出水到着
人吉を出た頼房一行約五十人は、文字通りいくつもの山を越え、薩摩国出水へと辿り着いた。人吉から葦北へと抜け、そこから出水へと入る海沿いの道である。
ほんの数か月前まで相良の領地であった葦北郡であるが、今は佐敷、水俣といった諸城に島津の旗が翻っている。
そこで、頼房は生まれて初めて海を見た。陽光に光る海水と、白い砂浜が印象的である。まだ二月であるから風が冷たい。息をすれば、嗅いだことのない不思議な匂いがする。これが磯の香りだと、周りの者が教えてくれた。
「相良の領地にも海が欲しいのう……」
ぽつりとつぶやいたこの言葉は、九つの子どもの戯言として聞き流された。
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肥後と国境を接する出水は、島津家の一門、島津薩摩守義虎の領地である。この義虎は島津一門の中でも特に重要な地位にあるようで義久の長女、於平を娶っている。
父の生前まで出水は相良と領地を接する土地であったため、何度も相良と刃を交え、相良が島津の軍門に下った水俣城籠城戦においても攻め手として加わっていた男である。
その義虎が、頼房一行を自ら迎えにやってきた。
出水に入る前、頼房は旅姿から直垂と烏帽子に着替えている。頼房は駕籠から降り、中央にいる義虎と思しき男に近づいていった。緊張で胸が高鳴る。頼房は一度唾をごくりと飲み込んだ。
「出水の領主、島津薩摩守義虎でござる。長寿丸殿には、遠路はるばるようお越しくださった」
戦場で鍛えた、張りのあるよく響く声。年は四十のあたり、いかにも猛将といった風貌の男である。
「相良、四郎次郎頼房にございまする。此度は、薩摩守様直々のお出迎え、この頼房、感謝の念に堪えませぬ」
自分の心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。言葉と共に頭を下げたが、相手がどんな顔をしているのかはわからない。
「うむ、さすがは相良殿の御子息。その年にして堂々たる振る舞い、大したものじゃ」
顔を上げると、義虎はそのいかめしい顔をほころばせている。
「長寿丸殿には、長旅でお疲れの御様子。いずれ歓待の宴など催したいが、今日はゆるりと休まれるがよろしかろう」
「ありがたいお言葉、痛み入りまする」
義虎はかつての遺恨など微塵もないように接し、頼房たちの旅路の苦労を労う。
「時に長寿丸殿。この義虎粗忽者にて諸事をよく存ぜぬが、いつ元服されたのでござる?」
何気ない軽口のように聞こえるが、鋭い目で射抜かれているような心持ちがして心臓がどくりと音を立てる。
「この正月に元服致し、四郎次郎頼房と名を改めましてございまする」
「ほお、正月に。まあ、詳しい話はまたいずれお聞きするとして、屋敷にご案内いたしましょう」
気を遣ったのか、義虎はこの話を途中で打ち切り、新しく建設した屋敷へと相良家の一行を案内した。
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頼房たちが滞在する屋敷は、人質の件が決まってから急きょ建てられたものであると聞いている。人質に対するものとしては、かなりの厚遇といってよいだろう。
「急ごしらえの屋敷ゆえ不便なこともあるかもしれませぬが、そのときは遠慮なく言うてくだされ」
急ごしらえとは言われたが、屋敷はそれなりに広々とし、内装もしっかりとしたものである。
「島津様のお心遣い、かたじけなく存じまする。かような屋敷まで用意して頂き、不満などありはいたしませぬ」
「それならばようござるが。賊など入らぬよう、屋敷の周りはこの義虎の兵が守っております故、心安くお過ごしなされ」
裏を返せば、万が一逃げ出そうものなら即刻義虎の兵に捕えられるということだが、ひとまずその予定はないので賊に襲われる心配はないだろう。
「今の季節は、この出水にもよう鶴が飛んできましてなあ。もしも外に出られるときはこの義虎か愚息どもが御供致す故、御案じめさるな」
鶴は見てみたいが、見張りつきというのがいただけないので当分は鶴の見物はお預けとなりそうである。
「では、長寿丸殿、ごゆるりと」
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「疲れたのう……」
これまで挨拶の仕方だの立場が上の相手との話し方だのを教え込まれ、大人のような形式ばった会話をしていたのだが、それが何とも疲れるものである。
頼房は、人払いをして自分のための部屋にごろりと横になっていた。いくら「若様」と呼ばれる身分とはいえ、疲れるものは疲れるし一人になりたいものである。
もちろんどこぞに護衛の者はいるのだが、気配を消していてどこにいるのかはわからない。
出水までの旅は、基本的に駕籠の中であった。大人たちが徒歩であるのに自分だけが駕籠に乗っているのが申し訳なかったが、周りとしても当主の弟に山道を歩かせるわけにはいかなかったのだろう。ずっと座ってばかりだったから腰と臀部が痛い。
頼房は、いつの間にか眠りにつき、そしていつの間にか着物が一枚着せられていた。




