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関白謁見 壱(※一部残酷な表現あり)

※前半部分に一部残酷な描写があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

頼房と犬童軍七が陣に戻ると、遺体やら何やらは全て綺麗に片付いていた。侍大将の首には首化粧を施し、雑兵の首はまとめて塩漬けにしたらしい。戦の常ではあるが、齢十四の頼房にとってはどうにも気分が悪い。また吐き気が襲ってきそうになったのを、目を閉じて深呼吸をしてどうにか押し止める。

「殿、お加減は」

軍七の父、家老犬童休矣が頼房の側に寄り、囁く。

「大事ない。心配をかけたな」

そうは言ったものの、顔に血の気がないことくらいは自分でもわかる。

皆頼房がどこに行っていたのか何となく察しているのか、何事もなかったかのように荷造りをしている。気を遣われているのがわかる分、余計に気まずい。

「我らを油断させて討ち果たすつもりであったのか、それとも我らに不利な地形に誘い込んで伏兵に襲わせるつもりであったのか。いずれにしても、もはや島津は相良を味方とは見ておらぬようですな」

休矣は、淡々とした口調で頼房に語りかける。

「此度討ち取った首はおそらく一介の侍大将、有川の一族でもなければ飯野城代でもないようでございまする。なれど、真幸院の領主、有川家の兵であることは疑い無し。関白殿下への手土産には、充分でございましょう」

『手土産』。どこかで、聞いたような気がする。

――休矣の嫡男、軍七が有川の家臣を斬った時に言った言葉だ。

その瞬間、頼房の背にぞくりとしたものが走った。

「休矣。確か、真幸院を通ろうと言ったのはそなたであったな」

最初から、そのつもりであったのだろうか。関白への手土産に、島津の家臣の首を、と。戦に敗れて渋々従っていた相良と違い、島津の直臣たちは島津家への忠義がたいそう厚い。その彼らが、土壇場での主家への裏切りを、黙って見過ごすはずがない。

「はて、さようでございましたかな。年を取ると、物忘れが酷うなりまして」

休矣は、頼房の言わんとしていることを察してか、そうとぼけてみせる。

おそらく、もう一人の家老、深水宗方とも話はできていたのだろう。

――まったく、老獪な年寄りどもめ。

国を守るには、それなりの権謀術数が必要だ。その場数をこなし数々の修羅場を潜り抜けてきた家老二人に、経験もない十四の少年が(かな)う訳もなかった。

頼房は、大きく息を吐く。

「皆、ようやった。ひとまず、球磨に帰る」

心身ともに疲れきった頼房は、それを言うだけで精一杯だった。

*****

天正十五年四月十七日。

あの後、真幸院を通る間は不気味なほど何もなく、全くの無傷で人吉に帰国した。

出陣してからそれほど時が経っていないのに、久しぶりに帰ってきたかのような気分になる。

「兄上!!!」

「藤千代? 藤千代!!!」

頼房が城に戻ると、二年ぶりに会う弟の佐三郎、幼名藤千代が駆け寄ってきた。

「ようやった、ようやったぞ藤千代!!!」

頼房は弟の肩を掴み、頭を撫でてやった。この弟が深水宗方とともに関白秀吉に会わなければ、島津と共倒れになってきたことだろう。

「怖くはなかったか、怪我はないか?」

「はい、宗方もおりましたし」

佐三郎は、照れたように笑う。

家老深水宗方は、佐三郎の後ろからこちらへとやってきていた。

「宗方、ようやってくれた。感謝してもしきれぬ」

すると宗方は、嬉しそうに微笑んだ。

「なんの。家臣としての務めでございまするゆえ」

そして、宗方は犬童休矣に視線を向ける。

「犬童殿。此度の出陣、誠にご苦労なことでござった」

「深水殿も、ご無事で何より。して、関白殿下へのお目通りは」

休矣の問いに、頼房も宗方の顔をじっと見つめる。

「佐三郎様がお目通りなさった折は、殿下のご機嫌もよろしく、是非とも兄君に会いたいと仰せでございました。……なれど」

宗方が言葉を切ると、頼房も休矣も不安げに宗方の顔を見る。

「なれど、何じゃ」

「聞くところによれば、関白殿下は気まぐれな御方。一度機嫌を損ねれば、どうなるかはわかりませぬ。天下をお取りになろうかという方でござる、一筋縄では行きますまい」

宗方の言葉に、頼房は考え込んだ。おそらく、この関白秀吉への謁見が、頼房の人生のみならず鎌倉より続いてきた相良家の命運を握っている。絶対に、失敗してはならない。

「ひとまず、戦の疲れを落とされませ。話は、それからでございまする」

宗方の言葉に、ひとまず頼房はこくりと頷いた。

*****

身支度を整え、家族や家臣たちに帰国の挨拶をした後、頼房は深水宗方、犬童休矣との話し合いの場を持った。

本当は二年ぶりに会った弟や家族とゆっくり話がしたかったのだが、今はそれどころではない。

「先程、伝令が参りました。本日、日向根白坂(ねじろざか)にて、島津の軍勢は大敗、兵を引き揚げたとのことにございまする」

「そうか……」

宗方の報告を、頼房は淡々とした気分で聞いていた。

島津がどれほどの強さを誇ろうとも、多勢に無勢である。あと数日日向(ひゅうが)にいれば、間違いなく頼房も負け戦に巻き込まれていた。そうなれば、関白への謁見も不可能だ。本当に、間一髪のところであった。

「もはや島津に勝ち目はなし。関白殿下は現在八代(やつしろ)にご到着なされ、この後は佐敷(さしき)に向かわれるとのこと。殿下にお会いになるならば、佐敷に相成りましょう」

宗方が、地図を指し示しながら、頼房にそう説明する。

大友攻めの際は島津家当主、義久が陣を敷いていた八代に、今は関白秀吉が入っている。ほんの数ヶ月前までは考えられなかったことである。

「真幸院で討ち取った首を手土産に、わしは関白殿下にお目通りを願う。おそらく八代と葦北は返ってはきまいが、なんとしても球磨の本領安堵のお墨付きだけは頂かねばならぬ」

頼房は、二人の家老を前に決意を述べる。今さら、かつての所領は戻らない。それを治める自信もない。ならば、せめて先祖伝来の球磨郡だけでも守らなければならなかった。それが、相良家当主の務めである。

「宗方、休矣。そなたらが頼りじゃ。よろしゅう頼む」

「御意」

頼房の言葉に、二人の家老は頭を下げた。

御家の存亡と頼房自身の人生をかけた一世一代の賭けが、ここに始まった。

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