表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/40

第二話『ゲイル』(二)

一部文章を修正いたしました。

 今でこそ傭兵稼業なんて明日も分からない商売をしているが、俺は元々辺鄙な農村の出身だ。

 農作業で鍛えた身体には結構自信がある。

 次男坊なものだから引き継ぐ畑は無かったが、娘しか居ない隣村の農家に婿入りする予定だった。

 貧しいながらも日々の収穫に一喜一憂する、平凡な人生が待っているはずだった。


 転機は予定していた縁談が流れちまった事か。

 隣村の娘は餓鬼の時こそ、泥に塗れた其処ら辺にいる娘だったが、成長するに連れ大層な器量良しになった。


 村々でも噂になり始めた頃か、周辺を統治していた貴族の耳にもその噂が入ったらしい。好色で有名であった当主は、その娘を見染め、第何夫人か解らないが嫁に請うた。

 その両親からしたら、願ってもないことだ。直ぐに俺との縁談は反故にされた。


 その事自体、別に恨んじゃいない。当然の選択だろう。

 ただ俺はもう良い年になっていたから、直ぐに次の相手を見つけるのは難しかった。兄貴も結婚しており、家で世話になり続けるのも問題だ。


 俺は自主的に家を出た。行く当ても無かったが、何時までも兄貴の厄介になっている訳にもいかない。次男以下の末路として、然程珍しい事でもなかった。


 それから取り敢えず街を目指し、途中、今回の様な戦争に向かう傭兵団に遭遇した。

 その時の隊長は面倒見の良い人で、一から傭兵について教えてもらった。農作業で培った膂力、体力の為に、技術さえあればかなり良い仕事が出来ることが分かった。


 傭兵団と別れ向かった街で、当然の如く傭兵組合の門を叩いた。

 気が付けば十年経ち、立派な中堅傭兵だ。











「ここで一旗揚げりゃあ、故郷へも顔向け出来るってもんだ。やってやろうじゃねぇか」


 ゴーレムは粗方周囲の傭兵を片方けて、大鎚を拾い上げた。

 既に俺が飛ばした腕までも再生している。

 創造者は見当たらないが、相変わらず命令の上書きが行われている様な挙動だ。


「創造者を探しているうちに、他の傭兵達に向かっちまうな」


 先程見た鎚の速度ならば、見切れるはずだ。俺は意を決し、一息でゴーレムに近づく。


 間合いはゴーレムの方が広い。左からくる大鎚の横薙ぎを寸分の見切りで躱す。

 そのまま踏み込もうとしたが、ゴーレムは片手で鎚を振り抜いており、自由な右手で正面の俺に突きを入れてきた。

 前に進もうと前傾していた俺の体勢では避け切れない。咄嗟に長剣を突き出した。


 火花と共に金属音が響く。

 肩から何かが引きちぎれる様な音が聞こえ、激痛が走る。伝わった衝撃で肩が外れたのだ。

 しかし、俺の突きは自分でも驚く様な力だったらしい。ゴーレムの拳が砕けながら押し戻される。


「があっ」


 勢いをつけた剣を振り戻す反動で、外れた肩を嵌め直した。歯を噛み締めて、襲ってくる鈍痛に耐える。


「このまま逃がさねぇっ」


 俺の剣戟はゴーレムの拳を砕く事が出来た。

 肩の痛みに力を込め辛い右手を庇い、両手で長剣を突き入れる。

 流石に瞬間では再生出来ないらしく、ゴーレムは残った左手で鎚を振りかぶった。

 攻撃しながら、振り下ろされる大鎚を避ける余裕はない。


 だから俺が引くと思ったのだろう。表情の無いゴーレムが、困惑している様に感じる。


「だからっ! 逃がさねぇってのっ」


 そのままがら空きの胴に突きを入れ、柄は手放し身体を左に流す。

 同時にゴーレムも大鎚を振り下ろした。

 避け切れりゃあ格好も良かったんだが、世の中そう甘くない。下ろされた鎚が右腕を掠めた。

 弾ける様に右腕が吹き飛ぶ。遅れて強烈な痛みが襲って来た。


 転がる様にゴーレムの後ろに回って立ち上がる。

 剣は無く、腕も失い攻撃する術は無いが、黙って寝ている訳にもいかない。

 肩からの出血を押さえながらゴーレムの気配を伺う。


 動いていない。


「やったか?」


 ゴーレムは胴体部分に核を持っている。核を壊せば、一撃で機能停止に出来る。

 通常は硬い装甲で守られ傷を付けられないが、今日の俺は調子が良いんだ。拳を破壊出来るなら、胴体も貫けると踏んだ。


「……ふうっ。本当に、一か八かだったな」


 運良く突いた先に核があった様だ。生死の境を潜り抜け、安堵の溜息を吐く。


「見たかエレナ。やってやったぜ」











 戦争は俺達の付いた貴族が勝った。


 ゴーレムを倒した俺達は勢いを取り戻し、数の不利を跳ね返した。騎士団も予想通り勝利した。

 生き残ったのは三十人程か。死んだのは殆どがゴーレムの攻撃の為だ。


 相手の傭兵はほぼ全滅した。

 騎士団も双方死者が出たみたいだが、騎士同士の決闘だ。名誉ある死ってやつだろう。


 利き腕を失い剣も無い俺は、流石に戦える状態じゃなかった。前線を下がり、成り行きを見守っていた。

 隊長を失っていた事は影響が無くなっていた。士気の上がった仲間達は自然と連携をしていた。


 俺は戦争の成り行きを見守りながら、意識を失った。











 俺は痛み止めと止血剤を飲まされ、天幕で横たわっていた。薬で意識が朦朧としている。


「もう、この稼業も無理かもな」


 利き腕が無けりゃ、満足に剣も振るえねぇ。身体の調子が良かった為、精神が高揚していたのだろう。後先考えず動いた結果だが、まあ、後悔も無い。あそこでゴーレムを止められなきゃ、全滅だった。

 今回の武勲で、かなりの褒賞が貰える筈だ。金額によっては村の近くで隠居すりゃいい。

 そんな事を考えながら、眠っちまっていた。




 夢を見ている。何故かそんな確信があった。

 辺りは薄靄に覆われ、見通す事が出来ない。


「何だぁ、こりゃあ」

『なるほど。この様な状況であれば対話出来るのか』


 頭の中で響く様な声が聞こえる。


「だ、誰だっ。対話?」


 周囲を見渡すが、なにも見えない。


『いや、こちらの話だ、気にするな。それよりもご苦労であった。ゲイル』

「だからお前は誰なんだ!」


 気にするな、と言われて、はいそうですか、と納得出来るものか。


『誰かというのが、それほど重要なのか? そうだな。私はお前自身でもある』

「何を訳の分からねぇ事を。姿を見せやがれ!」

『ふむ、目に見えるものだけが道理では無いと思うがな。……仕方がない。暫し待っていろ』


 靄の中に白銀の兜が浮かび上がる。


『これで良いかね』

「……白い兜? これが喋ってんのか?」

『そうだ』

「魔物の類いか……?」


 思わず剣を抜こうとするが、腰には何も無い。然し、俺は別の事に驚愕する。


「腕が……」


 ゴーレムに奪われた腕が、そこにあった。まさしく夢って事か。


『まあ、落ち着け。貴様に話があるのだ』


 声が響く度に兜の奥でちりちりとした光が瞬く。


「魔物が話だぁ?」


 さっきも確信したが、これは夢だ。


 夢と納得すりゃ、魔物が面前に居ても落ち着けるもんだ。醒めちまえば無かった事になるだろう。話くらい聞いてやっても良いかもしれねぇ。


「何だ、話って」

『ほう……。いや、少々取引をしたいと思ってな』

「取引?」

『そうだ。私はこの通り、あまり人前に出れん』

「魔物じゃあな。討伐されんのが落ちだ」

『人間風情に遅れを取るとは思えんが……」


 一瞬、兜の奥の光が強くなる。


『まあ、戦闘になるのは否定せん。これ迄もそうであった。ただ詰まらんのだ。屑が束になろうと屑は屑。屠る価値もない。私は血湧き肉踊る戦いをしたいのだ』

「ふん、魔物がまるで騎士みてぇな事を」

『先程の貴様とゴーレムとの戦い。弱いながらも見事であった。取引したいのはそこなのだ』

「弱いだ?」


 別に俺より強いやつは、山の数ほど居るはずだ。

 それでも、面と向かって弱いと言われて、なんとも思わない傭兵はいない。


『いちいち突っかかるな。話が進まん。貴様がこれからも戦い続けるのであれば、力を貸そう』

「力?」

『その腕、貴様も気付いているように、今は夢だ。しかし、貴様が戦い続けるのであれば、起きた後も再生してやろうではないか』

「そんな事出来るわけ、」


 錬金術の秘薬でも腕が生えるなんて聞いた事がない。然し兜は俺の発言を遮ると、言葉を続けた。


『出来るか出来ないかを問いているのではない。するか、しないかだ』

「断れば」

『このまま殺す』


 背筋に寒気が走る。本能が奴が本気である事、それがいとも容易いことを告げる。


「選択肢がねぇ」

『そうか? 戦うか死ぬかを選べるのだぞ。まあ、理解出来ないのなら、命令と受け取れ』


 当然のように言われちまうと、そうなのか、と思えてしまう。


「……傭兵が続けられるなら、願ったりか。良いぜ。やってやる」

『では今後も頼むぞ、ゲイルよ』

「しかし、俺が戦ってもお前に満足感はねぇだろう」

『なに、私と貴様は一心同体だ』


 兜だけなのに、愉快そうであるのが判る。




 そこまでで、目が醒めた。

 寝る前と同じ、天幕の中だ。

 俺は寝ぼけ眼を、右手で擦る。


「……本当に再生してやがる」


 俺は右手を見つめる。


 夢では無かった。

 兜は戦い続けろと言った。傭兵稼業だ。戦う事に異論は無い。

 今なら解るが、身体の調子が良かったのも、あの兜のおかげなのだろう。


「これなら、もっと上も目指せるかもしれねぇな」


 村を出て十年。流石に自分の限界を感じていた。


 これは天啓だ。


毎週日曜の深夜、投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ