8話
ほんの少しの汽車旅の後、ガランの街に到着した。駅の外へ出ると、そこはアーゲンテインとは全く異なる光景だった。正に魔法都市、故に魔法都市。
建設現場は魔法で木材が運ばれ、露店には魔法で花を作り出し客を引く店員、魔法で宙を舞って移動する者もいる。
「すごいな。これは…」
「魔法すらも知らんお前からすれば異世界に来たようだろう。さぁまずは依頼人の所に行くぞ。魔物討伐の依頼は後からあれもこれも頼まれることが多いからな。先に依頼書と正式な依頼内容の齟齬を失くしておく」
フレイジャーは地図を頼りに、依頼人の家へ歩き始めた。彼の話では歩いて10分ほどの場所に家はあるらしい。私はこの不思議な街並みを見上げ、見回しながらフレイジャーについていった。
首都ほど建造物の高さがあるわけでは無い。むしろ平屋の方が多いくらいだ。不思議なことに私の目は魔力の流れが見える様で、全ての建物に魔力が滞留している。首都ではこんなこと家や建物は無かった。そもそも街全体が魔力で包まれている。それに建物の魔力の質も一つ一つ違っている。建てた者、住んでいる者によって性質を変化させているのかもしれない。不思議な街並みに私の目はすっかり奪われていた。
「ここだ。うぉっ」
「すまん」
急に立ち止まったフレイジャーにぶつかってしまった。それも私がよそ見をして魔力の流れを見ていたのが悪いのだが。私はフレイジャーの前方に聳え立つ家屋に目を移す。それは今までの建造物とはレベルの違う魔力が放たれていた。
「これは…凄いな…」
「何がだ? 確かに立派な邸宅だが」
「私は魔力の流れが見える。この家の魔力は異質だ。何とも…禍々しい…というのか?怒りで満ちたような魔力を感じる」
「ほう。当たらずとも遠からずだな。この家はレスター家。代々一流魔術師を輩出してきた名家だ。だが、その評判はあまりよろしくない。レスター家は多くの子を産み、子たちを競わせることで魔力を増幅させる方法で一流に育てている。子の内で優秀な者だけが魔術師の道へ進む。では残った子はどうか。優秀な子の贄となる。全ての魔力を優秀な子に移植され、その後は魔法とは関係のない世界へ進むことになる」
「それは…」
「あぁ…近年はその方針が如何なものかと疑問視されている。ただレスター家が歴史ある名家であることに変わりはない。周りはそうやって囃し立てはするが、何か言えるわけでないんだよ。それにレスター家の研究者は実際優秀だ。彼等がいなければ今の魔法の発展は無いと言っても過言では無い」
「難しいな…」
「そうだな。俺達に出来るのは魔物を狩って、依頼を達成することだけだ。要らぬことは考えるな」
ため息を吐きながらそう言ったフレイジャーの顔は少し曇っていた。魔法が使える者同士、思うところが少なからずあるのだろう。眉間に一瞬皺を寄せた彼の心情は今の私では計り知れない。
「さぁ行くぞ。ここで駄弁っているのは時間の無駄だ」
フレイジャーは歩みを進め、邸宅のブザーを鳴らした。すぐに中から女性が出てきた。彼女に魔力は感じられない。それにこのフリフリした服は何だ。黒と白を基調にして綺麗ではある。
「お待ちしておりました。クリス・フレイジャー様でいらっしゃいますか?」
「あぁ。こちらの依頼を受け、依頼の確認に参った。当主のパトリック・レスター殿はおられるか?」
「はい。ご案内いたします」
女性は深々と頭を下げ、私たちを家に迎え入れた。家に入ってすぐ、トロフィーの数々が目に入った。これだけの数だ。名家というのに偽りはない。長い廊下に多くの扉がある。これだけ大きな家だ、部屋もそれ相応にあって然るべきか。私の家とは大違いだ。
「こちらです」
「失礼する」
「…」
フレイジャーに続いて、私は頭を下げながら部屋に入った。そこは応接室のようで、奥のソファに太い中年男性と、爽やかな男性が座っていた。二人とも金の髪に青い瞳。どことなく輪郭も似ている。体格は似ていないが、いずれ似てくるのだろう。恐らくは親子ということだ。
「よくお越しくださいました。どうぞ…」
私たちは促されるまま、手前のソファに座り、二人と対面した。私の目の前には息子らしき爽やか男子が微笑んでいる。やはり名家の息子だ。凄まじい魔力を放っている。あの家の前で感じた魔力と同じ。それにこの微笑み、よほど自信があるらしい。生まれた時点で人生の勝ち組の余裕と言ったところか。
「依頼を受託したクリス・フレイジャーと申します。こちらはリンダ・マーシュ。早速で申し訳ないが、依頼内容の確認をお願いしたい」
「えぇ。えぇ。どうぞよろしく。私は当主のパトリック・レスター。こちらは嫡子のライアンです。まず依頼内容ですが、お願いしていた下級モンスターのラッシュピッグの角と牙を3つに加えて、ハンターベアの駆除をお願いしたい」
「駆除? 何か素材を取ってくるのではなく?」
「えぇ。最近街の外でハンターベアをよく見かけると街の人々から情報が寄せられていましてな。街の人を救うのも名家の務め。こちらお願いできますかな?」
「ハンターベアなら問題ないでしょう」
「おぉ、ありがたい。急なお願いですから、こちらの息子をお連れください。レスター家の嫡子ですからしっかりと責任を果たしてくれます」
「え~…息子さんは実戦経験の方は?」
「それがまだなのです。私が息子の年齢ぐらいの時は狩りをよくしていたのですが、彼は魔法を操る方が好きのようで。炎、水、雷、風、土と全ての攻撃属性の魔法を操る稀代の天才魔術師ですよ」
「それは頼もしい。ぜひご同行願いたい」
「えぇ。えぇ。息子の力をぜひお使いください」
その後もフレイジャーと太ったおじさんは暫く話していた。どうやらこの当主パトリックは息子を売り出したいらしい。恐らくフレイジャーが王宮直属の者であると知っているのだろう。聞くところによるコネを作っているわけだ。フレイジャーに媚びを売って息子の実力を知らしめれば、もっと上級へ登ることが出来、一族の力は更に強靭となり、安泰となる。魂胆が見え見えだ。私に分かるのだからフレイジャーが感づいていないわけが無い。
「では私たちはそろそろ出発します」
「父上、行ってまいります」
「しっかりな」
はっきりとは口に出さないが、その薄っぺらい笑顔も息子を道具としか見ていないようにしか見えない。私たちは一応投手に礼をして、フレイジャーが扉に手をかけた。その時、フレイジャーは何かを感じて、首を捻ったが、そのまま押し開ける。
「のわっ…」
部屋の前には華奢な女の子が尻もちを付いていた。金の髪に青い瞳、彼女もまたレスター家の娘だろうか。というか何故こんなところで尻もちを付いていたんだ。
「むっ…アメリ! 何をしておるか!」
終始優しかった当主の声色が激変した。驚いて振り返るとその形相も鬼のようで、怒りのあまり立ち上がって、フレイジャーを押しのけて、扉を強引に払い開けて、アメリと呼ばれた女性に詰め寄った。
「アメリ! 誰がここに来て良いと言った!? まだ修業が終わっておらんだろう! さっさと戻れ!」
詰められた女性は、怯えた様子で一目散に逃げていった。彼女が逃げていった道のカーペットはぽつぽつと濡れている。
「全くアメリめ。コソコソとワシらの会話を聞いておったようだな。お二方、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。さぁ玄関までお送りしましょう」
どうやらさっきの話は本当らしい。アメリには魔術の才能が無いのだろうな。この先ライアンに魔力の全てを奪われる運命か。
パトリックに背中を押され、私たちは玄関まで移動した。どうやら早く行ってほしいらしい。この後のアメリが心配だ。
とはいえ、仕事に行かない訳にはいかない。それはフレイジャーも同じ考えのようで、俯きながらも歩を進めていた。
邸宅を出て、私はライアンに話を振った。
「あのアメリという子は何だったんだ?」
「アメリは自分も行きたいんですよ。魔法も碌に使えないくせに。私たちは7人兄弟ですが、アメリは一番才能が無い。魔力の絶対量がまず少ないし、使える魔法も少ない。ついてきたって何も出来やしませんよ」
「そうか」
同じ親から生まれた兄弟にそこまでまくし立てるように言う事も無かろうに。この家では魔法の才能が全てだ。才能が無ければ家族から虫けら同然の扱いを受ける。悲しい。最初の印象はそうだった。なぜ家族同士で争わなければならない。何故人生を決められなければならない。それが長く続くしきたりであったとしても私には納得の出来ないことだ。
「さっさと終わらせよう」
「やけに気合が入ってるな…」
「あぁ、仕事が一つ増えた」
「?」
魔物狩りなどさっさと終わらせてやる。