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肥後国衆一揆 弐

佐々成政の領地で起こった一揆について、相良家は全面的に佐々成政に協力するということで話はまとまった。

正直なところ、頼房は事態を楽観視していた。佐々成政は上方でも名の知れた名将であるらしいし、その背後には関白秀吉がいる。そのうち国衆たちとの間で落としどころを見つけてどうにか収まるに違いない。そう思っていた。

――それがいかに甘い考えだったか、頼房は嫌というほど思い知らされることとなる。

*****

「……佐々殿が兵を返した?」

耳を疑う報せが、次々と入ってくる。

成政は七千の兵を率いて菊池の隈部親永(くまべちかなが)の居城、隈府(わいふ)城を取り囲んだ。城はあっさり落ちたものの、親永本人は逃亡し息子・親泰の居城である山鹿の城村城(じょうむらじょう)へと逃げ込み、そこで息子と共に激しく抵抗した。

そして成政が城村城攻めに手こずっているまさにその時、御船の甲斐宗立(そうりゅう)を始めとした国衆、約三万五千の大軍が成政の本拠、隈本城を包囲したのである。

もはや、検地がどうの年貢がどうのと言っている場合ではない。

――国衆たちは、本気で佐々を滅ぼすつもりだ。

「何を愚かな……。国衆たちは関白の恐ろしさを知らぬのか。佐々の後ろには関白がいる、佐々だけを滅ぼしたところで何にもならぬ」

頼房は、思わずそう吐き捨てた。

「……武士(もののふ)にとって、その誇りは命にも勝るもの。先祖伝来の土地に新参の領主がやってきて好き勝手に検地を行うなど、その矜持が許さぬのでしょう」

犬童休矣が、暗い声でそうポツリと呟いた。

「……隈本を囲んだ者の中には、御船の甲斐宗立(かいそうりゅう)もいると聞いた。阿蘇家の当主は隈本の佐々の元にいるのではないのか?」

御船の甲斐家は、宗立の亡き父、甲斐宗運を筆頭に、阿蘇家の忠臣と名高い家である。だが、その阿蘇家は薩摩の島津家が攻め込んできた際になすすべもなく滅ぼされ、当時わずか三歳の当主阿蘇惟光と生まれたばかりの弟、惟善はその姿を消した。島津は血眼になって惟光・惟善兄弟の潜伏先を探したが、その行方はようとして知れなかった。

だが関白秀吉の九州平定の際に姿を現し、五歳になった惟光が秀吉に拝謁したという。わずか五歳の幼当主にかつての所領が戻ることはなかったが、ひとまず佐々成政が阿蘇惟光と惟善を隈本で預かるということに落ち着いたらしい。

頼房はあの島津の捜索を逃れてよく生きていたものだと思ったが、このような状況になってしまえば二人の命もどうなるかはわからない。

「さて、父宗運ならいざ知らず、宗立にそれほどの忠義がありましょうか。あるいは佐々様より阿蘇様を取り戻して阿蘇にお戻り頂く肚やもしれませぬが、関白殿下がそのような勝手は許されますまい」

今度は、深水宗芳が疲れたようにため息をつく。

「恐れながら、甲斐宗立の父、宗運は殿の亡き父君の(かたき)、何故そのようにお気になさる」

宗芳、休矣の下座に座った丸目蔵人が、頼房を真っ直ぐに見つめて問う。二人の家老はたしなめるように蔵人を見るが、蔵人は一切臆さない。

頼房は、未だに蔵人は何者なのだろうかと疑問に思っている。天下の剣豪、相良家の剣術指南役に収まらない何かがある。

……そして恐らく、ここにいる二人の家老は彼が何者なのか知っている。だから、この場に呼んでいるのだ。

「……父上は、甲斐宗運を友と慕われていた。宗運も、父上の首を見て涙を流したという。わしは、宗運を憎いとは思わぬ。どちらかといえば、二人を友と知りながら戦うことを命じ、父上を死地に追いやった島津が憎い」

頼房が八つの時に討ち死にした父は、島津の配下として、当時島津と敵対していた甲斐宗運を討つことを命じられた。甲斐宗運と盟友の間柄だった父は悩んだ挙げ句、敢えて不利な場所に陣を敷き、甲斐宗運の家臣に殺されたのだ。

「宗立がどのようなつもりかは知らぬ。別に、滅んでほしいとも思わぬ。じゃが、佐々殿に敵対した以上、佐々殿の与力たる我らの敵じゃ」

蔵人は、頼房の答えを興味深そうに聞いていた。そして、全てを聞き終わったあと、微苦笑を浮かべた。

「殿らしいといえば殿らしゅうござる。なれど、宗立の……いや、国衆たちの命運も、これまでやもしれませぬ」

蔵人の顔が、スッと冷たさを帯びた。

「佐々様は、とうとう関白殿下に助けを求められました。近々、殿下の命を受けた近隣の大名たちが肥後に攻め寄せて参りましょう」

頼房は、蔵人の言葉を聞いて背中にぞくりとした寒気を覚えた。

「かつてないほどの大戦になりましょう。その、覚悟をお持ちなされ」

頼房の中で、蔵人の言葉が何度も反芻する。

自分も、逃れようのない渦に捲き込まれようとしている。

そんな気がした。

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