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さっそくブックマークを付けてくださって、ありがとうございます。
エカテリーナは、記憶を掘り起こそうとした。
もうひとりの自分は、この世界とは別の世界で生きていた。
歳は、たぶん成人はしていたようだ。
その世界で、“オタク”といわれる趣味を持っていて、一番好きだった漫画の世界が、今のこの世界だ。
漫画のタイトルは『太陽の華』。
主人公は、ほぼ庶民と同じような生活をする男爵家の娘で、十三歳から王都の学園に通う事になるところからストーリーが始まる。
その学園でたくさんの人物と知り合い、仲良くなり、次第に第二王子と恋仲になる。
そこでエカテリーナの登場だ。
エカテリーナは第二王子の婚約者という事で、ヒロインを疎ましく思い、様々ないじめを行う。
それが第二王子に知られ、断罪されて婚約破棄される。
いわゆる“ざまぁ”される、という事だ。
ちなみに、クリストフはヒロインの友人になり、ルードヴィヒはヒロインに恋をする。
まあ、ヒロインは第二王子を選ぶので、ルードヴィヒは失恋するのだが、最後は笑ってヒロインを祝福する。
記憶の中の自分は、どうやら、ルードヴィヒが好きだったようだ。
それはもう、人生をかける程。
漫画は完結した後、人気は段々と下火になり、記憶の中の自分は、それが悲しかった。
だから、自分だけは忘れないように、記憶に、心に、魂に、刻みつけた。
故に、エカテリーナは思い出した。
たぶん、毒を飲んで死にかけた事で、魂に刻んだ記憶がよみがえったのだろう。
そして、そこまで思い出して、エカテリーナは首を傾げた。
(今、わたし何歳?それに、ヒロインらしき人物は会った事ある?あと、わたしが断罪されずに第二王子と婚約破棄したけど、ヒロインとの仲はどうなるの?)
エカテリーナは、ベッドの中で上半身を起こして、部屋の中を見渡す。
(ここ、どこ?)
知らない間に知らない部屋のベッドで寝ていたとは、エカテリーナは先程から茫然と部屋を見回していた。
エカテリーナとして目を覚ました部屋と、だいぶ違う。
薄い水色のベッドには、天蓋が付いていて、真っ白なレースが掛けられている。
壁はクリーム色に草色の蔦模様が描かれていて、床には柔らかそうな深緑色の絨毯が敷かれている。
部屋に置いてある家具は、白と焦げ茶色の落ち着いた雰囲気で、質も良さそうだ。
どうしようかと考えていたら、部屋の扉が開いた。
入って来たのは、ルードヴィヒだ。
起きているエカテリーナに気づき、ベッドへと近づいて来る。
「おはよう、エリー」
「あ、はい、おはようございます?」
つい疑問形で答えて、エカテリーナはこてんと首を傾げた。
「あの、ここは何処?」
ルードヴィヒはベッドの端に腰掛けて、エカテリーナを見つめる。
「ここは、俺の家の領地の別荘だ」
「はあ。…………はあぁぁあ?!」
思わず大声を出してしまう。
「いつの間に?!え?!なんで?!」
「ここなら、安全だ」
「いや、うん、わたしがまた殺されそうになると?」
「……………その可能性は、これから潰す」
低く告げられ、エカテリーナは何故かきゅんとした。
(いやいや!“きゅん”じゃないから!!)
「えぇ?わたし、何日寝てたの?」
「…………五日、の後、一週間」
「一週間?!」
「身体が弱っていたんだ。それに、まだ全快ではない。だから、無理はするな」
(おおう。その弱ったわたしを、たぶん馬車に乗せて無理矢理移動させたのは、誰ですか、あなたですよね?)
色々言いたいが、エカテリーナはルードヴィヒを責められない。
どうやら、好き、だかららしい。
(ええええ?!だ、だって、今のわたしとの関係がいまいちわからないのに?!)
「そうだ。食事を持ってこよう」
「え?あ!」
エカテリーナは自分の格好に気づき、顔を真っ赤にした。
(うわあ!!ネグリジェのまま会話してたよ!!)
「ああ。着替えはそこのクローゼットに入っている。…………手伝おうか?」
ルードヴィヒがクローゼットを指し、とんでもない事を言う。
エカテリーナはぶんぶんと首を振る。
「結構です!」
「…………そうか。着替え終わる頃に、食事を持って来る」
ルードヴィヒが部屋を出て行き、エカテリーナは大きく溜め息を吐いた。
クローゼットを開けて、中にある服を物色する。
適当に青色のワンピースを選び、着替えながら記憶を探る。
(エカテリーナの家は侯爵、クリストフの家も侯爵、ルードヴィヒの家は伯爵、だったような)
部屋に置いてある鏡台の前に座り、そこにあった櫛で髪をとく。
鏡の中の自分を見つめた。
(うーん。十三歳は越えてるわよね)
エカテリーナは、この世界の常識がいまいちわからないが、記憶にある貴族とは、それぞれ領地を持ち、そこに住まう民から税を徴収し、国に納める事で国に貢献する、という事を知っている。
つまり、エカテリーナの家も領地を持っている。
(ええ?!なんでそっちじゃなくて、こっちに居るの?)
立ち上がったと同時に扉が開いて、エカテリーナはびくりと体を震わす。
入って来たのはルードヴィヒだ。
「……………あ」
「エリー?」
「えっと、食事は、そこで?」
エカテリーナは、部屋にあるテーブルを指す。
「ああ。座って」
「はい」
ルードヴィヒはカフェテーブルの様なあまり大きくないテーブルの上に、トレイを置く。
エカテリーナは、そのテーブルの横の椅子に座る。
ルードヴィヒは、エカテリーナの前へ皿とスプーンを置いた。
皿の中はスープだった。
「いただきます」
スプーンでスープをすくい、口に入れる。
オニオンスープだ。
エカテリーナは頬を緩める。
「………美味しい」
「良かった。ああ、でも、無理に食べなくてもいい。ずっと水だけだったのだから」
「……………ん?水?どうやって?わたし、寝てたのよね?」
「吸呑で」
「ああ、そう。………………あなたが、わたしの世話をしていたの?」
「そうだ」
(おおう。堂々と言っちゃうのね)
エカテリーナはスープを飲み干し、ルードヴィヒにお礼を言った。
「ありがとう。わたし、この後、どうしたらいい?」
俯いたエカテリーナを、ルードヴィヒは黙って見つめた。
風が起きたと思ったら、ひょいと体が浮き、エカテリーナはルードヴィヒの腿の上に横抱きされていた。
「ひぇぇえ?!」
(近い近い!!イケメンが近い!)
ぎゅっとエカテリーナを抱きしめ、ルードヴィヒはエカテリーナと視線を合わせる。
「何も。エリーは、何も考えずに、ここで過ごせばいい」
「あの、でも、わたし………」
ルードヴィヒの瞳の中の自分を見て、エカテリーナは口を閉じた。
ルードヴィヒの腕の中で安心してしまう。
(ああ、これはヤバイ)
何もかも投げ出して、ルードヴィヒに依存したくなる。
(この感情は、ヤバイ。わたしの中のわたしが、なんていうか、感動してる。感激?歓喜?うーん)
エカテリーナは、ふいっと視線を反らした。
「あの、訊きたい事が、あるの」
「俺が答えられる事なら」
「………わたし、何者なのかしら?」
ルードヴィヒは眉を寄せて、エカテリーナを更に抱きしめる。
「あ、要約し過ぎた。えっと、今何歳で、学園?で何を学んで、誰と交流していたか、とか?第二王子殿下との事も」
「……………十五歳、学園では最高学年で、エリーは確か魔力還元における魔石の魔力充填率の研究をしていたな。交流は……………俺とクリフと、共同研究をしていたメイヤー伯爵令嬢、くらいか」
(ひえぇ!?研究内容がさっぱりな上、交流してない!友達少ない!わたし、ヒッキーとかに近いんじゃ?!)
内心青くなっているエカテリーナを置いて、ルードヴィヒは真面目に答えてくれている。
「第二王子とは、はっきり言って、会ってない」
「ええぇ?!」
「…………エリーは、あいつを嫌っていたはずだが?」
「そんなんで、なんで婚約してたの?!」
「ちょうど良い家柄の歳が近い令嬢が、エリーくらいだったから、王命で」
「おおう」
王族と婚姻が結べる家柄は、最低でも伯爵家だ。
それでも、公爵家や侯爵家にちょうど良い者がいない場合、という条件が付く。
エカテリーナの上の家柄で、第二王子と歳が釣り合う娘がいなかった故に、エカテリーナが婚約者に選ばれたようだ。
(貴族だから政略結婚は仕方ないとしても、尊敬もしてない相手との結婚は嫌だったんだろうなあ、わたし)
そこで、エカテリーナは首を傾げた。
「第二王子殿下は、どんな人?わたし、どうして嫌ってたの?」
ルードヴィヒは少し考えるように首を傾げた。
「第二王子は、良くも悪くも天真爛漫だ」
「……………えっと、それは、空気読めない、とか?」
「くうきよめない?」
「ああ、うんと、他人の機微がわからない、とか、他人に気を遣えない、とか」
「そうだな。そういう人だ」
(うわあ。それは、確かにわたしが嫌いなタイプ)
「それに、あいつは男爵令嬢にいれあげている」
「え?!」
(それって、ヒロインちゃん?!えっと、確かヒロインの名前は………)
「フロリア・サンタリア、男爵令嬢」
「!?思い出したのか?!」
「ええ?待って、わたし……………」
エカテリーナは薄らぼんやりと、思い出した。
読んで頂きありがとうございます。