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高橋元種

秋月種実の金谷(かなや)城を出立した頼房の一行は、伊東家の飫肥(おび)、秋月家の所領である財部(たからべ)を通り秋月種実の次男、高橋右近大夫(うこんのたいふ)元種(もとたね)が治める(あがた)へとたどり着いた。飫肥の伊東祐兵(すけたけ)と秋月家当主の秋月種長は上方に滞在しているため、日向の領主との対面は元種が始めてである。

初めて顔を合わせた高橋元種は、頼房よりも背の高い、堂々たる体躯の男であった。顔立ちはやはり秋月種実によく似ている。

その元種に誘われ、頼房は茶を馳走になっていた。

「相良殿には、我が父種実の元へも立ち寄っていただいたとか。お心遣い、かたじけのうござる」

「なんの。この頼房も歴戦の名将にお会いでき、楽しいひとときでございました」

頼房がそう言うと、元種は苦笑した。

「歴戦の名将、でござるか。確かにかつての父はそう呼ばれるにふさわしいお方でござったが、家督を譲ってからは金谷の城で釣り三昧の日々だとか。まったく嘆かわしいことでござる」

そう言うと元種はわざとらしく溜息をついた。

「筑前秋月におられた頃の父上は、仇敵である大友宗麟を滅ぼすために目を爛々と輝かせて策略を巡らし所領を拡げ、没落の身から一代にして筑前、筑後、豊前にまたがる大領地を築かれた。それなのに関白に降伏して秋月を失ってからはすっかり抜け殻のようになってしまわれて……。ああ、何とも嘆かわしい」

『豊後の大友家を滅ぼすことのみを生き甲斐にし、ぎらぎらした目で戦と(まつりごと)に励む父上は、なんとも恐ろしいもので』

『高橋の兄などは、父上がすっかり気落ちして抜け殻のようになってしまわれたと嘆いておりまするが、わたくしは、今の父上の方が好きでございます』

頼房は、金谷城で会った、元種の妹にあたるあやめの言葉を思い出した。血を分けた兄妹でも、考え方は正反対のようだ。

「ところで相良殿、金谷に立ち寄られた折、我が姉妹の誰かにお会いなされたか?」

ちょうどあやめのことを考えていた頼房は、唐突な問いに茶をむせ込みかけたが何とか耐えた。

「金谷城の近くを散策しておりました折、六の姫とお会いいたした。ちょうど海辺で貝を拾っておいでで、その場でお話を少しばかり」

頼房がそういうと、元種は意外そうな顔をした。

「ほう、あのじゃじゃ馬が。……おおかた、城を抜け出るための口実でござろう。秋月にいた頃も手を変え品を変え、城の外に出たがっていたようで。まあ、父上はおとなしい娘よりもじゃじゃ馬の方がお気に召していたようではござるが」

……そういえば、あやめもそんなことを言っていたような気がする。

「そうそう、もう一人、あやめに輪をかけたじゃじゃ馬の妹が一人おりまして。豊臣の殿中に奉公に出ていた折、人質として来ていた肥前松浦(まつら)家の分家と子息と恋仲になり、すでに祝言を挙げて子も儲けておるとか。いやはや、我が兄妹一のじゃじゃ馬が母親とは、世の中何があるかわからぬもので」

そこまで言うと、元種はいたずらっぽく笑った。

「実のところ、二人が恋仲になっておるなど秋月の兄上には寝耳に水で、大慌てで祝言の段取りをされたとか。まあ、関白に降伏する時に人質として差し出した手前、あの妹にはどうにも弱いところがおありのようでござる」

「人質?」

「おや、ご存じないか。関白の軍勢が九州に攻めてきた折、関白の勢いに対抗しきれなくなった父上は、十六歳になった妹と天下に名高き茶入、『楢柴肩衝(ならしばのかたつき)』を献上して降伏なされた。幸いにもお手付きにはならず、豊臣の殿中にて働いておるところに例の松浦の若君がやってきたらしい」

「なんと、稀なる縁もあるものでございまするなあ」

頼房がしみじみと感想を述べると、元種がずいっと膝を寄せてきた。

「そこで、でござる、相良殿。どうでござる、我が妹、あやめを嫁に」

「よ、嫁!?」

――確かに彼女のことは好ましく思っているが、展開が早すぎる。

「我が妹ながらなかなかの器量良しでござるし、体も丈夫でござる。それに、秋月家は元を辿れば、村上帝の御世、かの藤原純友を退治した大宰府の官人の家柄。悪くはございますまい」

元種は、さらに膝で一歩距離を詰めて力説する。

押しが強いと言うべきか、圧が凄まじいと言うべきか。

「た、確かに姫はお美しく、お話をしていて楽しいお方ではございましたが、姫のお気持ちもございまするし、この場では何とも」

頼房は、自分の顔が火照っていくのを感じた。

「ふふん、そうでござろう、そうでござろう。なあに、ご心配めさるな。この元種が、秋月の兄には話を通しておきましょうほどに」

頼房は、この言葉にふと我に返った。大名の姫の結婚は、その時の当主が最終的には取り決める。そこに、本人の意思は存在しない。当時の結婚は十五~十六歳で行われるのが普通であり、あやめはその年齢を過ぎてもなお家に留まっている。

――もしや、心に決めたお人がおられるのやもしれぬ。

そう考えると、心が冷えた。もしこのまま当主である秋月種長に話が通り、彼女を妻として迎えれば自分は満足かもしれないが彼女を不幸にしてしまうかもしれない。彼女をいとおしく思うがゆえに、彼女が悲しむようなことは耐えられない。

「こればかりは、この頼房の一存では決められませぬ。この話は、またしかるべきときに」

すると元種はもとの位置に戻り、少し残念そうな顔をした。

「そう言われるならば仕方がない。なれど、この元種、一目()うて相良殿のことを気に入りましたゆえ、相良殿が義弟になったくだされば嬉しい限りでござる。それに、この元種、今を時めく備前宰相様の従妹殿を正室に迎えておりまするゆえ、かつて関白に歯向こうたことへの心配は無用でござる」

備前宰相、宇喜多秀家。備前宇喜多家の若き当主で、関白秀吉の最愛の養女を正室に迎えるほど気に入られているらしい。備前宰相の話を出してくるあたり、何を心配しているかはお見通しのようであった。

「なかなかに気の強いおなごではござるが、わしにはあれくらいがちょうどよい。それに、笑うと何とも愛らしいもので」

……いつの間にか、自分の妻の惚気話が始まっている。

「こほん。失礼を」

元種は我に帰って話題を変えた。

「まあ、所領も日向に移り、豊前にいた頃には思いもしないところから妻も迎え申した。父上のように、失ったものを嘆いても仕方がない。必要なのは、これからどう生きるかでござる」

元種は、そう言いながら目をギラギラと輝かせている。……きっと、若かりし頃の秋月種実もこのような目をしていたのだろう。

「せっかくこの地の領主になったからには、この縣を、日向一の城下にして見せる。秋月の兄上にも、伊東と島津にも負けぬ、立派な町を造りたい。相良殿も、隣国の加藤や小西には負けぬという気概をお持ちでございましょう」

元種は自らの夢を熱く語っているが、頼房はとりあえず先祖より受け継いだ所領を守れればそれでよかった。

「いや、所領の広さも石高も桁が違いまするし、先祖代々の本貫を守れればそれで……」

「なんともったいない。石高は違えど、隣国には負けぬという気概を持たねば」

「はあ、そういうものでございましょうか」

「そういうものでござる。それに我が所領は豊後の大友との国境、なんとしても立派な城と城下を作り、いざという時に備えねば」

そこまで言うと、元種は再びずいっと膝を近づけてきた。

「ところで相良殿、相良殿の所領は肥後の球磨一郡でござったな」

「左様にござる」

「つまり、日向の米良だの椎葉だのは相良殿の家臣ではないと」

――なるほど、そういうことか。

頼房は察した。米良は肥後の菊池の血を引く米良氏が、椎葉は那須一族が所領とし、関白秀吉からも認められているはずだ。

「所領を接する秋月の兄上も飫肥の伊東殿もご興味はない様子。ならばこの元種の配下となっても問題あるまいと思うのでござるが」

――たいそうな野心家だ。

頼房は自分の顔がひきつっているのを感じた。

「お止めになられた方がようござる。肥後の国衆たちのように反抗されては国が治まりませぬ」

「なあに、反抗すれば叩き潰せばよいだけのこと。現に、高千穂の三田井なる者がこの元種に従おうとせぬゆえ、攻め滅ぼす算段をしておるところでござる」

そういえば、この高橋元種、関白秀吉の九州征伐の時に毛利家の名将、小早川隆景相手に十日以上籠城した猛者であった。

元種の実父である秋月種実は元種のことを「血の気の多い男」と言っていたが、想像以上である。

――長い付き合いになるな、よくも悪くも。

頼房は、そう直感して内心溜め息をついた。

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