番外編 ルードヴィヒ 1
番外編です。
ルードヴィヒがエカテリーナに初めて会ったのは、五歳の時だ。
親同士が仲が良かった上、それぞれの子供が同じ歳という事で、ルードヴィヒとエカテリーナとクリストフは引き合わされた。
場所は、王都にあるフィツェラ侯爵の邸宅。
母親達は庭に用意されたテーブルで優雅にお茶をする。
その間、三人の子供は庭で遊んでいた。
ルードヴィヒは、一目見た瞬間から、エカテリーナが好きになった。
青銀色の髪、黒色の瞳、白い柔らかそうな肌、小さな桃色の唇。
エカテリーナは大人しい少女で、あまり自分からは話さなかった。
ルードヴィヒとクリストフがエカテリーナの手を引いて庭を散策し、色々話し掛けるうちに打ち解けて、少し笑うようになった。
その笑顔に、ルードヴィヒは更にエカテリーナが好きになった。
度々三人は会う事になり、次第に仲良くなった。
しかし、十歳の時に、エカテリーナが第二王子の婚約者に選ばれてしまった。
ルードヴィヒは、腸が煮えくり返るほど悔しかった。
自分にもっと力があったなら、もっと大人だったら。
十三歳で学園に入学する時も、三人一緒だった。
学園では、一学年では基本的なものを学び、二学年になると専門的なものを学ぶ。
二学年と三学年で、各々テーマを決めて卒業する為の結果を出す。
騎士を目指す者は剣術を披露したり、文官を目指す者は論文を提出したりする。
学園の教師達に認められると、卒業が確定する。
ルードヴィヒは次男なので家督は継がないが、新たに爵位を賜る事が決まっていた。
それ故、領地経営に関する論文を書く事にした。
クリストフは騎士を目指す事にしたらしく、剣術を重点的に学んでいた。
エカテリーナは魔法が得意なので、魔法に関するなにがしかの研究をするつもりらしい。
そんなある日、クリストフが一人の少女を連れて来た。
いつも昼食は三人でとっていたのだが、その待ち合わせ場所に連れて来たのだ。
青紫色の髪、藤色の瞳、すらりと高い背、人好きのする整った顔立ちのクリストフの隣に、ふわふわの淡い金髪、水色の瞳の大きな目、女性の中でも小柄な身体、可愛らしい目鼻立ちの少女が立つと、なんだか不思議な感じになる。
「エリー。この子と一緒に研究してみない?」
「…………え?」
エカテリーナはこてんと首を傾げた。
少女はにっこり笑って軽く礼をとる。
「初めまして、私、セシリア・メイヤーと申します。私、共同研究者を探してまして、掲示板に募集の用紙を貼ろうとしていたところ、こちらのヘリング様にお声を掛けて頂きました」
「エリーも共同研究者探してたでしょ?丁度いいかなって」
「いや、そういう事は本人達の意見を先に聞くべきだろう」
思わずルードヴィヒがクリストフを窘める。
エカテリーナはセシリアを見つめて、今度は反対側にこてんと首を傾げた。
「えと、エカテリーナ・フィツェラです。研究は、どのような?」
「私、還元魔力に興味がありまして、それをどうにか留められないか、という様な研究をしたいのです」
「…………面白そうですね」
二人は一気に打ち解けた。
ルードヴィヒはそれをやや面白くない気分で見ていた。
しかし、エカテリーナの嫌がる事はしたくない。
研究はエカテリーナとセシリアの二人だけで、あまり人が寄り付かない棟の部屋を研究室として借りる、送り迎えは必ずルードヴィヒがする、という事を了承させて、なんとかルードヴィヒも認めた。
しばらくすると、仲良くなって態度が軟化したセシリアが、実は淑女とは言えない口調と行動の少女だとわかり、微妙な気持ちになった。
また、最初の約束を忘れてエカテリーナが一人で行動していたら、ストーカーに追いかけられて、運良く鉢合わせたセシリアが魔法でストーカーを撃退した上、研究室を魔法で改造した。
それでも、穏やかに学園生活を送っていた。
第二王子が、とある男爵令嬢を好きになるまでは。
エカテリーナが学園のカフェテリアで倒れたと聞いたのは、丁度ルードヴィヒがカフェテリアに向かう途中だった。
急いでカフェテリアに行くと、人だかりの中心に、地面に倒れた白い顔のエカテリーナと、その隣でエカテリーナの手を取り、真剣な顔で治癒の魔法を使うセシリアが居た。
「エリー?!」
「…………大丈夫。毒は抜いた。後は、エリーの意識が戻るかどうか………」
「毒?!」
驚いてルードヴィヒはセシリアを見る。
セシリアは、珍しく眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。
「そのテーブルにエリーは座ってたらしいの。そこに、カップがあるでしょ?そのお茶から、毒が出た。誰かが、エリーの飲み物に毒物を入れたのよ」
ルードヴィヒは言われてテーブルの上を見る。
横に倒れた白いティーカップがあった。
そこにクリストフもやって来た。
「ルード!エリー?!」
「クリフ、俺はエリーをフィツェラ邸に運ぶ。後始末頼む」
「あ、ああ、わかった。セシリア嬢は、どうする?」
「わたしは、残って学園側と警備の者に報告と説明をします。ルードヴィヒ様、エリーをよろしく」
ルードヴィヒはエカテリーナを抱き上げ、立ち上がると、足早に王都のフィツェラ侯爵邸に向かった。
三日経っても、エカテリーナは目を覚まさなかった。
ルードヴィヒは毎日見舞いに行き、エカテリーナが寝ているベッドの横でじっとエカテリーナを見つめる。
四日目の夕方、うっすらとエカテリーナの目蓋が開いた。
「エリー?!」
しかし、すぐにその目蓋は閉じられてしまい、ルードヴィヒは肩を落とした。
五日目、丁度クリストフが見舞いに来た時、エカテリーナがやっと目を覚ました。
「あなた達は、誰?」
ルードヴィヒとクリストフを見て、エカテリーナが不思議そうにまばたきをした。
記憶の混乱があるらしいエカテリーナに、ルードヴィヒとクリストフは戸惑うが、こてんと首を傾げる仕草は、エカテリーナだと安心した。
一回も見舞いに来ない婚約者である第二王子を不審に思ったフィツェラ侯爵夫妻に、ルードヴィヒとクリストフは、第二王子が男爵令嬢に夢中だと告げ口すると、速攻で国王陛下に婚約破棄を申し入れ、受理された。
ルードヴィヒは、不謹慎だが、歓喜した。
エカテリーナは、今、誰のものでもない。
落ち着いて、記憶が戻ったら、結婚を申し込もうと決心した。
それには、安心して療養出来る場所へエカテリーナを連れて行かなければ。
逸る気持ちを抑えて、ルードヴィヒはエカテリーナの両親、フィツェラ侯爵夫妻を説得して、エカテリーナをデュセル伯爵領に連れて行く事になった。
デュセル伯爵領は王都から遠いので、エカテリーナを殺害しようとした者も追っては来ないだろう。
まだ体調の優れないエカテリーナを馬車に乗せ、五日かけてデュセル伯爵領に行った。
そこでやっとはっきり目覚めたエカテリーナは、ルードヴィヒと会話するうちに、徐々に記憶を取り戻していった。
そして、エカテリーナを殺害しようとした人物が、第二王子がご執心の男爵令嬢だと判った。
ルードヴィヒは、復讐を決めた。
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