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第二話『ゲイル』(一)

一部文章を修正いたしました。

 昨日の野営で小便に行ってから、首筋が痛い。寝違えちまったんか。

 しかし、そんな違和感は野宿で硬くなった身体を解していると、すぐに無くなった。むしろ調子が良い位だ。


 体操をしていると、隊長から声が掛かった。


「何時までぼうっとしてやがる。早く出発の準備をしろ!」


 分かってるっつうの。何かにつけて威張りやがって。


「……了解」


 周囲には、俺と同じ様に不満気な表情で準備を始めている傭兵達がいる。


 俺は風除けに使っていた外套を片付けながら、装備の点検をする。俺の命を預ける相棒だ。念を入れ過ぎる事は無い。

 ただ、今日の相棒達はちょっとばかり様子が変だ。というよりなんか別物みたいだ。

 ぱっと見は何時もの装備なのだが、何かが違う。


「まあ、いつもより馴染んでるから、使い慣れたってことだな」


 何時死ぬか分からない傭兵業で、細かい事なんて気にしてられねえ。

 使い込むと身体の一部みたいになってくるって前に先輩傭兵が言ってたから、そういうことなんだろう。


「俺も一皮剥けたっつうことか」


 何とも言えない嬉しさが込み上げてくる。

 気分良く鎧を身に付けていると、隊長が大声を上げた。


「おらぁ、出発だっ」


 行軍荷物を背負い、隊列に並ぶ。

 いつもより軽く感じる。やっぱり今日は調子が良い。


「昨日は野犬が騒いでたらしいぞ。何か食い荒らしてたとか」


 隣を歩く傭兵仲間が話し掛けてきた。


「野犬ねぇ。見張りは如何したんだい」

「何かの骨を咥えてたらしいが。腹も一杯で襲って来なかったみたいだ」


「動物の死体でもあったんか。まあ、魔物でもねぇのに起こされずに済んで何よりだ」

「違えねえ。これから戦争だってのに、くだらねえ事で疲れたくはねえな」

「そういう事だ。そら、隊長にどやされる前に黙れよ」


 無駄話は終わりだ。

 後三日もすれば戦場に着く。それまでは何も無いに越した事はない。




 それからは本当に何も無かった。

 妙に疲れない事と野営の際何故か暗闇を見通し易かった事を除けば。


 傭兵稼業なんてものに夢なんて無いが、戦争で武勇を挙げれば相当の褒賞が期待出来る。

 今回の戦争は地方貴族同士の小競り合いである為、大した規模の戦闘にはならないだろうが、その分大した傭兵も集まらねぇ。この部隊の隊長だって、普段であれば俺と同じ様な一兵だろうよ。

 俺たちの付いた貴族はあまり良い噂は聞かないが、金払いはすこぶる良いらしい。場合によっては隊長を飛び越えて活躍してやる。


 戦場である平野に着くと、反対側に同じ様な傭兵集団が隊を作っている。

 思ったより少ないみたいだ。百人近くいる俺達に対して、六十人位か。


 俺たちの前にもいるが、先頭には貴族直轄の騎士団が数十人で並んでいる。

 彼奴らは別の世界の住民だ。俺らが直接相手をする事は無いだろう。騎士は騎士同士でやり合うのが良い。

 下手に誉れの騎士を殺して、抱えてた貴族の恨みを買いたくはない。次はその貴族に付くかもしれないのだ。


 俺は同じ傭兵を殺して殺して殺しまくるだけだ。


 ノビ平野と呼ばれるこの土地は、ここら辺一帯の貴族が揉め後を解決される際に使われる。

 王国は広く、他にも平野なんて山ほどあるが、普通は耕されて畑になっている。

 戦争とはいえ所詮は貴族同士のごたごただ。下々の諍いで畑を潰して、国力を削ぐ訳にゃいかねえ。


 只でさえ、この間王都近くの村々が壊滅する事件が起きたばかりだ。これ以上生産力が落ちることを王国が許すはずがねぇ。


 あの事件については、この戦争が無くなっちまうかもと懸念したが、貴族も準備を進めていたから今更止められないのだろう。傭兵の俺達からすれば食い扶持を奪われずに済んで助かった。


 そんな訳で、ノビ平野は幾度もの戦争が行われてきた地だ。幾人もの先輩傭兵の血を吸っている。

 明日は我が身とも思う所だが、正直恐怖は無い。こんな商売をやっていて、死ぬのが怖いって奴もいないだろう。

 何もしなけりゃ殺されなくても食うに困って死ぬんだ。一思いに死ねるだけ、戦って死んだ方がましな位かもしれない。




 騎士団同士が名乗りを始める。貴族の名代として云々。双方が名乗り合うと、戦いだ。


 俺たちの仕事が始まった。鬨の声を挙げ、二つの傭兵団がぶつかり合う。











 違和感はあった。三日程前からか、身体の調子がすこぶる良いのだ。良い事と看過していたが、実際に剣を振るうと、まるで自分の身体じゃあないみたいだ。

 相手の動きが遅く感じる。開幕の弓矢は苦もなく避ける事が出来、近づいて斬りつければ、吸い込まれる様に相手の身体を両断する。

 血糊を拭いながら、自分自身が呆気に取られた。


「何だこりゃあ」


 今迄、こんな感覚は無かった。正しく蹂躙だ。

 相手が弱すぎる訳じゃねえ。今、袈裟掛けに斬り殺した奴も、昔から知っている傭兵仲間だ。結構腕が立つ奴で、酒場の喧嘩でもあまり勝った記憶はない。


「おい、ゲイルッ。如何したんだ、お前」


 俺の名前を呼んだのは、連む事の多い傭兵の一人だ。野犬の事を言っていたのもこいつだったか。


「分かんねぇ。身体が嘘みてえに軽く動くんだ」


 応えている間にも、目の前の敵が長剣を突き出してくる。


 普段は剣の腹を叩いて軌道をずらすが、のろ過ぎてそんな事も必要無い。

 僅かな籠手の隙間に剣の先を差し入れ、指を切り落とす。痛みに振れた剣先は、既に間合いに入り込んだ俺の脇腹に作った空間で、宙を切っている。

 そのまま突っ込んできた相手の身体をすれ違い様に切り捨てた。鎧の隙間を通し、背骨を砕き斬る。


「何だその動きは。てめえがそんなに強い訳ないだろうがっ」

「だから解んねえんだって。今日は調子が良いみてえだ」

「調子くらいでそんな事出来るかよ。……ゲイル、お前何かやってんのか」


 こいつが言っているのは、魔物薬の事だろう。人間の数倍の力が出る代わりに、数時間で廃人になっちまう。

 勿論、御禁制だ。


「こんなちんけな戦争で使うかよ。と言うか幾らするか分かってんだろ。手を出したくても出せねえよ」

「でもよ。まるで別人だぜ。何処かの英雄様みたいだ」

「良いじゃねえか、英雄。今日の武勲は頂きだぜ」


 話している間にも、何人も斬り殺す。

 本当に調子が良い。


 暫く活躍を続けていると、前の方が騒がしくなった。敵味方問わず、逃げる様に散開し始めている。


「如何したんだ?」


 目の前の敵を捌きながら、前方に注意をやる。混乱の中心に巨大な鎚を構えた巨体が見える。


「ありゃあ、ゴーレムか」


 こんな戦争に、随分な戦力を投入してきたものだ。


 貴族同士の戦争は、王国の定めた法に則って行われる。戦争の規模を抑え必要以上の被害を出さない為と、貴族の保有戦力を王国の管理出来る範疇に収める為だ。


 そんな中でゴーレムは、法に触れるか微妙な線の代物だった。


 王国では、魔物の戦力化は認められていない。ゴーレムは命令された事を行うだけであり、魔物ではないかもしれないが、必要以上の戦力を持たせたくない王国としては、魔物として線引きしている。

 ただし、一から造られたものは、貴族達の所有物と言う側面もあり、黙認しているのが現状だ。


「通りであっこさん達、数が少ねえ筈だ」


 造れば良いとはいえ、そんなに甘い話はない。ゴーレム作製は超高等技術だ。要は金が掛かる。傭兵まで金を回せなかったのだろう。


「隊列を組み直せっ。すばしっこい奴ら中心で脚関節を狙うぞ!」


 隊長の怒号が響く。一対一でどうこう出来る相手ではない。素早さに自信のある傭兵達が突貫を始める。俺も波状攻撃の為、後に続いた。


 ゴーレムが力任せに大鎚を薙ぎ払う。先行した傭兵二人が突撃の勢いを殺し切れず射程に入ってしまった。

 咄嗟に長剣と腕で庇うが、衝撃は農耕牛の突進を軽く上回っている。腕が拉げるだけに止まらず、脇腹から背骨に掛け致命的な打撃が入った。


 しかしながら俺達も、伊達に傭兵稼業をやってねぇ。続く二人の傭兵が、ゴーレムが大きな鎚を取り回している内に、足元に肉薄した。

 石を叩き割る様な音が響き、ゴーレムの脚関節に長剣が突き刺さった。

 距離を詰められた事を理解したゴーレムは鎚を手放し、握り拳を足元の傭兵に振り下ろした。

 巨石の直撃を受けた傭兵は頭部が身体にのめり込み、瞬間で息絶える。


「近くに創造者が居るぞっ」


 続く拳戟を回避した、もう一人の傭兵が叫ぶ。


 ゴーレムは創造者の単純な命令しか受けられない為、戦況に合わせた動きはしがたい。

 獲物を手放しての攻撃なんて、命令の上書きが行われたに違いなかった。


「そんな馬鹿な事があるか。創造者がこの程度の戦場に出て来るなんて……」


 創造者は技術職だ。命の危険がある戦場に出て来る事は少ない。国を挙げた戦争なら未だしも、地方貴族の小競り合いに参加するとは思えなかった。


 隊長も同じ思いだったようだ。


「たまたま大鎚がすっぽ抜けたんだろう。脚が潰れている内に、波状攻撃を掛けろっ」


 機動性の潰れたゴーレムへ、背後に回り込むように仕掛ける。

 今度は俺を含む力自慢の出番だ。


「おらあっ!」


 ひびの入った脚関節や、比較的脆い腕関節に剣戟を加える。本当であれば打撃性の武器が望ましいのだが、今回の戦争は対人を想定していた為、準備が無い。


 それでも調子の乗っている俺は効果的な攻撃が出来ていた。

 腕関節に入った一撃が、ゴーレムの右腕を吹き飛ばす。


「腕を飛ばしたぞ!」


 自分の武勲を示しつつ、仲間に発破を掛ける。先程までの傭兵相手と同じく、ゴーレムの動きは遅く感じた。


 このまま押し込んでやろう、と周囲の仲間と追撃を加えようとした瞬間、ゴーレムが傭兵の一人を蹴り上げた。身体中の骨が拉げ、襤褸屑の様に着地する。


「なっ!? 再生が早過ぎる……。一旦距離を置けっ」


 通常、一回の戦闘中にゴーレムの四肢が再生する事はあり得ない。近くに創造者が居ても無理な速さだ。

 戸惑っている間に、更に二人が潰される。


「もう一度、脚関節を破壊しろってのかっ!」


 先程生き残った素早さ自慢が青い顔で叫ぶ。


「鎚が無い状態では、隙が無さ過ぎる。距離を取りつつ、放って置くべきだっ!」


 機動力の無いゴーレムは、遠くで気を付けてりゃ、岩の塊の様なものだ。近づかなければ、戦況に影響が出る程の被害は出ない場合がある。

 そうであれば遠距離から撃破しちまえば良いとも思うが、ゴーレムの装甲では弓じゃ足りねえ。弩が必要だ。


「弩は?」

「これ位の戦争で、準備してると思うか。採算が合わねぇよ」

「やっぱり放置が一番か……っ!」


 轟音を上げて何かが飛来した。今日の絶好調がなければ直撃していただろう。

 石だ。拳大の石ころが飛んで来やがった

 当たっていたら只では済まない。事実、身体で受け止める事になった隊長は下半身しか残ってない。


「何だぁ、ありゃあ」


 ゴーレムがそこら辺に転がる石や、自分の腕の欠片を拾い、残っている腕で手当たり次第に投擲している。まるで大砲でも相手をしているような、猛烈な石つぶてだ。


 命令の上書きなんてものじゃない。まるで意思を持っている様だ。


「やばいぞ、こりゃ」


 俺は超人的な身体能力で石を避ける。ただ他の傭兵はそうはいかない。一人、また一人と投擲の餌食になっていく。

 ここらにどれだけ石があるか分からないが、俺達の被害が大きい。


「このままじゃ、全滅だ」


 戦争は、傭兵達がお互いに潰し合って時間を稼ぐ内に、騎士団同士の決闘で勝敗が決まる事が多い。

 傭兵は、装備が桁違いに良く、倒しても貴族の恨みを買うかもしれない騎士ではなく、後腐れの無い同胞を積極的に狙う。

 一方で騎士は己の騎士道に則った戦いを好む。

 ただ、数の暴力というものもある。あまり無い例だが、片方の傭兵が多数生き残ると、騎士団でも手に負えない。

 俺の付いた貴族は金の使い所が良く分かった奴らしく、騎士団の装備は素晴らしいものだ。おそらく騎士団同士の戦いは負けないだろう。

 しかし俺達傭兵が全滅とあれば、撤退を余儀無くされるかもしれない。

 そもそも騎士団でさえ、あのゴーレムを倒せるのか怪しい。

 負けてしまえば、生き残っても傭兵に支払われる褒賞も僅かになる。だからこそ必死に戦うのだ。


「こんな規格外のゴーレムを出してくるなんてな」


 相変わらず身体の動きが良い為、俺は投擲を回避出来ているが、傭兵の数が逆転し始めた。

 対ゴーレムの定石が効かないのだ。更に隊長を失った事で、烏合の衆になっている。


「一か八か戦ってみるか。今日の調子ならやれるかもしれねぇ」


 俺は覚悟を決め、石を回避しながらゴーレムとの間合いを詰める。


 うまく倒せば大金星だ。


毎週日曜の深夜、投稿予定です。

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