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宗芳の去就

小西弥九郎に導かれるまま、とある一室に入った。庭に面した陽当たりのよい部屋で、調度品は何やら上等そうな布包みの乗った文机のみが置かれていた。

飾り気のない質素なその部屋に、頼房と弥九郎は向かい合って腰を下ろした。

「お忙しいところにお呼び立てをして申し訳ない。相良殿には、お疲れのことでございましょう」

「……いいえ、それほどでは」

正直なところ、八代に来るときの山越えと関白への謁見で心身共に疲れていたのだが、さすがに関白の家臣の前でそれを言う訳にはいかなかった。

「ご無理をなされるな。相良殿は御年十四、しかもあの関白殿下に謁見されたのです、疲れぬはずはありますまい」

弥九郎は、頼房にそう言ってカラリと笑った。そして立ち上がって文机の布包みを取りに行き、括ってある紐を器用に解いた。

「……これは、金平糖とかいう南蛮の菓子では?」

「おや、相良殿もこれをご存じか?」

「はい、亡き父から一度もらったことが」

幼児の頃の朧気な記憶だが、あの甘さは覚えている。甘いものは好きだが、あれほどの甘味を味わったのはあの時だけである。

弥九郎に一粒貰って食べると、あの時と同じ甘さが口の中にじんわりと広がった。

「懐かしゅう、ございまする」

そう言うと、弥九郎は嬉しそうににこりと笑った。

「まさかそのように喜んで頂けるとは、この弥九郎も嬉しゅうござる。……この部屋も、かつて父君が使われていたと聞き及んでおりまする」

弥九郎にそう言われ、頼房は驚いて部屋の隅々まで見渡してみる。一度島津の手に渡った城とはいえ、父がいた頃とそう変わってはいないはずだ。

陽当たりのよく、庭に面した質素な部屋。父も、ここでくつろいだりしていたのだろうか。

弥九郎が敢えてこの部屋を選んだのも、それが理由だったのだろう。

「小西殿のご配慮、ありがたく思いまする。ところで、話とは何でございまするか?」

頼房が軽い調子で聞くと、弥九郎の顔がさっと曇った。

「……深水宗芳殿のことでござる」

少し沈黙した後、言いにくそうに弥九郎が口を開いた。

「宗芳の?」

頼房は、関白に宗芳が欲しいと言われたことを思い出した。

――まさか。

あの場では笑ってはぐらかしておきながら、後から小西弥九郎に説得させるつもりであったのだろうか。

頼房は、自分の顔から一気に血の気が引いたのがわかった。

――だが。

もしかしたら、球磨一郡の大名の家臣より、天下人たる関白の直臣となった方が、宗芳も幸せなのではないだろうか。そして、主君として、それを喜ぶべきなのではないだろうか。

そんな考えが、頼房の頭の中を駆け巡る。

すると、弥九郎がふっと顔を緩めた。

「ご心配には及びませぬ。宗芳殿を相良殿から取り上げるつもりは殿下にもこの弥九郎にも毛頭ございませぬ」

その言葉を聞いた瞬間、頼房は思わず安堵の息を吐き、慌てて咳払いでごまかした。

その様子を面白そうに見ていた弥九郎は、金平糖を一つ口に含み、ガリッという音を立てて噛み砕いた。

「殿下の御伽衆に、森由巴なる連歌の名人がおりまして。その御仁が、薩摩までご機嫌伺いに来られた宗芳殿の連歌の才を聞きつけ、それを殿下に紹介なさったのです」

そこまでいうと、弥九郎は頼房に金平糖を勧め、頼房も一粒口に含んだ。

「その際連歌の話で大いに盛り上がり、殿下は宗芳殿を気に入られて直臣にならぬかと声をかけられたのです。まあ、宗芳殿は丁重に断られましたが」

「断った? 何故(なにゆえ)に?」

宗芳にすれば、破格の大出世である。それに、いくら関白に気に入られたとはいえ、不興を買いかねない危険な行為であった。

「それはもちろん、相良殿の御為でございましょう」

弥九郎の言葉に、頼房は目を丸くする。

「誠の忠義者でござる。確か、『空蝉の羽より軽き身を持ちて筑紫よしとは如何いふべき』でござったか。さすがの才でござる。その心中を察してで殿下も無理強いはなされなんだ。恐らく殿下が相良殿に深水殿のことを話されたのも、単なる一興にございましょう」

頼房は、身体中の力がガクッと抜けると同時に、じんわりと心の奥が暖かくなった。

「筑紫」は九州を指す「筑紫」と「尽くし」にかけられる。つまり、宗芳は、大坂に行き関白に仕えるよりも筑紫、九州で頼房に忠義を尽くしたいと言ってくれたのだ。

「殿下は他家の有能な者を見るとすぐに欲しくなられる御性分でござる。宗芳殿のことは気に入っておられまするし、御心配には及びませぬよ」

そこまでいうと、弥九郎は金平糖を別の上等な布に包み、頼房に半分分けてくれた。

「かように高価なものを……。よいのですか?」

当時、砂糖は高級品で、滅多に口に入るものでもなかった。

「南蛮人とはそれなりに取引がございまする故、ご案じめされるな。……それと、この小西弥九郎、関白殿下に筑前博多の復興を命ぜられまして、しばらくはこの九州に留まりまする。お困りごとがあれば、何なりと」

弥九郎はそう言って頼房に穏やかに笑いかけた。

九州随一の貿易港、博多。南蛮を始めとする諸外国との交易の利益は莫大であり、何としても戦乱の荒廃から復興させたいところであろう。

だが、頼房は弥九郎が一瞬フッと見せた暗い表情に気がついてしまった。

「小西殿、どうなされました?」

「……恥ずかしながら、ようやく戦も終わりどっと疲れが出たようでござる。いや、お恥ずかしい」

弥九郎はそういうが、どうも腑に落ちない。だが、これ以上詮索するのもどうかと思い、この話はここで終えた。

「では、これにて。相良殿も、どうかお達者で」

弥九郎がそう言って立ち上がろうとした時、頼房は彼に質問を投げかけた。

「小西殿。一つだけ、お聞きしたいことが」

「何でござる?」

何故(なにゆえ)、この頼房を気にかけてくださるのです? ほんの数回会ったばかりの、この若僧を」

弥九郎は一瞬考え込んだが、すぐに先程の笑顔に戻った。

「……知り合いに、似たような境遇の御仁がおられまして。どこか、その方と相良殿を重ねていたのかもしれませぬ。なれど、その方よりも相良殿の方がしっかりしておられるようでございまするな」

*****

小西弥九郎と別れた頼房は、頼房が来るのを心配そうに待っていた深水宗芳と合流した。

頼房は宿所に着くと人払いを命じ、宗芳と二人だけになった。今日はひとまず八代に一泊してから人吉に帰ることになるだろう。

「……宗芳。わしで、よいのか?」

頼房は、宗芳にそうポツリと呟くように話しかけた。

「小西様から、聞かれましたか」

沈黙が、落ちる。

「関白殿下からもったいなきお言葉を頂きましたが、老い先短い身でもございますし、殿のお側で死にとうございまする。……いけませぬか、殿」

「いいや。ただ、そなたの才を思うと、惜しいと思うただけじゃ。のう、宗芳。気を遣わずに言うてくれ。……わしは、そなたが仕えるに足る主君か?」

すると宗芳は、破顔一笑した。

「何を今更。仕えるに足るどころか、稀代の名君になる器をお持ちでござる」

「なんじゃあ、そなたらしゅうもない。世辞はいらぬぞ、宗芳」

頼房も、宗芳につられてつい頬が緩む。

「さにあらず。誠のことを申したまでのこと」

「そうか、そうか。まあ、そなたがそう言うてくれるだけでも嬉しいぞ」

主君を目の前で批判する者などそうはいない。逆に皆が褒め称えてくれるからこそ、自らの欠点がわかりにくくなる。

宗芳は十四の主君に向かって世辞など言う男でもないが、まあ誉め言葉など耳半分で聞くに越したことはない。

「それにしても、殿。小西弥九郎様に気に入られたようでございまするな。正直なところ、口数も少なく何を考えておられるかわからぬ御方でございまするゆえ、驚き申した」

宗芳の言葉に、頼房はキョトンとしている。

「そうか? カラリとした笑顔が似合うよき御方ではないか」

「そのような笑顔など見たことがございませぬ。元は商人と聞き及んでおりましたゆえ口八丁の御仁かと思えばそうでもない。まこと、掴み所のない方でございまする」

どうも、頼房の知る小西弥九郎と宗芳にとっての彼の印象は全く違うらしい。

「何やら、似たような境遇の知り合いがおられるとのことじゃ。まあ、関白殿下の御家来に気に入られて悪いことはないじゃろう」

そう言うと頼房は小西弥九郎にもらった金平糖の包みをほどき、宗芳にもいくつか分けてあげた。

「南蛮菓子の金平糖じゃ、小西殿より分けてもろうた。……これから、どうなるのであろうな」

甘い甘い南蛮菓子。ほんの数十年前にはなかったもの。

きっと、世の中は大きく変わる。それに、ついていけるのだろうか。

「ご案じなさいまするな。相良の御家は鎌倉以来四百年、どうにかなりまするよ」

相良家が八代の支配権を失って数年、客人としてやってきた旧領主の息子は、暮れゆく夕陽をただじっくりと見つめていた。

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