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男性三人、女性四人。それが安藤静香が約半年間で殺した人数だ。年齢も職業もバラバラで犯人の手掛かりは無いに等しかった。これが連続殺人だと分かったのは、現場に残っていた指紋がすべて同じだったから。しかし、前科のない人間の指紋など保存は無く捜査は難航した。世間はこのネタでもちきりになり、犯人をまるで神のようにあがめる人も出てきた。この事件は迷宮入りだという人もいれば、いやいや警察が絶対に捕まえてくれるという人もいた。世間では勝手な犯人像が出来上がり、見た目が醜いものから美しいものまでもあった。まるで芸能人かのように有名になった連続殺人の犯人の顔が、安藤静香の顔写真がニュースで流れた時の世間様の反応は面白いものだった。安藤静香は世間が思っている見た目なんて何一つしていない普通のどこにでもいるような女性であったからだ。普通の会社で働いて、恋愛物語が好きで、お気に入りの喫茶店で紅茶を飲みながら本を読むのが日課。交友関係も在り来たりなもので、両親は彼女が大学を卒業してすぐに亡くなっているものの家族関係に対して問題は何一つ見つからなかった。テレビでは安藤静香の知り合いを自称した人間が「普通の良い子がなぜ」と言葉をこぼしているのを何度も見た。しかし中には「昔からおかしい子だった」と言う者もいて、安藤静香がどれだけ普通の人間だったかを思い知った。安藤静香は自分が殺人犯であることを認め、殺人の凶器や被害者の血が付いた服などが彼女の家から見つかったことから裁判では当たり前に有罪で死刑が決まった。彼女の弁護士側は減刑を求め再審を求めたが、彼女自身がそれを断った。
白い部屋で私と彼女が真っすぐと見つめ合う。彼女は、安藤静香は唇を開き「つまり、あなたは私の記事を書きたいからここに来たんですか?」と笑いながら言う。彼女の笑顔を見ていると人を殺したとは到底思えない。
「まあ、確かに、今まで普通でいた私がどうして人を殺すなんてことをしたのか色んな人は気になりますよね。」
彼女は少し考えるように首を傾げた。
「うーん、何から話せばいいのかな。難しいですね、自分のことを話すって。」
少女のような笑顔を見せる。
「はっきり言えば、私の予定では三人目あたりで捕まると思ったんですよ。だってわざと指紋も残したし、ほら、日本の警察は有能だって聞いたことがあるから、予定ではもっと早くお縄に着く予定だったんですよ。」
眉を下げて少し残念そうに彼女が言う。
「まあでも、捕まらないならそのままずっと殺し続ければいつかは捕まるでしょ?だからずっとずっと人を殺してきたんです。……でも残念なことに捕まることはなかったんですけどね。」
彼女が一息つく。
「あ、そっか!どうして殺したのかでしたよね。すみません、えーと、なんだろう、私が殺しに興味を持ったきっかけから話せばいいのかな…、うーん、なんだろう、きっかけか…そういうのは特にないんですよね…。」
彼女は考え込むように遠くを見た。
「難しいですね。」
彼女は可愛い笑顔を見せながら言う。
「まあ、人間って何かを殺して生き延びているじゃないですか、それが普通のことで、うーん、私にとってはこの私が起こした殺人もそれと同じなんですよ。…そう!普通の事!」
何か閃いたのか彼女は瞳をキラキラと輝かせた。
「人間は人間以外の生き物を殺しているのに、人間を殺すのは異常になるのが私にはよくわからないんです。」
彼女のその言葉と同時に部屋のドアが開いた。
「面会時間は終了です。」
不愛想な男性の警察官だ。彼女は笑いながら「わかりました」と言って椅子から立ち上がった。
「じゃあ、えーと井上さん!また会いましょう。」
彼女はそう言い残して不愛想な警察官に連れていかれた。その背中を眺めながら私も席を立つ。出口まで歩こうと足を動かそうとしかが動かすことが出来ない。不思議に思い足を見ると膝が震えていた。一秒でも早くここから出たいと思っていた私がこの白い部屋から出ることが出来たのはそれから数分後であった。