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第三話『ビトー』(三)

 しかし反逆罪のう。

 職人の子として生まれ、鍛冶しかやってこなかった儂には、正直縁遠い。

 王家との関わりなど、あろうはずもない。職人として名が売れてからは、王国騎士団の武器を受注する事もあるが、それだって文官とのやり取りじゃ。


「これがなんじゃ?」


 ゾイデル審問官が取り出した羊皮紙には、儂の名が書いてあった。

 それはそうじゃろう。ミリャトと交わした契約書じゃ。ゴーレムが使うという大剣の発注が書かれている。

 注文を受けたのじゃから、当然にあるものじゃ。双方、同じものを持っている。


「このミリャトという人物をご存知で?」

「ネルメ殿下の名代と言っておったの。警察隊にも言ったが、儂は武器職人じゃぞ。武器の注文を受けて、作らん訳あるまい」

「ただの武器の製造について、我々は問題にしません」


 ゾイデルは、分かり切った事を、とでも言うように答えた。


「なら、なんで反逆罪なんて話になるんじゃ」

「ミリャト、と名乗る女は、ネルメ元殿下の妾です」


 ゾイデルは直接は儂の質問に答えず、ミリャトの事を続けた。

 ネルメはまだ幼かったような気がするが、まあ、王家ならばあり得るのじゃろう。


「それがなんじゃ」

「ミリャトの出自は謎に包まれています」

「良くまあ、身元も知れぬ女を妾にしたの」

「ネルメの強い希望でした。ですがそれを許したのは、間違いだった」


 ゾイデルは苦虫を噛み潰したような表情をした。

 元とはいえ、王家に連なる者に対する顔ではない。


「ミリャトは自分が寵愛を受けているのを良い事に、ネルメに様々な事を吹き込みました。しかし、ミリャトを通しネルメが王国にもたらした新技術は、悪魔の知識だったのです」


 ミリャトの言っていた、ネルメの革新的な技術のことじゃろう。

 ゾイデルは苦々しい様子でミリャトの事を語る。


 そこでゾイデルは、気分を落ち着けようとしてか、窓の外を見た。

 詰所の窓は少し開き風を通している。じゃが隙間から見える空は怪しい雲行きで、今にも雨が降り出しそうじゃった。


「……悪魔の知識とは?」


 儂は先を促した。


「……本当に知らないのですか? 貴方の打った剣を見せていただきましたよ。あれは人間が扱えるものではない」


 そりゃあそうじゃろう。ゴーレムが振るう前提で打ったのじゃから。


「あの剣が何に使われるか、知っていますか?」

「新設部隊と言っておったのう。なんでも、新技術で創造されたゴーレムだとか」

「ゴーレム?! あれがゴーレムだと?!」


 せっかく気を落ち着けたようだったのに、ゾイデルはまた興奮しだした。


「注文を受けた時に聞いたのじゃ。違うのか?」


 儂は、ゴーレムの実物を見た訳ではない。

 だが、あんな巨大な剣を使うのじゃ。ゴーレムと言われた方が、しっくりとくる。


「あれは魔物だ! ゴーレムが剣を使う?! そんな事あり得ないだろう!」


 ゾイデルは一気にまくし立てた。

 そうは言われても、儂は依頼人の事から聞いた事を言ったまで。それに新技術と言われれば、門外漢の儂では判断が付かん。


「……傭兵組合としては、どうなんじゃ?」


 ノゴリオ副代表は、黙っている。じゃが、儂に説明するように仕向けたのはこの男。ゾイデルと同じ意見なのじゃろう。


「メルカトル隊長。お主は戦場でゴーレムと戦う事もあるじゃろう。そんなにもあり得ない事なんか」

「無いな。あれはゴーレムではなかった」


 メルカトルも認めた。しかしゾイデルとメルカトルの口振りが気になる。


「お主らのその言い方。実物を見た事があるのか?」

「ある。実際に戦った」

「戦った?」


 ゴルガン殿下の親衛隊長であるメルカトルが戦った……。

 それはある一つの事実をあぶり出す。


「ゴルガン殿下になにかあったのか?」


 ゾイデルがメルカトルに非難するような視線を向ける。

 隠さず話せと言うのに。


「それは貴方が知るべき事ではありません」

「儂を納得させるのではなかったのか?」

「…………」

「……ゾイデル審問官。ビトー氏の罪をしっかり認識させましょう」


 ゾイデルが儂を睨む中、ノゴリオが口を挟む。


「別にお主でも良いぞ。知っているのじゃろ?」

「いえいえ、私なんかの口からは話せませんよ。それにこの審問は、ゾイデル審問官の管轄ですから」


 なんかこいつが一番信用ならないかもしれんのう。

 二人は互いにどちらが言うのかと、議論を始めた。


「……もう良い」


 そんな喧騒の中、メルカトルが声を上げた。


「ゴルガン殿下は亡くなった。貴様の言うゴーレムとやらに、貴様が作った剣を使われ殺されてな」


 メルカトルの瞳に、復讐の黒い炎が揺らめく。

 窓の外では、ついに雲が雨粒を抑え切れなくなったようだ。窓を強い音を立てて叩き始めた。


「貴様の剣は見事であった。腕は確かだろう」

「…………」

「だが、これ以上の武器製造は容認出来ない。貴様は、王家を手に掛けた剣を生んだのだ」


 メルカトルの言葉は、有無を言わさぬ迫力があった。

 雨足は強くなり続ける。


「……儂は依頼通りに剣を作っただけじゃ」

「別にそれで構わない。私はゴルガン殿下の仇を取りたいだけだ」


 これまでの探るような言葉の応酬ではない。


「メルカトル隊長!」


 ゾイデルは焦ったような声を上げ、メルカトルを止める。

 儂に向き直って続けた。


「メルカトル隊長が申し上げた事は事実です。しかし、貴方を召喚したこれは正当な審問。私怨ではありませんよ」


 今更な気もするが、どちらにしても儂の答えは変わらない。


「どちらでも良い。しかし、メルカトル隊長殿。仇を取ろうとするなら、そのゴーレムに命じた者を探すのが筋じゃろうに」

「命令した者など居ない」

「居ない? もう処分したと言うのか?」


 だが、メルカトルの顔は達成感とは程遠い表情が張り付いとる。


「違う。ゴルガン様を殺めたのはゴーレム自身の意思だ」

「メルカトル隊長! それ以上は王国の機密に関わります!」


 ゴルガン殿下の死は、遅かれ早かれ民の知るところとなるじゃろう。この場で儂に知られたところで、儂がなにを出来る訳ではない。


「ゴーレムの意思のう……。先ほどのやり取りで分かると思うが、儂は鍛冶一辺倒で生きてきた。ゴーレムについてはほとんど知らんのだ」

「それにしては、随分と見事にゴーレム用の剣を作られていましたが」

「作りは人間用と同じじゃからな。最近、調子も良くて、その大きさを打てる鎚が扱えたのもある」


 儂の言葉に補足するように、メルカトルの隣に座るモールドが言った。


「警察隊から報告が上がってます。それこそ、まるでゴーレムが使う様な鎚だとか」


 最近は腕力にものを言わせて、鎚をどんどんと大きくしていった。今では弟子は誰一人として持ち上げることも出来んはずじゃ。

 ゴーレム用の剣を作るには、より大きい面積を打てる鎚の方が都合が良かった。


「ふん、職人としてより良い剣を作る為じゃ。分かってもらおうとも思わん」

「……職人、職人、職人、職人! そう言えばすべて許されると思っているのか!」


 モールドは儂に向かって吼えた。その顔は狂気のような表情を張り付かせている。


「職人が職人と言って何が悪い! お主らがゴルゴン殿下を守る為ならば人間をいくら殺しても構わないと思っておるのと、同じ事じゃ!」

「貴様っ!」


 儂じゃって気持ち良く自分の作った剣を使ってもらいたい。じゃが、所詮は人を殺す凶器。どう使おうが、人の命を奪う事以外には使われなかった。


「まあまあ」


 ノゴリオ副代表が仲裁に入ろうとする。じゃが、お前だって同じようなものじゃ。


「お主だって変わらん。傭兵なぞ大した理由もなく人を殺す代表格じゃろうが」

「なんですって!」


 いかん。儂の切れやすい性格が出てしまっとる。じゃがこうなっては自分を止められん。


「別に儂の咎を許してもらおうなど、思ってもおらんわい! 儂は人殺しの武器を作る事に命を賭けておる! その事に文句を言われる筋合いはない!」


 突然、窓に雷光が輝く。豪雨となった外は、すでに一歩先も見通せないほどだ。


 メルカトルが静かに言った。


「……そうだろう。誰も貴様を咎める事は出来ない。先ほども言った通りだ。私は憂さ晴らしに貴様を罰したいだけなのだ」

「……話にならん。おい、ゾイデル諮問官。儂は帰らせてもらうぞ」


 ゾイデルが、メルカトルに強い非難を込めた眼差しを向ける。


「許可出来ません。貴方には聞かなければならない事があるのです」

「だから、それはなんなんじゃ! さっきから一向に話が進まん!」

「とにかく、ゴルゴン殿下が殺害された事はお分かりになりましたね。今更ですが、私はその事件を調べているのです」

「じゃから、儂は剣を作っただけじゃ。何を聞かれようが、知らん」


 ゾイデルは、メルカトルとモールドに落ち着くように目線を送ると、儂に向かって続けた。


「作ったのは、剣だけですか? 貴方の言うゴーレムについてはなにか?」

「何度も言うが、ゴーレムについては素人じゃ。ミリャトに聞いただけにすぎん」

「そのミリャトは?」

「半月ほど前に、鎧蜥蜴を狩ると言って旅立っていったわ。確か傭兵組合と一緒じゃなかったかの」


 ノゴリオは成り行きを見るように儂とゾイデルの間に視線を漂わせていたが、水を向けられて口を開いた。


「ミリャトが傭兵組合に接触してきた事については、報告を受けています。ですが、組合がその討伐に傭兵を派遣した事実はありません」

「じゃあ、誰と行ったのじゃ。そもそもミリャトは傭兵出身と言っておったぞ」


 その言葉に反応したのはゾイデルだった。


「……ノゴリオ副代表、それは本当ですか?」


 ゾイデルがノゴリオを睨む。

 ノゴリオはうっすらと額に汗を滲ませている。


「……半年ほど前か、一時的にミリャトが傭兵組合に所属した痕跡はありました。ですが、なにか仕事をした記録は無かった」

「その記録は後で拝見させていただきます」


 ゾイデルはノゴリオを一瞥すると、改めて儂に顔を向けた。


「さてビトー氏に聞きたい事ですが、端的に言って、ミリャトという人物の情報です」

「依頼主であるネルメ殿下の名代じゃな。それ以上の事は知らん。会ったのは発注の時と、最初の納品の二回だけじゃ」

「ネルメは半年前のマイン領粛正から帰還後、政務を行っていません。その注文はどこから?」


 大敗を喫した、マイン領戦争。王国騎士団の多くが死んだと聞く。


「ある日、ミリャトが直接儂の工房に来たんじゃ。ネルメ殿下とはもちろん会っとらん」

「どうやってミリャトが名代だと確認したのですか?」

「王家印を押された委任状を持っておった。王国騎士団の装備を受注する際にも同じもんを見ておる」


 工房で注文を受ける際には支払い能力を担保する為にも、真の発注元を確認する。王家印はもちろんその最上級じゃ。


 じゃが、ゾイデルは妙に衝撃を受けている様子じゃった。口の中で、ありえないだの、偽造は不可能じゃの言っておる。


「とにかく、その委任状で王家の依頼であると確認したんじゃ。寧ろ断れんじゃろうが。最優先で剣を作ったわい」


 本当は騎士団の装備注文が激減したので、暇を持て余していたが。


「……今のミリャトの所在は?」

「知らん。さっき旅に出たと言ったじゃろう」


 ゾイデルは落胆し、ここも駄目か、と小さく呟く。儂への興味はなくした様子じゃった。


「それじゃあ、儂は帰って良いかの」

「駄目だ」


 じゃが、メルカトルがそれを阻んだ。


「……お主の無念も分かるが、儂にはどうにも出来ん。剣に罪は無いはずじゃろう」


 先ほどはああ言ったが、メルカトルも儂の言いたいことは分かるはずじゃ。王家の剣となり、盾となるべく親衛隊を率いているのじゃから。その矛先は常に王家、ゴルゴン殿下の反対を向いてるはずじゃ。その方向がどこかは知らんが。


「貴様にはミリャトを釣り出す餌になってもらう」

「さっきと言ってる事がちょっと違わんか」

「ミリャトについてなにも知らないのなら、そう言った使い方をさせてもらう」


 メルカトルの瞳に光はない。窓の外と同じ、漆黒の暗闇が覗いている。


「……メルカトル殿。どうすれば、気が済むんじゃ」


 先ほどから、メルカトルの言動は一貫していない。

 儂はなにか薄ら寒いものを覚えつつ尋ねた。ゾイデルは既に次の行動を考えている様子で、儂とメルカトルの会話に入ってくるつもりは無いようじゃ。


「私はゴルゴン殿下の仇を討つ、それだけだ。ミリャトは今最も怪しい人物である。この女を捕まえる事は最優先事項だ。しかし、ゴルゴン殿下の命を奪ったゴーレムと、それが使った剣をこの世から抹消したい」

「じゃから剣に罪は無いと……」


 しかし、メルカトルは儂の言葉を遮って言った。


「罪があるか、などどうでも良いのだ。……貴様にはミリャトへの餌として生きていてもらわなければ困る。だが、同時に貴様を殺したい」


 殺したいから殺す、なんて横暴が通るのであれば、法など必要ない。

 儂は真意をただそうとのぞきこむが、メルカトルの眼は、外の大雨のように先が見えない闇に覆われている。

 メルカトルとモールドは、睨めば殺せるとばかりに儂に殺意を込めた視線を向けている。


「腕で良いのでは?」


 相変わらず一歩距離を置いていたノゴリオが口を挟んだ。その瞳には意地の悪い輝きが生まれている。


「……腕?」

「ビトー氏は、腕の良い職人だった。あ、これは掛けている訳ではありませんよ」


 ノゴリオの乾いた、場違いな嗤いが室内に響く。


「腕が良すぎた為に、ゴルゴン殿下を殺し得る剣が、ゴーレムに渡ってしまったのです。その元凶足る腕を奪ったらいかがでしょう」


 職人としての存在意義は、自らが培ってきた技術にある。それが最も蓄積しているのは、もちろんその腕じゃ。

 鉄の状態を、鎚を打つだけで完全に見切る感覚を、腕には覚え込ませている。


「そもそも、ゴルゴン殿下を殺害した剣を作った、それだけで貴方を極刑に送る事は難しいんですよ。いくら何でも乱暴過ぎる」

「そんな事は、お主に言われんでも分かっとるわ!」

「……しかし、命を奪わない程度であれば、ゾイデル審問官も目をつぶるのでは?」


 ノゴリオはゾイデルを見る。


「ビトー氏にこれ以上聞くことはなさそうですしね。私はなんでも構いませんよ」


 儂の頭は混乱した。急に皆が常識を無くしたように話を進めている。

 所詮儂は一般人ではあるが、ここまで人権が無いこともないじゃろうに。


「……お主ら、なにを言っておるんじゃ?」

「なんでも良いと言ったんですよ。貴方にもう必要性は感じません。ミリャトの餌として以外はね。生きてさえいれば、利用価値に遜色はないでしょう」


 皆の瞳にもやがかかったように、光沢が失われている。


「おい! お前らしっかりしろ!」


 しかしノゴリオとゾイデルは、儂を無視して続けた。


「メルカトルさん、いかがですか?」

「少しは私の溜飲も下がるというもの。では、ビトー氏の両腕をいただく」

「なっ……!」


 儂は絶句した。操られたかのように、皆の顔が一斉に儂を正面から見据える。


 その表情には、意思を感じられない。仮面を貼り付けたようだ。

 先ほどまで強烈な殺意を差し向けていたメルカトルとモールドも、虚ろな瞳で儂を見ていた。


 なにかがおかしい。儂は逃げようと腰を上げようとする。

 しかし突然会議室の扉が開け放たれ、衛兵がなだれ込む。抵抗する儂は、控えていた衛兵に拘束された。

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