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刀匠

 今よりもずっと夜が深く、大気が冴えていた頃の話である。山の夜は現代と違い、ずっと深く寒いものだ。

 男の目は燃え盛る炭の火をじっと睨みつけていた。

 刀を一口(約1kg)作るのに、鋼はおよそ三貫目(一貫目=3.75kg)が必要となる。その大本になる鉄は、さらにその十倍が要る。たたら製鉄とは歩留まりの悪い製鉄法であった。百貫目の鉄を燃やし、手に入るのは十貫目より少ない程度。

 そこからは出来て四口が精一杯であった。

 だからこそ刀匠は工夫を重ねてきた。

 そもそもこの日の本の国は、最高の鉄と最高の燃料など望むべくもない痩せて枯れた土地だ。ろくでもない、まじりけの多い砂鉄と、それしか沸かす事の出来ない貧弱な木炭、じくじくと何処でも水の湧く湿気た土地と高低入り混じった山間の風土。如何にしてそこから最高の鋼を取り出すか。如何にして使えない鉄を使える鋼に仕立てるか。

 この土地の鍛冶師はその工夫に血道をあげてきた。

 土を積んで作ったたたらに、大量の、かつ火の付いた松炭が投げ込まれていた。

 鉄を沸かす前に、まずは水気を飛ばさなければならない。三日三晩焚き続けて、鉄が沸く下地を用意する。

 時折たたらに開けた穴から覗き、火の色を確認する。吹き付ける熱気は最早痛みその物と言っても良い。慣れない者ならば、近付く事すら出来ないだろう。それでも男はひるむことなくたたらに開けた覗き穴に目を近付けた。

 水気が完全に飛べば火の色が変わる。

 その瞬間を逃すと、今度は温度が上がり過ぎて鉄が燃えてしまう。

 眼球から水分が飛ばされるのを感じながら、たたら師の男はじっと火の色を見詰めていた。

 鍛冶師は歳経ると片目を失う。それは、片目で見詰めた方が火の色を見まごう事がないからだと言う。結果として目玉を焼いてしまう。だから鍛冶神である天目一箇神も一つ目であるのだと伝えられていた。

 じりじりと尻を炙られる様な心地で村下(むらげ)(たたら師の頭)は火を睨んでいた。

 来るか、そろそろだ。今か、今か。

 男の経験が兆を知らせていた。

 炎が揺らぐ。ごうごうと吹き込まれる空気が土から、炭から余計な物を飛ばしていく。たたら師はじっと炎を見詰め、その変化に細心の注意を払っていた。その目に色がじわりと変化したのが見えた。

 ここだ。

 たたら師はやにわに立ち上がると、弟子たちに号令を掛けた。今か今かと待機していたふんどし姿の弟子たちが、師の号令に従い、鉄と炭とを交互に炉の中に投げ込んで行く。その度に、ごう、と猛々しい火花が舞った。

 たたら場にはたたら歌が響いていた。

 歌っているのは鞴にとりついた男達だ。その歌の拍子自体に鉄を吹く秘密があった。何処で押すか、何処で引くか。早いのか、ゆっくりか。幾度それを繰り返すのか。全てが篭められていた。

 再び炎の色が変わった、朝焼けに山並みが白む頃だった。

 赤々と燃えていた炎が黄金色に変わる。鉄が沸いた証だった。

 男はのろ口に差し込まれた蓋を鉄挟(かなばさみ)で持ち上げる。ほおずき色に輝く()()(熔けた銑鉄)が溢れだした。木串に刺した餅がその上にかざされる。火力はどんな火よりも強い、じきに餅の表面が香ばしい匂いを漂わせ始めた。

 ケラ出しの時はもうすぐだ、その前に、のろ焼きの餅で腹こしらえをしておかねばならない。それはたたら師の男達が心待ちにする楽しみでもあった。



  ※※※



 号令と共にたたらの土壁が鉤棒で引き倒される。その土壁の厚さは半分ほどまで減っていた。ケラに食われたのだ。たらふく土を食った鉄は、錆びにくく良い鋼になる。

 まだ赤々と燃えるケラを引きだすと、男達が次々と桶に組んだ清水をその上にぶちまけていく。爆発音が連続し、もうもうとたたら場に湯気が白く満ちた。時に運が悪い者に、弾けて飛んだ鉄と炭の塊が直撃する。当たった男はその場で死んだ。

 急冷されたケラは、大小様々な罅をその身に刻んでいた。そこへ、鎖で吊るされた巨大な割鏨が落とされる。破砕音と共にけらは玉鋼(たまはがね)(ずく)とをその断面に見せた。

 大鍛冶師が、その中から更に選りすぐりの玉鋼を取り出していく。これは注文打ちの刀に使われるものだ。当代の名人たちが買い求め、公家の殿中履きや武家の頭領に納められ、後の世に家宝とうたわれる刀へと使われるものだ。

 そして、残された硬すぎる銑や、炭の混じりが多い物は、包丁や鍋釜などの材料に売り払われていく。


 ――その残りものに目を付けた刀匠も少なからず居たのだった。



  ※※※



 鉄挟で鉄敷に乗せた鉄片に、手鎚を振り下ろす。その時の割れ方や、破断面の色、粒子の粗さを見れば、それがどの様な鉄かは想像が付く。その状態に合わせて鉄を選り分け、火の色がどの段階で投入するのかを決めていく。

 鉄であれば何でも良かった。

 それが何処のたたらで作られた物でも構わない。

 銑だろうが鋼の他に何を噛んでいようが問題は無い。

 それが男の誇りであった。

 同時に節約でもある。なんと言っても玉鋼は高い、対して銑や炭噛みであれば価格は何分の一にもなった。それは一口しか刀を作れないところを十口作れると言う事であり、数が作れると言う事はそれだけ技術が向上すると言う事でもある。

 思考錯誤の回数を増やせる、それだけで安い鉄を買う価値があった。

 無論、良い鉄を使えるに超した事はない。古くは山城の三条派、五条派、粟田口、あるいは来派、綾小路派。細かく詰んだうるおいのある梨子地肌に、錵映り立ち、匂い口の締まりつつも柔らかな直刃に、縦横に働きの入る出来。これらは当時のそれぞれ最高の鉄を用いられた物であろう。

 また、良い鉄と言うのは、誰が使ってもそれなり以上の刀が作れる鉄でもある。詰み沸かしも、折り返しも、素延べも焼き入れも決して難しくは無い。

 だが、安い鉄を使えばそれぞれの工程でそれなり以上の苦心と工夫を必要とした。

 水圧しで打てば容易く砕け散り、詰み沸かせば乱熟した柿の様に爆ぜ、鍛えれば折り返しが鍛接されず仕上がりに大きな傷となって現れる。

 それでも手に入るだけの銑を、男は一度小さなたたらに掛けて沸かし直す。自分の使いやすい硬さ、粘り、どうすれば折れずに長く使える鉄になるか。寝食を惜しんで打ち込んできた結果が『卸し鉄』と呼ばれる鉄の再生法であった。

 言ってしまえば男はへそ曲がりであった。

 誰もやらないから良い。誰も出来ないから面白い。

 銑とは銑鉄である。炭素を多く孕んでいる為に硬く、同時に脆い鉄である。錆びにくいが熔けやすく、割れやすい鉄であった。よって鋳物に用いられる事が多く、刀に用いるのは余程の物好きか、あるいは名人と言われていた。

 話に伝え聞く大和志津。あの一門も、我と同じく銑やら炭噛みやらを用いるらしい。

 流石は正宗の弟子筋と謳われるだけはある。

 だからこそ誇らしい。

 何者でもない我が、そこに肩を並べるのだ。

 猛々しい笑みを浮かべながら、男は細かく割った鉄片をテコ鉄の上に積み重ねていく。溶けやすい鉄は厚く、溶けにくい鉄は薄く仕立てられている。温度の上がり具合をそこで制する為だ。それらを交互に積み重ねると、火床の中で崩れぬ様に紙で包み、直に隙間を火が炙らぬ様、鉄が良い温度になるまで保護するため、粘土と砥の粉を溶いた泥水を掛け、藁灰をまぶした。

 一旦乾くまで置いた鉄、この段階では三貫目程の重さがある。これを鍛える内に鉄肌(表面の酸化被膜)が剥がれ、鉄以外の石気や炭気が叩き出され、最後には一斤半(900g)から二斤(1.2kg)程度になる。

 今回の鉄は格別に重かった。

 腕を見込まれての注文だ。刃渡り三尺五寸の大太刀である、剛刀であった。完成時の重量は三斤に達するであろう。

 無論のこと、一度にそれを全て鍛える訳ではない。芯鉄(しんがね)に用いるもの、皮鉄(かわがね)に用いるもの、棟に良いもの、刃先に良いもの。それぞれ用いる部位によって必要とされる硬さも粘りも違ってくる。用いる部位ごとに個別に鍛える必要があった。

 額を流れる汗も拭うことなく、(ふいご)を小刻みに操作する。一気に温度を上げては芯まで火が通らず、かといって時間を掛け過ぎてはてこ台がてこ棒から溶けて落ちる。また、熱過ぎては熟れ過ぎた柿を叩いたが如くなり、低すぎては鉄が着かず砕ける事になる。丁度良いところの見極めが肝心であり、その温度は非常に狭い範囲でしか存在しなかった。

 鞴から送られた空気が、火床(ほど)の炭を軽く舞わせる。微かに開いた空間に鉄の塊を移動させる。この時に炭と擦れさせてはいけないのだ。あくまでも浮いた炭の中を泳がせる。そして羽口(はぐち)との位置、火の当たり、何処を熱するかを調整する。この小刻みな鞴とてこ棒の動き、両手の同調こそ沸かしの秘儀と言っても良い。

 やがて赤熟した炭の合間に見える鉄が、これだと思う光を発し始めた。

 ――今。

 一度大きく鞴を動かすと、鉄の上に乗っている炭を吹き流す。鉄敷には水が撒かれていた。同様に、弟子たちの持つ大鎚も濡れ光っている。濡れた鎚で鉄を叩く事で、表面の焼けた鉄を弾き飛ばし、純粋に鉄だけを打つ事が出来る様になるのだ。

 初めは小さく、手鎚を落とす。そこに三人の弟子が軽く、小さく大鎚を落としていく。とは言え、男は弟子に二貫目の大鎚を使わせていた。まずはこれで背骨を養う。さもなければ手鎚もてこ棒も自在に取り回せない。

 ばんばんばんばんと爆発音が連続する。空間に球状に火花が散る。それは鉄肌という実体を持った火花だ。顔に、腕に、散った鉄が小さく火傷を作る。露出している部分が全て小さな針で刺された様に痛んだ。だがそれで怯む様な男はこの場に居なかった。木綿の白い仕事着を、火花が幾つもの軌跡を描いて転がり落ちる。

 少しずつ、しかし確実に男の手鎚は大きく強く動き出した。それに合わせて弟子たちの向こう鎚も大きく高く振りあげられる。

 やがて爆発音が消え、澄んだ鉄の音だけが鍛冶場に響き始める。小割になっていた鉄が、きちんと鍛接された証拠だった。

 その頃には大鎚も、天を衝く様に振りあげられていた。

 ここで僅かでも音が濁っていたら失敗だ、その時は、鉄を沸かす段階で中に火が入り、形成された酸化皮膜によってきちんと鍛接出来ていない部分が芯に残ってしまっている。これは研ぎの段階に至ってから、あるいは後年研ぎ減ってから大きな鍛え割れの元となってしまうのだ。

 男の口がにやりと歪んだ。今回の鉄は良い音をしている。

 一度火に戻す。鞴を操作して、丹念に温度を上げる。ただし、今度は先程よりも幾分低い。溶ける温度までは至らなくて良いのだ。此処から先は、鉄自体を打ち締めて鍛える工程となる。

 再び火床から鉄塊が引き出され、鉄敷に乗せられた。


「ヤァッ!」


 裂帛の気合と共に手鎚を落とす。

 此処だ、此処を叩け。

 手鎚は案内に過ぎない、師の意思を汲んだ弟子が忠実にそこへ大鎚を打ち下ろす。

 出来ない弟子は小槌で頭蓋を叩き割ってやる。男は弟子に狙った箇所を叩く訓練を徹底させていた。炭を切る、丸太を叩く、飯を食う。

 それだけやらせれば充分だと考えていた。出来る奴はそこから幾らでも技を盗む。盗めない者は教えても使い物にならない。後継に必要なのは一握りの天才であった。

 男は後に百人からの弟子を採ったが、銘を残せるようになったのは僅かに三人であった。多くは下鍛えの職人として、後継の元に着いて行った。

 一撃ごとに赤く焼けた鉄肌が爆ぜた。破裂音と共に剥き出しの顔目がけて焼けた鉄が飛んでくる。否、あらゆる方向に向けて鉄は飛び散っていた。三丁掛けの向こう鎚は止まると言う事を知らない様だ。

 いかに赤めようと鉄は冷める物である。だが、腕の良い向こう鎚が三人も揃うと、稀に鉄の温度が下がらなくなる。鉄と言う物は打てば熱くなる物だ。振り下ろされた力が、重さが、衝撃を受け止めた鉄の内側で熱に変換される。冷めるよりも早く、強く打ちこまれる。炭も火も介在しない浄火が、硫黄も燐も鉄に食わせる事のない熱源が、長時間の鍛錬を可能にする。

 猛烈な勢いで圧縮された鉄だ、刀に用いられている鋼が、同じ鉄とは一線を画する密度を備えているのはこの為だった。

 とは言え限度はある。弟子達が散らす汗、水を被った様な姿に潮時だと判断した。鍛冶師の手鎚が鉄敷で二度、小さいものの強い音を立てた。汗だくになった弟子たちが手を休め、荒い息を鞴の様に吐き出していた。


「親方」

「おう」


 塩と水だ。まず自分が口にし、それから年季順に弟子が水と塩を食う。無ければ途中で倒れるだろう。それは鉄の為に赦されない。

 縦横に叩き締められた鋼は美しい方形をしていた。

 三度(みたび)火床に入れ、じっくりと赤めていく。芯まで温め、次に鉄敷に乗せると、表面の鉄肌だけを水で爆ぜさせて取り除いていく。それから鎚型の鏨を鋼に乗せた。弟子の大鎚が鏨を鋼に打ち込んで行く。切断直前で止め、鉄敷の角を利用して切れかけた鋼を折り返す。

 一般的な鍛冶師は鉄肌と硼砂を混ぜた鍛着剤を用いる。これが玉鋼であれば鍛着剤は必要ない。が、男はそのどちらでもない。小手先の技を用いない一握りの刀匠であった。

 鍛接面が綺麗であり、温度管理が出来ていれば問題ない。

 それが男の持論であり、正しい事を弟子たちも良く知っていた。

 鍛着剤を用いると、鍛接面がどうしても美しさを損なう。鉄でない物を噛んでしまう以上、そこから強度が失われる事は鍛冶師であればだれでも気がつく事であった。

 折り返した鋼を、密着するまで上から叩いた後、泥水を掛けて藁灰をまぶす。鍛接面に、これでもかと入念な保護をして、火床に戻す。

 後はその繰り返しであった。

 一日かけて一つの地鉄を鍛える。鍛えた鉄をてこ棒から切り離し、新たな地鉄を鍛える。最後は細かく、丁寧に仕立てて行く。此処で凹凸は可能な限り取っておく。平面同士であれば鍛着も容易いが、隙間が出来ればどうしても火の回り込む隙となる。隙間に火が入れば鉄が燃える。燃えた鉄は鉄肌となる。そうなればそこはもう鍛着することがない。

 都合五日。用意した地鉄を組み合わせ、一つの塊に纏める。寸法はきちんと図って決めてあった。頭の絵図面通りに寸分の狂いなく鉄が組み合わされる。紙を巻いて泥水を掛けた。更に藁灰を塗し、火床に沈める。積み沸かしと同じく、微かな差異を炎に求めた。切った炭の大きさでそれを調整する。金敷の上で叩き締め、澄んだ音に纏めたら、少しずつ、かつ大胆に鉄を板状に素延べしていく。弟子に手伝わせるのは此処までであった。

 全長にして四尺、刃渡りだけであれば三尺程。足らぬ五寸は姿を打ち出す際に叩き延ばしていく。これまでと違い、成形する部分だけを軽く赤め、温度が下がらぬ内に一気に叩いて作業を進める。表裏均等に、刃棟を回数合わせてやる事が肝心であった。

 此処できちんと合わせておかないと、後の段階になってひどい曲がりやねじれを生じてしまう。その段階では既に手遅れになっているのだ。

 如何に均一に、かつ緊密に手鎚を振るえるか。そこが鍛冶師にとって腕の見せ所であった。当然の様に鉄を赤め過ぎてもいけない。どうしても鉄が弛んでしまい、コシのないだらけた鉄になってしまう。鍛造とは、文字通り鉄を叩いて鍛えるのだ。叩いて叩いて叩き締めて、鋼を刀へと育てていく。



  ※※※



 工程を経る毎に、男の心からも不純物が叩き出されていく。

 見栄、意地、不満。

 そう言った不純さが、鉄を打つ内にどうでもよくなっていくのを男は感じていた。

 俗世のしがらみなど、どうでも良い。

 今はただこの鉄に打ち込んで居たい。

 まるで火床そのものに、鎚そのものに自身が変わっていく。

 鍛冶師は感じていた。



  ※※※



 男は弟子に小遣いを与えると里に下ろした。

 これより先は、秘中の秘である。余人に見せる物ではない。

 ざっと全体にせん(鉄に用いる鉋とも鑿とも言える工具)をかけ、大まかなあたりを取った後、まずは棟の角度を決めていく。姿造りが上手く行っていないと、この時点でむらに苦しむことになる。

 その点において、男の手鎚は上手く振るわれていたといってよいだろう。然程の苦労なく、大まかな棟の庵が通されていく。同様に鎬地、平地、切っ先も削りだされていった。

 ただ、まだこの段階では反りが付いていない。

 反りはこの次の、焼きを入れた段階で自然とつくものであった。

 北窓の明かりを頼りに、男は鑢を掛けた鉄の表面に砥石の粉、粘土、炭の粉を混ぜた焼き刃土をへらで乗せていく。棟鎬には厚く、平地には厚さを違えて、刃文になる部分には、薄く土を引いた。

 この土の厚さが刃文の構成、刃の硬軟、仕上がりの出来に大きく影響を与える。

 半日ほど乾燥させると、男は一度忠尻を木槌で叩いて見た。乾燥した土がもしこれで落ちる様であれば、火床に入れている間に他の部分まで土が落ちてしまう。そうなれば焼き入れは失敗と言っても良い。

 土が落ちない事を確認すると、男は一つ頷いて、日が落ちるのをじっと、明かりとりの窓から外を睨むように待った。



  ※※※



 かんかんかんかん、と、小刻みに鞴を操作する音が鍛冶場に響く。

 室内に明かりは無かった。火床の燃える色以外は、完全に明るさが遮断されている。微かな明かりでも、焼き入れの出来不出来に影響を及ぼす為であった。

 鉄の色だ。

 あの、なんとも言えない色を逃してはいけない。

 小刻みに、ややせわしなく鞴を動かしながら、刀身全体を均一に赤めていく。既に(なかご)鉄挟(かなばさみ)で挟める程軽くはなく、手で握れるほどに冷たくもない。よって忠には焼き柄と呼ばれる専用の持ち手が装着されていた。

 鞴を動かす音が、さらに音高く小刻みに変わる。

 もう少し、ほんの少し――今。

 火床から引き抜かれた刀身が、男の視界に赤い残像の帯を描いた。

 灼熱の鉄と水が触れる音、鉄の表で水が沸き立つ、掌に伝わる激しい振動。握った手にかかる重心が移動していく。今、まさに冷やされながら刀に反りが生まれている。

 まるで産声の様だ。

 それら全てを、男は生まれ出でた赤子の息吹の様に感じていた。

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