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第二話『ゲイル』(三)

 この世界には魔法というものがある。


 魔物が使う、人間の器官では再現出来ない特殊技法だ。

 よくある例では、大型魔獣の咆哮。巨大な音の塊をぶつける事で、相手の脳を揺さぶり麻痺させるのだ。

 人間では、喉の方がいかれてしまう。


 魔物と戦う際に最も気を付けなければならない事として、傭兵達の間でもよく情報交換が行われている。




 今から十年ほど前、この魔法を人間が使う事が出来ないか、という研究が始まった。

 切っ掛けは王国の或る地方で行われた魔物の討伐であった。


 対象の魔物は強い繁殖力を持った小型の魔物だった。

 一匹一匹は其れほど強くはない。ただその繁殖力は驚異的だった。全滅させたと思っても、少し間が開けば、大群で再来した。


 数ヶ月に及んだ戦闘の中で、討伐騎士団を率いていた団長が疑問を持った。

 その魔物は現れる度に人の形に近付いていたのだ。最初は半透明の蛞蝓の姿であったが、次に短い手足の付き、徐々に人を思わせる姿になった。


 そんな中で、遂に明らかに人の頭がある個体が発見された。しかも会話が成り立つ。

 その個体は生け捕りにされ、討伐騎士団は魔物の正体を知った。


 ここからは、捕まえた魔物から得た情報だ。


 討伐が行われていた森の奥深く、国の管理下にない集落があったらしい。

 その集落は、ある日突然現れた件の魔物に襲われた。

 その魔物は身体を滴る体液に強い酸を持っていた。住民が寝静まる深夜、魔物に襲われた住民は生きたまま手足を溶かされ、肉団子の様にされた。


 魔物は住民を食糧として生かしていた。

 手足を溶かされ、喰われる度に魔物の体液が混入した住民の身体は、魔物の魔法である強い再生力で、際限無く膨張を続けた。魔物は住民が膨れては、溶かしてその肉を啜る。


 特に、女は凄惨だったようだ。

 肉団子のまま犯され、休む間も無く魔物の幼体を産み出し続けた。


 異種交配は魔物では珍しくはない。

 絶対数の少ない魔物は、多くが、様々な方法で子孫を残す。

 段々と人の形に近付いていたのは、再生力で急成長をしていた為、食糧である人間の身体的特徴が出た事によるものだった。


 発見された個体は、そんな中でも人としての自我を保ち、捕食されながら反撃の機会を待った。


 強靭な精神だといえる。


 幼体が単独で捕食しに来た時を狙い、唯一残る頭部で、口で、歯で、魔物を喰い千切った。

 魔物はその再生力で、男に喰われる先から復元していた。ただ幼体が、再生力を維持する為に、男を喰い続けた事が、奇妙な結果を生んだ。

 喰われながら喰い続けていると、男が魔物を喰っているのか、魔物が男を喰っているのか、曖昧になった。


 気がつくと、その幼体と同化していた。


 何故か意識は男のものが残っていた。

 他の魔物に近付いても襲ってくる事は無かった。同胞だと思われていた様だ。

 助けようとしても他の住民は皆、正気ではなかった。


 男は命あるだけとなった住民達を、一人残らず殺して回った。


 その間も魔物達が襲ってくる様子はなかったらしい。

 男も魔物達を攻撃する気は起きなかったそうだ。住民の悪夢を知っているにもかかわらず。


 魔物達が移動を始めたので付いて行くと、討伐隊と戦い始めた。


 男はそこで捕縛されたのだ。











「前置きが長くなったな」


 俺は今、ある貴族と面会をしている。


「ゲイルくん。君はどう思う? その男は魔物かね、人かね」


 貴族は切れ長の目を更に細め、俺に問い掛けた。蛇のような男だ。

 あまり気分の良い話ではなかったが、魔物の恐怖というものが、単純な暴力ではない、という良い見本だ。

 あくまで、魔物としてだが。


「失礼ながら、眉唾な話ですね。まあ真実だとして、人ではないでしょうや」

「おや! そうかね?」


 貴族は心底意外そうに言う。


「私はそうは思わない。人の定義とはなんだね。食べ、排泄する。増え、殺す。動物とやっている事は同じなのだ。では何を持って人と呼べば良いのか。私はこう思うのだ。人を人足らしめる唯一の事は、その心、精神なのではないかと。そう考えれば、男は立派な人ではないだろうか」


 やけに芝居がかった口調で、貴族は語る。

 俺は、あまり相手にしたくない人種だ、と思った。


「俺には……、難し過ぎる話ですわ」


 だから、それ以上相手が喋られないよう、理解自体を拒否した。


「……まあ、君と人の定義について議論するつもりはないよ。要は討伐騎士団は男を魔物ではなく、人間として連れ帰った。当然、騎士団を組織した貴族も報告を受け、男を人間として扱った」

「……」


 頭の弱い俺でも察しはつく。目の前の貴族こそが、その討伐騎士団を組織した貴族なんだろう。


 しかし、なぜこの貴族はそんな話を俺にするのか。

 本当の事であれば、俺みたいな末輩の傭兵が知っていい事じゃない気がするんだが。

 面会で通された応接室には目の前の貴族と俺しか居ない。なんと護衛はおろか、侍女も下げられた。

 この話が、人に聞かれちゃまずい類いのものだとしか思えない。


「男は初め、死ぬ事を希望したよ。無論、私にも同情する気持ちもある。その男のような経験をすれば、私も同じ気持ちになったかもしれない」


 わざとであろうが、貴族は明確に「私」を使った。


「……しかしだね、ゲイルくん」


 貴族はそこで溜めを作った。


「しかしだ。良く考えてみれば、男は人と遜色ないではないか。もちろん先ほどの定義で考えれば、だが」

「……まあ、それを人と呼ぶんでしたら」

「そうだよ。つまりその男は人でありながら、魔物の身体、その再生力を有している訳だ」


 魔物と同化したなんて話が本当なら、あり得なくもない。その魔物の魔法を生み出す器官は身体全体。それが融合したってんなら、その男も魔法が使えるんだろう。


「どうして魔法が使える、再生出来るって分かったんでさぁ」

「男の望み通り殺そうとしたのさ」


 つまり斬りつけたと。男が願ってとの事だが、いまいち言葉通りに受け入れ難い。


「私は天啓を得たと思ったよ。先程人間と動物の違いについて話したね。では人間と魔物ではどうか。同じ事だよ。そこに意思があるかだ。人間と魔物の違いは魔法が使える事ではないのだよ」


 興奮し始めたのか、細長い目の奥で瞳孔が開き始めた。


「また脱線してしまったな。男は人のままで、魔法を使えると言いたいのだ」


 人が魔法を使う。この意味の重大さが、傭兵の俺には良く解る。


 実際、戦争に於ける魔物の戦力化、つまり魔法の使用は遥か昔から行われてきた。

 その有用性に疑問はない。甚大な戦力ゆえ、国家間の争いでしか使われないほどだ。

 そして、それは大きな危険も同時にはらむ。魔物を完全な制御下に置けた例は今の所ない。常に暴発、文字通り敵味方なく暴れる危険があるのだ。


 だが、この話で使えるようになった魔法は。


「そうなんでしょうが、再生出来ても戦争じゃあ、大した戦力にならんでしょう。その為だけに魔物に喰われるってぇのも」


 咆哮や火炎の息吹なんかならまだしも、戦場で肉壁一人居ても、大した役には立たない。


「無論、魔法にもよるだろう。ただ、再生の魔法が使えたんだ。他の魔法も使える可能性があるのではないかね」


 俺は、それとなく右腕に目を遣る。肩口まである籠手を嵌め、外套で隠しているので、傍目には隻腕とも映る筈だ。


 貴族からも視線がある気がするが、努めて無視した。


「人が魔法を使えず、魔物が使えるのは、特殊な器官があるから、というのが一般的だ。神託論などもあるが、幾ら神官が神に祈っても、どれ程の奇跡があるというのか」


 教会関係者が聞いたら、怒り狂いそうだ。


「前述の男は、魔物と同化した事で、何らかの器官を得たと考えている」


 先ほど俺もそう考えた。


「他の魔法も器官をぶち込みゃあ、使えると」


 貴族は口角を上げた。益々蛇の様だ。


「そうだ。そして男の再生能力は器官を移植する際に、非常に役に立つ。普通に考えれば、腹を開けば、移植以前に死んでしまうからね。腕、などでも良いが、人間に野菜を生やす事も出来んだろう」

「……男に更に器官を入れたんですかい」


 既にそうとは言え、まさに人に非ざる者になった事だろう。


「いや、それも考えたが、失敗した時に男を失ってしまうし、力が集約してしまうと御し難い。男の体液を糊に使うだけで充分だ」


 男の現在の心境を思い、同情だけはしてやる。貴族に意見する気は毛頭無いが。

 死を希望していた男がそんな実験に協力するか。


「勘違いしないで欲しいが、男は協力的だよ。絶望の淵にあったのに、生きる意義を与えたのだから」


 貴族は俺の心を読む様に付け加える。これ迄の話の中で、一番に眉唾だ。


「その実験は、成功したんですかい。内容が内容ではありやすが、そんな技術は聞いた事がねぇ」

「進んではいるよ。まだ途上だがね」


 そこでまた貴族は話を変えた。


「……ところで、三カ月前のノビ平野での戦争では、ゲイルくんがゴーレムを屠ったそうだね」


 俺はぴくりと反応してしまう。


 来た。俺を呼び付けた、一つ目の理由だろう。

 何を隠そう、この貴族はゴーレムの所有者。あの戦争の相手方だ。


「……へい、その節は。でも、苦情は御勘弁いただきたいですが」


 今日、この貴族に呼び出されている事は、傭兵組合にも伝えてある。苦情は兎も角、報復は御勘弁願いたい。

 一傭兵への個人的な恨みで、傭兵組合を敵に回すとも思えねぇが。


「まさか。あの戦争の正義は私に在ったよ。負けた賠償はあったが、司法も大分情状酌量してくれた」


 傭兵の俺には戦争の切っ掛けなんて関係ないから、原因は知らない。勝つ側で生き残るのが、最大の関心事だ。


「まあ、あのゴーレムが負けるとは思っていなかったからね。君達の様な傭兵に回す金をけちり過ぎた」

「はあ……」


 貴族は、ははは、と笑う。本当に気にしていない様に見える。


「戦ってみて、どうだったね。あのゴーレムは」


 俺は創造者が側にいるかの様な戦術の転換、驚異的な再生力などに、てこずった事を伝えた。


「そうだろう。魔物ではないゴーレム創造の技術は元々土木作業の為のものだ。目まぐるしく変わる戦況に付いていくのは難しい。更に脚関節を壊されると、途端に不利になる。あのゴーレムはそれらの欠点を補ったものだ。そうすれば驚異的な戦力になると考えた。こう言うのもなんだが、良く倒せたね」

「……運が良かったんでしょう。あの日は調子も良かったんで」


 事実、最後の突きが核に刺さっていなけりゃ、全滅だっただろう。


「あんなん何体も出されりゃ、王国騎士団でも危ないんじゃねえですか」

「それは嬉しい評価だ。私の最終目的は王家の打倒だからね」


 ……。


「へ?」


 何を言っているのだ、この貴族は。国家転覆なんて、不敬罪なんてものではすまされない。


 俺は慌てて部屋を見渡す。


「大丈夫だよ。この部屋には私と君しか居ない。侍女にも近づかないように言ってある」

「……俺が居ますけど」

「ゲイルくんには、話しておこうと思っていたからね。いつか言うなら、初めに伝えた方が、これからの君へのお願いもしやすいだろう?」

「お願い、ですかい」


 俺は警戒心をあらわにした。


「そんなに構える事はない。それに聞いてはいけない事なんて、今更だろうに」


 貴族の顔に狡猾な笑みが広がる。

 蛇が獲物を狙うが如く、隙のない視線で俺を見ている。追い詰められた気分だ。


 魔物になった男の話だって初対面の俺に話すような事じゃない。


 思えば面会の最初から、極自然に魔法の話が始まったこと自体、不自然だったのだ。世間話の様に。俺が知ってる事に齟齬が無いかの確認のようだった。




 この貴族を訪ねる事になる数ヶ月前から、俺の元には魔物になったという男の話が聞こえるようになった。

 一つ一つはたわいもない噂。ただ欠片を繋ぎ合わせると、俺だけに分かる物語になった。


 俺を誘っているとしか思えない。

 しかし断片的とはいえ、情報が流れる危険性を冒してまで、俺の興味を引こうとする理由は今のところ一つしか思い付かない。


 それを知られているのか。


 罠と思いつつも、確かめるために、この貴族の誘いに乗らざるを得なかった。


「さっきの眉唾話ですかい。貴方から勝手に話されたのに、とんだ脅迫ですよ」


 今更と言われても、耳を塞ぎようもなかった。


「脅迫とは心外だが、魔物の話は君も有用性を認めるところだと思うがね。あのゴーレムには実験の成果が込められている」

「やっぱり何かタネがあったんですかい」

「実はね、あれはゴーレムではないんだ。私の私兵の一人なのだよ」


 騎士団とでも言うのか。ありゃ魔物だ。


「ゴーレムが魔物なのか、と言う議論はゴーレム技術発展への王国支援の歴史を紐解かなければならなくなるから、ひとまず置いておこう。魔物の男の話だよ。あれは人間だ、という意味だ」

「人間が魔法を使う実験が関係してたと言いますと、ありぁ何かの魔法だったんですかい」

「人間にゴーレムの全ての器官を移植してみたんだ」

「……成る程」


 そりゃもう魔物なんじゃないですかい。


「まだ量産出来る体制にはないが、ゲイルくんが居なければ、この間の最終試験も充分な結果だった」


 魔法を使うという技術の真偽は、俺なんかじゃあ判断付かないが、あのゴーレムの判断力が人間だとすれば納得出来る。


 人道的にどうか、は置いておいても。


「難しい話過ぎやして、俺には全く、これっぽっちも理解出来ませんでした。これ以上お聞きしても、貴方様のお時間を無駄にしてしまいやすので、ここら辺で御暇を……」


 俺は一気に言って帰ろうとした。


 先程お願いとか言っていたが、嫌な予感しかしない。

 戦争以来隠していたあの事を知られてしまっているのではないか、と懸念して接触したが、より暗い深みに嵌る未来しか見えない。


「難解だったかね? 君には特に、解り易いと思っていたのだが」


 薄く開けた瞼の奥、瞳は焦点が合っていない様に見える。相変わらず蛇の様な印象だ。


 このままこの部屋に居れば、丸呑みにされた鼠の様に、この胃袋で溶かされてしまうに違いない。


「ゆっくりと理解してくれ給え」

「いえいえ、馬鹿に付き合う必要は御座いませんよ。すぐに失礼致しやす」

「そうかね。では最後にお願いを聞いて貰えないか」


 貴族は俺をこのまま帰すつもりはない。それだけは確実に理解出来た。

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