当主、頼房
「殿の、お戻りでございまするー」
先触れの声が響き渡り、新当主頼房を乗せた駕籠が霧に覆われた城下を抜け、人吉城へと到着した。先々代義陽の代から始まった城の改修工事は、混乱に次ぐ混乱で未だ手付かずである。
頼房は、一度大きく深呼吸をして、駕籠から降りた。
頼房の出迎えには、主だった家臣一同と先々代義陽の母、内城殿をはじめとした一族が勢揃いしていた。
「お帰りなさいませ……殿」
頼房の祖母に当たる内城殿が、頼房の顔を一瞬驚いたように見つめ、そして膝をついた。他の者たちも同様に頼房の顔を驚きを持って凝視していたが、次々と内城殿に倣って膝をついていく。
この光景を、どこかで見たことがあるような気がする。
――そう、父の訃報を聞いた時。亡き兄が、当主の座についた時のことだ。
「皆の者、出迎えご苦労である」
頼房は、声を張り上げる。緊張で声が上ずってしまったのを、自分でも感じていた。
――本当に、兄はもういないのだ。
自分に皆が膝をついている光景を見て、胸に言い様のない痛みを感じる。
頼房は生まれ育った懐かしい城へと歩を進めているのに、何も見えない暗闇を歩いているような気分になっていた。
*****
旅姿を解いたのち、頼房は身を清めて真新しい直垂に袖を通す。裏地のない藍色の単に相良の梅鉢紋が染め抜かれた大紋と呼ばれる直垂に折烏帽子を被った頼房は、改めて当主となるということを実感した。
「殿におかれましては、長きに渡るお勤め、ご苦労にございました」
装束の着替えが終わると、まずは祖母の内城殿をはじめとした一族から挨拶を受ける。頼房は当然のごとく上座に座らされ、深々と平伏された。
四年ぶりに会う家族は、度重なる死に憔悴しきっているのが見て取れる。無理もない。祖母の内城殿は最愛の一人息子と孫二人、台芳尼と頼房の母了心尼は互いに愛しい長子を亡くしたのだから。
「長寿殿。無事のお戻り、母は嬉しゅうございます」
実母の了心尼は、涙を目にいっぱい溜めて頼房を見つめる。兄の死がきっかけであろうが、四年前と比べて随分と痩せた気がする。
聞いた話だが、了心尼が亡き兄忠房を産む時、大層な難産であったらしい。そのときに家老深水宗方が『露落ちて その葉は軽き 小松原』と句を詠んだところ無事安産となったという。難産の末に生んだ子故に忠房への愛情は深く、その最愛の子を亡くした母の心情は、察するに余りあるものがあった。
「大きゅうなられましたな、殿。まこと、亡き玉井院殿(義陽)によう似てこられた。」
祖母の内城殿は、頼房の顔をじっと見つめて涙を拭う。成長するにつれ、父、義陽に顔が似てきたと出水でも言われていたが、四年ぶりに見る家族から見てもそう見えるらしい。
「そなたの父が当主となったのも、齢十二の時であった」
祖母の涙ながらの言葉に、肩に重石が乗ったような心持ちがした。亡き父義陽は十二歳で当主の座につき、戦死するまで家臣領民の人望を一身に集めた。さらに幼い十歳で当主となった忠房は、そのたぐいまれな美貌と出生時の逸話から、将来の英主と皆が期待した。
――では、自分は?
人質から帰ってきたばかり、兄のような美貌も父のような人望もない自分には、相良の血を引く以外に、一体何があるのだろう。
*****
大広間に、一族郎党の主だったものたちが正装して控えている。上座に腰を下ろした頼房は、その光景をじっと見つめた。
受け継ぐものはあまりに多く、背負うものはあまりに重い。
「相良四郎次郎頼房である。これよりは、亡き父と兄に成り代わり、わしが相良を守り抜く。皆の者、よろしゅう頼む」
上ずった、甲高い声が響く。頼房の言葉に、その場にいる者たちは、一斉に平伏する。その表情は、窺い知ることができない。
ここに、相良家第二十代当主、相良四郎次郎頼房が誕生したのであった。




