番外編 クリストフ 1
番外、クリストフ篇です。
それは、今まで感じたことのない衝動だった。
クリストフ・ヘリングは、青紫色の髪に藤色の瞳の少年だ。
幼馴染み二人と学園に通う年になり、そこそこなんでもこなせると自分では思っていた。
学園の本館の出入り口近くの掲示板前で、クリストフは一人の少女を見た。
その少女は、小柄な背丈を精一杯伸ばして掲示板に紙を貼り付けていた。
ふわふわな長く淡い金髪が、水色のワンピースドレスの背を覆っている後ろ姿が、クリストフの庇護欲を刺激した。
静かに背後に近づき、少女が掲示板に貼った紙を見る。
『募集。共同研究者。魔力と魔石についての研究』
その用紙の最後に書いてある名前を、クリストフはじっくりと見つめた。
セシリア・メイヤー。
それが少女の名前。
クリストフは、この少女をどうしても逃がしたくなかった。
「ねえ、その共同研究者、紹介してあげようか?」
声を掛けると、少女は勢いよく振り向いた。
少女の瞳は綺麗な水色。
小さな口をポカンと開けてクリストフを見上げる。
そして、やや首を傾げた。
「初めまして?私、セシリア・メイヤーと申します。共同研究者を紹介してくださる、とそうおっしゃいましたか?」
「うん。あ、僕はクリストフ・ヘリング、よろしく」
にっこり笑うクリストフを、セシリアは胡散臭げに見た。
クリストフは少しがっかりした。
クリストフの笑顔で堕ちない女性は少ないから。
「では、紹介よろしくお願いします」
「うん。今の時間だと、たぶんカフェテリアにいるよ」
セシリアを促して、カフェテリアに向かった。
カフェテリアでは、クリストフの幼馴染み二人が仲良くお茶をしていた。
青銀色の長い髪、黒い瞳の少女、エカテリーナ・フィツェラ。
深紅色の髪、蒼い瞳の少年、ルードヴィヒ・デュセル。
クリストフがセシリアに紹介したいのは、エカテリーナだ。
クリストフは三男なので家を継ぐ事もなく、将来は騎士になろうと思っている。
ルードヴィヒは次男だが、長男のスペアとして低い爵位をもらえる事になっている。
エカテリーナは魔力が強いので、魔術関係を専攻している。
なので、エカテリーナとセシリアを知り合わせようと思ったのだ。
セシリアとエカテリーナが友人になれば、クリストフとも接点が増えるという考えもあった。
クリストフがセシリアを連れて二人に近づくと、二人は目を丸くしてクリストフとセシリアを交互に見る。
セシリアをこっそり見ると、何故かセシリアも目を丸くしていた。
しかし、すぐに驚きを隠してしまう。
クリストフはそれを追及することはせずに、セシリアをエカテリーナに紹介した。
セシリアとエカテリーナはすぐに仲良くなり、共同研究のテーマもあっという間に決めた。
ルードヴィヒが何やら色々条件を付けていたが、クリストフは笑って聞いていた。
ルードヴィヒがエカテリーナを好きだという事は、三人が出会った頃から知っていたから。
クリストフは一応ルードヴィヒを応援している。
クリストフもそれとなくセシリアと仲良くなろうと、ことあるごとにセシリアに会いに行った。
そんなある日。
クリストフはその日もセシリアに会いに、研究室がある棟へ向かった。
あと少しで部屋が見えるという所で、か細い悲鳴が聞こえ、クリストフは走った。
廊下の先には、力無く座り込んだエカテリーナと、見知らぬ男に飛び蹴りを入れるセシリアが、いた。
「え?」
クリストフとエカテリーナの声がハモる。
セシリアは男の胸に膝を入れると、綺麗に着地して、すぐにエカテリーナの側に膝をつき、手を取る。
男は魔術で縛り、廊下に転がした。
「大丈夫?エリー。あの男の××××は潰しておくからね」
可愛くセシリアは、とんでもない言葉を口にした。
「セシー、駄目」
エカテリーナが涙目でふるふると首を振る。
それにセシリアは慈愛の微笑みを返した。
「大丈夫よ。ちゃんと証拠は消すから」
「犯罪、セシーが、そんな事しなくていいの」
「…………エリーがそう言うなら、止めとくわ」
クリストフが立ち尽くしていることに気づいたセシリアが、目を丸くした。
「やばっ!見られてた!」
「セシリア嬢?」
「あ、クリフ」
エカテリーナもクリストフに気づき、振り返る。
「何があったの?」
「エリーが、そこの男に襲われそうになったんです」
「ええ?!」
セシリアは見たこともない冷たい眼差しで廊下に転がる男を見る。
クリストフはエカテリーナに手をかして立たせ、エカテリーナの全身をざっと見る。
「怪我は、無いね。あの人、知ってる人?」
クリストフの問いに、エカテリーナは首を振る。
「ちっ!ゴミが」
「……………えーと、セシリア嬢?」
「あ!……………えへ」
誤魔化すように笑ったセシリアに、不覚にも可愛いとクリストフは思った。
「いや、あの、さっきあの人を蹴り飛ばしたよね?」
「……………」
「……………」
「……………はい」
無言に耐えられなかったのか、セシリアは項垂れて認めた。
「わたし、ちょっと、いえ、だいぶ女として駄目でして。まず、言葉遣いが女性らしく出来ません。動きも、おしとやかとはかけ離れています。なので、家族からは嫁ぐのは諦められてます。まあ、わたしも自立した職業婦人を目指してますけど」
クリストフはセシリアの暴露に目を丸くし、エカテリーナは何故かキラキラした笑顔になった。
「すごいわ、セシー。貴女は、ちゃんと将来を考えているのね」
「そんな、すごくないわよ。わたしは、エリーみたいな可愛い女の子になりたかった」
苦笑するセシリアを見て、クリストフはぎゅっと胸が苦しくなった。
「僕も、セシリア嬢はすごいと思うよ。それに、エリーを助けてくれてありがとう」
クリストフの言葉に目を丸くした後、ふにゃりと微笑んだセシリアに、クリストフはますますセシリアを好きになった。
エカテリーナを襲おうとした男は、学園に常駐している騎士達に連行されて行った。
セシリアは研究室に厳重に魔術を掛けた。
セシリアとエカテリーナ以外は研究室の扉を開けられない仕様にし、その他色々護りの魔術を施した。
これ、二人以外部屋に入れないんじゃ?とクリストフがひきつった顔で訊くと、セシリアはしばらく考えて、頷いた。
そして、少し魔術を掛け直して、セシリアとエカテリーナが認めた人物は入れるようにした。
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