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奇妙な物体

 薄暗い部屋に一人の男が入ってくる。

 すらっとした長身で痩せ型、色の薄いサングラスをしている。

 荷物は何も持っていないのか手ぶらである。


 彼の名はアイル。職業は運び屋だ。


 アイルが入った部屋では、机越しに椅子に座った男が出迎える。

 依頼主のロンである。


 アイルと同様に、ロンもサングラスをしている。

 外から来た自分はともかく、部屋の中にいるのにサングラスをするなんて変な奴だとアイルは思ったが、口には出さなかった。

 この男からの依頼は初めてである。初対面での印象を悪くする必要性はないだろう。


「モノは?」

 アイルが尋ねる。

 ロンは、机の引出しを開けると、中に入っていたものを机の上に置く。


 それは……人間の手の形をしていた。


 もちろん、本物の人間の手ではない。

 材質は金属だろうか?

 少なくともプラスチックではないようだ。


「妙なオブジェだな。人間の手の模型か?」

 アイルは苦笑しつつ手にとって眺める。

 手のひらから手首部分まで、全体で20センチほどの長さだ。

 五本の指はギュッと握りしめられた状態となっている。

 

(義手やヒューマノイド用のパーツだろうか?)

 アイルのいる国では、人間に模したロボット……いわゆるヒューマノイドが社会一般に普及している。

 近年では、人間と見分けのつかないレベルになっており、倫理団体や人権団体などが、彼ら彼女らに対する権利問題を盛んに議論している。


「ロケットパンチだ」

 出し抜けにロンが言った。

「え?」

 アイルが聞き返す。

(ロケットパンチだと? こいつのことか?)


「報酬は100万。運び先は、ゼット市のNというバーだ。そこにいる痩せぎすなバーテンダーに渡せ」

 ロンはそう言うと、話は終わりだとばかりに、口を閉ざした。

 アイルは、人間の手の形をした物体……ロケットパンチを片手に部屋を出た。

 

 部屋を出るとエレベータを使わずに、非常階段で一階まで降りた。

 通りに出てしばらく歩く。特につけられている気配はない。

 案外楽勝か?

 ロケットパンチを握り締めアイルはほくそえむ。


 大通りを人ごみに紛れて駅まで歩いた。

 アイルは、運び屋のくせに車を持っていなかった。だから今回は電車を使うことにした。

 5つぐらい先の駅までの切符を買って、改札を抜ける。

 構内は比較的空いていた。目当ての電車はまもなく駅に着くようだ。


「それって、何ですか?」

 ホームで電車が来るのを待っていると、近くにいた少女が話し掛けてきた。

 帰宅途中の学生だろうか?

 この近くにあるカトリック系私立学校の制服を着ている。

「息子へのプレゼントでね。ロケットパンチっていうんだ」

 アイルは、人懐っこい笑顔を浮かべて嘘をつく。


「キェェ!」

 突然、女学生は奇声を上げると、力いっぱいアイルに向かってタックルをしてきた。 

「危なーい!」

 アイルは叫びつつ、さっと身をかわす。

 女学生は勢い余って、ホームから線路へと飛び降りてしまった。

 おりしも到着を迎えた電車がブレーキを掛ける間も無く、女学生は弾き飛ばされた。


 グシャという嫌な音をアイルは確かに聞いたし、電車にもそれなりの衝撃があったはずなのだが、誰もその凄惨な事故に気づかなかったようだ。

 アイルが電車に乗り込むと、何事もなかったように電車は走り出した。


(ま、いいか。この国では、人身事故は良くあることだ)

 アイルは、落ち着いて車内を見渡す。

 車内では、温厚そうなおじいさんがシートに腰掛けていた。


 おじいさんは、ずっとロケットパンチを凝視している。

 なんだか気味が悪くなってアイルは話し掛けた。

「これが気になりますか?」

「ああ…なんなんだねそりゃ?」

 おじいさんは、眉間に皺を寄せて尋ねた。


「これはロケットパ…」

 アイルが言い終わらない内に、おじいさんは般若の形相で叫んだ。

「うがぁー!!」

 アイルは、凄まじい勢いで突き飛ばされ、開閉ドアに身体を叩きつけられた。


 衝突により一瞬息が詰まるが、すぐに冷静になって前方を見据える。

 老人は、止めとばかりに突進してくる。

 アイルは、マタドールの様に華麗に老人をいなすと、勢い余って開閉ドアに突っ込んだ老人の後ろに回り込んだ。

 素早く老人の腰に両手を回して体を持ち上げ、後方へとぶん投げた。所謂、バックドロップというやつである。

 老人は、柔道やプロレスの経験が無いのか、受け身を取らずに頭から床に叩きつけられた。

 グギッという鳴ってはいけない音がして、老人は白目を剥いて昏倒する。


 派手に暴れた気がしたが、辺りの乗客は、その凄惨な出来事に気付かなかったようだ。

 ちょうど、目的の駅に電車が到着したので、アイルは老人をそのままに、ホームへと降り立った。


 この駅から目的のバーは、徒歩で一時間ぐらいである。さすがに時間がかかりすぎるので、車を使うことにする。

 アイルは車を持っていないが、カーシェアの会員である。

 スマートフォンを取り出し、専用アプリを使って検索すると、近くの月極駐車場で空きが有ったので予約する。


 駅からしばらく歩き、月極駐車場に着くと、目当ての車を探す。

 車は、駐車場の一番端っこにあった。車の近くにカーシェア会社の黄色いのぼりもあるので間違いないだろう。

 スマートフォンで、ロックを解除して車に乗り込む。

 車は1500CCの乗用車で、たいしてスピードは出ない。とはいえ、たまたま空きが見つかっただけでも良かったと思うべきだろう。

 キーボックスから取り出した運転キーを差し込み、エンジンをかける。小気味いいエンジン音とともに、一発でエンジンがかかる。

 アイルは、さっそうと駐車場から車を出すと、目的のバーに向けて走らせた。

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