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2話

ご覧いただきありがとうございます。

 翌朝、結局眠ることは無かった私はベッドに腰掛けたまま考えていた。これからどうすべきか。


 私の正体が人造人間だとして、その事実をどうすればいい。それに記憶の映像では私は世界を救うだとかなんだとかよく分からないことも言われていた。

 

 首都とやらに行けば、私の正体や研究所のことも分かる。とも思っていたが、あの襲ってきた兵士が気がかりだ。奴らは何の為に私を狙ってきた。明らかに彼女は私を守ろうとしていた。逃がそうとしていた。私は下手に動いて見つかってしまう方が不味いのではとも考えていた。


「おい、御者が来たぞ」


 猟師が部屋に入ってきた。ノックもせずぶっきらぼうに。それだけ言うと、またすぐに戸を勢いよく閉めて出て行った。どこまでもせっかちな男だ。


「リンダ、私は行くよ…」


 私はリンダに祈り部屋を出た。村の中心にある集会所のようなところに止まっていた御者に話しかけるとぎょっとされた。確かに右腕が無い人間を見れば誰だってそういう反応をするだろう。


「お、お兄さんも首都行きで?」


「あぁ頼む」


「はいよ。じゃあ1万ゴールドね」


「ゴールドとは何だ?」


「えぇ!? お金だよお金!」


 お金、そうは言われても俺はお金など持っていない。もしかしてと思って、服のあらゆるポケットを弄ってみたが何も出てこなかった。


 私がお金を持っていないことを知ると、御者は態度を変えた。金を持たざる者は客に非ずということらしい。結局追い返されてしまった私は猟師の元へ戻った。


「ん、あぁ金持ってないのか。しょうがねえなぁ。ここまで連れてきちまったし、ほら貸してやる。いつか返せよ」


「助かる」


 これが1万ゴールド。紙が1枚あるだけだが、これに1万の価値があるらしい。


 私はあの御者が去らないうちに駆け足で戻った。まだその場で馬車の整備をしていた御者に金を渡すと再び態度を変えた。何とも言えない客商売とはかような物か。


 その後、馬車はすぐに出発した。荷台には外から見えないように幌が張られている。しかし外の景色を観察することで思い出すこともあるかもしれないと布を翻して、馬を操る御者のすぐ後ろに陣取っていた。


「で、お兄さん。首都へは何をしに?」


「マーシュ研究所についての情報を得たい」


「マーシュ研究所?知らない場所だなぁ…俺もこの国の大体は行ってると思うがねぇ」


「そうか…」


「まあ長い旅路だ。ゆっくり休んでおきな」


「どのくらいかかる?」


「まぁ半日ってとこだな。魔物がいりゃもう少しかかる」


 魔物…あのイノシシも魔物の一種なのだろうか。私には銃も無ければ右腕も無い。魔物が襲って来れば御者に頼ることになる。


「最近の魔物は手強いって噂だ。出来るだけ会いたくないね」


「もし会った時はどうするんだ」


「まあ一応銃と刀は持ってるよ。じゃなきゃこんな仕事出来ねえ。俺だってそれなりにやってんだ」


 確かに御者の横には銃と刀が携えられている。確かに使いこまれた跡が見て取れる。銃は持ち手の木が汗で手の形に変色している部分もあり、刀も同様だが、更に刃毀れも目立つ。


 魔物が出ないことを祈りつつ、私は荷台に身体を戻した。暗く、幌の隙間から僅かな日光が差し込んでくる。そのくらいの明るさが私には心地よい。余りにも明るすぎる空は私には刺激が強いようだ。


 それからどれだけの時間が経ったのだろう。馬車の揺れ動く音と馬の蹄鉄が地面を踏みしめる音だけが延々と続いている。昨日の夜寝ていないせいか、心地よい揺らぎのせいか、ふと睡魔に襲われた。しかし御者の叫び声と急に止まった馬車が私の意識を呼び戻した。馬車の揺れで身体が進行方向へ大きく傾いき倒れてしまったため、四つん這いで這って蚊帳の外へ出ると、あのイノシシよりも二回りは大きな獣が道を塞いでいた。


「お兄さん、不味いぞ。こりゃ大物の熊型だ」


「どうにかなるのか?」


「倒すのは無理だな。魔物の注意を逸らして逃げるしかない」


 御者の手には強烈な臭いを放つ手のひらサイズの玉が握られている。彼は玉を力いっぱい道の外れた場所へ放り投げた。


「よし。あとは静かにしてろ」


「あぁ…」


 その時、またあの頭痛に襲われた。またしても映像が流れ込んでくる。


 目の前には私と背丈の同じくらいの男。周囲には同じく背丈の同じくらいの男たちが私たちを囲うようにして見つめている。彼等は皆揃って白い同じ服を着ており、目の前の男も、そして私も同じ服を着ている。彼等は大いに盛り上がるわけでもなく、ただ腕を組む者、気を付けをしている者、皆が静かに我々を見つめている。


 円の中にはもう一人、白衣を着た男。前の映像で見た人間とは違う。彼が両手を上げて合図をすると、目の前の男が有無を言わさず殴りかかってくる。私の顔を狙ったストレートパンチだ。私はそれを身体を逸らして躱した。


 躱したり、動いたりしているのは今の私ではない。当時の私だ。今の私は当時の私の目から映像を見ているだけに過ぎない。


 その後も格闘は続き、彼と私の秩序もない殴り合いは熾烈を極めていた。殴りつける拳、蹴り上げる足の甲、男の皮膚との摩擦で徐々に皮がめくれ、ひりひりと痛む。神経はシンクロしているようで、実際に痛みを感じている。


 しかし、距離を取って、少し休めば再生能力で痛み、傷はすぐに消えてしまう。それは相手も同じことだった。殴られ、蹴られ、痣まみれになった男の傷も見る見るうちに消えてしまう。これではいつまで経っても終わるはずがない。


 我々の死闘は唐突な終わりを迎える。私の傷の再生がいつの間にか弱くなってきているのだ。身体の痛みが引かず、傷もじわりじわりとしか治っていかない。そして相手を見れば、傷が全く治っていない。私はこれを好機と捉え、息を荒げる相手の身体に渾身のパンチをめり込ませた。


 私のパンチは男の腹を貫き、拳を抜いた後、男は膝をついて倒れた。生暖かい血が拳に、返り血が白い服にこびりつく。その出来事を境に監修であった我々を囲む男たちが一斉に拍手をし始める。


 そこで映像は途切れた。


「おい!おい!」


 ハッと目を覚ますと、魔物が後ろから追って来ていた。どうやらあの気を逸らすのは失敗したらしい。馬に鞭を打ち、最大スピードで飛ばしていたが、魔物との距離はどんどんと縮まっていた。俺は後方の布をめくって魔物との距離を測っていたが、道は直線、まだ首都はおろか建物すら見えない。このまま逃げ切るのは不可能であった。


「御者、世話になった」


「え、おい、あんた、死ぬ気か!?」


 私は馬車の後方から飛び降りた。慣性で身体が吹き飛ばされそうだったが、私の足は耐えることが出来た。あの映像で見たのは私の力の一部始終。私の身体は人工的に作られたものであり、人間よりも強化されていると推測した。何のためかは知らないが、二人で生きて帰るには私が奴を倒すしかなかった。


 戦い方は私の身体が覚えていた。魔物のかぎ爪を立てた大振りの攻撃をあの映像と同じように身体を逸らして避ける。身体は自然と戦闘の構えを取っていた。軽やかに小ジャンプでステップを刻みながら、魔物と対面した。


 辺りはだだっ広い平原。大きな岩も無く、遮蔽物は何も無い。じりじりと間合いを測り、円を描くように横に移動しあう。私に焦りはない。正確には私の身体に焦りはない。全ては私の身体が覚えている。


 機を焦った魔物が地を踏みしめて、勢いをつけて突進してきた。そして私に襲い掛かる瞬間、飛び上がり、私を見下すようにして両腕を振りかぶった。


 私は落ち着きはらって、身体を捻って力を蓄え、がら空きになった身体にパンチを叩き込んだ。あの映像とまたしても同じ。そしてその結果も同じだった。魔物の腹の真ん中に大きな穴が開いていた。獣はどさっとうつ伏せで倒れ、その灯を消した。


「お、おいあんた。大丈夫か!?」


 御者が引き返して来ていた。魔物の紫色の血液を服に付着させた俺を見るなりぎょっとしていた。だが俺が無事なことを確認すると、また馬車に乗れと催促してきた。


「あんたのおかげで助かったぜ。あんたもしかして討伐者かい?」


「討伐者?討伐者とは何だ?」


「あんた、それも知らないのか。討伐者ってのはな、あー何て言えば良いんだ? まあ魔物を倒して金貰ってる奴らさ。魔法使ったり、腕っぷしで倒したり、やり方は自由。今一番人気の職業だ。俺のガキだって討伐者になりてえって言ってたよ」


「そんなものがあるのか…」


「あんた、ゴールドも討伐者も知らないなんてどっから来たんだ」


「マーシュ研究所だ。だがバンダ村の猟師に助けられてな。その前は覚えていない」


「マーシュ研究所?うーん…何かで聞いたことあるような…」


「何!?本当か!? どこだ。どこで聞いた」


 俺は身を乗り出して御者を問い詰めた。御者は怯えた様子で首をぶんぶんと振って知らないとジェスチャーで伝えてきた。御者が一瞬、手綱を離したので馬が暴れてしまい、私もバランスを崩した。


「す、すまない。興奮してしまった」


「全くだぜ。で、マーシュ研究所だっけ。俺も聞いたことはあるが、何だったかな。思い出せねえや」


「そうか…」


 それからの旅路は静かなものだった。それからは魔物も出ず、長時間馬車に揺られていた。その時間は考えを纏めるのに十分な時間を有していた。


 今思い出したことは自分が人造人間であること。私はマーシュ研究所で生まれ、戦闘の訓練を受けいていた。そして何かをきっかけに私は処分されようとしていた。リンダがいなければ今の私はここにいない。当面の目標はリンダを探すことだ。もうこの世にいなくとも。


「おーい。そろそろ着くぞ」


 御者の声が聞こえたので、幌をめくって、外の景色を見た。今までの広い平原とは打って変わって目の前には巨大な城が飛び込んできた。真っ白で、他の建物とは頭一つ、二つ、抜きんでて高い。正面に目線を移せば、城門が既に見えており、見張りの兵士が二人左右に分かれて立っていた。


 まもなくして馬車が城門まで達すると、兵士2人が立ち塞がった。


「待て!」


 御者が身体を調べられている。視線で俺にも降りろと言っているようだ。兵士も長槍を携帯しているし、ここは大人しく降りた方が良いだろう。


「むっ。その右腕、大丈夫か?」


「あぁ…平気だ。それより何か調べるんだろう」


 どこへ行ってもこの右腕は驚かれるな。私は軽い身体検査だけされて、すぐに通された。奴らは何を持っていたら取り締まるのだろうか。


「じゃ、ここまでだ。あん時はありがとな。あんたは命の恩人だ」


「そこまでではない。それより最後に聞きたいことがある。討伐者というのはどうすればなれる?」


「討伐者?あんた討伐者になるのかい?えっとだな。そこだ。城よりちょっと小さい建物があるだろ。あそこがアーゲンテインの討伐者ギルドだ。ギルドは各町にあるが、アーゲンテインのギルドは規模もデカけりゃ、仕事もでかい。ただ強くなきゃ全く仕事は無い実力社会だ。頑張れよ」


「ありがとう。助かる」


「あ、そうだ。討伐者は登録制だ。登録料に300ゴールドかかる。ほらよ」


 彼はチャリンと俺の手にコインを落とした。これが300ゴールド。コインが3枚あるだけだが、先ほどの1万の紙よりも価値がありそうだ。


「じゃ、達者でな」


 そう言って御者は後ろ手を振りながら去っていった。何から何まで世話になったな。俺は去る彼に頭を下げて見送った。そして彼が見えなくなると、踵を翻して、教えてもらった討伐者ギルドに向かった。

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