはたき、腰に手をやった。

「危うくコイツに乱暴されるところだったのよ、飼い主のピンチにどこで油売ってるわけ? ……まさかセンセーも〔愛の交感〕に来たんじゃないでしょうね」


ロレンツォは安堵と仰天の狭間に、呼吸に肩を上下させ両膝に手をつく。

「……ぉま、無事か……よかった」


エレナはロレンツォを一瞥した。どうやらかなり急いで来たようだ。まさか駆けつけてくるとは思わなかった分、心根まで洗脳されていないことに安堵する。


ロレンツォがおもむろに、自分の作務衣をエレナにかけた。

「アウル様には俺から説明しておくよ。昨夜言われたんだ、ボブが粗相をしたら報告するようにって。今日は部屋に籠ってろ。誰かが入らないよう、ドアの外で見張っとくから」


前開きにはだけていた事を思い出したエレナが慌てて閉じた。ロレンツォの半裸にエレナは思わず背をむけ、かけてもらった作務衣を突っ返す。咳払いひとつ、ロレンツォに向き直った。


「結構よ。それよりセンセ、セリオンに帰るわよ」


その言葉にロレンツォが目を丸くする。何言ってんだこいつ? といった目だ。

エレナはそれにちょっとイラつきにため息をつく。「ここはおかしいのよ、ちょっとは変だと思わない?」


大きく息を吸ったエレナは、一息に続けた。

「ここは入団者にかけた多額の保険金と、俗世を切り捨てたお布施こと入団者の財産と労働で暴利を貪ってる団体よ。この村自体がカルト教団なの。

生殖できなくなった人間は酪農や畜産の肥料になったり、臓器を売られてるわ。年寄り達はゴミ処理場で生きたまま焼かれたり、家畜の餌になったりもしてるんだから」

ここで一呼吸。エレナは締めに言い切った。

「アウル達はね、人間を奴隷するのが目的なの。ここは人間養殖場なのよ」


ミシェルからの報告内容を告げたエレナは、王手にロレンツォを見た。

それにロレンツォが呆れた艇で両手を広げて見せる。

「ニュースのデマを信じるな。反アウルエッグの攻防なんだよ、毒電波は心が穢れるんだ、見るもんじゃない」


「デマじゃないわ。ちゃんと証拠だって揃ってるんだから。みんな騙されてるのよ。愛だの自然だの、アウルの目的はそんな気持ちのいい言葉で巧みに利用してるだけ。なぜかわかる? アウルエッグが社会的な弱者や馬鹿を食いものにするビジネスだから……」


ロレンツォはかまわずエレナの言葉をおさえ、畳み掛けるように続けた。

「俺だって最初はそう思ってた。お前は入団したてだからわからないだけだ。いいか、ここはアウル様が腐った社会を救済すべくお立ち上げなされた、人類のふるさとだ。皆家族で支えあってるだけだ」


エレナは奥歯をかんだ。

このバカ犬め、今しがた私がどんな目に遭いそうだったか見たばかりだろうに!

「へー、家族に乱暴するのがセンセーのいう家族ってわけ? 今の姿、ナディアやサンドラさんに見せれるかしら? ジュゼッペくん(甥)やハンナちゃん(姪)が見たら何て言うと思う?」


煽るようなエレナの台詞に、ロレンツォがやれやれとため息をつく。チョーカーの金の丸石が、いつしかいっそう強く光っていた。

「……あいつらはもう関係ないだろ。アウルエッグは自然体にまかせてるんだ。お前はまだ子どもだから世界が狭くて当然だけど、皆が皆ボブみたいな奴ばかりじゃない。気のいい奴らばっかだよ」

そしてロレンツォは一言一句迷いなく続けた。

「ここで生まれた子はアウルエッグの信徒になって、布教者として世界へ羽ばたく。愛の交感はいわばアウルエッグの繁栄儀式なんだ。

それが穢れてみえるのは、俗世の汚れが落ちきっていない証拠なんだよ。そりゃ最初は驚くだろうが、よくよく考えてみろ。

人間の本来の姿は、子を産み育て繁栄することだ。俺たち信者は、そうしてアウルエッグの平和の教えを世界に広めるのが使命なんだよ」


エレナは大きく深呼吸ひとつ。苛立ちに毛先まで逆立ちそうだった。

目の前のバカ犬が、飼い主や家族をないがしろにしてアウルに尻尾を振っている……それにめちゃくちゃ腹が立ったのだ。

「じゃあセンセーは、その〔愛の交感〕とやらを私ともできるっていうの?

これまで築き上げてきた信頼も実績も、そのご自慢の繁栄儀式とやらで全部めちゃくちゃにできるってわけ?」


エレナは言ってロレンツォを睨み上げた。これは最後のチャンスだった。センセーが〔バカな事いうな〕といつものようにデコピンするか……それとも。

それにロレンツォは大呆れに肩をすくめた。

「……バカな事いうなよ」


エレナの目に光が灯る。

(ざまあみろ、アウルめ! うちのわんわんをたった数日で手懐けようなんて、夢のまた夢なんだから!)


にんまり笑むエレナに、ロレンツォが1歩、歩み寄る。そして穏やかに笑み、当然のように言葉を紡いだ。

「俺はもう教師じゃないし、お前も生徒じゃない。神聖な〔愛の交感〕をするアウルエッグの信徒同士だ」


ふと、エレナの耳元にロレンツォの手がついた。

まさかの壁ドンに、エレナがびっくりした猫のようにロレンツォを見る。とたん息を呑んだ。

普段と違う男の顔に、心が鷲掴みにされた気持ちになる。

「……えっ……センセ、冗談でしょ?」


ロレンツォはエレナの頬に手をやった。真っ直ぐに、一縷の迷いもない瞳がエレナを射抜く。

「もちろんお前の信頼も思い出も、めちゃくちゃになんかしない。……ちゃんと大事にするから、もう怖がるな」


真剣な眼差しに一瞬言葉に詰まったものの、我に返ったエレナが手を払う。

洗脳なんてすぐ解けると思っていた。人がこんなにも簡単に変わってしまうだなんて、知りたくなかったことだった。

自分の無力さが歯がゆいと同時、アウルへの敗北感が胸をさす。ただ熱くなる眼下に声が潤んだ。

「っ……こんな時にそんな事言う? ほんとバカ! 大バカよ、それどころじゃないってのッ!」


ロレンツォは指先でエレナの頬に触れ、涙を指で拭った。いつかのように、水晶のような滴に指先が濡れる。

「……お前、やっぱすごく可愛い」

目を伏せたロレンツォはそう囁いて、エレナをそっと抱き包んだ。


掠れたようなその声にエレナは心臓が爆発したかと思った。熱いロレンツォの体はうんと大きくて、エレナは腕の中にすっぽりと収まる。虚を突かれタコのようにみるみる赤くなったエレナは、身動きを忘れた。


「せ、せんせ」エレナは自分のビビリきった声に自分で驚いた。答えるようにロレンツォの抱擁がきつくなり……ふと上着の裾に指先が入る。


その熱にエレナは一気に我に返った。……センセーは、〔愛の交感〕をやる気なのだ!

自分の無力さやアウルへの腹立ちが一気に吹き飛んだ。まったくもってそれどころではない。

「ま、待って違う、ちょっと! 冗談! し、しなくていい! 待て! シットよセンセ! 」

胸板を叩こうも、密着に力が殺される。


「ちょっと黙ってろ。……優しくするから」

耳元で響く低く甘い声音に、エレナはくらりとして心臓がぎゅうと痛くなった。優しく〔する〕ことを想像し一瞬思考が崩れるも、奥歯を噛んで気合を入れなおす。

(違う……センセーは絶対、私にこんなこと言わない!)


ふと、熱い頬に冷たいものが当たる。

ロレンツォのチョーカーだ。うなじ部分から、かすかな電子音が忙しなく聞こえる。

それにエレナは合点した。

(この妙なチョーカーで、信者達が洗脳されているんだわ!)


ロレンツォは、腕の中のエレナにふとした。

初めてエレナと会ったときと同じ、甘い花のようなかおりに急に眩暈がしたのだ。頭の芯が疼くような感覚に立ちくらむ。



……ああ、綺麗事だった。鉛のような感情が理解できた。

いつか信者の誰かにやられるくらいなら、いっそ自分の手でと思ったのだ。初めて会ったときから、ひとときも忘れたことがなかったこの乙女を。

でも、頭が芯が重く疼く。……これが最良なのだろうか、と。


その瞬間。

「もう!」

エレナが思い切りにロレンツォを突き飛ばす。大きくバランスを崩したロレンツォが尻もちをつき、エレナを見上げた。


エレナは大きく片手を上げていた。正しくは、レンズを高々とかざしていたのだ。顔をそらす間なく、蛍光灯の光を通した虹光がロレンツォをとらえる。


同時、チョーカーが少し震え、チョーカーの丸石がぱきんと割れた。

それはまるでゴム紐がばちんと切れたかのようだった。ロレンツォの頭の芯に一気に氷水のような感覚が流れ、体温に溶ける。

力なくロレンツォの首から落ちたチョーカーは床に落ち、砕けた丸石は砂となった。


ロレンツォは一瞬、呼吸を忘れた。

(……ッいま俺、こいつに何しようと……!)


感覚がすとんと戻ったというか、夢から覚めた感覚に鳥肌がたつ。

初めて会ったあの時、エイリアンバスターズの活動、その全部が走馬灯のように一気に湧き上がった。

なぜ忘れていたんだ、なぜ!


ロレンツォは思い切り顔を逸らし、駆け寄ろうとしたエレナにストップと手を突き出した。

「待て!!」と。

そして汗だくに立ち上がり、顔に手をやり続けた。「待て、おかしい、ダメだダメだ、ていうかお前どうしてこんな所に来てんだよ……! 馬鹿か!」


その言葉にエレナははたとして、赤い顔がさらに赤くなる。

「~っな、バカはそっちでしょっ!? ばか! 変態えっちマン!」

言って、はだけた作務衣をかき寄せる。


ロレンツォは払拭するように首をふった。どういうわけか、一気に目が覚めたのだ。ドッと脂汗が溢れるのがわかる。

警察につかまって、妙なチョーカーをつけられて……、そこからは判然としない。気付けば、頭がボーッとしていたのだ。

(俺はスタンガンで打たれたあと、ずっとここで生活していたのか……!?)


「俺、うそだろ……!? どうしてここにいて平気だったんだ……!? やばい、うそだろ……!?」


恐怖と困惑に焦るロレンツォを見て、エレナは逆に冷静になった。人間、自分よりテンパる人間を見れば冷静になるものだ。

チョーカーが洗脳の道具と推理したエレナの判断は正しかった。ロレンツォはレンズの光で、洗脳がとけたのだ!

しかし、どきどきした自分が恥ずかしくてツンと乙にすます。

「アウルはチョーカーで洗脳しているのね、レンズがきいてよかったわ」


それにロレンツォは弱々しく頷いて、気弱な声ままに困惑の瞳でエレナをみた。

「……その、さっきの忘れてくれ、悪かった、本当……どうかしてた。どうかしてたんだ。教師クビになるどころか犯罪者だ……」


その余計な一言にカチンときたエレナが、眉をよせ目を細める。抱きしめ口説いときながら、〔どうかしてた〕だなんて、なんて失礼な。

「……へぇ。洗脳されてたから、〔やりたくもない〕のにあんなことを〔してしまった〕と?」


ロレンツォが目覚めたかのように小刻みに頷き、大ビンゴにエレナを指差した。

「そう! そうだそれだ、だからノーカン! な?!」


ノーカン。そのあまりのデリカシーのなさにエレナは考えるより先に、ロレンツォの頭をブッ叩いた。

「ムッカつく! このくそバカ犬!」

殴って弾けたように気付く。「……しまった! 桜蘭!」


それにロレンツォが仰天に顔をあげた。

「なんだって!? 桜蘭も一緒なのか!?」


弾けるように振り返った2人は大きく踏みとどまった。

黒いライダースーツに身を包み、髪をひとつに束ねた桜蘭が、クロスボウを片手にベッドにあぐらをかいていたからだ。

桜蘭は「ヨッ」というように軽く手をあげた。ご機嫌なそれだが目が据わっている。珍しく、キレていた。


「……大丈夫だった、みたいね? よかったわ桜蘭」とエレナ。どうどうと言わんばかりに手を前にやりながら。


「16人」と桜蘭。

「16人?」とエレナ。

「16人絞め落としましたの」と桜蘭は言って、黙りこんだ。

エレナが何か言おうとした時、桜蘭がかぶせるように言った。

「いいんですのよ。大急ぎで駆けつけたら、ロレンツォさんとイチャイチャしてても全ッ然。ええ全然かまいませんとも」

言ってまた黙った。

「ごめんね桜蘭、でもイチャイチャだなんてそんなつもりじゃ……」

「いいんですのよ犬も食いませんもの。私だって結・構ですわ」


エレナは突き出された荷物を受け取った。駆けつけたのが桜蘭でよかった。

もしミシェルだったら、ボブは刺身になりロレンツォはチョーカーごと斬首されていただろう。


「悪かった、桜蘭。お前も無事でよかった」と間をもつようにロレンツォ。

「でもまさか、お前ら全員で来たのか……? こんな危険なところに!?」


「ロレンツォさん、あなたがもしエレナさんに無理矢理〔愛の交感〕をしようとしていたら……」

桜蘭が言って、車のスマートキーのようなものをこれ見よがしに、赤いボタンをポチと押す。


2秒遅れて、あちこちからとんでもない爆発音と大振動が響いた。部屋がきしみ、粉埃が落ちる。

「こうしてやるところでしたわ」

にっこり言ってボウガンを上げ、あんぐり見る2人を背に立ち上がった。まるで洋画のスーパーヒロインのいでたちだ。


桜蘭があちこちに撒いた小型爆弾の威力はとんでもないようだ。あちこちでパニックの悲鳴が響いている。

「さ、エレナさん。作戦B、開始ですわよ!」



エレナは作務衣を脱ぎ捨て、カバンに詰めていた戦闘着に袖を通した。

いい子でシット(お座り)しているロレンツォの背に言う。

「アウルは私たちが引き付けておくわ。電子ロックも全部解除されてるはずだから、センセーは正門でステイ(待て)ね」


それにロレンツォが驚きに振り返りそうになって、慌ててこらえた。エレナは着替え中なのだ。

「何言ってる、早く逃げないとヤバいだろ! 近辺の警察はダメだから、セリオン警察に通報した方がいい」


ふと目の前のドアが陰った。エレナの気配に振り返る。蛍光灯を背に、いつもの衣装に身を包んだエレナが、いかにもなドヤ顔でロレンツォを見下ろしていた。

その手にはいつもの三段警棒ではなく、殺戮する気満々のゴツいトンファーが光っている。

「フン。ばっかね~、勝算がなきゃここまで来ないわよ。いいから早く行って!」


部屋から押しだされたロレンツォが2、3歩よろめいて振り返る。エレナ達は軍人のように時計をかかげ時刻合わせをしていた。

「……3、2、1、GO!」

言って弾けるように駆けだす。


ゴツいトンファーが飛びかかる信者達を殴り飛ばし、その背の桜蘭が後方支援で駆けて行く。ロレンツォは2人の背をあんぐりに見送った。まるで無双の矢だ。

そして思わず振り返った。

……血みどろのボブは動かない。隣の桜蘭の部屋にいた男性信者たちも山積みに呻いている。いずれも脈はあれど虫の息だ。

(マジかよ……腕が立つとは知ってたが、17そこらの小娘の腕じゃない、まるで戦闘部隊だ)


桜蘭が仕掛けた爆弾がアウルエッグを揺らす。まるでテロのそれだった。1年前のテレマ研究施設も、似たような惨状だったことを思い出す。

「こりゃやばい……急いでジャンの無事を確保しないと!」



……・……


信者達をまた1人殴り飛ばしたエレナは、その先に桜蘭と目を合わた。


中庭へ続く扉の前には、信者たちが大勢待ち構えていたのだ。追いかけてきた信者や作業員たちはすっかりビビりきっていて、それを見た扉の信者達が何事かと身構える。エレナはそれにしめたと舌なめずりした。


扉を守る信者たちの1人が強気に前に出た。

「ど……どうやって逃げる気だ! もうじき仲間が駆けつけるぞ、多勢に無勢だッ!」


それにエレナが舌を出し、狂気の笑みを返す。

「アウルはどこだぁ~?! タタキにして喰ってやる! ぐけけけけ!!」

桜蘭は突然のエレナの演技に笑わぬよう内頬を噛んでいたが、あたりの信者の様子のせいで脅しはおおいに効いた。


「貴様……!」「なっなんて野蛮なニンゲンなんだ!」

ざわつくそれを断つように、エレナは奇声をあげた。「お前から食ってやる~! ぐげげげげげ!!」

扉を守っていた信者たちは悲鳴をあげ互い違いにもつれ合い、同時にエレナのトンファーを食らって夢の世界へ旅立った。



勢いまま中庭の扉を蹴破ったエレナ達は、中庭に鎮座するアウルの超巨大銅像を見上げる。両手を広げたいかにもなポーズだ。

「う~わ、悪趣味! どれだけ自分大好きなのよ」とエレナ。

桜蘭は扉に集まる信者にボウガンを向けつつ言った。

「アウルの隠れ家は、その像の裏手ですわ。黒金くんの見取り図に間違いはありませんもの」


裏手に回ると、超巨大銅像の影に隠れ、建物にぽっかりとトンネルのような穴が開いていた。

青銅色のタイル壁が奥まで続いている。アウルはこの先にいるのだ。

「エレナさん、お先へどうぞ。足止めはお任せくださいな」


桜蘭にエレナは頷き、その場をまかせ迷わず奥へと突き進む。


桜蘭が追手にさてとボウガンの先を向けた。ここまで無殺生できた桜蘭だが、エレナの目が離れるや否や、ボウガンを信者たちの脳天に次々と矢をお見舞いする。

「エレナさんの目がないと遠慮なく殺処分できますわ、生かすのって面倒ですもの」


その声は、地獄の女神のように冷たかった。


……・……


慌てふためく信者たちを潜り抜け、ロレンツォはひたすらに走った。

角を曲がり、転がるようにジャンの部屋へと飛び込む。


「ジャン! 無事か!?」


狭い部屋にはジャンと、教団内でいつもツルんでいた仲間たちもいた。奥のジャンと目が合ったが、手前にいた仲間がロレンツォの前に出る。

「おいエンツォ、これはどういう事だ……? お前、俺たちを騙してたってのか……?!」


ロレンツォが一歩下がるも、もう1人の仲間がすがるように服を掴んだ。

「お前ー! ロレンツォ、どうしてこんなことをしやがったんや!」そいつは問い詰めるように続けた。

「聞けばこの爆発の原因は、昨日のあの女の子なんやて!? 冗談じゃないで!」


同時に大きく突き飛ばされ、ロレンツォが尻もちをつく。手の花瓶が落ちて大きく割れた。

手をかかげ間を割って入ったのはジャンだった。

「みんな、待ってくれよ……! エンツォにも事情があるはずだ!」


ロレンツォは皆を見上げた。今にもロレンツォをタコ殴りにしそうな勢いだ。チョーカーの丸い石が豆電球のように光っている。


(……ダメだ、今のこいつらには、何を言っても通じない!)

自分が洗脳されていた時、アウルをまるで母親のように感じていたのだ。説得するエレナが人でなしに見えて仕方なかった。

こいつらからしたら、俺は裏切者の人でなしなのだ。


ジャンは庇いつつ、背のロレンツォにふった。

「エンツォ……! 一体全体どうなってるんだよ!」


ロレンツォの頭はそれどころではなかった。

爆発音は遠くでも断続的に続いていて、壁には大きな亀裂が入っていた。このままでは皆、生き埋めになってしまう!

迷った指先が、意を決したように手元のガラスの欠片を取る。

「……悪い、ジャン」


そのロレンツォの呟きにジャンが振り返ろうとした瞬間。

ロレンツォは素早くジャンの首に腕をまわし、頬にガラスの破片をナイフのように突きつけた。

「お前ら動くな! ちょっとでも動くと、ジャンの目玉にブッ刺すぞ!」


その脅しに仲間たちが驚愕に1歩下がる。ロレンツォは目で威嚇しつつ、そのままゆっくりと部屋の外に出た。仲間たちはロレンツォを刺激しないよう、そっと続く。

「エンツォ、その手を放すんだ……!」「ロレンツォ、なんてひどいことをするんや! このド外道!」


胸が痛かった。確かに出会いはアウルエッグだが、こいつらは気のいい奴らなのだ。このまま外まで連れ出せたらいいが、逃げ惑っていた信者たちも何事かと加勢していく。

建物はきしみ、粉埃が落ちる。それに加速するようにロレンツォは焦っていた。


「え……エンツォ……」

ジャンが苦し気に首元の腕に両手をやる。その声にロレンツォが思わず力を緩めた瞬間だった。

屈んだジャンがそのまま大きくロレンツォを背負い投げる。


(しまった! ジャンは護身術もやってたんだ!)

とっさに受け身を取るも、悪態をつく間もなく仲間や信者たちが飛び掛かり、ロレンツォはあっけなく地面に伏せられてしまった。


ぐるりと取り囲む信者達が、ロレンツォを見下ろす。そのうちの1人、ジャンはとても悲しそうな顔でロレンツォを見ていた。ロレンツォと目が合うなり、ジャンが声を上げる。

「エンツォ! 大丈夫、すぐにアウル様に目を覚ましていただけるからな!」


それにロレンツォが静かに吼え返す。

「ジャン……! 騙されてるのはお前らの方なんだよ! アウルの目的は……」

言い終える前に、信者に蹴りを入れられ言葉を断たれる。万策尽き、万事休すかと思ったその時だった。


きん、と高い音がして、一瞬遅れて風がふく。

取り囲んでいた信者たちがふらつきに膝をつき、次々と倒れ込んだ。


ロレンツォはその先の人物の名を呼んだ。

「ミシェル!」


「何お昼寝してるの、顧問」

ミシェルは呆れかえったように言って、腰元の日本刀〔阿修羅〕を鞘に納めた。

示し合わせたかのごとく、信者たちのチョーカーが次々と切れていく。チョーカーの丸石は真っ二つとなり、砂のように散っていった。


ミシェルはチョーカーを居合切りしたのだ。相変わらずのスピードにロレンツォが内心ガッツポーズする。


我にかえった信者達のうめき声の中、最初に飛び上がったのはジャンだった。がばと顔をあげ、ジャンは愕然とロレンツォとあたりをみる。

「……俺、どうしてこんな……?!」

その次に仲間たち。同じくがばと顔を上げ、あんぐりとジャンに同じ。他の信者たちも同じく見合った。


ロレンツォは制するように手をあげた。

「わかってる。みなまで言うな、俺もそうだった。早くここから脱出するぞ」

言いもって立ち上がろうとした瞬間、ジャンに犬のように飛びつかれてまた尻もちをついた。仲間たちも愕然にロレンツォに屈み、肩に手をやる。


「ごッごめんエンツォ! 俺、俺……お前になんてひどいことを!」

水鉄砲かと思うほど涙を流すジャンに、ロレンツォが飛んでくる涙かまわず頷いた。


「ジャン……俺、お前を傷つけてばかりだった。お前に言われるまでわからなかったクソ野郎だ。お前がどれほど大切か、知ったふりしてわかっていなかったよ」

その言葉にジャンが大きく鼻をすする。ロレンツォは続けた。

「ジャンは友達が多くて、そんなジャンが好きなのに悔しくて、みじめな自分が嫌だった。ジャンにひどい事をした。俺こそ、本当ごめん」


ジャンの涙がさらに溢れ、懺悔のように首を横に振った。

「……エンツォは、クソ野郎なんかじゃない! エンツォのそういう弱いところわかってた……でも、俺だけにそうしてたのも知ってた。俺だけがお前の一番近くにいたんだ、だから、いいんだ……っ」

大粒の涙が落ちる。「ごめん、エンツォ。ありがとう……お前は俺の大親友だよ……ッ!」


おいおい抱き合う野郎2人にもらい泣きする仲間たちや信者たちを、ミシェルは小指で耳をほじりながらうんざりにみていた。

小指の先に息を吹き、さてと刀に手をやる。

「あのさ、時間がないからもういいかな」


はたとミシェルに視線が集まる。ミシェルは1歩前に出て声を通した。

「裏方の被害者たちを解放してきた。顧問たちは被害者たちを外へ誘導して。私はエレナの加勢に行く」


それにロレンツォ達が見合い、しっかりと頷いたのだった。


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