弔問
「若様! 島津薩摩守様がおいででございます!」
事情を知らない家臣が、島津義虎の来訪を告げる。
激情の後の静けさは、驚くほど早くやってきた。
膝をついて泣き伏していた頼房は、袖で涙を拭ってスッと立ち上がる。
「相わかった。すぐに出迎えの支度を」
自分でも驚くほどに、冷静な声が出た。
「わしが当主として人吉に帰り、弟の藤千代を人質に差し出す。そういう手筈なのであろう、休矣?」
「仰せの通りで、ございまする」
あまりの短時間での変わりぶりに、犬童休矣が唖然として頼房の顔を見つめている。
その血と立場がそうさせるのか、頼房は自分でも気づかぬうちに、いつのまにか当主の顔になっていた。
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「この度は、兄君がこと、お悔やみ申し上げる」
「薩摩守様には、お心遣い痛み入りまする。これよりのちは、我が弟藤千代を差し出す所存にございますれば、どうぞ、よしなに」
お悔やみの言葉を述べにきた義虎と言葉を交わした頼房は、そう言って深々と頭を下げた。
「わかり申した。弟君がことも、この義虎、心を込めてお世話致しましょうぞ」
「ありがたきお言葉でございまする」
一通り挨拶を交わすと、義虎は頼房の側に控えている休矣へと視線を向けた。
「一通りのことは聞いておる故細かくは聞かぬが、一つだけ。島津に縁深き『忠房』殿亡き後も、相良家の太守様への忠義、変わりはなしや」
穏やかな声たが、その視線は射抜くように鋭い。
「これよりは、この不肖犬童休矣はもちろん、相良家の一族郎党こぞってご幼君を盛り立て、島津家の御為に働きますれば、ご心配には及びませぬ」
それを聞くと、義虎は相好を崩した。
「それにしても、まこと不思議なご縁でござる。犬童殿はかつての水俣城代、我らもたいそう苦労させられ申した。されどこれよりは、ご当主殿も出水で過ごされたことであるし、心強い味方として頼りにしておりまするぞ」
「ありがたきお言葉でございまする。この頼房、亡き兄に成り代わり、島津家への忠義、貫く所存にございまする」
頼房は、殊勝に頭を下げた。
頼房の預かり知らぬところで、話はついていたようである。聞いたところによれば、島津本家へは深水宗方が赴き、頼房が家督を継ぐこと、そして弟の藤千代を人質に差し出すこと承認をもらったらしい。
そして人質となっていた頼房の迎えには犬童休矣が遣わされたということである。
人質生活の終わりが、このような形でもたらされることになろうとは。頼房にとって、考えたくもないことであった。
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当主忠房の死と、頼房の当主就任は、瞬く間に屋敷の者全員が知るところとなる。
頼房は、これまで四年もの間共に暮らしてきた随行の者たち全員を集めて、そのことを告げることになった。さすがに全員は部屋に入ることができず、下男下女などは障子を開け放って廊下に控えている者も多かった。
「我が殿、相良四郎太郎忠房公は、去る二月十五日、疱瘡にて身罷られた。これよりは、この四郎次郎頼房が当主である。これからも、よろしゅう頼む」
緊張気味の、幼さの残る声。上座から見る限り、忍び泣くもの、嗚咽を堪えきれないもの、悲しそうに俯く者など、その反応は様々である。
そして今日この日が、「若様」として大切に守り育てられる、最後の日となった。




