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根白坂にて

陣払(じんばら)いの支度は、島津に悟られぬよう密かに、けれども迅速に行われた。

「島津の主力は根白坂(ねじろざか)のあたりに集まっております。故に日向の南、球磨との国境にある真幸院(まさきいん)の辺りは兵も出払っており守りが手薄でござる。ひとまず、真幸院を通り人吉へ帰陣致しましょう」

犬童休矣が、地図を指し示しながら陣払いの道筋を示す。幸いにして、加勢としてやってきた相良の軍勢は島津本隊の後方に陣取っている。島津の追撃を受けることも考えられるが、豊臣の大軍を前にしてそんな余裕はないだろう。

「皆々、いかがでござろう」

休矣は、面だった面々を見回す。

皆が賛成するなか、つい先日まで島津義弘の元に派遣していた菱刈源兵衛だけは、渋い顔をして黙りこんでいた。

「菱刈殿、いかがでござる?」

「……それでようござる」

言葉ではそう言ったものの、承服しかねるといった様子である。

「殿、よろしゅうございますか?」

「うむ。そちに任せる」

そう言った瞬間、島津の人質として出水にいた頃、亡き島津義虎から言われた言葉を思い出した。

『相良家の太守様への忠義、変わりはなしや』

後ろめたさと、島津への臣従の日々から解放されるという喜びが交錯する。

父は盟友と戦わされる破目になり、討ち死した。そしてわずか十歳で当主の座についた兄は、生涯にわたって島津に頭を下げ続けた。島津から解放されることは、相良の長年の悲願である。

思えば、頼房は今年で十四。兄忠房が身罷(みまか)った年と同じ。何とも不思議な縁である。

『四年も島津に人質に行っておられた方じゃ、この後も島津の言いなりであろうなあ』

いつぞやの、家臣たちの会話も(よみがえ)る。 

確かに、人質といえども丁重に扱ってもらった。亡き義虎には恩もある。けれどこれまで、島津に従い、何人もの家臣を犠牲にしてきた。もう、借りは返したはずだ。

頼房は、兄と同じく島津に従い、頭を下げ続けてきた。

それも、もう終わり。

「これより兵を引く。もはや我らは、島津の配下にあらず」

*****

相良の軍勢は、根白坂から撤退を始めた。それに気づいた島津の使者が、血相を変えて追いかけてきた。

「相良殿、これはいかなるおつもりか!?」

「子細ありて人吉に帰る。他意はござらぬ」

休矣が、短く冷淡に答える。

「敵は目前、太守様御自らの出陣でござる、いかなる子細があってこの大事なる時に兵を引かれるか!?」

「相良には相良の考えがござる。それ以上詮索されると、我らも考えねばなりませぬ」

休矣が刀に手をやると、使者は観念したように首を振った。

「……わかり申した、好きになされよ。されど、必ずや太守様のお耳には入れておきまする」

使者は察しがついたのか、そう言い捨てて去っていった。

「島津は追撃の兵を出してくると思うか?」

「さような余裕はありますまい」

頼房の問いに、休矣は自信ありげにそう答えた。

*****

相良の軍勢は南へと向かい、真幸院の側近くまで迫った。島津の追撃はない。

肥後との国境、古くから豊かな穀倉地帯として名高い真幸院は、かつて相良家も島津家を始めとした近隣領主と抗争を繰り広げた因縁の地であった。現在この一体は島津義弘の領地で、有川貞真(ありかわさだまさ)が義弘よりこの地を預かっている。

貞真とその一族は義弘に従い根白坂に布陣しているらしく、居城である飯野城は城代に任せてあるはずだ。

「殿、お話がござる」

犬童休矣が深刻な顔をして話しかけてきたのは、真幸院に入る前に一旦休息を取っている時であった。

「いかがした、休矣? 島津は追いかけてきてはおらぬようじゃが」

頼房は、休矣の様子を(いぶか)しく思いながら、そう問うた。

「島津のことではございませぬ。……菱刈源兵衛殿のことにござる」

「源兵衛? 源兵衛がいかがした」

聞けば、島津義弘に所望され、義弘の元で内田伝右衛門、岡本河内守と共に粉骨砕身して尽くしてきた菱刈源兵衛は、義弘への忠義捨てがたく島津へ帰参したいと言っているとのことである。

「いかが致しましょう、殿。……殿?」

休矣は年若い主君が激怒するかもしれないと考えていたのか、恐る恐るといった様子で頼房の顔を見た。

しかし休矣の想像とは全く逆に、頼房は感激した様子で目を潤ませていた。

「源兵衛を呼べ、直接話をしたい」

*****

「殿におかれては、申し訳なきことながら、この菱刈源兵衛、島津兵庫頭義弘様への忠義忘れがたく、お暇を頂戴し島津の陣へ帰参致しとうございまする」

菱刈源兵衛は、頼房の元に来るやいなや、涙を流さんばかりの様子で平伏した。

「殿への別心(べっしん)一切なく、なれど、兵庫頭様への忠義忘れがたく。たとえ九州の諸大名ことごとく関白秀吉公に従い、秀吉公天下を治めらるること遠からずといえども、この源兵衛、兵庫頭様の敵となることはでき申さぬ」

島津義弘は勇猛果敢な名将として名高いが、家臣をよく労り、その人柄に惚れ込んでいる者も多いと聞く。きっと菱刈源兵衛もそうなのであろう。

共に島津義弘の元にいた内田伝右衛門と岡本河内守が言葉を尽くして説得したようだが、どうしても聞き入れなかったらしい。

「殿への別心なき証として、我が妻子を球磨に留めおく所存。どうか、お許しくだされ」

源兵衛は、額を地面に擦り付けんばかりに深々と平伏する。

頼房は、源兵衛の言葉にじんわりとした感動を覚えていた。

島津を裏切る後ろめたさを抱えながら兵を引く決断をした頼房にとって、源兵衛の真っ直ぐな忠義心は眩しく感じた。

――我が家中に、このような忠義者がいたとは。

頼房は、その忠義が自分に対するものでなくとも一切気にならなかった。むしろ、源兵衛の言葉で裏切る後ろめたい心が少し軽くなったような気がした。

「頭を上げよ、源兵衛」

源兵衛が恐る恐る頭を上げると、頼房は源兵衛の目線と同じ高さになるよう、膝を折った。

「よう言うた、源兵衛。そなたの忠義、わしは誇らしゅう思う。これよりは、存分に兵庫頭殿に尽くせ」

そう言うと、頼房は腰に差していた短刀を手に取り、それを源兵衛の前で水平に持った。

「わしからの餞別じゃ。そなたの妻子は粗略にはせぬ。されどいつか気が変わってわしの元に戻ってきてくれたら、それはそれでわしは嬉しい」

頼房は、源兵衛にいたずらっぽく笑いかけた。

源兵衛は嗚咽し、ぼろぼろと涙を流しながら短刀を胸に押し(いだ)いた。

「ありがたき幸せ。このご恩、生涯忘れませぬ」

源兵衛は頼房に(いとま)の挨拶を、休矣にも取次の礼を述べ、相良の陣から去っていった。

「殿も父上もお人が良すぎまする」

「そうか?」

休矣の嫡子、軍七が呆れ返ったように呟いたが、頼房は軽く受け流した。

頼房の胸には家臣に去られた寂しさよりも、忠義者を送り出した清々しい清涼感が溢れていた。

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