3話
私は街中から奇異の目で見られていた。流石にこの大きな城下でも右腕の無い人間は普通ではないらしい。だが、そんなことを気にしている場合ではない。私にはリンダを探すと言う明確な目的が出来たのだ。
御者から教えてもらった建物の前まで来ると、想像以上の大きさに唖然とした。見上げれば腰を反るほど高い。討伐者はよほど人気な職業らしい。私は大きな玄関扉を開けて…
「ん、重いな…」
玄関扉は私が全体重をかけて押さなければ開かない程重かった。両手のみならず頭も扉に付けて、やっとの思いで開けた先に合った光景は、私は来る場所を間違えたかと思うようだった。
大量の長机が並び、そこに人がいっぱいに座って杯をぶつけ合って、飲み物を大胆に零しながら飲み干している。大勢の笑い声が絶えず、私の耳には五月蠅すぎた。それに何だか臭い。あの飲み物の臭いだろうか。外からは音も臭いも全く分からなかったのに。
入り口で茫然とする私に気づいた一人の男が、杯を片手に近づいてきた。
「おう、兄ちゃん。見ねえ顔だな。新入りか」
「あ、あぁ。今この街に着いた」
「ってことはこの街で討伐者になろうってことか」
筋骨隆々、2mはあろうかという巨体。恐らく怪力自慢で単細胞。突っ込んで殲滅するしか能が無く、筋肉が鎧ですと言わんばかりの肌面積の多い装備。いや流石に偏見か。そんな男だ。それにこの髪は何だ。何故頭の真ん中縦一列だけ髪を残して、あとは全て剃っているのだ。ここではこれが流行っているのか。
「まあ歓迎するぜ。あの扉を開けられれば合格ってのがここのルールだ。お前は合格したのさ」
あの重い門はそういう理由だったのか。その筋骨隆々の男は意外というのも失礼か、優しく色々と教えてくれた。登録の仕方、仕事の受け方、仕事の完了報告、報酬の受け取り方まで。
まずは討伐者登録が必要だ。あの御者も言っていたことだ。彼は私を登録カウンターと書かれた場所まで案内してくれた。
「おい、姉ちゃん。こいつが登録したいんだとよ」
「はい。討伐者登録ですね。お先に300ゴールド頂きます。」
先ほど御者から貰ったコインを差し出す。またお金が無くなってしまった。その後、紙を差し出され、いろいろと書かされた。とはいえ名前以外は空欄だ。誕生日などと書いていたがそんなものは知らないし、住所も無い。
「誕生日も住所も空欄…?あ、あの、どちらからいらしたんですか?」
「マーシュ研究所だ」
「マーシュ研究所…やだ何を言ってるんですか」
受付の女性は手を口に当てて笑い出した。何かおかしなことでも言っただろうか。
「マーシュ研究所って教科書で習う内容ですよ?懐かしいなぁ。学校のテストで出ましたよ」
「な、何を言っている…私は…」
「あれですよね。人造人間の研究をしていたって場所ですよね。もう500年くらいも前の話ですけど。今なら倫理的にあり得ないですよ」
「なっ…」
女性から語られた事実に私は言葉を失った。マーシュ研究所がもはや失われたものであることは覚悟していた。だが、マーシュ研究所のことを知りたい一心で会う人会う人に尋ねていた。それが仮に禁じられた言葉であったとしても。
「ならば私は…いや話を聞かせてくれ。登録では無くマーシュ研究所の話だ」
「え、えぇ。とは言っても誰もが学校で習う範囲の事しか分かりませんけど」
彼女はカウンター越しにマーシュ研究所のことを教えてくれた。
およそ550年前、当時のバンダ樹海はこの国の領域では無く、別の国の領土だった。その国が行っていたのが人造人間研究。戦争を有利に進める為、通常の人間を超越した人間を作ろうとしていた。しかし研究は思うように進まず、その間に戦争は劣勢になっていったようだ。結局完璧な人造人間が完成することは無く、戦争に敗れ、国は滅亡した。
そしてこの国家リードランドによってバンダ樹海近辺も治められることになった。リードランド政府は人造人間研究を倫理の観点から良しとせず、マーシュ研究所は全面閉鎖。しかしこの事を忘れぬよう、こうやって教科書などに記し、後世に語り継がれている。
「って感じですかね」
私は途方に暮れた。目覚めたら500年の時が経っており、外には魔物がうじゃうじゃといる世界で、故郷は既になく、探し人も見つかるはずもない。
あの時、リンダは私を逃がした理由は戦争に私を狩りだす為だったのか?世界を救うとは戦争に勝利させることだったのか?そう思うと全てが信じられなくなってしまう。
「すまない。討伐者登録はまたにさせてくれ」
「え?あ、分かりました。じゃあ300ゴールドはお返ししますね」
私はコインを受け取り、ギルドを後にした。来た時よりも扉は重く感じた。門を開けて前を向くと、城門の前にいた兵士と同じ格好をした奴らが20人は立っていた。門を取り囲むようして陣取り、私を待ち構えているようにも見える。いやそうにしか見えない。
兵士を掻き分けて、黒髪長髪を後ろでまとめた男が私の前に立った。彼が手を上げると、兵士たちは規律の取れた動きで銃を銃口を下にして地面に突き立てた。
「手荒な出迎えで申し訳ない。リンダ・マーシュ」
「何故私の名を…」
「私の名…か。まあいい。いや失礼。俺はフレイジャー。クリス・フレイジャーだ」
そう名乗った男は深々と頭を下げた。
「あなたを待っていた。500年の間ずっとね…」
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