4話
私は絶句した。あの受付嬢が私を不審がって連絡をしたのかとも思ったが、それにしては早すぎる。ならば御者か。だが彼はマーシュ研究所のことをよく覚えていなかった。知らないふりをしていたと言えばそこまでだが…
「いろいろとお考えのようだ。どうだ、考えは纏まったか?」
「お前たちを呼んだのは御者か?」
「いいや違う。我々は我々の意思でここにいる。何、そんなに怯えなくてもいい」
怯える。その一言で私は気が付いた。自分の足がガクガクと震えていることに。私の力があれば、この20人の兵士とひょろそうな男ぐらい簡単に倒せると思っていたが、私の身体頼りで私の意思が虚弱な今はそれも無理そうだ。
「こんなところでは積もる話も出来ない。少し場所を移さないか。そちらでは兵士たちも外させよう」
「どこへ行く気だ」
「王の間だ。貴方には王に会っていただく必要がある。そこであなたの知りたいことは全て知ることが出来るはずだ」
男の目は信用に足らなかった。狡猾で知恵者であることは勿論、人の命すら軽んじていそうな目だ。だが今の私に選択肢は無かった。私が何者かというところからリンダの事まで聞きたいことが山積みだった。
「…行こう」
「もっと手荒な真似をせずに済んだ。貴方が抵抗していたら、面倒だったので助かるよ」
フレイジャーは兵士を払い、手帳のような板を取り出した。そしてそれを耳に当て、誰かと会話をしているようだった。不思議な物もあるものだ。これが時代の進歩というものか。
「そ、それは何だ」
「それ? あぁ携帯か。そういえば500年前から記憶が止まっているなら知らなくて当然だな。これは携帯電話といって、遠方の者と連絡を取る機械だ。今、車を呼んだので王宮へ行く」
そんな簡単な説明で分かるわけがない。そもそも電話とは何だ。私にも分かるように説明してくれ。と思っている内にまたよく分からない物が登場した。
ぶんぶんと音を立てて、路地の向こう側から走ってくる鉄の塊。これがフレイジャーの言う車とかいうやつか。
「これは車。まぁ移動手段の一つだと思ってくれれば結構。さぁ乗れ」
促されるまま乗り込むと柔らかな座席が尻を包んだ。言っては失礼だが、馬車の乗り心地とは段違いだ。ほとんど揺れも無く、急に馬が暴れることも無い。
「まだ御者などが馬車なのは燃料の問題だ。車を使うのは都市内が精一杯。電話も」
窓の外を眺めながらフレイジャーは言った。文明とはここまで進化するものかと僅かばかりの感動すら覚えていた私は座席の上で跳ねたりしていた。その様子をフレイジャーには呆れられていたようだ。
「ここが王宮の入り口です。既に話は通してありますので心配は無用です」
この城は馬車から見たあの城だ。近くで見るとさらに大きい。フレイジャーが3歩先を歩き、その後をついていく。城内に入ると煌びやかな内装が目に飛び込んでくる。金銀に知らない鉱石がふんだんに使用され、眩い輝きを放っている。かなり眩しい。
すれ違う兵士たちが皆、フレイジャーに向かって礼をしているところを見ると、かなり地位の高い人間のようだ。
「私だ。例の者を連れてきた」
一際大きな扉の前に着くと、フレイジャーが数回ノックして、何か中の者に伝えているようだ。まもなくして扉が開き、長く赤い絨毯の先に玉座に座る王が見えた。想像していたよりも若い。
「行くぞ」
フレイジャーに声をかけられ、慌ててついていく。王の近くまで行くとフレイジャーが跪いて、頭を垂れた。俺は一瞬、たじろいでしまったが、フレイジャーの『お前もやれ』と言わんばかりの視線を送られ、ささっと跪いた。
「リンダ・マーシュをお連れしました」
「そのようだな…まさか本当にいるとはな…よい。クリス、下がれ」
「はっ」
フレイジャーは一層頭を下げて、部屋を出て行った。それに伴って王の間の門を守っていた二人の衛兵も敬礼をして出て行った。
「さて、リンダ・マーシュ。楽にしていいぞ」
「は、はい」
俺は姿勢を崩した。何故か絨毯の上に座るのは良くないと思い、その少し左の地べたに座り込んだ。
「聞きたいことがあるんだろ」
「何から聞けばいいのか…」
「それもそうか…さぁてどこから話したものか」
王は背もたれに頭まで付けて、考え込んだ。そしてその考えがまとまった時、右手で作った握りこぶしを小指側から左手の平にポンっと打ち付けた。
「まあ一から話していこう。教科書に載っていることぐらいは聞いたとクリスから連絡があったが、それでよいか?」
「えぇ」
「うむ。当時の隣国オルドは人造人間の研究をしていた。それがマーシュ研究所。一言で人造人間と言っても人間が人工的に作れば、それは全て人造人間だ。中でも行われていた人造人間研究は錬金術を用いた生身の人間を素体とするものだ」
「じゃ、じゃあ私は…」
「元はと言えば人間だ。その失くした右腕に機械の断片など無いだろう? それにその身体の肉は素体のままのはずだ。ただ臓器や皮膚は取り換えられているだろうな。より完璧な人造人間を作る為に」
「そうですか…」
事の大きさに脳が付いていかなくなっている。私には王の話を聞くことしか出来なかった。
「人造人間の作り方だが、まず素体の確保だ。出来るだけ強く大きな身体の方が良いとされていたようだが、お前を見る限り、それが最適解ではないようだな。背はそれなりだが細い。500年の時を経て筋肉が萎んだか? まあいい。その後、それまでの記憶を消す」
「記憶を消す…」
「つまりそれまでの人生は無かったことなる。その後、人造人間に作り替えられ、完璧な人造人間になるべく再び教育がなされる。では国の求めた完璧とは何か。純粋な膂力、戦闘のセンス、超人的な五感、再生能力、そして…」
俺は息を飲んだ。
「人の心を持たぬこと…いくら教育で洗脳に近しいことを行ったとしても人間は本能まで忘れ去ることは出来ない。だから奴らは人を無にすることを望んだ。だが最後まで人間から心を無くすことが出来なかった。お前はそれ以外をすべて満たした最も完璧に近い存在だった」
王の話には迫力があった。それと同時に私という存在が肯定されているようで嬉しくも感じた。確かに私の人間としての人生は全く覚えてもいない。人造人間としての僅かな記憶だけだが、私が生まれた理由が何であれ、それを知ることが出来たのは幸福なことだった。
「私の何代も前の王が残した文書が未だに残っている。それは王やその重臣のみに伝えられてきた極秘情報だ。戦争が終わり、研究所が封鎖された時、1人の人造人間が逃走した。それ以外の人造人間は全て捕らえられたが、結局一人だけは見つからなかった。そんな記載が残っている」
「それが私…」
「そうだ。だが近々お前が姿を現すことは分かっていた。この研究ノートを見ろ。500年も前のものだからな。これは複写本だ。ここに記述がある」
私は王が指さした場所の記述を凝視した。
「被検体99号に封印をかけた。発動条件は再生能力の枯渇…おかしいと思わなかったか。というか自分に再生能力があるって知ってたか?」
「あぁ記憶の映像で見た」
「…そんなものもあるのか。じゃあ話は早いな。おかしいと思わなかったか。再生能力があるのに、右腕が再生しないことに」
言われてみれば…もう右腕が無いことに慣れて来ていて、何も感じていなかった。あの映像の限りではかなりのダメージを受けても修復されるようだったが。
「ここからは推測だが、お前は研究所から逃げた後、軍の追手との戦闘を経て、腕を切られた時に再生能力が枯渇して封印された。そして500年の時を経て、俺の前にいる。ちなみに500年って年数が分かったのは最近だ。研究で当時の技術で封印はマックスで500年前後だって計測が出た。お前の身体は500年前からそのまま保存されてる。再生能力が戻るのはもう少し先だろう」
「リンダ、リンダの事は知らないのか」
「お前ではないリンダ・マーシュの事か。まあ500年も前の人間だからな。もうとっくの昔に死んでいる。だがその血脈は受け継がれている…はずだ。お前の記憶が定かではない今、真実もまた定かではない」
王は複写本をポイっとこちらへ投げた。私はそれを受け取る。本の裏表紙にはリンダ・マーシュと線の細い綺麗な字で書かれていた。
「そのノートは元々彼女の書いた研究ノートだ。お前にやる。探したいんだろ。リンダの末裔を」
「あぁ」
「だが探してどうする。血縁者はリンダではない。会ったところで、何も出来まい」
「礼を言いたい。あのまま殺される運命だった私を生かしてくれた彼女は私の命の恩人だ。子孫であっても参るのが礼だ」
「そうか…止めることはせんよ。とはいえお前、一文無しだろ。ギルドに登録していけ。そこなら仕事のついでに遠方へも征伐に行けるし、金も得られる。一石二鳥だ」
確かに金は無いし宿も無い。私は今何も持っていない。あるのは使命と意思だけだ。だがそれだけでどうにかなるほど甘いものではないというのが現実だ。それは今も500年前も変わらない。
「世話になった。ギルドに行ってみる」
「そうするのが賢明だ。勝手に出ていかれて倒れたんじゃ元も子もない」
私は王の間を後にした。外ではフレイジャーが待っており、王の命令で暫く私についてくるらしい。私が3歩先を歩き、フレイジャーが監視するように後ろからついてきた。
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