第二話『ゲイル』(二)
一部文章を修正いたしました。
今でこそ傭兵稼業なんて明日も分からない商売をしているが、俺は元々辺鄙な農村の出身だ。
農作業で鍛えた身体には結構自信がある。
次男坊なものだから引き継ぐ畑は無かったが、娘しか居ない隣村の農家に婿入りする予定だった。
貧しいながらも日々の収穫に一喜一憂する、平凡な人生が待っているはずだった。
転機は予定していた縁談が流れちまった事か。
隣村の娘は餓鬼の時こそ、泥に塗れた其処ら辺にいる娘だったが、成長するに連れ大層な器量良しになった。
村々でも噂になり始めた頃か、周辺を統治していた貴族の耳にもその噂が入ったらしい。好色で有名であった当主は、その娘を見染め、第何夫人か解らないが嫁に請うた。
その両親からしたら、願ってもないことだ。直ぐに俺との縁談は反故にされた。
その事自体、別に恨んじゃいない。当然の選択だろう。
ただ俺はもう良い年になっていたから、直ぐに次の相手を見つけるのは難しかった。兄貴も結婚しており、家で世話になり続けるのも問題だ。
俺は自主的に家を出た。行く当ても無かったが、何時までも兄貴の厄介になっている訳にもいかない。次男以下の末路として、然程珍しい事でもなかった。
それから取り敢えず街を目指し、途中、今回の様な戦争に向かう傭兵団に遭遇した。
その時の隊長は面倒見の良い人で、一から傭兵について教えてもらった。農作業で培った膂力、体力の為に、技術さえあればかなり良い仕事が出来ることが分かった。
傭兵団と別れ向かった街で、当然の如く傭兵組合の門を叩いた。
気が付けば十年経ち、立派な中堅傭兵だ。
「ここで一旗揚げりゃあ、故郷へも顔向け出来るってもんだ。やってやろうじゃねぇか」
ゴーレムは粗方周囲の傭兵を片方けて、大鎚を拾い上げた。
既に俺が飛ばした腕までも再生している。
創造者は見当たらないが、相変わらず命令の上書きが行われている様な挙動だ。
「創造者を探しているうちに、他の傭兵達に向かっちまうな」
先程見た鎚の速度ならば、見切れるはずだ。俺は意を決し、一息でゴーレムに近づく。
間合いはゴーレムの方が広い。左からくる大鎚の横薙ぎを寸分の見切りで躱す。
そのまま踏み込もうとしたが、ゴーレムは片手で鎚を振り抜いており、自由な右手で正面の俺に突きを入れてきた。
前に進もうと前傾していた俺の体勢では避け切れない。咄嗟に長剣を突き出した。
火花と共に金属音が響く。
肩から何かが引きちぎれる様な音が聞こえ、激痛が走る。伝わった衝撃で肩が外れたのだ。
しかし、俺の突きは自分でも驚く様な力だったらしい。ゴーレムの拳が砕けながら押し戻される。
「があっ」
勢いをつけた剣を振り戻す反動で、外れた肩を嵌め直した。歯を噛み締めて、襲ってくる鈍痛に耐える。
「このまま逃がさねぇっ」
俺の剣戟はゴーレムの拳を砕く事が出来た。
肩の痛みに力を込め辛い右手を庇い、両手で長剣を突き入れる。
流石に瞬間では再生出来ないらしく、ゴーレムは残った左手で鎚を振りかぶった。
攻撃しながら、振り下ろされる大鎚を避ける余裕はない。
だから俺が引くと思ったのだろう。表情の無いゴーレムが、困惑している様に感じる。
「だからっ! 逃がさねぇってのっ」
そのままがら空きの胴に突きを入れ、柄は手放し身体を左に流す。
同時にゴーレムも大鎚を振り下ろした。
避け切れりゃあ格好も良かったんだが、世の中そう甘くない。下ろされた鎚が右腕を掠めた。
弾ける様に右腕が吹き飛ぶ。遅れて強烈な痛みが襲って来た。
転がる様にゴーレムの後ろに回って立ち上がる。
剣は無く、腕も失い攻撃する術は無いが、黙って寝ている訳にもいかない。
肩からの出血を押さえながらゴーレムの気配を伺う。
動いていない。
「やったか?」
ゴーレムは胴体部分に核を持っている。核を壊せば、一撃で機能停止に出来る。
通常は硬い装甲で守られ傷を付けられないが、今日の俺は調子が良いんだ。拳を破壊出来るなら、胴体も貫けると踏んだ。
「……ふうっ。本当に、一か八かだったな」
運良く突いた先に核があった様だ。生死の境を潜り抜け、安堵の溜息を吐く。
「見たかエレナ。やってやったぜ」
戦争は俺達の付いた貴族が勝った。
ゴーレムを倒した俺達は勢いを取り戻し、数の不利を跳ね返した。騎士団も予想通り勝利した。
生き残ったのは三十人程か。死んだのは殆どがゴーレムの攻撃の為だ。
相手の傭兵はほぼ全滅した。
騎士団も双方死者が出たみたいだが、騎士同士の決闘だ。名誉ある死ってやつだろう。
利き腕を失い剣も無い俺は、流石に戦える状態じゃなかった。前線を下がり、成り行きを見守っていた。
隊長を失っていた事は影響が無くなっていた。士気の上がった仲間達は自然と連携をしていた。
俺は戦争の成り行きを見守りながら、意識を失った。
俺は痛み止めと止血剤を飲まされ、天幕で横たわっていた。薬で意識が朦朧としている。
「もう、この稼業も無理かもな」
利き腕が無けりゃ、満足に剣も振るえねぇ。身体の調子が良かった為、精神が高揚していたのだろう。後先考えず動いた結果だが、まあ、後悔も無い。あそこでゴーレムを止められなきゃ、全滅だった。
今回の武勲で、かなりの褒賞が貰える筈だ。金額によっては村の近くで隠居すりゃいい。
そんな事を考えながら、眠っちまっていた。
夢を見ている。何故かそんな確信があった。
辺りは薄靄に覆われ、見通す事が出来ない。
「何だぁ、こりゃあ」
『なるほど。この様な状況であれば対話出来るのか』
頭の中で響く様な声が聞こえる。
「だ、誰だっ。対話?」
周囲を見渡すが、なにも見えない。
『いや、こちらの話だ、気にするな。それよりもご苦労であった。ゲイル』
「だからお前は誰なんだ!」
気にするな、と言われて、はいそうですか、と納得出来るものか。
『誰かというのが、それほど重要なのか? そうだな。私はお前自身でもある』
「何を訳の分からねぇ事を。姿を見せやがれ!」
『ふむ、目に見えるものだけが道理では無いと思うがな。……仕方がない。暫し待っていろ』
靄の中に白銀の兜が浮かび上がる。
『これで良いかね』
「……白い兜? これが喋ってんのか?」
『そうだ』
「魔物の類いか……?」
思わず剣を抜こうとするが、腰には何も無い。然し、俺は別の事に驚愕する。
「腕が……」
ゴーレムに奪われた腕が、そこにあった。まさしく夢って事か。
『まあ、落ち着け。貴様に話があるのだ』
声が響く度に兜の奥でちりちりとした光が瞬く。
「魔物が話だぁ?」
さっきも確信したが、これは夢だ。
夢と納得すりゃ、魔物が面前に居ても落ち着けるもんだ。醒めちまえば無かった事になるだろう。話くらい聞いてやっても良いかもしれねぇ。
「何だ、話って」
『ほう……。いや、少々取引をしたいと思ってな』
「取引?」
『そうだ。私はこの通り、あまり人前に出れん』
「魔物じゃあな。討伐されんのが落ちだ」
『人間風情に遅れを取るとは思えんが……」
一瞬、兜の奥の光が強くなる。
『まあ、戦闘になるのは否定せん。これ迄もそうであった。ただ詰まらんのだ。屑が束になろうと屑は屑。屠る価値もない。私は血湧き肉踊る戦いをしたいのだ』
「ふん、魔物がまるで騎士みてぇな事を」
『先程の貴様とゴーレムとの戦い。弱いながらも見事であった。取引したいのはそこなのだ』
「弱いだ?」
別に俺より強いやつは、山の数ほど居るはずだ。
それでも、面と向かって弱いと言われて、なんとも思わない傭兵はいない。
『いちいち突っかかるな。話が進まん。貴様がこれからも戦い続けるのであれば、力を貸そう』
「力?」
『その腕、貴様も気付いているように、今は夢だ。しかし、貴様が戦い続けるのであれば、起きた後も再生してやろうではないか』
「そんな事出来るわけ、」
錬金術の秘薬でも腕が生えるなんて聞いた事がない。然し兜は俺の発言を遮ると、言葉を続けた。
『出来るか出来ないかを問いているのではない。するか、しないかだ』
「断れば」
『このまま殺す』
背筋に寒気が走る。本能が奴が本気である事、それがいとも容易いことを告げる。
「選択肢がねぇ」
『そうか? 戦うか死ぬかを選べるのだぞ。まあ、理解出来ないのなら、命令と受け取れ』
当然のように言われちまうと、そうなのか、と思えてしまう。
「……傭兵が続けられるなら、願ったりか。良いぜ。やってやる」
『では今後も頼むぞ、ゲイルよ』
「しかし、俺が戦ってもお前に満足感はねぇだろう」
『なに、私と貴様は一心同体だ』
兜だけなのに、愉快そうであるのが判る。
そこまでで、目が醒めた。
寝る前と同じ、天幕の中だ。
俺は寝ぼけ眼を、右手で擦る。
「……本当に再生してやがる」
俺は右手を見つめる。
夢では無かった。
兜は戦い続けろと言った。傭兵稼業だ。戦う事に異論は無い。
今なら解るが、身体の調子が良かったのも、あの兜のおかげなのだろう。
「これなら、もっと上も目指せるかもしれねぇな」
村を出て十年。流石に自分の限界を感じていた。
これは天啓だ。
毎週日曜の深夜、投稿予定です。