裏通りでの交錯
交差点を直進し、川に架かる橋を渡る。
ようやく目的のゼット市に入った。ここから繁華街にあるNというバーまでは車で10分ほどである。
アイルは、ノーテンキな性分だが、それでも今日起こった出来事には驚かされた。
運び屋という仕事柄、危険な目に遭うのは初めてではない。そもそもまっとうな物品なら運送会社に頼めば良い。アイルのような個人の運び屋に依頼する時点で、曰く付きのブツなのはわかりきった話である。
(とはいえ……)
アイルが驚いたのは、女学生や老人など、一見して堅気と思われるような人たちに襲われたことである。
アイルは、十分警戒していたつもりだが、さすがに彼ら彼女らから襲われるとは思っていなかった。
そのため、初動が遅れ、後手後手に回った。運よく対応できたものの、一歩間違えば危険な状況に陥っていた可能性は高かっただろう。
目的地まで後少しだが、アイルは気を引き締めた。
繁華街が見えて来た。Nというバーは、裏通りにあり車では進めない。
アイルは、裏通りの入口近くで車を停車させると、後部座席からロケットパンチを掴んで車から降りた。
時刻は夕方、裏通りは閑散としており、アイルの他には、トレンチコートに帽子を目深に被った怪しげな男がいるのみである。
その男は、アイルが進む方向からゆっくりと近づいてくる。
アイルと同様にトレンチコートの男もサングラスをしている。そのため、目線がわかりづらいが、アイルが持っているロケットパンチを見ているように感じる。
(怪しい。怪しすぎる)
アイルは、警戒度をマックスまで引き上げる。
男との距離は、5メートルぐらいに近づいている。
目的は、やはりロケットパンチだろうか?
アイルは、後ろを向いて逃げ出そうかと考えたが、相手のトレンチコートの膨らみが気になった。銃を持っているかもしれない。
銃を持っているのならなぜ撃たないのかと思ったが、ロケットパンチに当たってしまうことを恐れているのかもしれない。だとすると、背中を見せるのは危険である。
アイルには、現状二つの武器がある。
一つは袖の下に仕込んであり、左手を勢いよく前に伸ばすと小型の閃光弾が飛び出てくる。
もう一つはサングラスに仕込んでいる。耳にかかるところの手前、いわゆる「つる」の部分が回るようになっている。つるを回すことによって内部に格納された麻痺針が前方に射出される仕組みとなっている。
さらに男との距離が近づく、今や2メートルほどの距離である。ここまで来ると、サングラス越しとはいえ、相手がロケットパンチを見ているのがわかる。
今やお互いに後一歩進めば、すれ違う距離だ。アイルは、心臓の鼓動が聞こえるような緊張感の中、相手の一挙手一投足に注意を払う。
アイルが集中しているからか、相手の歩みはスローモーションのようにゆっくりに感じる。
ついに、二人は横に並んだ。そして……そして何事もなくすれ違った。
(え? 何も……してこない?)
アイルが振り返ると、トレンチコートの男は、こちらを振り返ることもなく歩き去って行く。
拍子抜けもよいところである。
アイルは、肩で深いため息を付くと、前方に見えるNに向かって歩みを進めるのだった。