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MIB 2nd contact  作者: 光輝
■4話:カルト教団 アウルエッグ
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4-1:オヤツ


夏らしい風が通るセリオン学園に、今日も放課後のベルが鳴り響く。


「パッツィーニ先生は、どうやってあのエレナ・モーガンを手懐けたんです?」

その体育教師の問いに、ロレンツォはテストの採点の手を止めた。


写真部の顧問は皆、1週間ともたない事は有名な話だ。中には夜逃げをしたり大怪我をした者もいたらしい。こと前回の副担任にいたってはひどいもので、たった半日で精神を病んで逃げてしまったそうだ。


体育教師は目を丸くするロレンツォをまじまじと見た。

歴代顧問はみな固く口を閉ざし、見ざる言わざる聞かざるにセリオン学園をあとにする……それが写真部の尻ぬぐい役である副担任の宿命なのだ。なのにロレンツォときたら物ともせず、心身共に健康そうな日々を過ごしている。


赤ペンの尻でこめかみを掻いたロレンツォは苦笑を返した。

「ああ、昔、姪っ子達の世話をしてたんです、あと託児系のバイトもいくつか。だからワガママな子どもの扱いには慣れてまして」

さらにそこに、女帝な姉サンドラとワガママな妹ナディアの世話も付け足される。ワガママ放題のエレナ達も、女所帯の荒波に比べたら可愛いものだった。

研究所をクビになってから流れ流れでセリオン学園の枠に入り込んだわけだが、改めての使い捨て要員認識になんとも複雑な気持ちになる。


体育教師は大きく腕を組み、関心に声を上げた。

「はあ~、そうなんですか! そりゃ頼りになります。僕らも手を焼いてたんで驚きまして、これからもお願いしますね」


それにロレンツォは笑顔で体育教師の背を見送った。

改めてテストの採点に目を戻す。ちょうどエレナの答案用紙だ。文句なしのA+(95~100点)に感心する。

エレナのこれまでの成績を見たが、一年前はひどいものだった。F-(0~10点)がザラだったのに、どういうわけかこの1年で驚くほど学力が上がっている。

授業態度だってまぁ悪くない。エイリアン・バスターズの資料を開いている時は教科書を丸めて叩くが、基本は静かで手を焼くような生徒ではないのだ。


これまでの副担任兼顧問は、エレナ達のワガママ程度で辞めたわけではないのは明白だった。

大きな要因は、教師の範疇外のエイリアン・バスターズの活動だろう。揃って口を紡ぐも無理はない。


ロレンツォは職員室で一通りの仕事を片付けたあと、いつものように写真部兼オカルト研究部へと向かった。

他の教師達の感嘆とした眼差しに、ちょっと気恥ずかしくなりながら。


……・……


部室のドアを開けてすぐ、甘い香りに目を丸くする。目をやると、エレナ達がお菓子をデスクに広げていた。

みたところ家庭科実習の残りだろう。色とりどりのお菓子が武器庫と化した部室に華を添えている。


ロレンツォは目をウエスタンポリスのように細め、手元の新聞を丸めた。順番にエレナ達の頭を軽く叩いていく。

「部室でオヤツなんか食うなバカ。とっとと片付けろ」


それにエレナが悪戯っぽく笑い返した。

「オヤツだってー。センセーってば可~愛いの」


ミシェルはまばたきひとつロレンツォを見た。

「顧問の分際でバカは余計」

桜蘭にいたっては、笑顔の中に静かな怒りが見えかくれ。乱れたセットをそっとなおし、おすましに紅茶を一口。


それにロレンツォはフンと鼻で返した。相変わらずなんとも生意気なガキんちょどもだ。

ロレンツォはデスクを見て、ちょっと離れた特等席に腰をおとす。ボロい椅子が大きく軋んだ。

「ここは調理部か? ちゃんと部活動しろよ、写真部さんよ」


「家庭科で作ったのよ。授業成果物だから持込OKなんですー」

エレナは言って、ドヤ顔でお菓子を頬張った。リスかお前は。


その時、ミシェルが紙皿に持った黄金色のケーキを差し出した。安っぽいプラスチック製のフォークも添えて。

「はい、顧問の分のアップルパイ。余っただけだから」

ロレンツォは今しがた食うなと言った手前、眉をひそめて突っ返した。「いらない。そんな甘ったるそうなの食えるか」と。


それに桜蘭がいそいそとお菓子を差し出す。

「ではおかずケーキをどうぞ」

ロレンツォは紙皿に乗ったおかずケーキ横目見て、二度見して我が目を疑い、三度見してフリーズした。紙皿の上には木炭のようなものが転がっている。

「す……墨の塊じゃないか……!」


桜蘭は物ともせず、乙にすます。

「あら、ちょっと焦げただけですわ」


ロレンツォは恐々つついてみた。大きさの割りに異様に軽く、手に取るとボロリと粉になる。

「うわっ炭だろこれ! オーブンじゃなくて焼却炉で焼いたのか?」

それに桜蘭がちょっと心外に、口先を尖らせた。

「まあ失礼な。明杰(ミンジェ)は残さず食べますのに」

ロレンツォは明杰(ミンジェ)という名に記憶を洗う。……確か桜蘭の付き人だ。あいつも苦労してるんだなと同情に合掌した。


一連のやりとりを見ていたエレナが、やれやれと鞄を開いた。

「わがままだな~。じゃあバジルとチーズの塩クッキーあげるわ。甘くないやつ」

可愛い包みから取り出したクッキーをひとつ、ロレンツォの口元に当てる。あーん、のそれだ。ロレンツォは思わずびっくりした。バジルの香りが鼻をくすぐる。


「セーンセ。ほら、あ~ん?」

エレナは明らかおちょくった顔だ。ロレンツォは怪訝に目を細め、無言でクッキーを受け取り口に放り込む。

軽やかな歯ごたえとともにチーズのしょっぱい旨みとバジルの香りが口に広がり、なかなかに好みの味付けだった。

よく見れば、クッキーは動物や星などに型抜きされていた。動物のつぶらな目は黒ゴマだ。そのこまやかな女の子らしさに感心する。


エレナはそれを承知に得意げに笑んだ。

「ど?」とドヤ顔で。

ロレンツォは素直な感想を返すのがなんだか負けを認めそうだったので、あえて表情を変えずに返した。

「……まあまあ」

「あ、可愛げないなー」

エレナはちょっと口を尖らせ、紙皿にドッグフードのようにざらりと盛って、ロレンツォに突き出してやった。


「さ、餌付けはそこまでですわよ」

桜蘭の仕切り直しの手拍子に、エレナは「OK!」とクッキーの包み口を折った。鞄に突っ込んで、ロレンツォにひとさし指を立てる。

「センセ、いい子にシット(お座り)ね」


「犬かよ」

このやりとりも慣れたものだ。扱いは犬のそれだった。といっても、お手とかではない。せいぜいステイ(待て)やシット(お座り)、あとは今みたいにオヤツを出されたり程度だ。

大人しくしていればエレナ達は静かなものなのだ。チョロいというか、そういうところがガキだなと思う。


ロレンツォはやれやれと新聞を広げ、クッキーに手を伸ばす。なんともクセになるウマじょっぱいおかずクッキーは、桜蘭の炭とは大違いだ。


エレナは地図を広げもって、ロレンツォをちらりと盗み見た。

まあまあとか言ったくせに、パクパクおいしそうに手を伸ばすロレンツォにちょっと笑う。

意地っ張りな割に驚くほど素直なところが、子どもっぽくてチョロいというか、野良犬みたいでなんとも可愛いのだ。


さてとエレナは切り替える。新規見積依頼の審議と、スケジュールの調整をしなくてはと。



相変わらずの妙ちきりんな活動を、ロレンツォが大あくびに聞き流す。すっかり空となった紙皿をちょっと名残惜しく見た。エレナに礼をいうのは癪だが、借りを返さないのもまた癪に障る。

(帰り際、購買横の自販機でドリンクでも買ってやるかな……)


そんないつもの部活風景に水をさすかのように、ロレンツォのポケットが震えた。取り出したスマホに目を丸くしたロレンツォが、スマホを耳に当てる。

「ああ、おばちゃん。久しぶり。どうしたんだ?」


スマホの向こうで、友達の母親のしおれた声が返った。

〔ロレンツォくん、いきなりごめんよ……うちのジャン、そっちに行ってない?〕

「いや、来てないけど……おばちゃん泣いてないか? 何があったんだよ」


鼻をすすった音が間にちょっと入り、おばちゃんは弱々しく口火を切る。

〔……さっき、ジャンがもう一ヶ月も出勤してないって連絡があってね……、アパートの方には「心配しないで」って書き置きがあったんだけど、変な事件に巻き込まれてないか心配で……〕


それにロレンツォはかなり驚いた。幼馴染であるジャンカルロことジャンは、お調子者だが気のいい真面目な奴なのだ。

もちろん無断欠勤とは無縁で、小学校の頃から皆勤賞の覇者だ。気骨なおばちゃんがここまでしおれるのだって初めてのことだった。

「わかった、俺の方でも探してみる。また連絡するから、元気出してくれよ」

ロレンツォは通話を切ってすぐさまジャンにかけた。が、驚いたことに1コール目ですぐ繋がる。


〔おー、エンツォ。久しぶりー〕

のんびりとしたジャンの声に、ロレンツォはちょっと耳を疑ったほどだ。ちなみにエンツォというのはロレンツォの愛称である。

ロレンツォは安堵のため息ひとつ、スマホを耳に当て直した。

「なにが久しぶりだ馬鹿。おいジャン、お前今どこで何やってんだよ? おばさん心配してるぞ、連絡くらい入れてやれ」


〔ああ、もう帰る気はないから。悪いな迷惑かけて〕


ロレンツォはその言葉にちょっと驚きに声をひそませた。

「……何? どういう事だよ」

ロレンツォは言いもって、荷物を鞄につめた。

ジャンは親御さんの心配をよそに、今の生活がどれほど充実しているかを訊いてもいないのに語り出していた。その抑揚のなさが不気味だった。充実しているとはいえ、何かがあった事に変わりはないのだ。


詰め終えて、腕時計を見た。今日は金曜だ、このままジャンの元に向かう他ないだろう。



エレナ達はいつしか手を止め、静かにその様子を伺っていた。ロレンツォは電話が長くなるとふんだのか、いつもの帰り仕度をしている。


「講演会~? なに言ってんだ、仕事どうすんだよ。今どこだ?」

やや困惑するロレンツォに耳をそばだてるエレナ達が、怪しい雲行きに互い見合う。


ロレンツォはスマホを耳に挟んだまま〔帰る、戸締りしろよ〕とエレナにジェスチャーし、足早に写真部をあとにした。

しんと静まる部室で顔を合わせた3人は、遠ざかる靴音にまばたきひとつ。


「……えーと、明日の調査の件なんだけど」

エレナはちょっと気になりつつも、依頼の予定を固めたのだった。

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