カルテNO.4 前田(魔法使い)10/10
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「みなさん、ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
医師から解離性健忘の原因を説明されてから数日後、前田は突然記憶を取り戻した。
パニックを起こしかけたが、記憶の回復に伴い、一時的に精神が不安定になる恐れがあるからと、医師から処方されていた安定剤を服用し、事なきを得た。
また、一緒にダンジョンに潜っていた仲間のことを、ストーカー呼ばわりしてしまったことも覚えていたので、前田はパーティーのリーダー的存在である斉藤に連絡を取り、平謝りに謝った。
斉藤は記憶の回復を喜び、さっそく仲間たちに招集をかけた。今日は、前田の復帰祝いを兼ねたダンジョン攻略の日である。
「いいんですよ、前田さん。そんなに謝らないでください」
斉藤と一緒に、シンオウメンタルクリニックを訪れた老人が言う。
「そうですよ、水臭い。僕ら仲間じゃないですか」
斉藤が笑顔で言った。
「俺は、他の魔法使いを探そうって言ったんだけどな。こいつがどうしてもあんたじゃなきゃダメだって言うからさ」
鎧を身に着けた戦士が、そう言って斉藤を指さした。
斉藤は照れ臭そうに頭をかいた。
「それじゃあ、行きましょうか!」
斉藤が気を取り直して言うと、一同は「おー!」と気勢を上げた。
「……ところで、前田さん」
ダンジョンに入るとき、斉藤が小声で言った。
「今回のダンジョン攻略が終わったら、その……」
もじもじしている斉藤に、前田は「ええ、何ですか?」と聞いた。
「食事でも、一緒にいかがですか? ……その、二人で……」
前田は、斉藤の緊張した様子に少し戸惑いつつ、「はい…… 私なんかでよろしければ」と答えた。
※※※
「ふう、やっと今日の診察も終わったわね……」
シンオウメンタルクリニックの診察室で、医師は椅子の上で伸びをしてつぶやいた。
「前田さんも、順調に経過してるみたいだし」
医師は前田から、記憶を取り戻して仲間と再びダンジョンに挑むという連絡を受けていた。
「本当、中学生ぐらいの時って、『なかったこと』にしたい思い出の一つや二つあるものだけど……」
医師は、デスクの引き出しを開け、デジタルフォトスタンドと「高校時代」というケースに入っているメモリーチップを取り出した。
「乗り越えられない記憶っていうのも、不思議とないのよねぇ……」
医師が手にしたフォトスタンドのディスプレイには、水泳大会で入賞した時の医師の姿が映し出される。
「この水着、高かったわ……」
水の抵抗を極限まで軽減する、全身を覆うタイプの水着に身を包み、高校二年の医師は、笑顔で表彰台に上っていた。
『ダンジョンメンタルクリニック』第4章を、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本作では、デリケートな内容を扱ったため、キャラクターのセリフなど、特に注意を払って執筆しました。
この作品を読んで、何か心に響くものがあったなら、簡単で結構ですので、ご感想をいただけると嬉しいです。
また、第4章の「オチ」につきましては、短編作品『プールの呪い』をご覧いただくと、「ああ、そういうことか」と、ご納得いただけると思います。
『ダンジョンメンタルクリニック』シリーズは、このような短編作品のほか、『医大に受かったけど、親にニューハーフバレして勘当されたので、ショーパブで働いて学費稼ぐ。』などのスピンオフ作品と連動しております。この機会にお気に入り登録していただければ、より作品世界を楽しめると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。