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恋話

「長寿丸殿、たまには男同士で、恋の話でもいたしませぬか」

「は?」

屋敷に遊びに来ていた島津義虎の三男、又助から唐突にそう聞かれて、頼房は思わず声が出てしまった。

「あの血の気が多い兄上と弟たちとはこのような話は出来ぬし、一度誰かと恋の話でもしてみとうてうずうずしておりました。くれぐれも、父上には内密に。軟弱者と叱られますゆえな」

そう言って、又助はいたずらっぽく笑う。武勇で名高い島津家であるが、頼房より三歳年長であるこの又助は一風変わっていて、武芸の稽古よりも書物を読むのが好きな穏やかな少年である。歳が近いのもあって、島津義虎の子息たちの中でもこの又助とが一番よく気が合った。

「しかし、我らのような立場の者が恋の話をしたところで……」

頼房はあまりにも意外な話に戸惑っていた。

又助も頼房も領主の息子、結婚は家と家の結びつきのためで、そこに恋だのなんだのはありはしない。

「それはそれ、これはこれ。あまりにも夢がないではございませぬか。我らは(まつりごと)の道具とはいえ、夢を見るくらいは許されるというもの」

「はあ……。それでは、又助殿はどのような恋をなさりたいのでございまするか?」

すると、又助の顔はパアッと輝いた。

「やはり、かの『源氏物語』のような恋などようござるな。恋は阻む壁が高ければ高いほど燃え上がるというもの。それでいえば、光源氏と藤壺の宮の秘めたる恋など、考えるだけで胸が高鳴りますな。それに、天の定めし相手に出会った時は一目で心を奪われるというではありませぬか。一度でよいからそのような思いをしてみとうございまする」

早口で熱く語る又助に、頼房は思わず圧倒されてしまった。

「それで、長寿丸殿はいかがでござる?」

興味津々といった様子で、又助は頼房の顔をじっと見る。

正直なところ、頼房は自分が恋をするなど考えたこともなかった。頼房にとって、結婚は政略以外の何物でもなかったからである。

「うーん、物語でいえば、幼い頃から想いあっていた二人が夫婦(めおと)|になる『伊勢物語』の筒井筒の恋もようござるし、『源氏物語』の光源氏と紫の上のごとく、想い想われる恋もようございまするな」

そこまで言って、頼房はふと考えた。

――一目で心を奪われる恋とか燃え上がるような恋とは、どのようなものであろうか。

「なれど、又助殿が言われるごとく、一目で心を奪われる恋も燃え上がるような恋もよい気がいたしまするな。そのようなおなごと出会ってみたいものでございまする」

「そうでござろう、そうでござろう! ところで、長寿丸殿はどのようなおなごがお好きか」

又助はたいそう嬉しそうに相槌を打つ。

「さて……。好きなおなごと言われましても……」

頼房は、自分の周りの女人を順番に思い出してみた。心優しい実母、気丈で威厳のある養母、しっかり者の長姉と次姉、病弱だが心穏やかな三姉。

「……やはり、心優しく、それでいてしっかり者のおなごがようございまするな」

「ほうほう、やはり長寿丸殿とは気が合いまするな。この又助も、我が母上のごとき、しっかり者のおなごを妻にしたきもの。できれば、少し気が強いおなごが好みでございまするな」

「御方様のごとき、非の打ち所がない女人はなかなかおられませぬぞ」

頼房は思わず苦笑する。又助の母であり太守義久の娘でもある御平は、頼房の目から見ても威厳と心優しさを備えた完璧な貴婦人であった。

「なに、多少のことは気にはいたしませぬ。顔が良ければさらに良し、なれど、どちらかといえば可愛らしい顔立ちのおなごが好きでございまするな」

「確かに、可愛らしい顔立ちのおなごはようござるな。あ、この長寿丸、笑顔が可愛いおなごも好きでございまする」

普段兄とも話したことのない話題で、頼房はだんだんと楽しくなってきて、止まらなくなった。

「恐れながら若君、そろそろお城へ戻られませぬと」

その話は、又助の従者たちが恐る恐る帰城を催促するまで続いた。

「ああ、もうそんな刻限か。父上と母上を怒られせると恐ろしい故、そろそろ帰るしかあるまい。では長寿丸殿、今日は楽しゅうござった。名残惜しゅうござるが、また遊びに参りまするゆえ」

「ぜひとも。お待ち申し上げておりまする」

渋々といった風情で、又助は城へと帰っていった。

「恋か……。よいのう、一度はわしも心を奪われるような恋をしてみたいものじゃ」

領主の家に生まれた以上ほぼほぼ無理な話ではあったが、又助と初めて恋の話で盛り上がってからというもの、頼房の心に今までなかった恋への憧れがぼんやりと生まれていた。


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