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阿蘇家攻略戦 壱

季節は夏となった。ともかくも暑い。盆地に位置する人吉は熱が籠りやすいのである。

当主となって数ヶ月、頼房には身に染みてわかったことがいくつかある。

まず、(よわい)十二の幼君に、領内の(まつりごと)を行うことなど期待されていないこと。このことについては、家老深水宗方と犬童休矣という二人の名臣がいるから特に問題はない。

二つ目に、担ぐ御輿は見栄えがした方がいいということ。いつぞやの家臣たちが言っていたことは言うに及ばず、亡き兄、忠房が生きていたらと嘆く声は多い。そして四年も島津家へ人質に行っていた頼房に、それほど馴染みがない者がほとんどである。

自分では気づいていないが、頼房も父譲りの凛々しく精悍な顔立ちで、見た目は決して悪くはない。しかし、亡き兄忠房や犬童軍七の抜群の美貌を見た後では、どうしても平凡な容姿に見えてしまう。

年に似合わぬ堂々たる振舞いで未来の英主と期待されていた美貌の兄の後に、よく知りもしない平凡な弟が跡を継いだのである、家臣たちが将来を案じるのももっともといえばもっともかもしれない。だが御家のために人質となり、ある意味命をかけていたのに何とも酷いものである。

三つ目に、殿様とは何とも孤独であるということ。人質に行っていた頃は下男などにも気安く声をかけたりしていたが、殿様になってからは余計な揉め事の元になるからと、そのようなことも禁じられた。かといって頼房は殿様として一人ふんぞり返っていられるような性分ではないから、昔のように気安く話もできないことに寂しさを感じていた。

「兄上……。この長寿に、どうしろと言われるのですか」

空を見上げながら、亡き兄に向かって呟く。

当主であれば、たとえ自らが手を下さずとも、全ての責任を負わねばならない。それが幼君であろうとも、問答無用に。亡き兄の死も、その時の当主であったが故に怨念の対象となったとしか思えなかった。

当主であれば謀反を許す訳にはいかないが、それが結果的に兄の命を奪ってしまったのだろう。いつ、自分がそうなるかわからない。

当主としての厳しさを、たった数ヶ月で思い知る。

――自分はこれからどうなるのだろう。

この先のことを考えるだけで、頼房は暗澹たる気分になっていた。

*****

島津家の使者がやってきたのは、夏の太陽が照りつける蒸し暑い日のことであった。

「島津家におかれましては、この度の薩摩守義虎様がこと、お悔やみ申し上げまする」

使者を上座に迎え、下座から重臣たちと共に頭を下げた頼房は、そうお悔やみの言葉を述べた。

出水の領主にして太守義久の娘婿であった島津義虎は、七月二十五日に死去していた。享年は五十、出水では人質であった頼房をなにくれと世話をしてくれた、言うなれば恩人である。その死を聞いた時、頼房には何とも言えない寂しさが込み上げてきた。頼房が出水を離れたほんの数ヶ月前までは体調が悪いようには見えなかったが、もしかしたら病であることを悟らせないようにしていたのかもしれない。仮にそうだとしたら、さすが歴戦の名将というほかない。

「かたじけない。亡き薩摩守様も、相良殿と弟君のことはたいそう気にかけておられましたゆえ。……ときに、相良殿。阿蘇家のことは聞き及んでおられるか?」

「はあ、なにぶん家督を継いだばかりで……」

嘘である。だが、ここは知らぬふりをしておいた方がよいと、使者がやってきた理由を何となく察していた家老たちから言い含められていた。

「阿蘇家に、我が島津の所領、八代を攻めるとの風聞(これ)あり」

――元は八代は相良の領地である。わざとだろうか。

「故に、所領を守るため兵を動かさねばならぬ。そこで、相良殿」

使者はぐいっと身を乗り出す。嫌な予感しかしない。

「阿蘇家の将、今は亡き甲斐宗運は父君の仇、恨みもござろう。そこで相良殿には、我が島津家へのご加勢をお願いしたい。状況次第では、先鋒をお願いすることになるかもしれぬ」

頼房は、顔が引きつるのを必死で抑えた。そもそも父が盟友だった甲斐宗運と戦うはめになったのも島津家がそう命じたからであるし、先鋒を命じるのも相良の忠誠心を試すつもりなのであろうことは容易に想像がついた。

「ありがたき幸せ、この相良四郎次郎頼房、太守様のために精一杯励みまする」

腹の内はだいたいわかるが、こう言うしかない。頼房が頭を下げると、重臣たちもそれに倣う。使者は満足そうに自らに頭を下げる相良家の面々を見渡した。

「亡き薩摩守義虎様も、相良殿にはたいそう期待しておられた。亡き御方のためにも、相良殿のお働き、期待しておりまするぞ」

亡き義虎のことを持ち出されれば、もはや何も言うことはできない。それに島津の元には弟の佐三郎長誠がいるのだ、それを含めた(げん)なのであろう。

頼房に、最初の試練が重くのし掛かってきた。

*****

大急ぎで戦仕度が進んでいく。兵を島津家が本拠を置く八代と隣国阿蘇家との国境の城、花山(はなのやま)へと派遣し、深水宗方、犬童休矣といった家中の主だった将も島津家への加勢として派遣されることとなった。休矣の嫡男軍七も一緒である。

頼房自身は人吉に留まることとなったが、十二歳の頼房に何ができる訳でもなく、派遣される将兵に言葉をかけるくらいのことしかできないのがもどかしい。

頼房は、阿蘇家が八代を攻めるとの報が単なる噂であることを願った。当主を継いだばかり、まだ家中もまとまっていない。こんな時に、どうすればいいのかも、わからない。

だが、その微かな期待は、あっという間に裏切られた。

*****

天正十三年八月十日。島津の支城花山(はなのやま)城に、阿蘇家家臣甲斐宗立(かいそうりゅう)が突如として攻め寄せた。守兵三百名全滅、城代木脇刑部左衛門、ならびに鎌田左京亮討ち死。

これを見た総大将の島津義弘は、八代から一万二千の兵を発した。

島津による、阿蘇氏攻略戦の始まりである。

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