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エカテリーナはその日、講義がなかったので、学園のカフェテリアでお茶をしつつ本を読んでいた。

共同研究者のセシリア・メイヤーと待ち合わせをしていて、時間を潰していた。


ふと手元に影が差し、エカテリーナは顔を上げた。


エカテリーナの横に、可愛らしい少女が立っていた。


ストロベリーブロンドのセミロングの髪、若葉色の瞳、可愛らしい顔立ちの少女。


「こんにちは」

「………………」


少女の挨拶に、エカテリーナは応えなかった。

無表情に少女を見る。


何故なら、エカテリーナは人見知りだったからだ。


少女は気にせず話し出す。


「フィツェラ侯爵令嬢様、ですよね?」

「…………ええ」


エカテリーナの返事に、少女はにっこり笑った。


「特に、用事はないんです。ただ、確認したかっただけ」


そのまま、少女は去って行った。


なんだったのだろう?と、エカテリーナは首を傾げつつ、お茶を飲んだ。


そして、倒れた。







(うわぁお!!あれ、あの子、ヒロインちゃんだったんだ!)


エカテリーナは青くなって口元を両手で押さえる。


「あ、ああ、わたし、」

「エリー?!」

「あの子に」

「大丈夫だ、エリー。もう二度とエリーに近づけさせない」


ルードヴィヒが強く抱きしめてきて、エカテリーナはその腕にすがる。


(また死ぬところだったんだ。…………また?)


「…………ルー」

「っ!?エリー?」


(この世界を漫画で読んだのは、前の生。ああ、わたし、一度死んだのね。でも、漫画のストーリーと違う。わたしは第二王子を好きじゃないし、わたしが好きなのは)


エカテリーナはルードヴィヒを見上げる。

ルードヴィヒは無表情だが、目は真摯にエカテリーナを見つめている。


「思い出した。わたし、あの日、セシーを待っていたの、カフェテリアで。そうしたら、あの子が近づいて来て、わたしの名前を確認した。ただ、それだけ。でも、その後にお茶を飲んだら」

「わかった。もう話さないでいい」


もうこれ以上は無理じゃないかというくらい、ルードヴィヒは隙間をなくすようにエカテリーナを抱きしめる。

エカテリーナはルードヴィヒの腕の中で、震えた。

今になって、死んでいたかもしれないという恐怖が襲ってきたのだ。


「学園に、行かないと」

「エリー、駄目だ。あいつ等がいる」

「でも、わたし、もう婚約破棄したし」

「……………」

「論文、セシーにばかり任せておくのは」

「…………わかった。ただし、俺がずっと側にいる。心配だから、クリフにも言っておく」

「あと、お父様達にも」

「エリー」


ルードヴィヒの眉がやや下がった。

どうしたのだろう?とエカテリーナがルードヴィヒを見上げていると、ルードヴィヒがエカテリーナを抱き上げ立ち上がり、座っていた椅子に座らせる。

離れてしまった温もりをさみしいと思い、エカテリーナは軽く首を振る。

ルードヴィヒは、椅子に座るエカテリーナの前に膝をついて、エカテリーナの左手を取り見上げてきた。


「エリー」

「ルー?」

「俺は心からエリーを愛している。俺と結婚してほしい」

「っ?!!」


ルードヴィヒの求婚に、エカテリーナは声にならない悲鳴をあげた。


(ヤバイヤバイ!!イケメン怖い!けど、嬉しい!!あああ!!どうしよう?!)


真っ赤になって固まったエカテリーナに、ルードヴィヒは苦笑する。


「今すぐに答えなくていい」

「……………ない」

「エリー?」

「嫌じゃない、嬉しいの」


エカテリーナの目から、涙が零れる。

すぐにルードヴィヒがエカテリーナを抱きしめた。


「それは、承諾という事?」

「ん、うん。わたしも、ルーが好き」

「エリー」


その後、どれだけルードヴィヒがエカテリーナを好きかと語られて、エカテリーナ的に何かが削られていく感じだった。

ただ、前の生での自分も似たようなものだと、夜になる頃には菩薩の様な遠い目をしていた。






そこから、また一週間かけて王都へと戻り、フィツェラ侯爵家に到着したら、すぐにルードヴィヒがエカテリーナの両親に婚約の報告をした。

エカテリーナの両親も、遠い目をしていた。


それはそうだろう。

第二王子と婚約破棄したばかりの娘が、またすぐに婚約するとか、なんの嫌がらせか。


しかし、基本的には、両親は喜んでくれた。

ルードヴィヒになら安心してエカテリーナを任せられる、と。

どういう意味だ?と、問い質したいのを、エカテリーナはぐっと堪えた。


クリストフにもすぐに知らせた。


フィツェラ家に来たクリストフは、やはり遠い目をした。


そして、なにやら頷いて、ルードヴィヒの肩を軽く叩いた。

ルードヴィヒもこくりと頷く。


男同士の訳のわからないやり取りに、エカテリーナは首を傾げた。


「ルー?クリフ?」

「いやいや、エリーの記憶が戻って良かったな」

「うん。ごめんなさい、クリフにも心配かけて」

「ほんとにな。…………こんな箱入りの人見知りなエリーを嫉妬で殺そうとするとか」

「ああ。明日、学園に行く」

「はああ?!」

「決着を。明日、潰す」

「ほどほどにしとけよ。相手、一応王族だし」


エカテリーナは二人の会話を聞いていなかった。


学園に何を持って行くか、確認していたから。








次の日、学園の門を通ると、遠くから呼ばれた。


「エリー!!」


遠くから少女が走って来る。


そう、貴族の少女が、走って来るのだ。


近くにいた者達はぎょっとした顔で、少女から距離を取る。


淡いふわふわの金髪、水色の瞳、小柄な可愛い容姿。

セシリア・メイヤー伯爵令嬢。


「エリー!良かったわ、元気になったのね!」

「うん。心配かけてごめんなさい、セシー」


セシリアに飛び付くように抱きしめられて、エカテリーナは苦笑いする。

セシリアは、出会った時から奇抜な少女だった。

しかし、人見知りなエカテリーナが、唯一友人になれた同性だ。


セシリアはエカテリーナの左手と手をつなぎ、歩き出す。


「あ、クリストフ様、ルードヴィヒ様、ごきげんよう」


おざなりに挨拶するセシリアに、クリストフは微笑み、ルードヴィヒは無表情に頷いた。


「エリー。エリーが休んでいる間に、だいぶ実験が進んだのよ。論文にするには、あともう少し実例がほしいところだけど」

「そうなの。セシーに任せてしまって、ごめんなさい。えと、魔石に魔力を充填出来た、のよね?」

「そうそう。あ、エリーに見せたい物があるから、先にカフェテリアに行ってて」

「わかったわ」


セシリアは手を振ると、元気に走って行った。


「ふふっ。相変わらず可愛いね、セシリア嬢は」

「ええ、可愛いわよね」


クリストフの言葉に、エカテリーナは大きく頷く。


三人はカフェテリアに向かった。


カフェテリアに着いてすぐに、三人に近づいて来た人物がいた。


第二王子とフロリア・サンタリア男爵令嬢。


エカテリーナは顔を強張らせ、ルードヴィヒとクリストフがエカテリーナのやや前へ踏み出した。


第二王子は黄色っぽい金髪をかきあげ、茶金色の瞳で鋭くエカテリーナを睨んだ。


フロリアは第二王子の斜め後ろにいる。


「よくも、のこのことやって来られたな、エカテリーナ」

「……………」


返事をしないエカテリーナを、第二王子が更に睨む。


「なんだ、返事もしないとは、失礼な奴だな」


「とう!」


突然、第二王子とフロリアの前で何かが爆発して、白い煙が溢れる。


「な?!なんだ?!」

「あらー?ごめんなさい。手が滑ってそちらに飛んでしまいましたわ」


振り向くと、セシリアがにやりと笑って立っていた。


「ごほっ。お前の仕業か?!」

「あら、申し訳ございません、第二王子殿下。実験中の魔道具ですわ。害はありませんの。ほんの隙をつくる為の小さな爆発です」

「…………まあ、いい。エカテリーナ、お前の悪行はわかっている。フロリアを殺そうとした事も。お前との婚約を破棄する!」

「「「「え?」」」」


格好つけたらしい第二王子を、エカテリーナ達四人はぽかんと見てしまった。


「ぶふぅ!」


セシリアが令嬢にあるまじき声を出す。


「あの、第二王子殿下は、ご存知ないのですか?」

「なんだ?言い訳か?」

「いえ、あの」

「お待ちください、殿下。エリーがそちらのフロリア様を殺そうとした証拠はあるのですか?」

「当たり前だ。フロリアはエカテリーナによって階段から突き落とされたのだぞ」

「それ、いつの事です?」

「三日前だ。見ろ、フロリアの綺麗な手に傷が付いているだろう」


第二王子はフロリアの手を取って、見えるように出す。

しかし、セシリアはまたもや吹き出した。


「ぐふぅ!」

「あはは。どうしようか、ルード」


クリストフが苦笑いでルードヴィヒを見る。


「すごい稚拙な自作自演!笑える!」

「侮辱するつもりか?!」

「エリーに彼女を階段から突き落とす事は無理ですよ。エリーは、三週間前に毒殺されそうになって、ずっと療養していたんですから。三日前は、馬車で移動中、かしら?」

「そんな事は?!」

「だから、証拠を出せと言ったんですけど?まさか、彼女の証言だけ、とか言わないですよね?」


セシリアはにこやかに告げる。


「大体、第二王子殿下とエリーは、既に婚約は破棄されてます」

「「え?!」」


第二王子とフロリアが目を丸くする。


「あら、国王陛下からお話があったはずですけど?」

「聞いてないぞ!」

「聞いてないんじゃなくて、記憶力の問題ですね。貴方の勘違いでエリーを責めないでくださいな」


取り乱す第二王子の横で、フロリアがエカテリーナを睨んだ。


エカテリーナがびくりと身体を震わせると、ルードヴィヒがエカテリーナの腰を抱き寄せる。


セシリアはフロリアに近づいて、ぽんと肩を叩いた。


「ねえ、フロリア様。貴女、貴族や王族の婚姻について、ちゃんとお勉強しました?」

「どういう事?」

「王族は、基本的に伯爵家以上の家柄の者と婚姻を結ぶのよ。何故なら、それより下の家柄の場合、王族になれるような教育を施せないから。家柄やそれぞれの家によって教育も違うでしょうし」

「だから、何?!」

「男爵令嬢は、王族との婚姻など、無理なのですよ」

「嘘よ!」

「あら?殿下はちゃんと彼女に説明しましたか?フロリア様。貴女と第二王子殿下が結婚するには、ふたつしか方法がありません」


セシリアは指を二本出す。


「フロリア嬢が、伯爵家以上の家に養女にいき、そこから王家に嫁ぐ。もうひとつは、第二王子殿下が王族でなくなる事です」


フロリアは第二王子を見る。

第二王子はこくりと頷いた。


「じゃあ」

「ああ。貴女が養女に行くには、相手の家にメリットがなければ、受け入れられません」

「王子の妻になるのがメリットじゃない」

「王族に嫁ぐという、確たるものがあれば、ね」


フロリアは勝ち誇ったように笑った。


「なら、それは決定だもの、どこかの家に養女になれるわね」


セシリアは、くるりとルードヴィヒとクリストフを振り向いた。


「だ、そうですよ。どうぞ」


クリストフが苦笑いで頷く。


「ああ、君が大体言ってくれたから、あと少し、かな?第二王子殿下」

「なんだ?」

「貴方とフロリア嬢の婚姻は認められました。こちらが、陛下からの証明書です」

「フロリア!ついに認めてもらえたぞ!」

「ええ!」


クリストフが出した紙を見て、第二王子とフロリアは手を取り合う。


「それと」


クリストフがもう一枚紙を出した。


「第二王子殿下を王族から除籍する、と」

「は?!馬鹿な!」

「王命です」


クリストフから紙を奪い、第二王子は隅々まで見て、膝から崩れた。


「良かったですね。フロリア嬢が養女に行かなくても、結婚出来ますよ」


クリストフがにっこり微笑んだ。


「………結婚は、たぶん無理だぞ」

「「え?」」


ルードヴィヒは、フロリアを睨んだ。


「その女は、エリーを殺そうとした。犯罪者だ」

「な?!」

「証拠でもあるの?!わたしはその人と、ほぼ初対面よ!」

「ほぼ。ほぼ、ねえ」


セシリアがスカートのポケットから、何かを取り出した。

親指の爪くらいの大きさの石だ。


「こちら、わたしが研究開発した魔道具です」


セシリアはエカテリーナに近づき、エカテリーナの首に下がっているネックレスに触れた。

ネックレスには、セシリアが言った魔道具と、もうひとつ石が付いていた。


「ここに、同じ物が付いてます」

「あら、そういえば、忘れていたわ」

「んふふー。エリーのそういうところ、可愛いわよね」


そして、セシリアはエカテリーナのネックレスに付いている魔道具を外した。


「これ、エリーの前方の景色を取り込み続けています。有効期間は、そうですね、約三か月ですね。で、エリーが毒殺されそうになった時の事も、取り込んであります」


フロリアが青くなって座り込んだ。


「いいですかー?映しますよー?」


セシリアが魔道具に触れると、白いカフェテリアの床の上に映像が映し出された。


エカテリーナに近づくフロリア。

エカテリーナの前のカップに、何か液体を入れるフロリアの手。

カップに口をつけ、倒れたと思われる、ぶれた映像の後の地面の映像。


「はい。どうですか?これが、フロリア様がエリーを殺そうとした証拠です」


第二王子は、信じられないというようにフロリアを見る。

フロリアは力なく首を振る。


「エリーを殺そうとしなければ、ちゃんと第二王子殿下と結婚出来たんですけどね。あ、元王子殿下でした」

「だ、だって、この人しかわたしを好きになってくれなかったんだもの!ルードもクリフもフィルも、簡単に攻略できるはずのトムも!なんで?!なんでわたしを好きにならないの?!」


ダン!とセシリアがフロリアの横の地面を蹴りつけた。


「アホらしい。そんなどうでもいい理由で、エリーは殺されかけたの?」

「こんなはずじゃ、わたしはヒロインなのよ!」


エカテリーナは戦慄した。


(まさか、ヒロインちゃんも転生者?!)


震えるエカテリーナを、ルードヴィヒが抱きしめた。

それにセシリアが指を差して注意する。


「そこ!いちゃつかない!」

「……………」

「うわあ、無言で抗議するとか、おかしいんですけど」


カフェテリアに騎士が数人やって来た。


第二王子とフロリアを立たせて、連れて行く。


「あ、これ証拠です」


セシリアが騎士の一人に魔道具を渡していた。


ルードヴィヒはエカテリーナを近くの椅子に座らせる。


「えと、ありがとう」


エカテリーナが三人に頭を下げた。


「エリー」

「いいのいいの、エリーは友達だろ。誰だって友達が殺されかけたら、犯人が許せないさ」

「そうよ。わたしなんか気を付けてないと殴りそうだったわ」

「セシー。女の子がそんな事したら、駄目よ?」


エカテリーナが困ったように眉を下げると、セシリアは肩をすくめた。


「だって、まるで男性みんながあの人を好きになる、みたいな事言うから、頭がおかしいのかと思って」

「そうね。ルーやクリフも、フロリア様と仲が良かったの?」

「いや」

「全然!ある訳ないじゃん!」


ルードヴィヒは無表情に否定し、クリストフは頭をぶんぶん横に振る。


「良かったわね。これで、エリーも安心して学園に来られるわね」

「ええ」


読んで頂きありがとうございます。



第二王子の名前が無いのは、わざとです。

名前が無くてもどうでもいい存在、という意味を込めて。


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