肥後国衆一揆 壱
天正十五年七月。蝉の声が響き渡る中、頼房は竹刀を手に素振りを行っていた。
「まだまだ、体の軸が定まっておりませぬなあ」
額に汗を浮かべながら竹刀を振る頼房見てそう言ってのけるのは、新たに相良家剣術指南役となった丸目蔵人である。蔵人は上方にも名の知れた剣の達人であったのだが、戦の失策で頼房の亡き父、義陽の勘気を蒙り、九州各地を転々としながら自らが生み出した剣の流派、「タイ捨流」を広めた。そしてこの度、頼房は蔵人の勘気を解いて帰参を許し、現在は剣術指南役として百十七石を食んでいる。
その蔵人の指南は、殿様といえど情け容赦なかった。頼房はこれまでそれなりに鍛えてきたと思っていたのだが、最初は体が全くついていかず、稽古の後は疲れはてて朝まで夢も見ずに寝ていたものである。このところはようやく少し慣れてきたが、それでもきついものはきつい。
「素振りといえど侮るなかれ。何事も、まずは土台を作ることから始めるものでござる」
そう言って、蔵人は竹刀を持ち、手本を見せようと構えた。
「殿! 火急のご用にて、深水様と犬童様が参られておりまする!」
そこへ息を切らしてやって来たのは、頼房の側近くに仕える樅木宗兵衛である。筆頭家老と次席家老が揃って当主である頼房を呼び出すなど、余程のことがあったに違いない。
「今日の稽古は、これまでに致しましょう」
竹刀を下ろした丸目蔵人がそう言うと、頼房は大きく頷く。
「恐れながら、丸目様にも同席して頂きたいとのことでございまする」
「ほう、それはそれは」
頼房が思わず蔵人の顔を見ると、彼は微苦笑を浮かべながら頷いた。
「ご家老お二人のお呼びとあれば、行かぬ訳には参りますまい」
*****
頼房と蔵人は、着替えを急いで済ませると、二人が待つ広間へと向かった。
頼房が部屋に入ると、深水宗芳と犬童休矣が深々と頭を下げて出迎え、頼房はいつもの上段に腰を下ろした。ちなみに丸目蔵人は家老二人の下座に座っている。
頼房と蔵人を連れてきた樅木宗兵衛は障子を全て閉め切り、自らは障子の外で誰も来ないよう見張りをしている。
「して、いかがしたのじゃ」
ただならぬ雰囲気に嫌な予感を覚えた頼房がそう切り出すと、宗芳が苦りきった表情を浮かべた。
「隈本の佐々様のご領地にて、一揆が起こり申した」
「一揆!? 百姓一揆か?」
「さにあらず。国衆の一揆でござる」
国衆……在地の小領主のことである。先祖代々の地に根を下ろすその土地の有力者で、多くは近隣の大名と主従、または協力関係にある。
――そういえば、蔵人がいつか言ってはいなかったか。隣の佐々は危ういと。
そう思って、頼房は蔵人に視線を向ける。
「丸目殿の見立て通りになりましたな。いやはや、厄介なことでござる」
休矣もまた、苦り切った顔でため息をつく。
「蔵人、そなた……」
「噂では聞いておりました。いつかは佐々への不満が抑えきれなくなることも。……まさか、このように早いとは思いませなんだが」
関白秀吉は、佐々成政に肥後を与えるにあたり、国衆たちの不満を抑えるため向こう三年の検地を禁じたという。それを破って成政が検地を強行したため、国衆たちが猛反発して一揆を起こしたというのだ。
「関白殿下が検地を禁じられたとはいえ、佐々様も領内から年貢を取らねば家臣が飢える。年貢を取るには検地をしてその土地からどれほど米が採れるのか調べねばならぬ。……三年検地をしてはならぬなど、無理な話でござる」
蔵人がそう言ってため息をつく。
相良の領内は深水宗芳の尽力で今のところ検地は免除されているが、いずれはせねばならないだろう。
関白秀吉が従えた地においては、検地の方法がこれまでの農村からの自己申告から役人が直接その土地を計測する形に変わったという。
おそらく入国したばかりの佐々は従来の検地を行っただろうが、上方からやって来た新領主が早々に先祖伝来の土地の検地をするなど気分がいいものではあるまい。
「さらに言えば、国衆たちは関白殿下より本領安堵の朱印状を賜っておりまする。つまり、国衆たちの所領は殿下より安堵されたもの、佐々様の勝手にできるものではない、と」
「……何とも厄介なことじゃ」
蔵人の説明に、頼房はどっと疲れを覚えた。
佐々成政としては、肥後の国主となった以上は国衆たちも自らの配下のようなものだと思っていたのだろうが、関白秀吉から本領安堵の朱印状を貰っていた国衆たちは成政と自分たちの関係は対等で、成政のしていることは自らの権利を侵すものに見えたのだろう。
その認識の齟齬が、国衆たちを一揆へと踏み切らせたのだ。そもそも頑固者揃いの肥後の国衆たちが、そう易々と従う訳がないのだが。
「ひとまず佐々様は、菊池の隈部親永を討つため七千の兵を率いて隈本を出られたとのことでござる」
犬童休矣が、現状をそう説明する。
「我らとしては、関白殿下に佐々様の与力を命じられておりまするし、ひとまず佐々様の指示があれば兵を動かせるように備えをしておるところでございまする」
「うむ、それでよい。上方に人質も出しておるし、何があろうと関白殿下に目をつけられる訳にはいかぬ」
休矣の言葉に、頼房は頷く。関白秀吉への人質として、相良家からは頼房の弟、佐三郎長誠と深水宗芳の甥、犬童休矣の娘を上方へ送っていた。
佐三郎を人質に出すのは二度目で、十になった弟は淡々と己の役目を受け止めて上方へと旅立っていった。どう宥めようかと気に病んでいた頼房には拍子抜けだったが、逆に全てを達観していた弟が憐れでならなかった。
『兄も落ち着いたら必ず上方へ行く、それまで体に気をつけて元気にしていてほしい』
というような言葉をかけて、頼房は弟を見送った。
上方からの遣いによれば、佐三郎は病気をすることもなく、物珍しい上方の文物に目を輝かせているらしい。
「佐々殿からの使者が来れば丁重に扱え。国衆どもの使者ならば追い返せ。我らは、佐々殿にお味方する」
頼房は、二人の家老と蔵人に向かってそう宣言した。
「御意」
三人は、そう言って頼房に頭を下げる。
これで、相良家のとるべき道は決まった。




