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MIB 2nd contact  作者: 光輝
■4話:カルト教団 アウルエッグ
13/37

4-3:センセー救出大作戦

「センセー、今日も休みだって」

職員室から出たエレナは腕を組み、廊下の壁に背をまかせた。


「最後に写真部を出てから、今日で3日目ですわね。お辞めになったのでは?」と桜蘭。


ミシェルがふむと腕を組む。

「学園長いわく、一応電話は通じるんでしょ? 自称、顧問の彼女さんとやらに。そのうち出勤するんじゃないの?」

軽く言ってふとして、ちょっと言い潜めた。

「……もしかしたら、その彼女さんができちゃったとかで修羅場だったりしてね」


それにエレナはつまらなげに、スマホを開いた。

「ナディアも知らないって。絶対に元カノさんのとこじゃないって言ってたけど……。とにかく電話に一切出ないのが気になるわ。LIMEの既読無視だって、これまで一度もなかったもの」

言って、〔わんわん〕の表示に耳を当てる。コール音は長々しく響いた。


もう切ろうかと思った瞬間だった。音信不通後、たいてい切られていた電話が繋がる。

〔……はぃ〕

今にも消え入りそうな、綺麗な女性の声が返った。……自称、センセーの彼女だ!

エレナが食い入るようにスマホに手を当てる。

「ロレンツォを出して」


開口一番のエレナのきっぱりとした声に、綺麗な声は乙にすまして応えた。

〔ロレンツォはもう帰らない。退職届も郵送させていただきました。耳障りだから二度とかけてくるな〕

それだけ言って、ぶつりと切れた。


「……はぁあ~~??!」

エレナの珍しいブチ切れに、ミシェル達が驚きに固まる。エレナは大きな舌打ちひとつ、やけっぱちのように鞄にスマホを突っ込んだ。

「今からセンセーの家に行くわよ。ミシェル、タクシーを手配して。桜蘭、担任に早退を伝えて」


きびきびとした指示にメンバー達が一つ頷き、一斉に散る。

その様子を見ていた学園長が、おずおずとエレナにかけよった。

「あの、早退ですか……? モーガンさん。授業の方はその、できれば出ていただけたらと……」


エレナはフンと鼻をならし、腰に手をやって学園長を見た。

「聞いての通りです。パッツィーニの退職手続きを受理なんかしたら、あなたの首を飛ばすわよ」


学園長が震え上がって小刻みに頷く。口脅しではなく、エレナは無慈悲な有限実行派なのだ。

無意識だろうが、エレナはこの1年でとてもマリア嬢に似てきていた。まるで爬虫類のように情のない冷たい瞳、内から溢れるオーラや立ち振る舞いもマリア嬢のそれだ。


「もしこの件の関係者が来たら、問答無用で縛り上げなさい。すぐに私に連絡するように」

エレナは学園長に刺すように言って、苛立ちMAXで正面玄関を出たのだった。


こっそり様子を伺っていた教師達はなんともいえないため息をついた。

やっぱりパッツィーニ先生も副担任を辞めたか……と、小さな声がどこともなく漏れる。

だが、エレナ・モーガンが副担任に執着するのは初めてのことだった。


……・……


爽やかな夏の風に髪がそよぐ。


セリオン学園の教員住宅は、南欧スタイルを意識した中規模マンションだ。緑も多く公園も充実しスーパーもコンビニも近いので、一般分譲も大好評。さすがイルミナ生命工学研究所は経営先の社宅まで素敵なのね、と話題にあがるナイスなマンションだ。それはさておき。

ここの3階、ロレンツォの自宅前でエレナ達はため息をついていた。


チャイムを押すものの反応はなし。ドアに耳を当ててみても全くの無音だ。

「メーターも動いてませんわね。やはり不在かと。歴代顧問のように、バックレからの自主退職でしょうね」と、桜蘭。


「他の入居者も、ここ最近は顧問を見ていないって」と、あたりを確認していたミシェルがふる。やおら腕を組み、半ば確信的にエレナを見た。「もしかしてだけどさ、こないだの電話に関係があるんじゃないのかな」


その言葉に桜蘭はエレナを見た。エレナは思案に腕を組み、爪を噛んでいる。そしてふと目覚めたように顔を上げた。

「一度、学園に戻るわ。強力な助っ人がいるじゃないの」


……


学園に戻ったエレナ達は、勢いままに研修室の扉を開けた。


自称、前世はトッテモ素敵な預言者。チャネリング能力、サイコキネシス、的中率100%のタロットカード占いを繰りだす強力な助っ人……

「イーシャ・アルデバラン!」


研修室に飛び込んだエレナは、つんのめりに立ち止まった。桜蘭がエレナの背にぶつかり、桜蘭にぶつかりそうになったミシェルがドアのサンに手でブレーキをかける。一同、目を点にした。


ナイルの輝きのように流れる美しい髪と、神々の光をうけた神秘的な褐色美人、イーシャはそこにいた。真っ赤なジャージ姿でピコピコハンマーを手に、妙なBGMに揺れ動いている。

「サァ! 今日もヤッテまいりマしタ! セリオンダーツの旅~!!」


部屋の真ん中にはそこそこ巨大な地図が下げられてあった。セリオンの地図だ。

イーシャがダーツを取り出した瞬間、どこからともなくドラムロールが流れ始める。ふと見ると、隅で吹奏楽部がドラムを叩いていた。


「……ッハイぃーッ!!」

声の割にショボく飛んだダーツが、軽い音をたて地図に当たって落ちる。完全にスカだ。

だけどイーシャはめげなかった。奇声をあげて気合をいれるも、何度挑戦しようが刺さらず落ちてしまう。

最後の1本がようやくぶっ刺さり、ダーツはなくなった。ドラムロールはタイミングを逃がしたのか、尻切れに小さくなっていく。なんだかちょっと気まずい空気が流れた。


イーシャは珍しく、ちょっと眉をひそめている。やってる事は怪奇だが、その表情は真剣そのものだ。大きく肩を上下させ、息切れにちょっと唸って、ダーツを拾いあげダーツ立てに戻す。

吹奏楽部に無理矢理キャンディーを手渡し、「ご苦労サァン!」と見送って、エレナ達に振り返った。

何か言うかと思ったら、イーシャはおもむろにタロットカードをくりだし始める。


「あの、イーシャ。忙しいところ悪いんだけど、ちょっと占って欲しくて……」

エレナの言葉を断つように、イーシャは息切れに大きく咳き込んだ。ハゲ散らかした中年のオッサンみたいな咳をして、スンと可愛く鼻をすする。そして、机にカードを並べた。何とも不思議な並べ方だ。そして真ん中の1枚をめくる。


めくられたカードはなんともいえない妙な柄だったが、イーシャは細く溜息をつき、先ほどの地図に指をさした。

指の先は、唯一ぶっ刺さったダーツの最後の1本だった。

「犬はココにイまス。一刻も、すぐ行かナイとデンジャラ~ス。BUT! イケイケどんどん」


ミシェルが驚きにエレナを見る。犬……おそらくロレンツォのことだろうと。

イーシャの占い的中率が100%なのは有名な話だ。滅多に占ってはくれないが、どういうわけかイーシャはことエレナにだけは甘い。


エレナ達が駆けつけるより先に占っていたイーシャに驚きつつも、エレナはふと桜蘭と見合う。散々な的中率のダーツだったが、イーシャが占い関連で手こずるのは初めての事だった。

「今回の占い、苦戦されてましたが大丈夫ですか?」

窺うように訊ねる桜蘭に、イーシャはちょっと言葉に詰まった。詰まって、皆の目に観念したかのように大きく息を吐く。


「……占いは、ジブンの事は占えマセン。占いが手コズったのは、この件が遠からずワタシに縁があるデス。これ以上は関われマセン、視えない」


それにエレナが大きく頷いた。

「ありがとう、イーシャ! 占いの結果は〔センセーは危険な状態だけどガンガン行け〕って事ね!」

エレナは言って、地図を下ろす。そして指でなぞった。

「それにしても……かなり遠いし、おどろくほど周囲に何もないわね。どうしてこんな所に……?」


……・……


すっかり日が落ちた暗闇の中、セリオン学園に星のように光る部屋が1つ。


エレナ率いる写真部兼オカルト研究部こと、エイリアンバスターズは着々と計画を練っていた。


「イーシャが示した場所には、小さな村があったわ。黒金くんの調査情報によれば、ここは村ぐるみのカルト教団【アウルエッグ】本部。こないだニュースでやってた、うっさんくさいカルト宗教団体よ。

これまでの経験から推測するに、教祖や信者はエイリアン……ドラコニアンかレプトイドか、とにかく爬虫類人の可能性が高いわね。ここはレンズを使える私の出番よ」


黒塗りのデスクには、昼間の地図と調査書が広げられてある。エレナ達は調査書を手に真剣に打ち合わせた。

話がまとまったのか、やがて3人は顔をあげ、しっかりと頷く。武器一式を確認する桜蘭の横で、ミシェルが日本刀を磨いた。


〔で、どうする気だ〕と、電話口のむこうで黒金が先を待つ。

ここ1年で、エレナの幼さは消え、しっかりした風格に様変わりしていた。

エイリアンバスターズ設立したての頃は、事があればすぐ黒金黒金とピヨピヨうるさかったものだが、今やいっぱしのリーダーだ。


エレナは大きなポニーテールを揺らし、受話器をかたく握りしめた。

「もちろん潜入捜査。うちのわんわんに手を出したこと、たっぷり後悔させてやるわ」


……・……


エレナ達は明け方に出発したものの、到着する頃はすっかり明るくなっていた。


山々をぬい、いくつもトンネルを抜け……緑の世界が広がるに比例するように家数はどんどん減り、田畑ばかりの山間部が広がる。


桜蘭の世話役の明杰(ミンジェ)が、伺うように呟いた。

「蘭小姐……」

それに桜蘭が射抜くように中国語で諫める。明杰は露骨に嫌そうに、溜息と共に首を横に振った。

「明杰はあまりノリ気じゃないわね」とエレナ。桜蘭は淑女の笑みで、肩を軽くすくませるだけだった。


もの寂しく割れたアスファルトに車体が揺れる、うっそうとした森と道の先ようやく民家がちらほら見え始めた頃。

「……ねえちょっと、あれ」

目のいいミシェルが目を細めた。小さなオンボロ車にビンゴに声をあげる。


「あれ、顧問の車だ!」


それにエレナが後部座席から大きく身を乗り出した。

「やっぱり! センセーはアウルエッグにいるのね!」


アウルエッグ、その言葉に明杰がゲェと声をあげて桜蘭を見る。桜蘭は〔かまわん、行け〕と言わんばかりに顎で物を言う。

エレナ達を降ろすやいなや、明杰はさっさと退散していった。


走り去る明杰の車を見送ることなく、エレナはロレンツォの車の窓にかじりつく。キーは刺さったままだ。

「……1人でこんなところまで来たのね。バカはどっちよ」

そう小さく呟いた。エレナ達がジムで汗を流している間、友達とやらのために必至こいて車を走らせたのだろう。

「どうして相談しないのよ、皆に迷惑かけて……あのバカ犬」

憤りは自分の不甲斐なさからだった。あの時、既読無視になったあの時にどうして電話しなかったのかと。


「まぁ、プライベートですしね」と、頬に手を当て、おっとりと桜蘭が続けた。

「ともかく、アウルエッグを目指しましょう。私がここにいる事をお兄様が知るのは、時間の問題ですから」


「見て、あそこ」

林道の大きなカーブの先を見ていたミシェルの声に、エレナ達が駆け寄る。

ミシェルの指す先に、巨大な施設があった。


村の規模にはかなり不釣合いのそれは、巨大すぎるという点以外は一見いかにもな公共施設だ。

ミシェルが地図を広げ、ナビを開いた桜蘭と見合う。

「ナビではここ一帯、ただの畑ですわね」と桜蘭。

「でも、黒金の地図ではドンピシャだ」

行って、全員そろって先を見る。

「じゃあ、あそこが……アウルエッグ教団なのね」


エレナは気合の入った深呼吸ひとつ、軍人のように振り返った。

「私と桜蘭とは表から、ミシェルは裏から潜入。気合入れてくわよ」

言って、3人揃って手を重ねる。


「よぉし、センセー救出作戦開始!」


……・……


意気込んだものの、まったくの拍子抜けだった。


というのも、アウルエッグ教団はアングラなイメージとは裏腹に、とても簡単に入団できたのだ。

受付はどこか銀行の窓口に似ていて、あんなニュースが流れたにも関わらず、順番待ちをしている人たちがいる。


「夫と子どもがいるはずです、2人を返してください!」

そう涙声で受付に訴える女性もいた。綺麗なサリーの裾が土で汚れている。


女性が奥の部屋へと案内されていくのを横目、薄いピンクの〔作務衣さむえ〕を受け取ったエレナと桜蘭は、さっさと更衣室で着替えることになった。

黒金が用意した偽装の戸籍や住民票のおかげで、あっというまにアウルエッグの信者となったのだった。

「なんだか想像以上にスムーズね」とエレナ。

桜蘭はおっとりとした笑顔のまま、エレナにそっと耳打ちした。

「罠は入り易く、一度入れば出難いものですわ」



「君たちが新しい家族たちね」

待合室の声に、エレナがふと振り返った。

その女性は20代半ばだろうか、黒のショートボブが似合う琥珀色の瞳の女性だ。だが、妙な違和感があった。

まるでマネキンをみているような……精巧すぎるCGのような、言葉にできない違和感だ。エレナはあえてレンズを出さなかった。


女性はにこやかに、皆に声をかけていく。

「ようこそアウルエッグへ。私はアウルです。ここの教祖だ。皆は救われるぞ」


その声音に、エレナが思わず拳を作る。

(この声、この口調……センセーの電話に出た自称彼女だ!)


アウルはふと、エレナに目をみはった。射抜くような視線にエレナは居心地の悪さを感じる。まるで値踏みのそれだ。

アウルは目を細め、口角を引き上げてみせた。笑っているつもりだろうが、おそろしく冷たい瞳だ。

「……みんな、初日は慣れるためゆっくり見学をしてね。ここはとても良いところです。お前たちの新たな故郷となるだろう。

明日に目覚めの儀式を行うの。手元のしおりをよく確認して行動してください。じゃあまた、明日にな」


アウルはそう言って、滑らかな足取りで引き返していった。

エレナ達と同じタイミングで入団した人たちは、妙ちきりんなポーズでその背を拝んでいる。まったく何がありがたいのやら、とエレナは内心おおいに呆れた。



アウルエッグ教団は一見は巨大公共施設のようだが、中身は不釣り合いなほど最新セキュリティだった。

熱くも寒くもない密室感に、ちょっと気持ち悪さを感じる。どこか異質な雰囲気だ。

エレナと桜蘭は上京した田舎者のように、あちこち見渡した。入口ドアや窓も最新の電子ロックで、まるで刑務所のようだ。

(こりゃ入ったら終わりね、センセーはきっと逃げれなかったんだわ)


賑やかに散策を始める新入団者たちからそれとなく離れた2人は、静かに目くばせ合う。

「……小型とはいえ爆破力はピカいちですから、設置していくのが楽しみですわ」

桜蘭は笑いをこらえるように囁いて、そそと群れに戻っていった。


桜蘭の手首には白数珠の腕輪があった。一見はパワーストーンにしか見えないが、桜蘭いわく1粒1粒がえげつない爆弾だそうだ。よくもまぁそんな恐ろしいものを腕輪にしたものだ、とエレナは感心したのだった。


さてとエレナは隙を見て、それとなく群れから離れトイレへと入っていく。

無論これも計画の内である。個室に入ったエレナは、イヤリング型の通信機をオンにした。

腕時計を開き、ガラスの画面にミシェル達の位置が赤い点となって表示される。万一トラブルがあれば即時判断を下さねばならない。


(ミシェル、無理をしないでね……)


エレナは祈るように、ミシェルを示す赤い点を見つめた。


……・……


ミシェルはアウルエッグの裏山へ回り、監視カメラに映らぬよう中の様子を伺っていた。


黒金から手渡された見取り図に再度目を通す。

(さすが、黒金の調査力はさすがだね……)そう口の中でつぶやき、顔をあげた。


隙をみて、大きな銀の大腸のようなボイラーを見る。その付近の屋根に飛び降りたミシェルは、小さな窓に手をやった。

見取り図の通り、手入れされてない古い羽目窓だ。窓を割ってもボイラー音でかき消され、やすやすと潜入できたのだった。


ひたりと降りたミシェルは目の前の大きな銀の箱に隠れ、耳をすませた。……物音はないようだ。

改めてあたりを見渡してみる。


そこは一面、灰色の裏方だった。エアダクトがうんうん唸り、壁は蛇の行進のようなパイプが続いている。

そして、うっすらと血の匂いがした。

(床石が湿ってる……血を流したあとか? まるで屠畜工場だ)

静かに刀を抜いたミシェルは、頭に叩き込んだ見取り図を頼りに奥へと進んだ。

天井の排気ダクトへ経路を変更し、さらに先へと突き進む。天井の排気ダクトに入った時ちょうど、信者が通り過ぎてやや肝を冷やした。


ボイラーの音が遠くなり、やがてしんと静まり返った頃。

ミシェルは様々な部屋を見た。冷凍漬けになった老人たちを粉砕機で粉々にする部屋は、工場のようだった。その粉は乾燥機にかけられ、肥料や畜餌となっているようだ。


種馬であろう男たちがただただ女たちと繋がっている部屋は、厩舎きゅうしゃに似ていた。

糞尿まみれの不衛生な床で、男達が数人ぶっ倒れている。同じく、股から異常なほどの血を流して泣きすする女達もいた。


腹が膨らんだ女たちが詰め込まれた部屋では、作業員が赤ん坊を取り上げていた。女は死んでいるのかピクリとも動かない。

幼稚園児ほどの子どもがハイハイしているだけの部屋もあったし、歯や髪、皮などが集められている倉庫もあった。


そして、キッチンでは作業員がまるで機械のように人間を解体していた。

ふと薬品棚の瓶に目が行く。薬品棚にはホルモン剤がずらりと並べられてあった。排卵誘発剤やダウン系合成麻薬まである。

パックされた臓器がコンベアを流れていく……


全体的に生臭く、獣のような臭いがした。鼻につくような甘ったるい臭いが充満している。ミシェルはぞっとした。これは人間が死んで、やや時間がたった時の臭いだ。

(……アウルエッグは、秘密裏に人間を畜産しているのか)


なぜ自分が裏方潜入なのか? 納得の腹落ちだった。エレナは単独では脆い部分があるし、桜蘭では天井ダクトに昇るほどのスタミナはないだろう。それにいざ作業員や信者に鉢合わせた時、なんだかんだで一番強いのはフェザーチャイルドであるミシェルなのだ。

人員配置まで提案だてた黒金はよくわかっている。ミシェルは改めて師匠黒金の偉大さに感心したのだった。



その時、まるでお祭り帰りのような陽気な談笑が響いた。そそと耳を澄ます。

陽気な声は声高に言った。

「アウル様が【人間を洗脳する機械】を発明してくれたおかげで、奴隷にし放題だなッ! 早くメスガキをいたぶりながら食ってみたいよッ」

それに同意の笑いが返る。

「メスといやぁ~、さっき男とガキを探しに来た女みたか~? 明日の目覚めの儀式で信者にするらしいぜ。男は年くってたし、ガキも弱ってたからとっく捌いて売ったって~のに、ご苦労なこった」

「じゃあ俺が明日、新しいガキをこさえてやろうかねえッ? まったく、毎朝の目覚めの儀式だけは面倒だな。チョーカーも量産できないし、儀式で充電しないとすぐに動力が枯渇するし……」


遠ざかる声に柄から手を離したミシェルは、軽く周囲を見た。

(……エレナの見解どおり、ヒトを食いものにする爬虫類人か。長居は無用だ、とっとと顧問を救出しないと)


ミシェルは忍者のように身を潜ませ、静かに奥へと進んでいったのだった。


……・……


一方、エレナ。

エレナはトイレで、イヤリング型の通信機をひねっていた。

ミシェルから裏方の状況報告では、ひどい裏方にロレンツォはいなかったという。それにひとまず胸をなでおろした。


(ということは、センセーは表にいる可能性が高いわけね。表は私がまわるわ)


トイレから出たエレナは、匂いに誘われるふりをしてそれとなく食堂前へとたどり着いた。

ちょうど昼食が終わるタイミングだ。調査書によれば、食事後は各自解散のち、就寝まで自由時間らしい。

食堂の出入り口は1つ……すなわち、ここで待ち伏せたらロレンツォは見つかるはずだ。


ぞろぞろ出る信者達をそれとなくチェックしつつ、エレナはロビーの椅子に座った。

今朝一緒だった新信者たちがにこやかに出ていくのを横目、エレナは足を遊ばせる。


(ここは妙な気分になるわ。ふわふわするというか、変な時間に昼寝しすぎたかんじ……。密室に閉じ込めるのは洗脳の一種ともいうし、気をつけないと)


ロビーではアニメが放送されていて、食事を終えた子ども達が食い入るように熱中している。

アニメといっても教団関連の放送なのはひと目でわかった。教祖アウルが愛と正義の心で悪を改心させるというありがちな洗脳教育だ。独特なテーマソングが耳につく。


テーマソングにちょっとイラついた矢先だった。

数人の男性信者達と談笑しながら、ロレンツォが姿を現す。

「……センセ!」

エレナは言って、ロレンツォに手を振った。


はたと立ち止まった一行の中、あんぐりに驚いたロレンツォが呆然に声をあげる。

「お前! どうしてここに?」と。


エレナは涼しげな笑顔で、乙に澄まして言った。

「アウルエッグが素晴らしいときいて入団したの」


その言葉に数人の男性信者達が湧くように笑顔になり、ロレンツォの肩を軽く叩いた。

ロレンツォがアホみたいにうんうん頷き、ありのままを紹介するようにエレナに両手を開いてみせる。

「そりゃいい! ここアウルエッグは人類の楽園だ。お前もわかってるな」


エレナもアホみたいにうんうん頷き返した。漫画ならエレナのこめかみにドでかい怒りマークが出ただろう。

ホイホイ懐柔されやがって、このバカ犬! の言葉をうんと飲み込んだエレナは、そらすように話をふった。

「食後は自由時間なんですってね。久しぶりにちょっとお話したいし、案内がてらいいかしら?」


それにロレンツォは爽やかな笑顔で「ああ、いいぞ」と快諾した。茶化すようにはやしたてる男性信者達に別れを告げ、向き直る。

「案内してやるよ。といっても、俺もまだ全然知らないけどな」


エレナはそれにまばたきひとつ。ロレンツォはいきいきしているというか、伸び伸びとしたロレンツォを初めて見たのだ。

髪もちゃんと整えられて、無精ひげではなくなっていた。いつもどこかくたびれていて、覇気もやる気もなくて、クセッ毛に無精ひげのロレンツォとは大違いだ。


信者たちもロレンツォも例にもれず、首につけた金色の丸い石が輝く白いチョーカーが光る。

エレナ達が明日の〔目覚めの儀式〕でつけることになっている、信者の証だ。

(妙な石ね……豆電球みたいに光ってる)


一方、ロレンツォは久々に見たエレナに内心驚いていた。

エレナを見た瞬間、ブワッと世界が輝いたというか色がついたというか、とても可愛く見えたのだ。もとより可愛らしい顔だが、そんなレベルじゃなく直視しがたい。何より、エレナを見てから頭の芯が疼いていた。

思考を払拭するように、ロレンツォは努めて軽く言った。

「じゃ、行くか」


エレナちょっとモジついてみせた。

「案内は口実。……ホントは、2人きりになりたいの。ずっと会えなかったから」


その可愛い言葉にロレンツォがまばたきひとつ。返す言葉が見つからない。いつもの小生意気なエレナはなく、可愛く恥らう乙女がそこにいた。まるで、初めて会った時のようだ。

「……ぁー。OK、行こう」

虚をつかれたロレンツォは何てことないように言って、どこに連れて行くか思案した。

2人きりになれる場所といえば、せいぜい階段室くらいかなと。



「ここはみんな家族の理想郷だ。残酷な格差社会と違って、みんなお互い尊重して支えあって暮らせる。穏やかなもんだよ」


ロレンツォの穏やかな口調に、エレナは目を細めた。

「……そうね、理想郷よね」

表向きは、という言葉をのみこんだエレナは内心、やれやれとため息をつく。

(案の定、懐柔されてるわね~。ミイラ取りがミイラになってんじゃないっての)


黒金は言っていた。

〔人の脳は欺かれやすく、洗脳されたら自分の意志ではどうにもできねぇよ〕と。しかしこうも目の当たりにしたら、踊る阿呆にしか見えないものだ。



螺旋状の階段が斬新な階段室は、しんと静まり返っていた。ゲートのような防火シャッターを越え、階段の踊り場まで上がる。踊り場というか、階段のためだけのぽっかりとした空間だ。


ロレンツォの無事は確認できた。脱出ルートは完全にかためてある。あとは連れ出すだけだ。そのあとここでひと暴れ、それが作戦Aだった。

だが盲点だった。

作戦としては囚われのロレンツォを救い出すはずだったが、たった数日でここまで洗脳されているとは想定外だったのだ。

妙な薬でも打っていると言われたら納得の洗脳っぷりだ。

(こりゃ作戦Bかな……センセーの無事は確認できたし、明日にひと暴れして連れ出すしか道はないわね)


「で、話って何だ?」

振り返るロレンツォに、エレナは待ってましたといわんばかりに意気込んで前に出た。

「あのね、ここは……」

言いかけた、その時だった。

突如、背後から大きな手に抱きこまれ思わずバランスを崩す。巨大な男に勢いよく肩を抱かれた事を知ったエレナは、そのあまりの力に眉をひそめた。


(いった~……なによこいつ!)


「おい、手を離せ!」

ロレンツォの声が階段室に響く。

だがエレナを抱き寄せた大男は、勢いで言い被せた。「ロレンツォ、抜け駆けする気か!」と唾を飛ばす勢いで吠える。


エレナは大男に内心舌打ちした。黒金の調査書によると、アウルエッグは犯罪歴のある者も数多く入信している。

肩を抱くこの男……確か婦女暴行で執行猶予付きの犯罪者だ。確か名前は……

「よせ、ボブ!」

そう、ボブだ。


鼻息の荒い大男ボブは、かまわずきつくエレナを抱き寄せる。ロレンツォをじろりと睨み、口をとがらせた。

「若いからって調子に乗るなよ、新しい信者まで横取りする気だろ」


言い終える前にロレンツォが構わずボブの腕を掴んだ。

「痛がってるだろ! いいからその手を離せ!」


ロレンツォの勢いにエレナはビクついた。ロレンツォが怒ったのを初めて見たのだ。

それはボブも同じだった。いじればへらへら笑い返す下っ端が、初めて牙をむいたのだ。ロレンツォの剣幕にボブが驚きにたじろぐ。

エレナはボブの腕からこぼれるようにすり抜け、とっさにロレンツォの背に隠れた。


「……な、なんだよぉおっ」ボブの声がうわずり潤む。「工芸品の作り方、教えてやったろぉ!?」

その重々しい1歩に、ロレンツォがエレナを後ろ手に隠した。

「大丈夫か」

ロレンツォの言葉に、エレナは小刻みに頷いた。正直な話、あのままボブを気絶させることも容易だったのだが、ロレンツォの激高に思わず意気を見失う。


騒ぎに数人の信者が何事かと集まってきた。

それにボブが大いに戸惑い、言葉詰まる。ボブのさっきまでの勢いは何なのか、鼻水と涙とヨダレで醜悪面が輪をかけて悲惨な事になっていた。

恨みがましい目でボブはひとつ呻き、集まる信者達を肩で飛ばしながら逃げていった。

食堂でがけにロレンツォと談笑していた男性信者達が、なんだどうしたとロレンツォに群がる。


エレナは静かにその様子を見ていた。

こう騒ぎになってしまっては動きづらくなってしまう。さっきの大男ボブのせいですっかりタイミングを逃してしまったが、ロレンツォの無事を確認でき、エレナはまず安堵した。

(……必ず作戦を成功させなきゃ)

エレナは1歩2歩そっと離れて、身をひるがえし宿舎の方へと駆けて行ったのだった。



「モーガン?」

ロレンツォはエレナの背に声をかけるも、エレナは振り返りもせず走っていってしまった。

まるで火が消えたように気持ちが沈んでいくのがわかる。もう少し話したかったが、ボブのせいで台無しだった。


騒ぎを聞きつけたジャンが、信者たちの間を縫ってロレンツォの肩を叩く。

「おい、大丈夫か?」


ロレンツォがうすぼんやりに頷いた。

「いや、知り合いがいてな。ボブに邪魔されて話せなかった」


それにジャンは苦笑にロレンツォに肩を組む。

「なーに、明日の〔目覚めの儀式〕で会えるさ。それよりさ……」

ジャンは声をひそませ、ご機嫌に耳打ちした。

「先輩からきいたんだ。今夜はいいパンツ履いとけよ!」


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