6話
「依頼達成の手続きを頼む」
「はい。5枚ですね。身分証はお持ちですか?」
「あぁ。リンダ。お前も出せ」
私はフレイジャーの言う通り、身分証をトレーに乗せて提出した。受付嬢はまたしても裏へ行き、今度はすぐに帰ってきた。
私は身分証の名前欄が青に変わっていることを期待して心なしか興奮していたが、帰ってきた身分証の色は白のままだった。
「おい話が違うぞ」
「当たり前だ。このくらいで昇格していては今頃この街は高ランクで溢れかえっている」
頬を膨らました私は依頼書の束をフレイジャーに押し付けられた。そういえばこれを横のカウンターに持っていけばポイントが貰えるはずだ。彼もそれを促している様で腕を組んだまま、顎でカウンターの方を指した。
「ポイントが貰えると聞いたのだが」
「はい。依頼書が5枚ですね。全て難易度Fなので、10ポイントですね。では身分証をお願いします」
「あぁ」
「累計ポイントは0ですか。初めてのポイント交付ですか?」
「そうだ」
「10ポイントで交換できるお品物は食料品ぐらいしかないのですが、このような品と交換することが出来ます。勿論お溜めになって武器や金品と交換していただいても構いません。交換されますか?」
「いや今は良い」
そう言うと彼女は身分証を返却し、一度頭を下げた。これでポイントが得られたらしい。それを見ていたフレイジャーは私の肩を叩き、話しかけてきた。
「終わったようだな。では今日の仕事の成功を祝して宴といこう」
「宴?」
「酒だ。飯だ。我々人間はそうやって疲れを取る。辛いことは笑って忘れるんだ」
そう言ってまた別のカウンターに行くと、あの大男たちが片手に持っている木のグラスを2つ運んできた。その臭いは彼らが飲んでいる物と等しい。グラスの淵ギリギリまで泡が弾け、やはり臭い。
フレイジャーは再び、カウンターへ足を運び、今度は大きな肉の塊を持ってきた。これは鶏だろうか。これは香草やガーリックなど味付けも様々でいい香りがする。とても美味そうだ。
「鶏肉には興味津々か」
「やはり鶏か」
「そういえばお前、知らない事と知っている事の境界はどこなんだ。一般的なことは知っているように見えるが」
「今の記憶には無いが、恐らく研究所内で知りえたことは脳が覚えている。見ただけでそれが何かは分かる。王も研究所内では教育が施されたと言っていた。だがこの液体は知らんな」
「ま、人造人間に酒は無用か。これは酒といってな。特に今の人気はビールだ。麦を発酵させて作っている」
「麦を発酵…不味そうだ」
「良いから飲んでみろ」
私は杯に口を付けてビールとやらを飲んでみる。泡が先に口に入り、その後にシュワシュワとした液体が雪崩れ込んでくる。私は口が受けた刺激に思わず杯を口から話して机に置いた。
「うぁっ!?」
「はははっ。味覚はお子様か。どうだ味は」
「苦い…だが癖になる味だ」
「そうだろうな。ほら肉を食え」
「うむ…むっ。これは美味いぞ! 少し味が濃いが」
「そうだ。酒も慣れれば美味くなる。酒とこういう味付けの濃い食べ物のコンビがたまらねえんだ」
フレイジャーは肉とビールを交互に飲みながら、ぷはーっと息を吐いた。臭い。酒を飲み始めてから彼のテンションがどんどんと上がっている気がする。私もちびちびとビールを飲みながら、鶏肉をつまんでいく。これが人間の楽しみというやつか。確かにフレイジャーは楽しそうだ。
「わはははは! 今日は一段と酒が美味いぞ! 最近は堅苦しい仕事ばかりだったからなぁ! 今日は俺のおごりだ。好きなだけ食え!」
酒とは人を壊すもの。私はまた一つ学びを得たようだ。
「おい、兄ちゃん。美味そうな肉食ってるなぁ。俺の卵焼きと一つ交換しようぜ」
「いいぞ」
「えっマジ? おめえいい奴だなぁ!」
フレイジャーの大声に釣られて、他の場所で飲んでいた男たちが寄ってきた。私たちは杯をぶつけ合い、がぶがぶと飲み干してはおかわりをし、肉を食い、魚を食い貪った。互いに肩を叩いて談笑は笑顔の輪を広げていった。
彼等の中に私の右腕を気にする者はいなかった。
「兄ちゃん新人だろ。見ない顔だ。今日はどうした? 猫探しでもしたか!?」
「な、何故知っているんだ!?」
「そりゃこの街で最初の仕事といやぁ、ペット探しと相場が決まってんだ。俺もやったなぁ~懐かしいぜ!」
こんな筋肉の鎧を着た男も最初はペット探しから始まったと聞けば、私の道はまだまだ道半ばだ。その後も男たちの武勇伝を聞いていた。酒を飲んだ男たちはどうやら饒舌になるらしい。自らの武勇伝をこれ見よがしに語ってくれた。
パン屋から討伐者に転職した者、田舎から上京してきた者、魔法で手品をする者、ペット探しを極めた者、様々な人物がここにはいる。
……んっ、いかん。これは高揚故か、頭が痛くなってきた。それに眠い。
「兄ちゃん、結構のんだし潰れちまったか。あんたの連れだろ。フレイジャーさん」
虚ろになった意識の中で会話だけが聞こえてくる。
「あぁ。酒を飲むのは初めてでな。楽しみを教えてやった」
「ははぁ、そうかい。ちゃんと連れ帰ってくれよ?」
「分かっている」
そこで私の意識は途切れた。
「おい、起きろ。朝だ」
「…頭が痛い…」
「二日酔いだ。お前本当は人間なんじゃないのか?」
「素体は人間だ。どうやら内臓機能も鈍っているらしい…」
目を覚ました時には外は明るくなっていた。ベッドで横たわる私の横にはフレイジャーが立ち、カーテンから朝陽が差し込んでいる。この小綺麗な一室はどこだ。
「ここは俺の家の一室だ。ここを暫く貸してやる。登録の住所もここにしておいた」
「何から何まで助かる」
「王からお前の面倒を見ろと言われているのでね。さあ今日も仕事だ。準備をしろ」
ベッドから引きずりおろされ、支度をした。顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。鏡を見ると顔色が悪かった。私の顔色はいつも悪いのだが、青白さに磨きがかかっている。
クローゼットを開ければ、服が詰まっている。どうやら服も一式調達してくれたようだ。この計らいには感謝せねばならない。
先ほど、本当は人間なのではとフレイジャーに聞かれたが、確かに今の私は変わっていないのは見た目と五感だけで、それ以外のほとんどの機能が鈍っており、ほぼ人間と変わらない存在なのでは無いか。
自分の存在意義が分からなくなってきた。
「今日は建設工事の手伝い、舞踏会の設営、ペット探し! 仕事は山積みだ」
「討伐者とは本当に名ばかりだな」
「正直ブルーランクまではすぐに上がる。ブルーからは討伐で名を挙げなければレッドに上がらず、レッドからブロンズへは更に高い壁が待っているぞ」
「だがブルーまで上がれば外へ出られる。行くぞフレイジャー! 時間が惜しい!」
私は急いで準備を終わらせ、フレイジャーと共に家を出た。
最初の仕事は建設工事の手伝い。鈍った身体を呼び起こすにはぴったりの仕事だ。左腕一本で人間2人分の材木、レンガを運び、6時間の間、一時も止まることなく走り回った。私が肉体労働をしている間、フレイジャーは魔法によって労働者の身体能力を向上させ、効率化に貢献していた。何故か私には魔法をかけてくれなかった。飯は揚げ物で固められていたが、これがかなり美味かった。
次の仕事は舞踏会の設営。これもまた肉体労働だ。これが意外と大変だった。言葉の響きでは建設工事の方が大変そうに聞こえるかもしれないが、こちらはピアノを運び込むのが本当に大変だった。フレイジャーは相変わらず魔法をかけてくれないしな。ただ舞踏会主催の人たちの出してくれる飯は洒落たものだった。
最後はペット探し。臭いで辿った。以下省略。
こんな暮らしが1週間続いた。正直私は初日が終わればブルーに上がると思っていた。しかしそんな考えは一蹴され、今に至る。
だが良いこともあった。身体のキレが戻ってきている。500年のコリが1週間で解れるとは、便利な身体だ。それに少しずつではあるが、右腕が生えてきている。このペースなら指先まで戻るのにそこまで時間はかからなそうだ。
私たちは1週間の間、仕事が終わる度にギルドに戻り、祝杯を挙げていた。最初は得意では無かった酒だが、既に慣れてしまっていた。女っ気のないギルドだが、フレイジャー曰くそれがいいらしい。何でも話せて気楽なんだそうだ。
宴は今日も例外ではない。私たちは仕事を終わらせ、足早にギルドへ戻った。ギルドでは男たちが既に宴の準備をしている。肉に魚に酒。どいつもこいつも野菜は嫌いらしい。仲のいい連中は私たちがいつも座っている長机に集まっていた。
「今日も良く働いた。乾杯!」
「かんぱーい」
「今日でブルーランクに上がったことだし、明日から外へ行くぞ。本当は仲間がもう1人、2人欲しいところだがしょうがない。」
今日の依頼達成でランクはブルーに昇格した。まだ一段階、ルーキーから上がっただけだが、ギルド中の人々に祝福され、胴上げまでされた。何もそこまでと思ったが、とても嬉しかった。自分の存在が認められたと感じた。
そのせいか今日の酒は美味かった。そして肉と卵焼きのトレードは詐欺だとフレイジャーに知らされた。もう2度としないと誓った。
酒を飲みかわし、皆と語らう。その日は結局朝までギルドの中で飲み明かした。