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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ループ・ザ・ワールド

作者: まあじ

ニンゲン→主人公

人間→人類

を表しています。

少女は山を歩いていると、大きな穴を見つけた。

少女は気になって近くに寄り、覗き込む。

下は見えない。大きな大きな穴なのに、光がたくさん差し込んでいるはずなのに、穴の奥は真っ暗だった。

もっと覗き込もうと、少女は身を乗り出して穴を覗く。

その瞬間、ボロッと少女のいた辺りの地面が崩れ落ちる。


(おちる!)


少女はぎゅっと目を瞑った。





目を覚ます。

ここはどこだろう。

私は確か、大きな穴に落ちて、それで……もしかして、死んじゃったのかな。ここは死後の世界、とか……?


「お、おいニンゲン! 目を覚ましたか」


声のする方へ振り向くと、そこには魔族がいた。

風貌は人間に似ているけれど、村の人たちよりもずっと綺麗な人だ。キラキラと輝くような金髪と、ヒョコヒョコ動いてる耳ーー猫耳。

背丈は私と多分同じぐらいだろう。

扉に半分隠れながら、私に話しかけてくる。


「ひぃ、暴れないでくれよ。ニンゲンは凶暴だって聞いてるんだぞ! 俺は騙されないからな」


そういえば、魔族の中には美しい容貌を使って人間を陥れる者もいるという。彼がもしそうなら、なるほど、確かに騙されてしまうのも分かる気がする。


「ここは?」

「お、俺ん家。なんでニンゲンが魔界にいるのか知らねえけど、外で倒れてたら、殺されると思って、連れてきたんだよ」


魔界? 私は穴から落ちただけなのに、魔界に来てしまったのか。


「助けてくれたの……?」

「ち、違うぞ、お前を助けたんじゃない! ただ、見殺しにするのは、俺のポリシーに反するからだな……そう、俺のポリシーを守る為にお前を助けたんだ!」


助けてくれたらしい。


「ありがとう」

「ちっちがうけど、お礼だけは貰っといてやる! ……げふん。なあお前、なんであんなとこで倒れてたんだよ?」

「……私にも、わからないの。穴に落っこちて、気付いたらここにいたから」

「えっ穴? もしかして、人間界に穴が開いてたのか? どこに?」

「私の村の近くの山の中。覗き込んだら落っこちちゃって」

「なんでそこで覗き込むのか、なんでそこで落ちちゃうのか」

「気になったから」

「好奇心旺盛か。あー多分その穴は結界の綻びだ。人間界と魔界が結界で隔たってるのは知ってるよな? それが最近、綻びつつあるんだよ。人間側が魔物を封じる為に施したものらしいけど、記録によると千年間ずっとそのままなんだ。綻びから溢れ出た魔界の力に人間界が耐えられなくて、いろんな災害を起こす。そのうちの一つが『穴』なんだよ」


初めて聞くことばかりで全然理解できなかったけれど、私はひとまず「なるほど」と頷いた。


「じゃあ、私はどうやったら帰れるの?」

「それは……その、こっちから向こうへは出にくいんだ。魔界を封じる目的の結界だからな。綻びっていっても小さいし、だから、お前は帰れない……」

「そんな」


私は愕然とする。私帰れなかったらお母さんに怒られちゃう。あれ、でも帰らなかったらお母さんに叱られない? ぶたれることも、夜中に外に追い出されることもない?


「……こともないぞ。ただ、お前一人じゃ無理ってだけで」

「ほんと?」


でも、さっき彼が「殺される」とか物騒な事言ってたし、やっぱり村の方が平和なのかも。


「魔族の命を一つを使えば、一人は結界を抜けられるんだ。けど……俺は仲間を売るつもりはないから、もしお前が魔族を殺すつもりなら、その前に俺はお前を殺さなきゃいけなくなる」


私は痛いのいやだし、みんなも痛いの嫌だと思う。だから殺しちゃうのも絶対ダメ。

やっぱり村に帰らない方が良い、ってことなのかな。


「じゃあ、やめる。村には帰らない」

「うん。別の帰る方法を探してくれ。何百年先になるか知らねーけどな!」

「でも、私はこれからどうしたらいいの?」

「え」


ああー、とキラキラ光る金髪の猫耳少年は頭をかいた。

そして、うーん、と唸った。

解決策はないらしい。


「お外は危険?」

「お前にとっちゃな」

「どうして?」

「魔族はニンゲンが好きじゃないから」

「でも貴方は助けてくれた」

「たまたまだ。運が良かったなガキンチョ」

「じゃあここに暮らすしか……」

「げえ、やだ」

「そっかあ。では、おせわになりました」


私はペコリとお辞儀をして、部屋から出ようとした。


「ちょっ、待て待て待て待て。おまっどこ行く気だよ」

「あてのない自由旅……」

「だからそれ死ぬんだってば! ああーいいよ、わかった。面倒見てやるから、その代わり家から一歩も出るなよ? カーテンも開けんな。いいな」

「うん。おせわになります」


私はまたペコリとお辞儀をした。

なんだ、魔族ってやさしいじゃん。





「おお、お前料理できるんだな……すげえ」

「村の子達なら皆できるよ」

「マジかよ、すごいな」

「お母さんがそう言ってた」


何もしない、というのはナシなので家の中の事はお手伝いする。

家でもやっていたので出来て当然だ。

道具の場所や、未知の食べ物達に悪戦苦闘しつつも、なんとかやり遂げた。

私は達成感を味わった。


「そして悔しい事に意外と美味い」


そして褒められてしまった。


「ほんと?」


今まで、褒められたことなんて一度もなかったのに。あっ、なるほど。きっと、魔界は食材が美味しいものばかりなんだ。

けれど、そうは思えどやっぱり嬉しい。


「はじめてほめられた……」

「えっマジかよ。おい頬を染めんな、照れんな! 俺まで恥ずかしくなるから!!」





「ったく、なんでこうなったんだよ」

「もうしわけない」

「いいよそれはもう何度も聞いたから」


本棚の上を掃除しようと思ったのだ。

しかし、高い本棚の上は私の身長では届かず、かと言って梯子もない。なので仕方なく棚そのものを梯子代わりにのぼったら、上の方まで上った時に、棚が倒れてきてしまい……あとは想像通りだ。本棚の下敷きになった。

本棚が傾いた瞬間パッと手を離したおかげで、地面に尻餅をついた状態で上から本棚を迎える形になったため、ギリギリで腕でガードしたので私自身の怪我は大したことない。けれどそれよりも、散らばった本達と倒れた棚を戻すことが出来なかったことがダメだ。


「本棚の掃除は禁止な。どうせ上の方届かねえだろ。つーか高いところの掃除禁止」

「だ、大丈夫! 次はもっと上手くやるから」

「帰ってきた時、本棚の下敷きになってるんじゃないかと思った俺の身になればか」

「……ごめんなさい」


それってつまり心配してくれたってこと?

不謹慎だけど、ちょっと嬉しい。


「いーよ、本棚は俺がなんとかするから、お前は先風呂入ってこい」

「うん」


シャワーを浴びてる時に、顔と腕に痛みが走った。

顔は多分本が掠ったのだと思う。

問題は腕。思っているより強くぶつけたらしい。なんだか赤く腫れてるような気がする。

でも、大丈夫。我慢できるし。

シャワーを浴び終わって、シャワールームを出る。

今日の私は役立たずどころか完全に足手まといだったなあ。

あそこは彼の部屋だから、彼はきっと本棚を直しきるまで眠れない。だからせめて、本棚を直している彼が終わるまでは起きていよう。

私は中には入らず(邪魔になったら困る)彼の部屋の扉に寄りかかり、ある決意をした。

明日からは、もっと頑張ろう。





ガチャ、と扉を開けると少女が倒れ込んでくる。


「うわあ、何!?……てお前かよ。おい、どうした? なんでそんなとこで倒れてんだよ。……寝てんのか?なんでそんなとこで寝てんだよ。風邪引くんじゃねーの、人間って」


少年は仕方なさそうに少女をベッドまで運ぶ。少女は目を覚まさない。


「お前、人間のくせに変わってるよな。ちっとも凶暴じゃない。愚図だしのろまだけど、頑張ろうとしてるのは伝わってくるし。絶対絆されない、って思ってたんだけどなあ、いつの間にか絆されてるよなコレ……あー! つーか寝てるやつに俺は何言ってんだか。ま、俺だって魔族の中じゃ変わり者だから、案外お互い様だったりしてな、癪だけど。……うん、おやすみ、いい夢を」


後日、少年は、紫色に変色した少女の痛々しい両腕を見て悲鳴を上げる事になる


「なんで隠してたんだ」

「……大丈夫だよ」

「答えになってない」

「迷惑かなあ、と」

「隠される方が心臓に悪い。今後、隠し事したらぶっ飛ばすからな」

「……うん、やくそくする」





「言い訳があるなら聞くぞ? ん?」


キラキラした金髪猫耳の少年はにこやかに尋ねてくる。正直に言おう、怖い。


「ごめんなさい」

「やだなあ、理由を聞いてるだけなのに。どうして外に出た?」


そう、私は外に出てしまったのだ。

しかもいっときの好奇心で。

彼が見てる世界が、どんなものなのか。あるいは、この家の外はどうなっているのか。

気になっちゃったんだもん、仕方ないじゃん。


「気になって……あなたが言う魔界っていうのが、どんなものなのか」

「好奇心旺盛か。ったく、丁度俺が帰ってきたから良かったようなものの、他の奴に見つかってたら大変な事になってたぞ」

「でも、あなたみたいな人もいるかもしれない」

「いない。絶対にだ。どこにもいない。俺は例外中の例外って言っただろ」

「でも……」

「『でも』も『だって』もいらない。さては反省してねえな?」

「次こそは、とおもってます」

「閉じ込めるぞコラ」

「既に閉じ込められてるよ」

「リードでも付けてやろうか?」

「ごめんなさい」


……よし。今度はもっと上手くやろう。

あなたがみている景色を、わたしも見てみたいのだ。





家の外は雪景色だった。

森の中の一軒家。周りに家やお店はなく、ひたすら森。

でも、森といっても人間界とは形が違う。不思議な、面白い形をしている木、見た事ない果実、広葉樹もあれば針葉樹もある。

全てがあべこべで、私はとても、興味を惹かれた。

無断で外出してしまった罪悪感が無いわけじゃないが、好奇心が今の所優っている。


「ねえ、そこの君。アイスクリーム買わないか?」


この寒さで、アイスクリームは売れないだろうなあ。

私はぼんやりそんな事を考えながら、見た事ない木の実を手に取った。


「君だよ、そこの木の実持ってるニンゲン」

「わたし?」

「そうそう。アイスクリーム要らない? 全然売れなくてさ」

「ここは寒いから……仕方ないよ」

「えーっ寒い時こそアイスクリームでしよ!」

「……なんだろう、ちょっぴり分かる気がする」

「でしょう?」

「でも買わない」

「ええ〜なんでさ」

「お金、ないの」

「へーえ。君の財布はとんだ財政難だね。ところで、君が持ってるその木の実、ニンゲンが食べると毒だから気をつけて」

「えっ」


確かに、毒と言われれば毒のような見た目をしている。鮮烈な赤だ。アセロラみたいな形をしている。


「教えてくれてありがとう」

「君が死んじゃうとカインドが泣いちゃうからね」

「カインド……?」

「あれ、もしかして名前知らないの? 君の飼い主だよ」

「飼われてないよ。お世話になってるの」


そうか、彼の名前。

言われて初めて気がついたけど、そういえば名前知らなかったな。

親切そうな名前をしている。なんとも彼らしい。


「どっちも一緒さ。近頃カインドは明るいんだ。ちょっと前まですっごい暗かったのに。なんでかなって思って聞いたら、すんごい形相で『誰にも言うな』って前置きしてからね、君のことを話してくれたんだ」

「わたしのこと……何を?」

「君が棚の下敷きになったこととか、料理が上手い事とか、ニンゲンの癖に優しいとか」


私は照れ臭くなって、にやけながら頬をかく。

照れますなあ。


「けど、カインドは頑なに君の名前を言おうとしないんだよ。だから僕は君の名前が気になって仕方がないんだ! だから教えてくれない?」


なまえ。そういえば、金髪の少年に伝えてなかったかも。だって訊かれてないし。


「私の名前は***。***って呼んで」

「***? 呼びにくい名前だなあ。ニンゲンって呼んだ方が簡単だね」

「じゃあニンゲンでいいよ」

「いいんだ。こだわりないの?」

「うん」


それから、食べちゃダメな木の実の種類とかを教えてもらった。私は一つ賢くなった。

すると家の方から金髪の猫耳少年が走ってきた。カインドだ、と分かった。同時にしまった、とも。

私は誤魔化すために、何食わぬ顔で「おーい」と手を大きく振った。

しかし、カインドはそれを無視して突然ガッと頭を鷲掴みにした。

いたい。


「おい、お前!! 外出るなって言ったよな? なんで出てんだよ!」

「あたま、いたい」


アイスクリームの彼が、カインドを宥めてくれる。


「まあ落ち着いてよカインド。彼女だって悪気があったわけじゃないさ」

「だとしても、外はこいつにとって危険な事ばかりだ」

「危険から遠ざけるばかりが愛情じゃないよ?」

「あ、愛情? ばか、ちげーよ!」

「可愛がるのも良いけど、軟禁するのはちょっと……」

「ちっげーよばーか!!!」


二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、私の頭が潰れちゃう!


「あたま、いたい!」

「あっ悪い」


パッと頭が解放された。


「外出てごめんさない。どうしても気になっちゃって……」

「好奇心旺盛だな。……あー分かった、今度から出るときは俺と一緒に出ろ。良いな?」


私はコクコクと頷く。

外出許可が下りた! やっぱり行動あるのみだね。


「そうだ、僕の名前を教えてなかったね。僕はキュベレー。よろしくニンゲン」

「よろしくキュベレー」


キュベレーは羽根の生えた魔族だけど、良い人だ。やっぱり魔族にも良い人がたくさんいるじゃん。





それから数年が経って、私は立派な淑女(レディ)になった。カインド曰く「まだまだガキ」らしいけど、十一歳を迎えた私は立派な淑女だ。

カインドと一緒に外出していると、時々ニンゲンだって事で絡まれたけど、誰も攻撃とかはしてこなかった。話せば分かってくれる人達ばかりだった。

みんな、やさしいね。

お陰で私は友達がたくさん増えた。

また遊ぼうね、と約束してる魔族はいっぱいいる。中でもマリアナとは一番仲良しだ。

マリアナは魔王の娘だけど、あんまり強くないから悩んでるみたい。私は力になってあげられないのが歯痒くて、どうして私は魔族じゃないんだろう、と思う事がある。

それから、キュベレーとカインドは魔王様の側近なんだって。すごく偉い人らしい。知らなかった。

なるほど、だからみんな初対面でカインドと一緒にいる私に攻撃しなかったのか。


そうやって数年が経ったある日、今までにないぐらい深刻な顔でカインドに言われた。


「いいか、俺が帰ってくるまで絶対家の外に出るなよ」

「付いて行っちゃダメ?」

「今日はダメだ。そんで、もし俺が帰ってこなくて、キュベレーや魔王様、マリアナとかもこの家に来なくて、この家から食べ物が無くなるまで誰も来なかったら、魔王城と反対方向に行け。魔界から出れたら出ろ。いいな?」

「待って、どういうこと」


まるで、みんながいなくなっちゃうみたいな。



「時間がないんだ。疑問はあるかもしれないが、俺のいうことを聞いてくれ。頼む」


カインドが本当に本当に困った顔をして、真剣な顔をして、今まで見たことないくらい……いや、わたしが本棚に潰されそうになっていた時と同じくらい切羽詰まった顔をしているので、私は思わず頷いた。頷いてしまった。


「……分かった。気を付けてね。アップルパイ、作って待ってるから」

「……ありがとう。楽しみにしてるよ。そら、帰ってこなきゃなあ」


カインドはくしゃっと破顔させて、泣きそうな顔をしながらポンっと私の頭を撫でた。

私は不安な心を押し殺して、カインドが家を出ていくのを笑顔で見送った。


……きっと大丈夫だ。

カインドは本当は強いらしいし、魔王様もすっごく強いらしい。

『何かあったら魔族(みんな)を守るのは魔王様(パパ)なんだよ』ってマリアナが嬉しそうに語ってたもの。

魔界は今日も平和で、明日もぜったい平和。

そして私は「またね」の約束を果たしに行くんだ。





それから数日経っても、誰も家を訪ねて来なかった。





私はアップルパイと防寒具を持って家を出る。

あんまりにも帰ってくるのが遅い。だから迎えに行かなきゃ。


カインドに「誰も来なかったら魔界から出ろ」って言われたのにね。私、カインドとの約束だけはいっつも守れないなあ。


ザクザクと雪の音がする。魔族の気配がしない。おかしいな、いつもなら歩いてるだけで、友達から声をかけられるのに。

ザクザクと雪の音がする。魔王城までって、こんなに遠かったんだ。キュベレーに連れてってもらったときはお空を飛んだから、すっごく早くて楽しかった。カインドと行く時は魔法であっという間に魔王城に着いた。マリアナが迎えに来てくれた時は、ずーっとお喋りして、道中雪合戦して、そしたらいつの間にか魔王城だった。


一人で魔王城に行ったら叱られるかな? それとも「よく来れたね」って褒めてくれるかな。

もう冷え切ったアップルパイはきっとカインドが魔法であっためてくれる。

見えて来た、もうすぐだ。もうすぐ魔王城に着く。


「おーい、誰かいますかあ」


どんどん、と門を叩く。いつもこの重そうな扉には魔法がかかっていて、(ニンゲン)には開けないようになってる。

けれど、どれだけ叩いても誰も出てこないので、ダメ元でぐぐっと扉に力を込めると、ゆっくりとギイイィと嫌な音が響いて扉が開いた。


(あれ、なんで?)


疑問は膨らむ一方だが、とりあえず城の中へ入る。

マリアナの部屋に寄った。いない。

カインドとキュベレーの仕事場を覗いた。いない。

どこだろう。

最後に魔王様のいるはずの大広間に向かった。


そこにはラフレシアのような植物と、無惨に殺されている人間たちの姿があった。

どういうこと? 魔界に私以外の人間がいたの? なんで殺されてるの? 私も殺される?


「ひっ」


思わず尻餅をついた。でも、アップルパイの入ったカゴだけは落とさないように、手をぎゅっと握りしめていた。みんなに渡すんだもん。落としちゃだめだ。


ラフレシアのような植物が、私を見て話しかけてくる。


「やあ、ニンゲン! 君のことは魔王やマリアナからよく聞いてるぜ。君とは初対面だけど、君のことはよく知ってるよ。この男が魔王を殺してくれたおかげで、ボクはようやっと自由に動けるようになったんだ。え? 植物だから動けないでしょ? アハハ、その通り! でもボクには他の植物とは違って自由に動かせる腕があるのさ。足はないけどね。なのにこのバカ魔王ったら、ただでさえ不自由なボクを更に不自由にした大バカものなんだよ? 全くひっどいよねー。なんで封じてたか? さあ、危険だからじゃない? ボクってばこう見えてとんでもない力を秘めてるんだ。実はね、ここだけの話だよ、そこに死んでる人間達を殺したのはボクなのさ。本当なら魔王を殺すのもボクだったんだけど、封印されてたからなあ。仕方ないからその役目は譲ってやったよ。でも、魔王を殺した男を殺したから、実質ボクが一番だよね! ああ、なんでボクが魔王を殺したいかって? うんうん、動機は気になるところだよね。いいよ、特別に教えてあげよう。君は弱くてボクの敵になり得ないからね。とは言っても特別なものじゃない。魔界じゃ一番強い奴が魔王だろ? だから、ボクが魔王になるべきだと思ったのさ。こいつが魔王になってることがおかしいんだ、って思ってね。ただそれだけ。でもまあなんだかんだ三百年ぐらい魔王と一緒に居たから、もし封印解けても魔王の座を譲ってくれるなら殺さなくてもいいかな、ぐらいには愛着を持ってたんだけど、この男が魔王を殺しちゃったから、ボクの優しさも無意味なものになっちゃったな。まったく人間ってのは恐ろしく残酷で情のない奴だよなあ。そうは思わないか? ニンゲン」


すごい勢いで話をされた。おかげで何となく読めて来た。


「……え、と。……魔王様は、死んじゃったの?」

「そう。魔族は死んだら灰になる。跡形もなく消えちゃうから、死体の処理の手間が省けていいよね。その点、人間はダメだ。人間は死体になったまま消えない。死んだ後まで人間は迷惑なんだから敵わないよね。そうだ! どうせキミ、暇でしょ? その死体片付けといてよ。魔界で死んだのをほっとくとゾンビになるから。ボクゾンビって嫌いなんだよね〜え、不潔で汚らわしいから。そう思わない?」

「……カインドやキュベレー、マリアナは?」

「みーんな殺されたよ、その男に。勇者なんだってさ。人間界の期待の星で『全ての悪を討ち亡ぼすためにやって来た!』なんて恥ずかしいこと言っちゃえる厚顔無恥な勇者。人間ってのは恥知らずで恩知らずの集まりだ。おおっと、別に君を侮辱してるわけじゃないぜ? そこに死んでるような人間達って意味だからね」


勇者に殺された? うそだ、そんなの嘘だ。


「うそ」

「本当だよ。ボクは人間と違って嘘つかないし」

「うそだ」


私は手にしていたアップルパイを落とす。

だって、帰ってくるって言ってくれたのに。


「ああっ勿体無い! いやまあボクは食べれないしどうでもいいんだけどね。気分的に。ダメだぞ〜お、食べ物は大事にしなきゃ! ま、ここには悲しむ人なんて君以外いないんだから、君がいいってんならいいのかもしれないけど、こういうのは道徳心の問題じゃないかな。だったら悲しむ人なんて誰もいなくてもボクは、食べ物を大切にね、って言い続けなければいけないだろうね。ウンウン」


だって、マリアナとは「また遊ぼう」って約束してた。キュベレーは「カインドに内緒で空飛んであげる」って言ってくれた。カインドは「帰ってくる」って……!


「えっなんで泣くのニンゲン!? ちょっともう、やめてよね。ボクが泣かせたみたいじゃないか。ボクなんにも悪くないのに悪者みたいじゃん! 命あるものいつかは死ぬって。魔王なんて五百年ぐらい生きてたし、十分じゃない? ほら、君なんて長くて百ぐらいで死んじゃうじゃん。そこの人間なんて、多分三十年も生きてないし。君は今十? あ、十一ね。大して変わらないよ、一歳ぐらい。魔族の平均寿命三百歳だからね、マリアナも魔王もカインドもキュベレーも、みーんな君より長生きだった。人間の物差しで測るとしたら、長寿を全うしたって事でいいんじゃない?」

「だって、私、まだみんなと一緒にいたい……」

「人間はボクらを置いて死ぬくせに? なんて傲慢なんだニンゲン! 置いていくことは良いのに置いていかれることは悲しいなんて、自分勝手にも程があるんじゃない?」

「死なない! 私は死なないよ、だから置いていかないで欲しい……」

「人間ってのは、本当に図々しくて面の皮が厚い奴ばっかだな。君は人間の寿命を大幅に超えるつもり? いいかい、そんなのはもう既に人間じゃないよ。人として生きてる限り君は周りの奴らより先に死ぬ、これは、避けられない、変えられない、どうしよーうもない、事実なんだから! 受け入れようぜ、受け入れてこうぜニンゲン! ちょーっとお別れが早まっただけだっつーの!」


みんなと一緒に居たいって思うことは、そんなにいけないこと?

あの日、カインドはきっと死ぬ覚悟をしてたんだ。

それどころか、きっと魔王様もキュベレーも、……マリアナだって。みんな勇者と闘って、死ぬ覚悟をしてた。


私一人だけ、何も知らなかった。

それが悔しくて悲しくて、涙が更にこぼれ出る。


「ああもう! ニンゲン、過去を変えたいかい?」


私は顔を上げる。

植物(ラフレシア)は蔓を私の首に巻きつけた。


「はあああ、まったく。ボクが人間相手にここまで大盤振る舞いするなんて、滅多にないんだぜ。感謝しろよニンゲン。これからやるのは神の御業であり、悪魔の所業だ。君が耐えきれるかどうか知らないけど、君が何を捨ててでも変えたい過去があるってんなら、力を貸してやる。しかーっし! どんな手を使ってでもこの現実(みらい)を変えたいという強固な意志がなきゃ、耐えきれないぜ。それでも、君が『変えたい』と望むなら、ボクは力を貸してあげ」

「変えたい」

「おおっと食い気味に来たな。そんなに嫌かい、この未来は」

「……わたし、平和な世界がいいの。明日も明後日も延々と永遠と続く平和な世界。誰も死なない、誰も殺させない、死なせない。カインドもキュベレーもマリアナも魔王様も……許したくないけどみんなを殺した勇者も、死なせない。みんなが生きて、明日を迎えられる世界がいい!」

「ええ、勇者まで生かすのかよ? 君の心が広いことに感服すべきなのか、訳のわからない慈愛の心を軽蔑すべきなのか」

「だって、勇者が死ぬってことは、誰かが勇者を殺さなきゃいけないでしょう。私の友達が、誰かを傷つけてる姿なんて見たくない」

「うっわあ〜甘ったれた事言ってるねえ君。言うのは簡単だけど、それは茨の道だぜ? 別に勇者くらい死んだっていいじゃないか、君の友達は魔族だろ? 人間と魔族、両方助けるなんて無駄なことするより、人間みんな滅ぼしちゃったほうが確実に早いし簡単だよ。それでもやる?」

「それでも、私に出来るならやりたい」

「アハハハ、悪魔より傲慢だねニンゲン! 気に入ったよ。それじゃ、ボクが無力な君に力を授けよう」


首に巻きつけられた蔓がどんどん締められていく。く、苦しい……!

何をするの!?


「今回は手助けしてあげる。初回だからね、初回サービスみたいなものさ。この力はね、死んだらリセットして一からやり直し出来るんだ。だからまず君が死ななきゃいけないんだけど、君は自殺する度胸ないでしょ? だから、ボクが代わりにやってあげる。そうそう、リセットだから、全部なくなるよ。当然だけど、君の周りの人間は君のことを知らない。記憶との齟齬は早々に埋めておくか、いっそ何も語らない事をお勧めするね。おっと、そろそろ窒息するかな? さっさと君の心臓を貫いてあげればよかったかな、苦しいもんね。ちょっと気が回らなかったや、ごめんごめん。

じゃ、また次の人生で会おうね! ばいばーい」





目が醒める。

見慣れた天井。

記憶より新しいベッド。


「お、おいニンゲン! 目を覚ましたか」


ああ、カインドだ。

初対面の時はこんなんだったっけ。

私も小さかったから、あんまり覚えてないな。


生きてる。

まだ、みんな生きてる。

今度は死なせない。みんなを救ってみせるから。


(隠し事、一つ増えちゃった)


カインドと「隠し事はなし」って約束してたのに、やっぱり守れそうにないや。ごめんね。




二回目は、一回目では見送ったっきりになってしまったので、なにが起こったのかを確かめたくて、カインドの後を追いかけたら、城前で待機してた人間に殺された。

三回目は勇者達が魔王城にたどり着く前に、「帰ってください」って土下座してお願いした。私が人間という事もあり、勇者は話を聞こうとしてくれたけど、他の人間たちに殺された。「魔族の味方をするなんて、騙そうったってそうはいかないぞ!」これが彼らの言い分らしい。

四回目は前もって皆にいつ勇者が来るかを教えた。すると魔王様は勇者を殺した。本当はみんなが戦うのとか傷つけてる姿を見るのとか、嫌だったけど、仕方ないじゃないか。わたしだって、人間に2回も殺された。人間が生きてるより、友達に生きてて欲しいよ。だから喜んでいると、勇者を殺された人間側が報復のために大群で押し寄せてきた。なんで。どうしてっ。先に仕掛けてきたのはそっちじゃないか! 私も魔族も、無惨に殺されてやり直し。

五回目、私はカインドに拾われた直後に脱走して、魔王様の元へ向かおうとした。「勇者が来るけど撃退しないで。話し合って」と伝える為に。魔王城に辿り着いた瞬間、キュベレーに殺された。ショックだった。私たち、仲良かったんだよ。

六回目、前回は仲良くなかったのに魔王城に行ったのがダメだったと思う。なので私はみんなと仲良くなってから魔王城に行って、魔王様に「勇者を殺さないで」とお願いした。魔王様に「やはりニンゲンは人間の味方か!」と怒られて殺された。違うのに。ちがうのに!

七回目。カインドに全てを打ち明けた。繰り返してる事、魔族がみんな死んじゃう事、そして助けたい事。彼は「分かった、任せろ」って大らかに笑った。そして犠牲者は彼一人だった。カインドが死んだら意味ないじゃん。私は初めて自分で自殺(リセット)した。

八回目。正直に話してもダメ、説得も無理。何をしたらいいのか分からない。私は、一度も家を出なかった。一回目と同じ結末になった。リセット。

九回目、もういやだ。何度も同じ結末を迎えてしまう。今回は一人で外を歩いていたら、魔族の誰かに殺された。人間が嫌いみたい。人間人間って、私まで一括りにしないでよ。私だって、みんなを殺そうとする人間、好きじゃないよ。

十回目、魔族はみんな、勇者に殺された。けれど封印が解けた植物が出てきてあっという間にその勇者を殺して、私に言った。「どうだい、いい加減諦めがついたか」まだ、まだだよ。まだ諦めない。絶対にみんなと一緒の未来を掴むんだ。次こそ本当の未来を取り戻してみせる。

十一回目、十二回目、十三回目……

何度も死んだ。何度もやり直した。

友達だった人が、友達じゃなくなってるのにももう慣れた。

「またね」の約束が忘れられてるのにも、もう慣れた。

友達だった人から殺意を向けられるのにも、慣れてしまった。

魔族にも人間にも(大体7:3ぐらいの比率で)殺される事は仕方ないと諦めた。


繰り返して分かったことがある。

みんなと友達になれたのはカインドが「ニンゲンは悪いやつじゃない」とみんなに広めてくれてたから。

だから、カインドの言いつけを破って、早い段階で外出すると、通りかかったキュベレーや他の魔族達に殺される。前は私たち、友達だったのに。友達だったんだよ。

私、今でも友達だと思ってるんだよ。


だから、諦めない。

何度殺されても、私は友達を助けたいんだ。

約束したんだ、「またね」って。

どれだけ殺されても、信じてくれなくても、上手くいかなくっても、忘れられていたとしても。

私は友達との約束を守りたい。それだけなんだ。


「今回こそ、いけると思ったのに」


私は、私とカインドと植物ラフレシアしかいない大広間でポツリと呟いた。


「いい加減諦めたら? 今回は最初よりマシじゃないか。カインドくんって言うの? 君の飼い主は生きてるじゃん。諦めるな、不屈の精神を持て! って発破かけてたのはボクだけどさあ、いくらなんでもこれは酷すぎるよ。なんでこんなに繰り返してるのに、君は未来を変えられないかわかるかい? これがよほどの『正史』だからだよ。歴史に残るような大事件を人間ごときが変えられるほど、世の中甘くはないってことさ」

「おい、どういうことだ」


カインドが戸惑ってる。ごめんね、ごめんなさい。私、また皆を死なせちゃった。

私はカインドの問いには答えない。

どうせ、次に行ったらカインドは忘れてしまうのだから、言っても意味ない。

植物はなんでか知らないけど、私の繰り返しの記録を全て覚えてるらしい。


「いや、やだ。諦めない」

「おお、気持ちだけはご立派な事で。でもさ、君の魂見てみなよ、もうボロボロ。あっ人間には見れないんだっけ。もうね、あと数回……そうだなあ、多くて四回やったら君の魂が壊れちゃうぐらいにボロボロ。本当はこんなにボロボロになるような酷い術じゃないんだけど、君が魔力がないくせに酷使するから、魂が削られちゃったんだよ。勿論、わざと魂を削り取る術も存在するんだけど、ボクは君が気に入ってるからそんな非道い術はかけてない。本当はもう無理しないでほしいけど……うん、安心して! もし君の魂が壊れたら、その(からだ)はボクが貰ってあげるから。ゾンビにはならないよ!」

「たましい……そっか、でもあと四回は大丈夫なんだよね?」

「なるべく多く見積もってね。三回ぐらい、少なくて二回と思っておいたほうがいい」

「なら、大丈夫。次こそ、本当に大丈夫だから」

「どうせ勝算ないんでしょ。なのにどっからきてんのその自信。そもそもが全員を生かそうとするからダメなんだよ。一人を犠牲に生き残る方法なら、今まで沢山見つけてきただろ? それを正史にすればいいのさ。ニンゲンの君が魔族のために苦しむ必要ないよ」

「人間とか魔族とか、そんなの違うよ。私はただ友達を助けたいんだ」

「うーん強固な意志だね、ボクちゃん感激! さて、そんなニンゲンにグッドニュース! 君の魂を使わずに過去へ戻る方法があります。それはなんでしょーか? 正解は〜、こいつの魂を使う事ー!」


こいつ、と言って蔦をぐるぐるに巻きつけたカインドを私に差し出してきた。


「はあっ、何すんだ! 放せっこの、植物(プラント)もどき!」

「この世界のこいつの魂を使って、過去へ飛ぶ。大丈夫さ、こいつの魂を数回抜き取ったところで、精々ちょっぴり欠けるくらい、全く支障はないよ。ローリスクハイリターンってやつ。なんて効率の良い事だ。素晴らしい方法だと思わない? え、何? 魂の取り出し方がわからない? あはは、簡単さ。君の手でこいつを殺すんだ! いいでしょ、別に。だってリセットしちゃえば全て消えるんだから、君が殺した事実さえ消えるんだし。名案だと思わない?」


殺す? 私の手でカインドを?

そんなの、無理に決まってるのに。


私は勇者の死体から剣を持ち上げる。


「お、いいねえ! 覚悟を決めろよニンゲン。ボクの素晴らしい提案を飲めば、君はまた何回でも何十回でもやり直せる。ただしほかの人間に殺されると取り出せないから要注意ね」

「おい、ニンゲン。冗談だろ? 何が何だかわかんねえから、とりあえず説明しろ!」

「……ごめんね、カインド。次は、次こそきっとみんなを助けてみせるから」


私は剣を自分の胸に突き刺した。何回やってもなれない死ぬ感覚。辛いけど、やり直す度死ぬだけマシかもと最近思い始めた。

だって、私一人無傷でやり直すなんて、他の皆に示しがつかないじゃない。

皆のことは何度もなんども見殺しにしておいて、自分はのうのうと生きてるなんて、私が私を許せない。


意識が遠のく。


次こそ絶対。

今度こそもっと上手くやろう。





「あーもう、なんで君はそう茨の道を歩みたがるかな。もうかれこれ百年は君を見守ってるぜ。ニンゲンのくせに生意気じゃなーい?」

「おい、ニンゲン!? なんで急にそんなこと……! おい、放せよ植物(プラント)もどき! ニンゲンまで死んだら、俺は、」

「ねえ、ニンゲンを助けたい?」

「んなの当たり前だろ! だから放せよ!!」

「んじゃ、ボクから特別にプレゼントだ。ラストチャンス間近だから、サービスだよ。感謝してよねニンゲン」

「は、何して……うっ」

「今までのニンゲンとの思い出を、思い出させてあげたんだ。これで君もニンゲンの苦労がわかると思うよ。もうそろそろ最後にしてあげてね。出来なかったら、本当にニンゲンの中にボクが入っちゃうから!」





目が醒める。見慣れた天井。見慣れたベッド。

リセットされてる。いつも通りだ。

今度こそ失敗しない。絶対、みんなを助けてみせるよ。

カインドが扉の前に立っている。

そして彼はこう言うんだ。「お、おいニンゲン。目を覚ましたか」ってね。もう覚えちゃったよ。何度も聞いてるからね。


「ニンゲン……!」


けれど、今回は違った。

カインドに抱きつかれた。

え、何が起きてるの? いつも通りリセットしたはずなのに、もしかして、リセットできてない?


「な、なに」

「何度も何度も、お前ばっかりに押し付けてごめんな。お前を守ってやれなくてごめん。全部、思い出させてもらった。今なら最後にお前が言ってたこと、分かるよ」


カインドが覚えてる?

私との思い出を覚えてる。どうして。

……でも、嬉しい。

もう私一人だけじゃないんだ。


「えっ……あ、ああ」


涙が溢れてくる。

本当は辛かった。苦しかった。何度もやめたいと思った。

人間は過去の積み重ねで生きてるようなものなのに、私の過去を皆は知らない。私の知ってる皆が、私の知らない皆になって、初対面として「はじめまして」の挨拶をする。最後に交わした「またね」の約束も、私が覚えてるだけで他の子は覚えてない。

本当に嫌だった。それでも、そんな気持ちを誤魔化して、私はまだ大丈夫だからって強がって、慣れたフリしてたんだ。


本当は、慣れた事なんて一度もなかった。


いつも悲しかった。心が痛かった。

誰も知らない、植物(ラフレシア)しか知らない私の能力(リセット)。皆と話が噛み合わない時も沢山あった。そういう時、すごく虚しくなった。

もう私の友達だった頃の彼らはいないんだって思うと泣きたくなる。


でも、カインドは覚えてるって言ってくれた。

それが、どれだけ私を救ったことか。


「今まで、よく頑張ったな。俺も手伝うから、もうループは終わりにしよう」

「うん……ゔんっ」


もう絶対、誰も死なせないから。





カインドが協力してくれたおかげで、順調に勇者を迎える準備が進んだ。

カインドと話し合って、魔王様にも勇者にも、「互いを傷つけないこと」を約束してもらおうって話になった。

カインドが魔王様を、私が勇者を説得する。

カインドはなんとかどうにか、魔王様を説得することに成功したらしい(どうやらマリアナもカインドに賛成してくれたらしい)。

だから次は私の番。

私がなんとしてでも勇者様を説得しなきゃ。


「……勇者様」

「な、人間!? どうしてこんなところに」

「待て、人に化けた悪魔かもしれんぞ!」

「みんな、落ち着いて」


勇者の仲間達はワタワタしていたのに、勇者様の一言でピタリと動きを止めた。


「君はなんでこんなところにいるの? お父さんとお母さんは?」

「私は勇者様にお話があって来ました!」


勇者の質問には答えずに、私は私の都合で話を進める。

そもそも両親の顔とか、もう覚えてなさ過ぎて質問に答えられない。


「魔王様と戦わないでください。魔王様や、他の魔族を絶対に殺さないでください。魔族を絶対に傷つけないでください」

「えっと……。悪いけど、俺たちは魔王を倒す為にここまで来たんだ。だから、そのお願いは聞けない」

「お願いします、殺さないで、傷つけないで」


どうか、と言って、私は土下座した。

雪が冷たいけど、何度も死ぬ痛みに比べたら些細なことだ。


「わかった、わかったから顔を上げて。なんで傷つけないで欲しいか、理由を話してくれないか? じゃなきゃ俺たちも引き下がれない」

「……魔王様を殺したら、封印が解けて、凶悪なモンスターが出現します」


凶悪なモンスター呼ばわりしてごめん、植物(ラフレシア)

だけど、人間側に利益のある理由じゃなきゃ引き下がってくれないって、学習したの。


「その凶悪なモンスターはとっても強くて、魔族に仇なすあなた達をすぐに殺してしまいます。だから、魔王様を傷つけないで」

「そんな」「しかし、こいつが言ってることが本当かどうか……」「私たちはどうすれば」


仲間達がまたザワザワしてる。

勇者様は考え込んでいる。


「君は、どこでその情報を知ったの?」

「私の友達に教えてもらいました」

「その友達は人間?……じゃないね」

「はい」


また少し考え込んでいる。

勇者の仲間達は「悪魔の甘言に騙されないでください」「そうよ、こんなの作り話に決まってるわ」「そして油断したところを殺すつもりなんだ」「人間が魔族の手先に成り下がるなんて」「そもそも本当に人間なのか?」と話している。


「……流石に君の言葉を心から信じる事は出来ない」

「お願いします。傷つけないでください。出来ないなら、せめて、あなたからは攻撃しないで。魔王様はあなたが攻撃してこない限り、反撃しないから」

「……わかった。でも、もし魔王が攻撃するそぶりを見せたら、俺たちも黙ってやられる訳にはいかないから」

「大丈夫です、魔王様は自分から攻撃しないって約束してくれたから。……こっちに来て、案内します。私が先導なら、他の魔族もきっと攻撃しないはずだから」


私はすっかり歩き慣れた雪の中をスタスタ歩いていく。勇者一行が訝しみながらも後ろからついてくる。

魔王城の重厚な扉をドンドンと握りこぶしで叩く。


「魔王様、カインド、キュベレー、マリアナ……誰かいないの?」


ドアが開く。ゆっくり開く。この感じは、多分マリアナだ。


「ニンゲン! ……大丈夫? 勇者達に何かされなかった?」

「大丈夫だよ、マリアナ。傷つけないって約束したから。それより、魔王様のところまで案内したいんだけど」

「パパ……んんっ、お父様も待ってるわ。こっちよ」


勇者の仲間達は「魔族と人間が話してるだと!?」とびっくりしている。勇者様も驚いてはいるようだ。


「どうしたの、早くついて来なさいよ。じゃなきゃ置いてくわよ? ま、アタシはあんたらとお父様が会えなくてもいっこーに構わないけどね!」


イーッと子供っぽくマリアナは威嚇する。


「マリアナ……」


私は苦笑いだ。


「だあって、人間なんて気に入らないわよ。そっちもそうでしょ? 魔族なんて気に入らないんじゃないの」

「まあ、仲良くしたいとは思ってないかな」

「ほぉら、だからやっぱり戦えばいいのよ。ニンゲンとカインドの頼みだから聞いてやってるけど、本当だったらあんたらなんて今頃けちょんけちょんなんだから!」


マリアナはこんなことを言っているけれど、カインドが「人間と話し合おう」と提案した時、真っ先に賛成してくれた事を私は知っている。


「おい小娘、黙って聞いてれば。それは勇者様を侮辱しているのか!?」

「あらァ、事実を言ったまでよ。そんなカリカリしないでくれる? まったくこれだから人間は嫌いだわ……ほら、着いたわよ」


そう、ここからだ。勇者様と魔王様が和解してくれれば、誰も死ななくて済む。逆に言えば、交渉決裂したら、全員死んでしまう……リセットだ。


「お前が魔王か」


勇者が尋ねる。


「いかにも。貴様が勇者だな」


魔王様が答える。

私は口を挟んだ。


「あの、二人には話し合って貰いたいんです。そして、勇者様には納得して、帰って貰いたいんです」


勇者の仲間が喚く。

「魔族は敵だ、殺さずに帰れるか! 祖国に顔向けできない」と。

それを勇者様が制す。


「じゃあ、俺たちが納得できるような理由があるって訳だ。そんなものがあるのなら、聞かせてもらおうじゃないか、その理由とやらを!」

「ほう? 随分好戦的だな、その子とは大違いだ。そっちがその気なら我とて容赦はせんぞ」


理由か、そっか考えてなかった。

だって、勇者様に帰って欲しいのは、友達を守りたいからだもん。

でもそんなこと言ったって認めてくれないのは分かってる。何か、勇者側に利益があること。


「理由は……」


どうしよう、どう言おう。


「そもそも、勇者はどうして俺らを殺そうとするんだ」


私が考えていると、カインドが話を進めてくれた。助かった。


「魔族が人間の平和を脅かすからだ」

「逆だろ。現に今、魔族の平和を脅かしてるのは人間じゃないか」

「正当防衛だ」

「過剰防衛って知ってるか?」


互いに沈黙がおりる。

カインドってば、そんな煽るような口調で言わなくても……!

すると勇者の仲間の一人が声を上げた。


「過剰なんかじゃない! 俺は家族を、村を焼き払われたんだ。だから魔族は皆殺しにすべきで、今後の平和な世の中に魔族はいらない!!」


私はそれに言い返す。


「……それは、とっても悲しい事だけど、でも、その出来事だけを見て『魔族』って一括りにするのはやめてください。もし、そうやってあなた達が魔族を一括りにするなら、こちらだってあなたたちを一括りにします。人間は魔族を殺した事が無いんですか? もし誰か一人でも殺してたとしたら、私たちは人類全員を恨んでいいんですか?」

「だが……俺は、家族や故郷を滅ぼした奴をっ、許すことなどできない!」


男が叫ぶのにつられて、私もヒートアップする。


「そんなの人間だってやってるじゃんっ、同族殺しが人間は得意だって聞いた!」


いつも大人しい私が声を張り上げた事に、魔族側の皆がびっくりしてる。


「人間同士でも殺し合ってるじゃん! 人間の中にも人殺しがいるじゃん! なんでその中で魔族だけを恨むの? おかしいよそんなの。種族だけで物事を一括りにして、決めつけようとしないで!」


眦を上げて、キッと相手を睨みつける。

言いたいことは全部言い切った。

後悔はしてない。可笑しいことを可笑しいと指摘して、何が悪いの。

さっきの男は、言い淀んでいる。


「……人間なのに、どうしてあいつは魔族の味方をしている? ……人間なら、人間の味方をすべきなのに……ああ、そうか、人間じゃないからか。きっと魔族が人間に化けてるんだ。なんて姑息な、邪道な術だ。魔族ごときが人間に化けるなど……万死に値する……」


何かを呟いているようにも見えたけど、声は聞こえなかった。その後、男から私に向かって【ナニカ】が飛んできた。

私はとっさに両腕で顔を守った。けれど、予想以上に力強くて、私は吹き飛ばされた。


「ゲホッ、げほっ」

「ニンゲン、大丈夫!?」


マリアナ近寄ってくる。

だいじょうぶ、と言おうとして、更に咳き込んだ。

腕が痛い。腕を見ると、焼け爛れた痕。ファイアボールとかかな、と推測する。

顔にぶつからなかっただけマシかな。

マリアナは即座に回復魔法を掛けてくれる。

ジンジンとした痛みが和らぐ。

痛みは引いたけど、痕は残りそうだ。

それでもいい、死ぬよりマシだ。


「ちょっと、あんた! 何すんのよ!!」

「見て分からないか? 邪悪な心を持つ輩に正義の鉄槌を下したのさ! 人間に化けて我々を騙そうなど、許していい行為じゃないだろう? はーはっはっは、いい気味だ! ざまあみろ、そのまま死んでしまえ!」

「少なくともコイツは、あんたみたいな外道より百万倍いい奴よ!! あんたが死んじゃえばいいのに!」

「はあ? 俺が外道? ふっ、魔族の言うことはやはり理解に苦しむな。最初からこうしていればよかったんだ、魔族と交渉なんてバカバカしい」


男が更にもう一発魔法を放とうと力を込めたところを、勇者が一言二言呟いて阻止した。

男が地面に貼り付けられる。


「なっ、何をなさるのですか勇者様!」

「まったく相変わらずお前は周りが見えてないな」


男は口をあんぐり開けて、信じられないものを見る目をしている。

そしてまた、ボソボソ何かを呟き始めた。


「まさか勇者様まで魔族の毒牙にかかっていたとは……ここで正せるのは俺一人。ああ、勇者様、この俺が今お助けしますよ」


また何を言ってるのかは分からなかったが、とにかく気味が悪くて、近寄りたくない奴だってことは分かった。


勇者はそんな彼を無視して魔王に向き合う。


「魔王よ、少女に対する非礼、俺が代わりに詫びよう」


勇者は少し頭を下げる。しかし魔王様は激昂している。


「詫びられたところで、その子が傷つけられた事実は変わらぬわ! 貴様らが先に手を出したのだ、我々とて黙ってないぞ」


魔王様は魔法を使おうとしている。

勇者様も迎撃しようとしている。

やめて、と言おうとして、咳き込んでしまう。

マリアナが「大丈夫だから、お父様に任せておけば万事解決よ」と言ってくれてる。

違う、そうじゃないの。

私は、誰にも殺して欲しくないの!


「勇者よ、貴様の仲間がしでかした事とはいえ、我らは貴様らに対して怒りを隠しきれん。あの子を傷付けた事を、許しはせんぞ!」


足は動く。走れる。


「ニンゲンっ!?」


私はマリアナを振り切って魔王と勇者の間に割って入った。


「けほっ、まおうさま、おやめください」

「なぜ人間を守るのだ、貴様を傷付けたのだぞ!」

「ちが、くて。あの男の人、だけ、です。勇者さまは、わたしを、傷付けてません」


ここで勇者様を傷付けたら、あの男と同じに成り下がってしまう。

魔王様やあの男がしようとしている事は、単なる八つ当たりだ。


「だが、先に向こうから攻撃してきたんだ。【こちらからは】攻撃しない約束は既に無効だ、我々は反撃せねばなるまい? ふっ安心しろ、負けはせぬ」

「わたし、人間ですっ。約束、したのは、【魔族への】攻撃、だから……」

「……お主が傷付けられても我々は黙って見てろ、と言う事か?」

「わたしは大丈夫、です。だから、殺さないでください」


魔王様は不機嫌そうだ。

目でカインドに助けを求めるが、カインドもすごく不機嫌そう。キュベレーもマリアナも、顔をしかめている。


そんな中、不思議そうな顔で勇者様は私に尋ねる。


「……君は、魔族の味方じゃ?」

「友達の味方、です」

「じゃあなぜ俺たちを庇う?」

「あなた達を殺して欲しくないから、です」

「君にとって、何の利益もないじゃないか」

「……わたしは、みんなと一緒がいいんです」


勇者様は黙って続きを待っている。

私は少し躊躇った後、口を開いた。


「魔族と人間だって、仲良くなれます。わたしがそうです。でも、ここで、魔王と勇者が、殺し合うと、必ずどちらかが死にます。わたし、戦いとか、復讐とか、嫌なんです。明日も、明後日も、十年後も百年後も……死ぬまで、ずっと平和な世界がいいんです。友達とのんびり散歩したり、お菓子作ったり、雪合戦したり、ただそれだけでいいんです。その時に、誰かが欠けてるのが嫌なんです」

「君の友達は魔族だろう。なら、人間が死ぬ事なんてどうでもいいんじゃないか?」

「人間は、復讐が好きだから。あなた達を殺したって、次の人間が【弔い合戦】って言って自分たちが正しいみたいな顔をして、人間達は私達を蹂躙するんです。だから、あなた達を殺したくない」

「まるで見てきたように言うんだな?」


実体験だから、とは流石に言えず、私は黙り込んだ。

勇者様はそれをどう捉えたのか、少し声音を変えて、話を変えた。


「……俺の仲間が、君にすまないことをした。腕の火傷を無かったことにするのは無理だが、俺に出来る限りは治すよ」


腕を出して、と言われたので、マリアナが治療途中の見るに耐えない火傷痕を見せる。赤く腫れ上がっているのが、自分で見てても痛々しい。しかし痛みはない。マリアナのおかげだ。

勇者様は顔をしかめて「あのバカ……」と呟いた後、臆せず私の腕を優しく掴んだ。


「光よ、我が同胞を癒したまえ」


ぼおっと光って、腫れが引いていった。

おお、と素直に感心していると、勇者様は魔法を止めた。


「ごめんね、今はここまでが限界だ。何日間か継続してかけ続ければ、多分もう少しマシなものになるんだろうけど……」


腫れ上がっていた腕は、赤黒い火傷痕を残すのみとなった。少し痛々しいけど、長袖で隠してしまえるので良しとしよう。


「ありがとう」


火傷直後にマリアナが治癒魔法を掛けてくれたのが良かったのか、それとも勇者様の光魔法がすごいのか、思っていたより痕が残ってない。

もっと焼け爛れて見るも無残な感じになるのかと思ってたけれど、赤黒いだけだ。痛みもない。

おお、と腕を見つめて感心していると、マリアナに横から抱きつかれる。マリアナはじっと腕を見つめてから、ため息をついた。


「……悔しいけど、アタシではここまで治せなかったわ。アンタ、継続して掛け続ければもっと良くなるって言ったわね?」

「多分一年ぐらいやり続ければ傷跡は無くなるかな」

「一年! 長いわね……でも、この子の腕に傷が残り続けるのは嫌だし……」

「わたしは大丈夫だよ?」

「私はアンタの傷跡見る度、あの男を殺したくなるわよ」

「うーん」


それはダメだ。


「それって、私がやっても治るものかしら?」

「どうだろう、君と彼女の属性相性次第かな。俺は光だからーー」


マリアナと勇者様で私の傷跡に関する話をしている。私当事者なのに。置いてけぼりだ。


「じゃあ一年間、アンタが責任持ってこの子の傷跡治してよね!」


あれっ、いつのまにか勝手に決まってる?


「もちろん。そちらが許してくれるなら、その子のところまで出向くよ」

「パパ、ンンッ、お父様! いいですわよね?」


マリアナはいい加減諦めてパパって呼べばいいのに。何回もやり直して、百年近く見守ってるけど、ちゃんと直った試しがないよ?


「……くれぐれも我が同族に危害を加えるなよ」


魔王様は魔王様で、マリアナのお願いに弱い。特にパパって呼ばれるのが嬉しいみたい。だけどお父様って呼ばれるのも背伸びしてる感じがして可愛いらしい。結論、魔王様はマリアナにデレデレ。百年間でマリアナのお願いを無碍にした所を見たことがない。断るにしてもやんわりと、もしくはある程度考慮して妥協案を提示してる。


「……用が済んだんならさっさと帰れよな」


カインドは顰めっ面だ。そんな煽るようなこと言わなくてもいいのに。

勇者は苦笑いでこう言った。


「人間界の方は、俺がなんとかするよ。魔族はいい奴だったって伝えとく」

「じゃあ僕が人間界について行こうか?」


キュベレーがそう提案した。

えっ、えっ!? 私は彼を二度見する。

キュベレーは更に言葉を続ける。


「人間が魔族を知るのと同様に、魔族も人間を知るべきだと思うんだ。互いに歩み寄りたいならね」


確かに、それはそうだけど。

勇者も納得したのか、その提案に賛成した。


「そうだな、証人がいた方が話が早いかも。頼んでいいかな? もちろん、君の身の安全は保証するよ」

「申し出は嬉しいけどお構いなく、これでも魔族の中で強い方だから、君達相手じゃなければ負けないよ。魔王様、いいですか?」

「構わん、好きにしろ。我は人間と馴れ合う必要などないと思うがな」

「え、えと、キュベレー、行っちゃうの?」

「勇者が君に治癒魔法をかけにくる時に、一緒に戻ってくるよ」


勇者たちは転移の魔法を持っているらしく、それで行き来できると。

それでも魔力の消費が激しいって聞いたけど、勇者やキュベレーにとっては大したことじゃないらしい。すごい。


「みんなも、いいよな?」


勇者が仲間に向かって尋ねると、「勇者様が言うなら……」「魔族とも話せるって分かっちゃったからな」「まあいいけど……」といった反応が返ってきた。

勇者がいいと言えばいいらしい。


「じゃあ帰るとするよ。無断で攻め入って悪かった」


勇者一行とキュベレーはそのまま転移魔法でいなくなってしまった。

死者ゼロ。誰も傷つけられてない。

快挙だ。何度も何度もやり直して、初めての事。


「〜〜っ」


私は踞る。嬉しくて顔がにやける。涙が出そうになる。


「ニンゲンっ、大丈夫か!?」


カインドが駆け寄ってくる。


「カインド、やった、やったよ!!」


これがきっと、私が望んだハッピーエンドだ!


「……俺はあんまり納得いってねーけど」

「え、どうして?」

「自分の腕見てから言えよ。……お前を傷つけた奴らを、どうして見逃さなきゃいけないのか。納得いかねえー」

「もう大丈夫だよ? マリアナのおかげで痛くないし、勇者様のお陰で傷跡も薄いし」

「そういう問題じゃないだろ……いや、見逃さなきゃいけなかった理由はわかるけど、なんつーか、気持ちの問題でさ」


それは、気持ちが落ち着くまでは我慢、だね。





それから、勇者は約束通り毎日来てくれた。キュベレーは人間界で上手くやってるらしく、勇者曰く「今や俺より人望ある」らしい。キュベレーすごい! って褒めたら、「経験と慣れだよ。むしろ無意識に人を惹きつけちゃう君の方がすごい」と逆に褒められた。人を惹きつけた覚えはないので、私は顰め面で首を傾げておいた。

マリアナは人間界の話を聞くのが好きみたいで、勇者によく話をせびっている。勇者様は私と二人きりになると、マリアナの話ばかり楽しそうに振ってくる(それ以外話題がないっていうのもあるけど)。二人ともすっかり仲良しそうで良かった。

魔王様は未だに勇者様を毛嫌いしている。多分、勇者様とマリアナが仲良くするにあたって一番の障害は魔王様なんじゃないかな。「うちの娘はやらん!」ってこと。いつ魔王様が諦めるか、私とカインドで賭けてる。負けた方が家の雪かき当番1ヶ月だ。


それから、カインドは更に過保護になった。

私ができる、って言っても中々聞いてもらえない。だから痺れを切らして、好き勝手やるとカインドに怒られて更に過保護になる。悪循環だ。


「心配することなんて何もないのに」

「あるから言ってんだろ」

「私、何回も死んでるし……今更、怖いものなんて無いよ」

「それが心配なんだってば」


カインドは沢山文句言ってくるけれど、本当に危ない時には私を守ってくれるから好きだ。頼りになるお兄ちゃん、ってこんな感じかな。


私はしばらくぼーっとしてると、ふと疑問に思うことが出来た。だからすぐにカインドに尋ねた。


「そういえば、結界って通り抜けられないんじゃなかったの?」


だから私は魔界に閉じ込められてると思ってたのに、キュベレーとか勇者様とかは出入り自由っぽいのが謎だ。


「人間界には王様がいて、王様は結界を通り抜ける為の加護を勇者に与えることが出来る。一説では千年前の結界師の末裔だとか言われてるな」

「へえー」


じゃあ私も勇者様についていけば人間界に行けるってことか。

もうだいぶ昔(何回もリセットしてるから百年ぐらい昔)の事だから、全然覚えてないので、未知の世界を探検する気分だ。

おお、わくわくしてきた。


「……人間界に帰りたいのか?」

「え?」

「今までは仕方なくここに居たのかもしれないけど、勇者に頼めば、人間界に帰ることだって出来る。お前が帰りたいって言うなら、俺は引き止めはしないし、出来ない。……お前は人間だし、人間界に居た方が幸せな事だってあると思う」


私はカインドの背中を容赦無くパンチした。


「いてっ、なにすんだ」

「私の家はここだし、帰ってくる場所もここだよ。ここに居るために、百年もやり直したんだから……私は、ここにいるのが幸せだから、それでいいのっ」


でも、人間界には行ってみたいな。

ちょっと気になる。湧き上がる好奇心は抑えられないのだ。



そういえば、色んな騒動があって私の怪我(火傷痕)の事もあって、未だ「またね」の約束を守れてない友達がいたんだった。

思い立ったが吉日、思い立ったら即行動。

私は勇んで立ち上がった。


「よし、遊びにいってくる。『またね』の約束を果たしに行かなきゃ」

「おー行ってこい。お前が掴んだ世界なんだ、やりたい事をやればいいさ。あっでも門限は五時だからな」

「門限厳しいよ……じゃ、行ってきます」

「おう、いってらっしゃい」


そうだ、そういえばまだ植物(ラフレシア)にも会ってないや。いつか、明日にでも魔王様に植物の封印を解いてもらって「頑張ったよ」って報告しよう。植物にはすっごくお世話になったから。


「いってらっしゃい」と「行ってきます」を言える未来を掴むために、どれだけ頑張ったことか。


「ああ、きょうもせかいはへいわだ!」


そうして私は繰り返した過去から、ようやく大人への第一歩を歩み始めたのだった。

カインド「そういや、お前って名前なんて言うんだ?」

主人公「……あれ、忘れちゃった。ちょっと待って、思い出すから」

カインド「マジかお前」

主人公「だって百年近く呼ばれてないし……うーん。***……? ***だ!!」

カインド「呼びにくいな」

主人公「だから忘れちゃうんだよ」

カインド「……*、**」

主人公「うん。なあに?」

カインド「いや別に……呼んだだけ」

主人公「……なんだか照れるね」


主人公の名前は想像にお任せします。

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[一言] 大人でも厳しいのに11歳の子供がこんだけ頑張ったのかと思うと もうボロボロ泣けてしょうがなかった けど子供だから反対に耐えれたのかもしれない 素敵な作品を読ませて貰いました
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