肥後国衆一揆 参
『相良殿におかれては、肥後に向かう島津勢の足止めをお願いしたい』
そう告げる佐々成政の使者がやって来たのは、季節が秋から冬に向かう肌寒い時期であった。なんでも、薩摩の島津が兵を率いて肥後へ攻め込んでこようとしているらしい。
肥後においては、関白秀吉の命により、筑後柳川の立花宗茂、久留米の小早川秀包、豊前の黒田孝高らの大軍勢が成政の救援に駆けつけ、国衆たちが籠る城を包囲して激しい籠城戦が繰り広げられていた。
国衆一揆の主戦場は肥後の北部から中央部にかけてであり、肥後の南部に位置する相良領の周辺ではそれほど大きな戦闘は起こっていなかった。
頼房は、どうにか戦に巻き込まれずに済むのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、そんな期待は脆くも崩れた。
「この頼房は関白殿下より佐々殿の与力を仰せつかっておりまする、おまかせくだされ」
ともかく佐々の与力である以上は、その依頼は受けねばならない。下手に断れば一揆の一味と見なされて肥後にいる関白の軍勢が球磨に雪崩れ込んでくる。
頼房が了承の意を伝えると、佐々成政の使者は喜んで隈本へと帰っていった。
「佐々様は一揆に乗じて島津が攻め込んで来ると恐れておられるご様子。これは、我らが島津勢を食い止め佐々様にご安心頂かねば」
使者が帰った後、主だった家臣を集めて軍議を開くと、犬童休矣がどこか目を輝かせて真っ先にそう言った。
「……お待ちくだされ犬童殿。そもそも、関白殿下の力を嫌というほど思い知らされた島津が、今更殿下に背きましょうや。もしも島津が佐々様を攻めるつもりが毛頭なく、ただ佐々様の救援に動いただけであれば、その軍勢を足止めしてお咎めを受けるのは我らでござる」
休矣とは対象的に、深水宗芳は渋い顔をして考え込んでいた。
「確かに、それもそうでござるが、佐々様の命に背けば我らに叛意ありと受け取られかねませぬ」
普段は阿吽の呼吸で家中を回している家老二人が、この時ばかりは意見を戦わせている。その場にいる他の者たちの意見も真っ二つに割れ、佐々成政の要請を素直に受け入れるつもりだった頼房は頭を悩ませていた。
「……蔵人、そなたはどう思う?」
頼房の言葉に、場が一瞬静まり返る。
末席に座って家老たちの議論に加わらず、一人考え込んでいた丸目蔵人に、そこにいる全員の視線が注がれる。
頼房は、何となく蔵人が忍びのような役割を担っているのではないかと思っていた。蔵人が編み出した剣の流派、タイ捨流には忍の技である忍術や手裏剣術もあるらしい。あいにく頼房はその境地には達していないが、蔵人、もしくはその弟子であればそれを生かした諜報の術を持っていても何ら不思議ではない。
「さて、この蔵人は一介の剣士なれば、難しき政のことはわかりませぬ。……されど、島津は、すでに兵を率いて国境へ向かっておるようで」
蔵人が飄々と言ってのけた言葉に、宗芳と休矣は思わず顔を見合わせた。
「……わかり申した、事は一刻を争う。この宗芳、犬童殿のご意見に従いましょう。なに、いざとなれば、この宗芳がどうにか致しまする」
そう言って、宗芳は苦り切った笑みを浮かべた。
「恐らく島津の軍勢は葦北郡を通って陸路で肥後へと入るつもりでございましょう。幸い、島津との国境にある葦北郡内の水俣と津奈木はこの宗芳が所領、そこで島津の軍勢を食い止めまする」
「島津との戦は久々にござる。ここで島津を追い払えれば、亡き先々代様もお喜びになりましょう」
その休矣の言葉に、頼房は内に秘めていたものが沸々と沸き上がるのに気づいた。島津の命令で盟友との戦いに駆り出され、帰らぬ人となった父。亡き兄・忠房と共に耐えてきた、島津への屈辱的な臣従の日々。
――今こそ、その恨みを晴らすとき。
「あいわかった。佐々殿の命じゃ、遠慮は要らぬ。島津の兵を一兵たりとも肥後の地に入れるな、なんとしても葦北を守り抜くのじゃ!」
頼房の声に、その場にいた皆が平伏する。
頼房は自らの中に、これまでにない、燃え盛る炎のような気持ちの高ぶりを感じていた。




