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宗芳上洛

「殿下は、この頼房が私怨で島津に嫌がらせをしたと思っておいでなのか」

頼房は、『島津義弘への遺恨を捨てよ』という秀吉からの書状を見ながら頭を抱えた。確かに私怨もないわけではないが、今回島津の軍勢を追い返したのは佐々成政の要請があったからに他ならない。

「さて、これは厄介なことになりましたな」

深水宗芳もまた、難しい顔をして考え込んでいる。佐々成政が今更自分が要請したと関白秀吉に伝えるわけがないし、仮に伝えたとしても一揆を起こされたことに怒り心頭の秀吉が成政の言うことを信用するとも思えない。

「……殿に、佐々様の命に従うよう勧めたのは(それがし)にござる。此度のことはこの犬童休矣が殿を(そそのか)したことにして、某が老腹(おいばら)掻き切り首を差し出せば、あるいは殿下も……」

「ならぬ!」

「なりませぬ!」

頼房と宗芳が、休矣の言葉に異を唱えたのは同時であった。

「犬童殿にはまだまだお家を、殿を支えていただかねば。それに、その理屈でいけば葦北で島津の軍勢を足止めしたのはこの宗芳でござる」

宗芳の言葉に、休矣はしゅんとうなだれる。

「そなたらのせいではない。命じたのはわしじゃ。……確実に所領が安堵されるならばこの首差し出しても惜しくはないが、一族郎党皆殺しにされるならば意味がないしのう」

頼房がそう言うと、二人の家老の顔から一気に血の気が引いた。

「殿が首を差し出されるなど、何があろうとなりませぬ。いや、そのようなことを考えるのもおやめくだされ」

「恐れながら、二度とその様なことを仰せになりまするな。この休矣死んでも死にきれませぬ」

二人の鬼気迫る形相を見て、頼房は発言をすぐに撤回した。

「悪かった」

だが、そうなると打つ手がない。きっと取次である小西行長は庇ってくれるだろうが、一揆に怒り狂っている秀吉が許してくれるかまではわからない。

「……かくなる上は、この宗芳が、上方に行って殿下に直接お話いたしましょう」

「深水殿、気は確かか? もしも失敗すれば」

「即刻首を()ねられましょうな。なれど、この宗芳、そう簡単に死ぬつもりはありませぬ。ご案じめさるな」

そう言って、青ざめている頼房と休矣に笑いかけた。

「宗芳、そなたがおらねばわしは……」

頼房が震える声で宗芳に言うと、宗芳は頭を横に振った。

「ありがたきお言葉なれど、宗芳の決意は変わりませぬ。それに、ことが起こる前に、いざとなればこの宗芳がどうにかすると申したでしょう。ご心配には及びませぬよ」

そう言うと、宗芳は休矣に視線を移し、深々と頭を下げた。

「犬童殿。某がおらぬ間、殿を、相良の御家をお任せいたす」

「……もちろんでござる。深水殿こそ、どうかご無事で」

そうして直ちに、宗芳は上方へと旅立った。

*****

宗芳が上方へと旅立ってから、十日以上が過ぎた。頼房は、毎日宗芳の無事を祈りながら、上方からの報せを今か今かと待っていた。

そんな折り、頼房の元へ一通の書状が届いた。差出人は、伊東民部大輔(だゆう)祐兵(すけたか)。日向飫肥を治める伊東家の当主である。祐兵の父、義祐はかつて隣国日向の飫肥を治めていた大名であったが、島津に国を追われ、縁あって関白秀吉の直属の家臣となったという。このたび秀吉の九州征伐によって島津は降伏、伊東家は日向飫肥の大名に返り咲いている。

書状を開いてみると、そこには京に到着した深水宗芳と伊東祐兵が会ったこと、 そして今後も懇意にしてほしいという主旨のことが書かれていた。

かつて伊東家と相良家は、隣国という事もあり、婚姻関係を結ぶほど親密な関係を築いていた。父義陽と伊東義祐が結んで島津に対抗したこともあり、宗芳は義祐の息子・祐兵とも顔見知りであったのだろう。宗芳はあらゆる伝手(つて)を使い、関白秀吉に謁見して怒りを解こうとしているのだ。

――それに比べて、自分は。

当主であるのに、何もできない自分が情けない。

「殿、島津家の伊集院様が殿にお会いしたいと申されております」

側に仕える、樅木宗兵衛が気まずそうに頼房を呼びに来た。

「またか。……すぐに行く、休矣も呼べ」

頼房は、ため息をついて立ち上がった。

*****

「相良様! 此度のことはどういうことか、今日という今日はお答えいただきますぞ」

宗芳が上方へと旅立ってすぐ、人吉の頼房の元へ島津家の重臣、伊集院忠棟が怒りをあらわにしてやって来た。

確かに、島津義弘への遺恨を捨てるように書かれていた関白の書状にはこの伊集院忠棟を遣わすということも書いてあったが、これがまた厄介であった。

「何度も申し上げたように、我らの一存ではなく佐々様が誤解なされたが上に起きたことでござる。それ以上申し上げることはござらぬ」

犬童休矣が疲れきったようにあしらおうとするが、忠棟はなおも食いついてくる。

「殿下より承った出陣の命を島津の殿へ伝えたはこの伊集院でござる。殿下の命に従い佐々様をお助けしようとした我が島津の軍勢を足止めするなど言語道断、一揆勢に荷担していると思われても仕方ありますまい。それとも、相良様の私怨でこのようなことをなされたか?」

「誤解でござる。我らが殿下の命に背きましょうか。……それよりも、島津の方々こそ、我らに罪を被せて忠義者のふりをするおつもりではありませぬか?」

「何を無礼な!」

「無礼はどちらでござる、我が殿は関白殿下に認められた立派な大名、言葉には気をつけなされ」

歴戦の名将同士が、鋭く視線を飛ばし合う。

「伊集院殿。我らにこれ以上申すことはござらぬ。そう()()殿()にお伝えあれ」

「……わかり申した。もう、話すことはござらぬ。これで失礼いたす」

伊集院忠棟は、怒りに震えながら、頼房に頭を下げ、その日のうちに人吉を去った。

「やっと帰ったか」

「あの御仁を見ただけで、島津が怒り狂っておるのがわかりまするな。……ご案じめさるな、深水殿がどうにか収めてくださいまするよ」

「……そうじゃな」

休矣の言葉に、頼房はこくんと頷いた。

*****

「殿、深水様からの書状でござる!」

樅木宗兵衛が勢いよく頼房の部屋にやってきたのは、それから数日後のことであった。

「きたか!」

頼房は宗芳からの書状を奪い取るように受けとると、震える手で書状を開き、大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。

そこには、無事に関白秀吉に謁見できたこと、そして関白の怒りが解け、お咎めなしとなったことが書かれていた。

「ようやった、ようやったぞ宗芳!!!」

「まことようございました、まことに……」

宗兵衛は、感極まって涙まで流している。

――なんと、有能な家臣を持ったものか。

頼房も、宗兵衛にもらい泣きしそうになるのを必死で耐えた。

今回もまた、ぎりぎりのところで生き残ることができた。

「すぐに返事を書く……いや、使者を送れ! 頼房がようやったと褒めていたと伝えよ!……待て、道中気をつけて帰るようにとも伝えよ、安堵して気が緩んでおるかもしれぬ」

矢継ぎ早に頼房がそう言うと、宗兵衛は泣き笑いのような顔をして頼房の命を伝えに行った。

そのうち休矣をはじめとした重臣たちもやってくるだろう。

――早く宗芳に会いたい。

そう思った。

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