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第三話『ビトー』(六)

今回は少し短いです。

 じりじりと魔物との距離を取りながら、何か武器を探す。じゃが、貯蔵庫には鉄塊くらいしか置いていない。


「ぐぅるるぅう……」


 魔物は儂を探して、再び臭いを嗅ぐように頭を左右に振っている。小型の鎚は頭に刺さったままじゃ。痛みは感じていないらしい。

 貯蔵庫と工房を繋ぐ扉は開け放たれたままじゃ。儂は、このまま工房に一時戻ろうとした。

 ぬるりと湿った感触が足を伝わる。血溜まりなのか、扉の周囲は何かに濡れていた。足を取られないように注意深く、工房に戻る。

 魔物は儂が見つからない事にいらだっているのか、低いうめき声を上げながら、下半身を引きずるようにして工房との扉に近づいている。


 工房には剣を打つ為の道具が並べられている。武器になりそうなものと言えば、壁に立て掛けられている鎚がある。じゃが、先ほどの事から、打撃は効きそうになかった。


「いくつか剣を取っておけば良かったのう……」


 最近は騎士団からの注文も無かった為、ミリャトから受けたゴーレム用の剣作成に集中していた。大きすぎて置き場も無かった為、出来た先から指定されていた倉庫に納品してしまっている。まあ、あっても大きすぎて使えんが。


 工房の中央に、鉄を溶かす炉がある。今は火を落としているが、あの火力なら魔物も焼き殺せるかも知れん。

 儂は魔物に居場所を悟られないよう、ゆっくりと炉に近づいた。


「火種が……」


 ドガー達も、儂が捕まっている状況で、剣を打つ訳にもいかなかったのじゃろう。炉の火は火種も含めて完全に落とされていた。悠長に火種から作っている暇はなさそうじゃ。

 儂は火を起こすのを諦め、工房を見渡した。魔物は既に貯蔵庫から工房に移動している。


「ぐぅぅぅ……」


 ごとり、と重たい音を立てて、魔物に刺さっていた鎚が床に落ちた。鎚の頭には、小さな穴が無数に開いている。先ほどの線虫に寝食されたのかも知れない。


 魔物は工房の中央まで移動すると、太い腕で口を押さえるようにして、うずくまった。そのまま、痙攣するように小刻みに震え始める。


「なんじゃ……?」


 外から聞こえる雨音とは違う、何かが流れるような音が聞こえてきた。

 魔物の震えに合わせて聞こえてくるのは、半固形物が床を引きずるような音じゃ。


 ぞわり、とした悪寒と共に、足下を何かが触れるのを感じた。見ると、魔物から吐き出された線虫と同じ、細長い糸のような蟲が蠢いている。

 蟲を辿っていくと、魔物に繋がっている。なにも映っていない水晶玉のような瞳で、儂をまっすぐに捉えていた。地面を這いずるように蟲を延ばして、周囲を探っていたのか。


「がうっ!!!」


 即座に大きく口が広げられ、蟲玉が吐き出された。儂は咄嗟に両手で受け止める。


「痛っ!」


 先ほどと同じく、蟲は腕の皮膚を食い破ろうと頭を突き立てて来たが、それ以上潜り込めないようじゃった。じゃが、今度は別の所からも痛みが襲う。


「足かっ!」


 居場所を探るように延ばしていた蟲が足の皮を食い破って体内に進入してきた。腕と違って皮膚の下に入り込まれている。そのまま皮下を泳ぐように上へと昇ってくる。

 蟲を抜き取ろうと足に手を伸ばしたが、腕に絡みついていた蟲も足に移りおった。無数の鋭い痛みが襲う。


「畜生!!!」


 反射的に足に腕を向けたのは失敗じゃった。足の中で蟲が伸縮したと思うと、一斉に針の様に尖って皮膚を突き破った。


「ぐああっっっ!!!」


 四方八方に突き出された蟲針は、足の骨をも貫いている。一瞬で儂の右足は無惨なぼろ雑巾のようになった。


 足を庇うように転がって、魔物との距離を取る。流れ出る血の臭いに反応しているのか、魔物は儂の位置を把握してる様子で、正確にこちらを向いている。

 その口は、感情を読みとる事が出来るほど、愉しそうに笑って見える。




 足を引きずるようにして魔物との距離を取るが、血の臭いに引かれているのか、儂の方に近づいて来る。


「くそうっ!」


 なぜか腕からは蟲に進入されないが、他はそうでは無いようじゃ。

 何か、何かこいつを殺せる武器はないか。この足では、もはや逃げようがない。

 再び魔物の口が開かれる。


「これでも食らえぃ!」


 儂は手探りにその場にあるものを掴むと、魔物に向かって投げつけた。

 それは一直線に、魔物の口に吸い込まれる。


「ぎゃうん!」


 今にも飛び出そうとしていた蟲玉が、押し込まれる。が、すぐに蟲玉を吐き付けようと息を大きく吸い込んでいる。


「おお! うおおっ!」


 このまま蟲玉の直撃を喰らう訳にはいかん。顔中から針のように蟲が飛出す様を想像して、儂は大声で叫んだ。

 勢いを付けて魔物に突撃する。魔物は目の前に迫っている。右足が動かんくらいなんて事はない。勿論、踏み込んだ足は、想像を絶する痛みに襲われたが。


「おりゃあああっ!」


 魔物から飛び出ている、それ、火ばさみの柄を両手で握る。力を込めれば、両腕は信じられない膂力を出す。


「うおおおっ!!! ぶちまけろいっ!」


 そのまま魔物を持ち上げて、火ばさみの結合部を引きちぎるように開く。魔物の頭部が、口を境にして上下に引き裂かれる。


「どうじゃいっ!」


 魔物を壁に叩きつけた。ぐしゃり、と魔物の四肢が砕かれた音が響く。

 しかし、致命傷には至らんかったようじゃ。というより、線虫を糸にして傷口を縫い合わせている。それで先ほどは入り込んだ鎚が抜けなくなったのか。内部で蟲に巻き取られていたのだ。


「駄目かい! なんか無いのか!」


 本当にどうにかならないのか。いきなりこんな魔物に襲われるなんて、どうなっとるんじゃ。

 儂は絶望に打ち拉がれそうになりながらも、工房中を見渡した。


「……くそうっ。……んっ?」


 部屋を見る目の端が、光るものを捉える。


「なんじゃ?」


 炉の傍、今まで見えなかった奥の方に、見慣れない長剣が立て掛けられている。儂の銘ではない。では、弟子の誰かかと考えるが、直ぐにその考えを頭から消す。

 明らかに弟子達の力量を超えた技で打たれている。儂と同等か、それ以上かも知れん。


 じゃが、今は誰が打ったかなど、どうでも良い。生死の境が迫っとるんじゃ。

 儂は夢中で、その柄を掴んだ。


「なっ!」


 儂の身体に衝撃が走る。

 何故、何故ここまでに馴染む、のじゃ。


「な、なんじゃ?」


 その剣は、まるで身体の一部のように馴染んだ。昔使っていたかのような。


 足を庇うように立ち、剣を構える。


「はあああぁぁぁ!」


 これまで剣は無数に打ってきたが、剣で戦った事はない。客観的に剣を観る為じゃ。


 じゃが。


 力の入る左足を軸に、力を溜める。

 魔物は、今にもとびかかろうとしていたが、剣を持つ儂の気迫に押されたのか、少し怯んだ様子を見せている。


「はあっ!」


 一閃。剣を横に薙ぐ。


「ぐうぅるぅ……」


 魔物は何をされたのか気付かず、儂の方に向かって来ようとする。

 じゃが、身体を動かそうとした瞬間、首が落ちた。切られた事に気が付かず、蟲による接合が行われていない。




 動かなくなった魔物を見下ろし、長い溜息を吐く。


「何なんじゃ……」

「説明しましょうか?」


 と、背後から声が掛かった。

 儂は足の痛みも忘れて、振り返る。


 そこにはミリャトが立っていた。




 何処かで見た事がある様な餓鬼を連れて。

毎週日曜日更新予定です。が、来週も少し短いかも知れません。

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