7話
飲み明かした翌朝の目覚めは清々しいものだった。昨日の夜から朝にかけて飲み明かしていく過程で多くの人間が脱落していった。
酒は飲むと気持ちよくなれるが、飲みすぎると身体に毒のようだ。私は毒素の分解が人間の速度を逸している為に、『酔う』という状態にはならなかった。便利な身体で助かる。
結局最後まで残っていた私はフレイジャーを引きずって家へ戻り、就寝。そして今に至る。
この1週間感じていたことだが、どうやら私は1回の就寝につき3時間で目覚めるらしい。フレイジャーにはもっと寝た方が良いと言われたが、何度寝ても3時間で起きてしまう。そして人間のいう昼寝などは必要としない。限界まで活動の後、3時間の睡眠を経て、再び活動に戻る。そんなサイクルだ。
飲み明かしたと言ったわけだが、今はまだ8時だ。私たちが家に帰ったのは4時半。そこからフレイジャーの介抱を挟み、部屋に運んで寝かせたりしたことで約30分消費した。それから3時間だから辻褄があう。まだフレイジャーが起きる気配は無い。それもそのはず、聞いたところによれば人間は7~8時間の睡眠を必要とする。つまり後4、5時間は起きないという計算になる。
ベッドから身体を起こし、小窓のカーテンを開けた。この時間には既に日は登っている。朝陽は身体を活性化させるのに良い。窓を開ければ、身体を冷やす冷たい風も吹き込んでくる。伸びた白い髪が靡いて、首元をくすぐる。
「リンダ…君は私に何を託したかったのだろう。君とはもっと長く濃い時間を過ごした気がするのに、思い出せない…」
まだ私に完全な記憶は戻っていない。リンダはあの襲撃される場面で出てくるのみだ。だが私は確信している。彼女はもっと私にとって大事な人だったと。記憶ではない。私の心に刻み込まれている。
だが夢を見る。あの研究所の中で無邪気に笑う私とリンダの姿を。何をしているのかは覚えていない。夢の内容を覚えていようと思うのだが、目が覚めてすぐに忘れてしまう。
完璧に最も近い人造人間。そうは言われても今の私は脆い。戦う為に生み出された私は戦うこと以外に秀でていない。あの閉鎖的な研究所の中でひたすらに戦闘に特化するよう教育された私がこの戦の無い世界で出来ることなどあるのだろうか。
「おぇっ…朝っぱらから黄昏れてるな…二日酔いは大丈夫か?」
扉を勝手に開けてフレイジャーが入ってきた。窓の真反対にある扉へ振り向くため、身体を捻ると、今にも吐きそうな顔色で口を抑えたフレイジャーがいた。
「二日酔い?」
「身体に残った酒が引き起こす頭痛の事だよ。その様子だと無さそうだな。人造人間の肝臓はアルコールの分解も速いわけか。まったく俺も欲しいよ」
「二日酔いはない。もう起きて大丈夫なのか?」
「小便に起きただけだ。もう一回寝る。今日は昼過ぎくらいに家を出るつもりでいてくれ」
「あぁ。ゆっくり休め」
小便と言っていたが、恐らく吐き気を催したのだろう。昨日の人災は早く記憶から消し去りたい。口からあんなものが出るなんて初めて知った。思い出すだけで鳥肌が立つ。
そういえばブルーランクに昇格した際に身体検査を受けた。私はそれまで自分の外見を意識したことが無かったため、そこで初めて全身の姿を見た気がする。
今は髪が真っ白で、首元まで伸びている。白いのは元からではない。実際、目覚めてから栄養を取る様になったおかげか毛の根元は黒くなってきている。皮膚も白い。血管が全く見えないほど皮膚が厚いようだ。全身が筋肉質なのは元の素体の体つきによるものだろう。身長は182㎝、体重は同じ身長の人よりも重い。筋肉量が多いらしい。
そしてこの身体を見た時に一つ考えたことがある。この素体の人生はどのようなものだったか。記憶を消されるまでどんな人間だったのか。既に知ることは出来ないが、私は二人分の人生を背負っていると思う時がある。いやこの身体の主に関係する人々を考えればもっと多い。
「気にしてもどうすることも出来ないんだがな…」
もやもやとする気持ちを吐き出す様に言葉に出した。500年前の暮らしは今に比べれば不便で貧しかったのかもしれない。人と人の争う時代に生まれ、戦に命を散らしていった時代の人生は儚い。そう考えれば今生きている私は天に恵まれていたとも言える。
考えすぎだ。私は眠れずとも布団へ入り、目を瞑った。何も考えないように。イバラの道であろうとも、どれだけの時間がかかろうとリンダの子孫を見つけ出す。今はそれだけで十分だ。
「おい。起きろ…お前3時間で起きる割には3時間は起きれないのか。便利なのか面倒なのか」
「すまない。寝ていたか。寝る時間は自分で操れないんでな」
「俺もやっと頭痛が収まってきたところだ。準備をしろ。今日は遠征だ。とはいえお前はまだブルーランク、近隣の街にしか行けないがな。魔物討伐は初めてだろう。お前は手ぶらでいい」
「街に来る時に熊という魔物に襲われた。そいつは私が一撃で屠ったが強かったのか?」
「熊? ハンターベアのことか!? あいつを一撃で倒すとは…その力は本物のようだ。本来、この辺りには出ない魔物だ。エサを求めて街まで降りてきたか」
あいつは中々に強かったらしい。確かに中々隙を見せない強敵だったような気もする。服を着替えながら戦闘を思い出していると、あの御者のことも思いだした。あの時貰った300ゴールドを返していない。
「行く街はどこなんだ?」
「ここから北西…ガランという街だ。昨日の内に依頼は受託してある。ガランは治安も良く、平和そのものだが、変わり者が多くてな…」
「変わり者…?」
「ガランは研究者を多く輩出している街だ。お家柄で一族皆研究者というのも珍しくない」
「研究とは何を研究しているんだ?」
「そうか…魔法だ。今この世界で魔法を使えるのは全人類の内2割ほどと言われている。つまり魔法を使える時点でそれなりの才能があるんだ。その中でも研究者になれるのは極一部のエリートだけ。そのエリートをガランの街は輩出し続けているんだ。まぁ一概に纏めるのもあれだが、研究者の性格は…」
「面倒だってことだな」
「そういうことだ」
言いたいことは分かった。私も恐らく研究者というものが多くいる場所で生まれ育った生物だ。何か思い出せることがあるかもしれない。
「で、依頼の内容は?」
「魔物から検出される物質の採集だ。どうやら新魔法の研究に必要らしい。記載されている魔物はそこまで強くない。簡単に終わらせて街で情報を仕入れよう」
「あぁ。研究者の街だ。研究所の情報が少しでも伝わっているかもしれん」
「実際、滅亡したオルドの難民が本国に流れてきたという記述は残っている。無い話ではない」
準備が出来たところで、私たちは飛び出す様に家を出た。正確には飛び出したのは私だけだ。私はそのガランとやらへ向かうため、御者を探そうと街の玄関門の方へ行こうとした。するとフレイジャーに後ろ襟を掴まれ、足を止められてしまう。
「どこへ行くんだ?」
「門だ。御者を探す」
「ガランまでは馬車は使わん。というか馬車を使った移動はよほど田舎でなければ無い。汽車だ汽車。といっても分からんか」
呆れられた私は門とは逆の方へ歩かされた。そして着いた場所には車が大きくなった物が止まっていた。先頭の車からはもくもくと煙を上げている。何台かの車が連結されており、車とは比べ物にならない程の人が乗り込んでいく。
「これが汽車か?」
「そうだ。前に車は燃料問題で都市内が運用限界だと言ったな。それは今はこの汽車に燃料の多くを費やしているからだ」
「ほ~」
特に興味はない。
私たちは汽車に乗り込み、指定された座席に座った。そして間もなく大きな音と共にゆっくりと汽車は出発した。
「この音は…?」
「汽笛のことか。これは出発の合図だ。ガランまでは近い。すぐに着くから休む暇はないぞ」