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カルテNO.4 前田(魔法使い)3/10

 3

「記憶喪失…… ですか?」


 怪訝そうに言う前田に、医師は「はい。脳の器質的問題がないかなど、検査をしてみる必要がありますが、その可能性が高いものと思われます」と答えた。


「でも、先生……」


 遠慮がちに、斉藤が言う。


「記憶喪失って、すごくショックなことがあるとなるんじゃないんですか? その時、前田さんは別にケガもしていませんし……」


 斉藤と老人は、顔を見合わせて「ねぇ」と言った。


「確かに、解離性健忘の原因は、精神的な強いショックである場合が多いですね。しかし、どのような出来事がその人にとって強いショックとなるかは、第三者からはわかりづらいものです」


 医師は三人にそう説明すると、前田のほうを向き直り、「前田さん、いかがでしょう、もしもあなたがこの二人の言うとおり、魔法使いとしてダンジョンに潜っていたとするならば、念のために検査を行い、記憶を失った原因を特定しておいたほうがよろしいかと思いますが」と言った。


 前田はしばらく考えてから、「まぁ、そういうことなら……」と、渋々検査することに同意した。


 医師が検査設備の整った総合病院への紹介状を書き、前田たち三人は帰っていった。


「解離性健忘か……」


 医師は電子カルテに入力した内容を読み返しながらつぶやいた。


「どうしたものかしらねぇ」


 斉藤たちがいたこともあり、診察中には、前田が記憶を失った原因となる出来事について掘り下げることを避けた。


 自我を脅かすような、耐え難い状況に遭遇した場合、人間は無意識のうちに防衛という精神活動を行い、自らのアイデンティティを守るようにできている。


 解離性健忘は、この防衛とは異なるものであるが、精神の安定を図るためのいわば安全弁として、つらい経験に関する記憶を「なかったことにする」心の働きが、記憶の喪失という形で出現したといえなくもない。


 解離性健忘を治療する、すなわち、失われた記憶を取り戻すということは、患者にとって「なかったこと」にしたいほどのつらい体験を、思い出させることとなる。


 果たして、治療を行うことは、本当に必要なことなのか。


 医師は椅子の背もたれに体を預け、目を閉じて自問自答した。


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