代替わり
「佐々殿が切腹!? それはまことか」
天正十六年も五月の中頃。桜の季節も終わり緑が濃くなり始めているそんな時期に、その衝撃的な報せが上方よりもたらされた。
「確かな報せにござる。国主様は今月の十四日に、摂津国尼崎にて腹を召されたと」
次席家老の犬童休矣が疲れきった様子でそう答えた。
「一揆が終わって半年で、まさか国主様まで切腹とは……。まこと、深水殿には頭が上がりませぬな」
「なに、家臣として当然のことをしたまででござる」
筆頭家老の深水宗芳は、前よりもやつれた顔に笑みを浮かべる。疲れが出たのか、上方から帰ってからこのかた、床に臥せることが増えたと聞く。
「いいや、まさしく、そなたのおかげでこの頼房も生きておるのじゃ」
頼房は、そう言って宗芳を労った。
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遡ること、およそ半年。
天正十五年十二月六日、最後まで豊臣勢に抵抗した和仁親実の田中城が落城、肥後の国衆一揆は鎮圧された。
国衆たちのその後は悲惨なもので、領地の召し上げはまだよい方、多くが処刑か、ひどいものは一族郎党皆殺しの憂き目にあい、国衆のほとんどが滅亡した。
「関白殿下はまことに容赦のないお方じゃ、宗芳がおらねばわしもきっと……」
頼房は、国衆たちの悲劇を慄然とした思いで聞いていたものである。
頼房の相良家は肥後の国主・佐々成政の要請に従い、進軍してくる薩摩の島津勢を国境で追い返した。しかしそれは成政の誤解で、島津家は関白秀吉の命令で成政の救援に向かっていたのだ。それを知った秀吉は怒り心頭だったらしく、家老深水宗芳が上方で秀吉に必死の弁明をしてどうにか許しをもらうことができたのだった。
*****
「国主様は切腹、国衆たちはほとんどが滅亡。かの甲斐宗運の甲斐家も……」
そう言って、犬童休矣は言葉を切る。
頼房の父・義陽の無二の友であり、仇でもある甲斐宗運。その宗運の甲斐家は、宗運の息子、宗立が一揆に加わったことで滅亡した。宗立自身は益城郡の六嘉なるところで自刃、もしくは手足に重傷を負って亡くなったという。
甲斐家の滅亡を知っても、頼房は全く嬉しいとは思えなかった。むしろ、どこか悲しいし哀れにも思える。
「……父上は、どのように思われるであろうかな」
頼房はポツリと呟く。きっと亡き父も、頼房と同じようなことを思うであろう。少なくとも、喜びはすまい。
「それはそうと、佐々殿が切腹を命じられたということは佐々家は所領召し上げか?」
「そうなりましょう。そもそも佐々様と関白殿下は折り合いが悪いという噂でございましたし」
頼房は、悩ましげに溜め息をついた。やっと島津の配下から独立大名に戻れたというのにどうしてこうなるのか。何故、自分の代になってから次から次へと。
「次の領主様も早々に決まったそうで。……肥後を三つに分け、北半国と葦北郡を加藤主計頭清正様に。そして、南半国を小西摂津守行長様に。もちろん球磨郡は、我が相良家に」
深水宗芳の言葉に、頼房は思わず目を見開いた。
「小西殿!? あの小西殿か?」
「左様、我が相良と上方の取次役をされているその小西様でございまする」
「なんと……! 知らせてくれればよいものを、小西殿が隣とは嬉しい限りではないか」
頼房は先程まで落ち込んでいた気分が嘘のようなに晴れた。そんな頼房の表情を、休矣は不思議そうな顔で見る。
「……上方との交渉は深水殿に任せておりました故よくは存じませぬが、殿はそれほど小西様がお好きで」
「うむ、よき方じゃぞ。そなたも見たであろう、わしが殿下への叛意を疑われた時、心配して実の弟を寄越してくださった」
「あの御仁、誠に小西様の弟だったのかは甚だ疑問でござるが……。それにしても、小西様の元の御領地は瀬戸内の島々であったとか。領地の広さでいえば、破格の大出世でございまするな」
休矣は頼房の喜びように、若干引き気味に答える。
「では加藤殿とはどのようなお人じゃ?」
「加藤様は関白殿下が越前北ノ庄の柴田勝家と戦った賤ヶ岳の戦いの折り、槍働きにて手柄を上げられた武断のお人とか。関白殿下の遠戚という話ではございますが、こちらも破格の出世でございましょうな」
深水宗芳が、加藤清正について説明する。
「所領を接する広さで言えば小西様、球磨の交易を考えるならば葦北の港を擁する加藤様。どちらとも仲良くしておくに越したことはない。……ただ」
「ただ?」
宗芳は、言いにくそうに言葉を切る。
「加藤様と小西様は、関白殿下の御家来衆の中でも特に仲が悪いと評判でござる」
頼房は、それを聞いてきょとんとした顔をする。
「同じ関白殿下の御家来であろう、何ゆえ仲が悪いのじゃ」
その言葉に、宗芳と休矣は一瞬顔を見合わせる。
「……同じ家中とはいえ、互いに反りが合わぬものは合わぬ、人とはそういうものでござる」
「……はあ、そういうものかのぅ」
休矣の言葉を頼房は半信半疑で聞いていた。
「ところで、殿」
「何じゃ?」
宗芳が改めて居ずまいを正すと、休矣もそれに倣う。それを見た頼房も、すっと背筋を正した。
「隣国のご領主も替わることでござるし、この期に、そろそろ家中の差配を若い者に譲ろうかと思っておりまする」
「この休矣も、同じく。どうかお許しを」
家老二人はそう言って頭を下げた。
頼房は、突然のことに理解が追い付かない。
だが、確かに二人が言っていることは真っ当な意見だ。人は老いるし、いつか死ぬ。二人がいつまでも頼房を支えることはできないのだ。
「面を上げよ。……残念じゃが、仕方あるまい。誰に譲るつもりじゃ?」
「この深水宗芳は、我が甥左馬助頼蔵に」
「同じく、犬童休矣は我が嫡男、軍七頼兄を後継に」
「あいわかった。じゃが、そなたらもまだまだわしを助けてもらわねば困るぞ」
頼房の言葉に、二人は笑みを浮かべた。
「もちろんでござる。……まことは、犬童殿の嫡男軍七殿に全てを譲りたかったのでござるが、深水の一族の反対にあい、やむなく我が甥を後継に。軍七殿は頭の切れる賢き若者でござるが、我が甥左馬助はのんびりしたもので」
「何をおっしゃる。ありがたきお言葉ではござるが、我が嫡男軍七は頭は切れてもどうにも人に冷たいところがござる。恥ずかしながら、改めるように言ってもなかなか聞く耳を持たぬもので。その点、左馬助殿は穏やかで人当たりがいい。よき跡継ぎになられましょうぞ」
深水左馬助頼蔵は、頼房の弟・長誠とともに上方へ人質として赴いており、宗芳が上方に赴いた際に共に人吉へ帰ってきている。もちろん顔を合わせたことは何度もあるが、どちらかといえば犬童休矣の嫡男、軍七頼兄と顔を合わせる機会の方が多かったように思う。
「左馬助と軍七がそなたらのように力を合わせてわしを支えてくれれば百人力ではないか、期待しておるぞ」
頼房は、それを一切疑ってはいなかった。
「さてさて、加藤殿と小西殿が正式に国入りをされた暁には、祝いの使者を出さねば。祝いの品も準備せねばならぬし、忙しくなるのぅ」
島津、佐々、そして今回の加藤と小西。頼房の代になって、隣国の領主は目まぐるしく変わる。
――今度こそ、落ち着いてくれればよいが。
頼房は、そう願わずにはいられなかった。
令和2年7月豪雨で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
この小説の舞台でもある人吉球磨は歴史・文化・自然豊かな地域で、作者個人としても思い入れのある場所です。それだけに、今回の豪雨による甚大な被害に大きな衝撃を受けました。
今も苦しまれている被災者の方も多くおられ、この小説を書き続けていいものか悩みましたが、一人でも人吉球磨地域や領主であった相良家に興味を持ってくださる方がいればと思い、小説を書き続けることにしました。
いたらない点も多くありますが、今後ともどうかよろしくお願いいたします。




