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一瞬。そして、一生。

作者: 荒縄ーあらなわー
掲載日:2018/05/18

「こんにちはー。」

「こんにちは。」

 元はと言えば、始まりはこの一瞬だった。



    1



 何処からか、青葉の香りを運び、桜の花びらを舞い上がらせる風が吹く、四月上旬。僕は、高校生になった。中学生にもなりたくなかった僕が、受験という試練を乗り越え、高校生になったんだ。高校生活に求めることは特にない。強いて言うなら、いいことがあるといいなっていう、ただ漠然としたものだ。眠気混じりにそんな事を考えながら、入学式を終え、親と門をあとにした。


 次の日、初自力高校登校だ。僕は、バスに乗り、学校前のバス停へ向かう。バスには、僕以外にも、同じ高校の制服を着ている人が目に入った。今日は、部活動紹介と見学があるらしい。僕は、中学の時から、吹奏楽をやっていて、言ってしまえば、吹奏楽部に入るために、この高校を選んだ。高校生活二日目にして、早くも面倒くさいという気持ちが、体内を循環していたけれど、その二つのおかげで、今日は少しワクワクしていた。

 テンプレートだらけの集会を終えて、遂に部活動紹介、そして、見学の時間となった。僕は、早歩きで吹奏楽部の活動場所に向かった。大きな音楽室。パートごとに分けられた防音室。それらは僕の心を高鳴らせた。ふと気づくと、仲の良さそうな二人の女子が、見学しているのが、目に入った。その瞬間、僕は、心のどこかで、あれ?あの人、何処かで会ったことある気がする。と、感じた。

「吹奏楽部に入部するって決めてる人ー、集合してくださいー。」

 僕は、言われるまま、声の方へ向かった。僕の後ろには、彼女たちもいた。

 その部屋には、数人がもう集まっていて、僕や彼女たちが入ったあとも、数人が入ってきて、そこそこの人数になった。そして、部長さんらしき人が話し始める。

「こんにちは。えー、私は吹奏楽部の部長をしています――」

 案の定、部長さんだった。その後、この吹奏楽部についての説明が始まった。僕は、しっかりと聞かないと、集中をしたけれど、あの彼女たちのうち一人のことが、妙に引っかかり、部長さんの話どころではなくなり、気づいたころには、話が結びに入っていた。


 話が終わり、僕は、今日のところは帰ることにした。門を出て、目の前にあるバス停から、滑り込んでくるバスに乗る。車内は静かで、生徒は僕だけ。あとは、買い物帰りのおばあちゃんが数人乗っているだけだった。あと、いつもと少し違ったのは、女性の運転手さんだったことだ。少し前までは、バス運転手は男の仕事だとされていたらしい。でも、それはどうなのかと、男女雇用機会均等法とやらが制定され、それから、女性のバス運転手も増えてきているらしい。――中学で習ったことだ。そんな事を考えながら、バスに揺られ、降りては歩き、家で残りの時間を過ごした。



   2



 バス通学にも少し慣れたころ、遂に吹奏楽部入部の日となった。不安が少し混じる気持ちもあったけれど、僕は、ワクワクしていた。音楽準備室に集められた一年生はざっと四十人くらいだった。中にはもちろん、この前の二人もいた。自己紹介が始まり、僕が気になっていた人が、田中向日奏ということが分かった。それ以外は、頭に入ってこなかった。それが終わり、部活の衣装の採寸が終わると、早速パートごとの練習が始まった。

 厳しさ混じりの緊張感ある練習を終え、僕は、正門を出た。午後七時の紺碧の空には、金色の丸い月が輝いていた。しばらくして、バスが滑り込んできて、それに乗り、最近、決めつけた特等席に座り、学校の自販機で買ったコーラを飲む。今日は男性の運転手だ。

 コーラを半分くらい飲み、キャップを閉めたところで、後ろから、ねえねえという言葉と同時に肩を軽く叩かれた。

「吹部入った人だよね?いきなりごめんね、私、田中向日奏って言います。えーっと、向かうの向に日向の日、あとは演奏の奏っていう字を書いて、ひなたって読みます。よろしくねー。」

 彼女は、笑顔でそう自己紹介してくれた。間髪入れずに彼女は続ける。

「ほら、萌ちゃんもー。」

「え、あー、どーも。杉山萌歌です。字は、えーっとー、山並みは萌えての萌に、歌でもえかです。」

 彼女たちは、声を出して笑った。僕も思わず笑った。

「なんで、『旅立ちの日に』なの?他になんかなかったんかいー。」

「だって、思いつかなかったんだもんー。」

 『旅立ちの日に』は、卒業式の定番合唱曲だ。僕も歌ったことがある。

「僕は、滝川輝って言います。漢字は輝くってかいててるって読みます。どうぞよろしく。」

 僕は、彼女たちの笑いがおさまったタイミングで、そう切り出した。

「おー、なんかかっこいいー。」

 二人の声がはもった。僕は、下に視線を落としながら、

「そ、そうかな?」

と、答えた。名前をかっこいいなんて、お世辞でも言われたことがなかったから、嬉しかった。僕は、彼女たちといい関係が築けそうだと思った。語弊を招いてしまうかもしれないけれど、馬鹿らしく、また、何処か初々しさを感じ、それらが僕をその気持ちにさせた。

「あ、そうだ、ライン教えてー。交換しない?」

 向日奏さんが提案してきた。答えはもちろん――。

「うん、是非とも。」

「じゃあ、あたしもー。」

 乗るように、萌歌さんもそう言った。僕は、友達を作るのが苦手で、というよりは、人と話すことがあまり得意じゃなくて、中学時代も部活の仲間が出来るまで、多少時間がかかった。だけど、彼女たちの声かけで、僕は、幸せなことに入部初日から仲間を増やすことが出来た。当たり前の声かけかもしれないけれど、その当たり前が当たり前に出来る人は強いし、素晴らしいと、勝手に心の中で二人を称賛しながら、僕はライン交換会に参加した。

 バスを降り、彼女たちと別れ、家へと足を進める。空の月は、学校を出た時よりも数倍輝いて見えた。そんな中、滅多に振動しないスマホが、胸元で震えた。早速、彼女たちからだろう。

 それからというもの、二人とは部活でも、ラインでもやりとりをするようになった。帰りも、たまたま方向が同じなのもあるけれど、毎日のように三人で帰ることが多くなった。向日奏とは、毎日連絡を取り合い、部活のことはもちろん、最近放送が始まった、吹奏楽アニメのことについても話が盛り上がっていた。また、最近では、向日奏のことが余計に気になり、ぼーっとしていると、無意識のうちに、彼女のことを考えてしまうようになった。萌歌とも、毎日ではないけれど、連絡を取り合い、部活の愚痴や、ちょっとした相談に乗ってもらったり、萌歌は頭がいいから、僕から勉強のことを訊くこともあった。また、彼女たちつながりで、何人かの友達や部活の仲間も増え、僕にしては、充実した高校生活を送ることが出来ていた。;

 向日奏のことをさらに意識するようになったのは、ある時、母が放った、何気ない一言だった。向日奏と頻繫にやりとりをするようになって、必然的にスマホを手にする時間が多くなった。だから――。

「輝、最近、携帯ばっかいじってるけど、彼女でもできたの?」

 母は、子供のように、見たままをそのまま、僕に訊いてきた。

僕は、言うまでもなくそれを否定した。だけど、それこそが余計に、向日奏のことを意識させてしまう、きっかけとなってしまった。



   3

 


 梅雨の気配を感じさせる今日。天気は雨だった。じめじめしている中、授業を受け、放課となった。音楽室に近づくと、クラリネットのチューニングをしている音が聞えた。今日は音程が合わないだろうなぁ、と思いながら、僕も部室に行き、楽器を出す。僕自身も雨の影響を受けて、音程が合わず、苦戦していた。時間は雨なんかに左右されることなく、正確に時を刻み続けた。

 部活開始前のミーティングで、僕は、萌歌がいないことに気付いた。前にあるホワイトボードを見ると、「病欠:杉山萌歌」と書かれていて、残念だなぁ。と思いつつも、僕も体調には気を付けようと、気を引き締めて、パート練習。そして、先生の合奏に臨んだ。

 音程があまり安定しない中、何とかそれらを乗り越えて、無事に部活を終えた僕は、楽器の手入れをして、また明日と一言楽器に声をかけ、パートの先輩や同級生に一言声をかけて、校舎を出た。

 外は、いまだに雨が降っていて、ましてや、余計にひどくなっていた。風が吹くと、横に舞う大粒の雨。時々、光っては何処かに落ちる雷は、女子生徒の悲鳴を呼んだ。僕は、向日奏と合流して、バスを待った。

 数分後、いつものように、バスが滑り込んできた。今日は何故か車内がいつも以上に混んでいて、それは、曇ったガラス越しでも分かった。バスに乗り込むと、運転手さんが、席を詰めて座るようにと、何度も呼び掛けていた。だから、僕は、向日奏に対して、こう言った。

「ごめん、となり座ってもいい?」

 申し訳ない気持ちがあったけれど、僕の心の何処かでは、喜びを感じていた。確実に。向日奏は、僕のその言葉に、ためらうことなく、嫌そうな顔もしないで、少し笑顔で。

「うん、いいよ。」

と、答えた。

 僕が惚れてしまった向日奏との距離が、十センチになった。

 たとえ、十センチの距離でも、会話はいたって普通通りだった。ザーッという音の中で、話を聞いて、反応して、時には笑って――。雨で道が少し混んでいたけれど、降りるバス停までの時間が、短く感じた。そして、傘とある想いを持ち、僕は、バスを降りた。

「よし、向日奏に告白しよう。」

 そう、心に決めた。



   4



 向日奏に気持ちを伝えようと決めたものの、意気地なしな僕は、いざとなると、口が絶対零度にさらされたかのように固まって、告白のきっかけをつかむことができないまま、月日が流れ、気づけば、もうすぐ七月に入ろうとしていた。なおも、気持ちの変化は全くなく、好きだという感情を僕なりではあるけれど、理解していた。何度も、萌歌に相談しようかと考えたけれど、何故かそれに抵抗があって、出来ずにいた。何かいい方法はないものかと、湯船につかりながら、考えていると、ある方法に辿り着いた。それは、クイズ。【好きな人当てクイズ】だ。意気地なしの僕だから、思いついたといってもいい。僕は、妙に自信が湧いてきた。

 次の日の夜、僕は、いつもと変わらず、向日奏にメッセージを送った。そして、上手いこと、好きな人の話につなげた。意気地なし輝の、クイズが始まる。向日奏は、どんどん数を絞って、そして。

「え、もういなくない?誰か忘れてる?」

「うん、大事な人忘れてるよ。」

「えー、誰だー。まてよ?」

 そう言って、一人ずつ、候補者の名前を挙げていく。もちろん、その中に向日奏の名前はなかった。運命の瞬間が迫る。

「ううん、この中にはいないね。まだ、あと一人忘れてるよ。」

 体の温度が少しずつ上がっていって、新幹線が加速していくような速度で、僕の鼓動も加速していく――。

「え、だって、あとは…。」

 僕は、ここしかない!と、弱った獲物に、追い打ちをかけるように、向日奏に言った。遂に、言えた。

「僕が好きなのは、金管一年の田中向日奏さんだよ。」

 体の熱さと、鼓動の速さを感じ、これ、やばいな。と、思いながら、まばたきすることなく、既読のついたその画面をじっと見つめていた。時が、止まったような感覚だった。



   5



 蝉やコオロギなどの、夏の虫たちが、本格的に歌うようになった、七月初旬の夜。僕は、あの後、より充実した高校生活を送り、大学に進学、そして、早いことに、四月に社会人となった。仕事にもいまいちなれない部分があるけれど、何とかやっている。そして今、明日が休みの僕らは、堂平山で、夜空を眺めていた。

「ねえ、クイズしない?」

僕は、空を見上げたまま、唐突にそう言った。

「えー、またー?ほんとに変わらないねー。」

 彼女は、笑いながら、そう言った。

「冗談だよ。僕だって、変わったんだ。」

「ほー?」

「We are one of a kind, irreplaceable. 」

「んー、僕たちはかけがえのない存在、代わりなんてない。かな?」

「流石、向日奏だね。英検一級を持っているだけあるよ。」

「ふふ。輝こそ、よく言えたね。よくできました。」

 そして、向日奏の指にはめたシンプルな指輪は、星たちの光を浴びて、ダイヤモンドのように輝いていた。  

 



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