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第三話『ビトー』(二)

 儂は最初に納品する百本の巨剣を、ミリャトが指定した倉庫に運んだ。王都にある騎士団の近くに大きな倉庫を借りているらしい。

 輸送は馬車で二十往復。かなりの時間が掛かった。


「素晴らしい出来ね」


 ミリャトは剣を眺めて、うっとりとした表情を浮かべている。

 こんな、出るとこは出ているとはいえ、華奢な女が、剣の良し悪しなぞ解るだろうか。


 だが、確かに自信作ではある。調子が良かった事もあるが、こんな大きさの剣は初めて打った。

 特に中の鉄芯は、渾身の強度だ。使うのがゴーレムであれば、そこら辺の家くらいならば、苦もなく吹き飛ばせるだろう。


「ふふん、そうじゃろう」

「外見からでも、芯が太くて硬いのが伝わって来るわ。ゴーレムなんかに使わせるのが、もったいないわね」


 ミリャトは上気した顔で、甘い息を吐く。瞳と口元が、妖艶に濡れていた。


「わ、儂は王都いちの鍛冶職人じゃぞ。当然じゃ」

「それに早かったわね。まだ、ひと月というところじゃない」


 ミリャトはだから言ったでしょう、と言わんばかりに、微笑んだ。確かに三月も掛からないと言い出したのは、この女じゃ。


「うむ、注文を受けてから調子が良かったのう。正直、ここまでのものがこんなにも早く打てたのは、初めてじゃわい」


 疲れもほとんど感じず、寝ずに打ち続けていた日もあった。日によっては、交代で相槌を打っていた弟子達が全員ぶっ倒れた為に、やむなく休んだ事もあったほどだ。


「さすがは王都を代表する鍛冶ね。ビトーさん、この調子で残りもお願いね」

「任しておけい。……と言いたいところじゃが、材料が底を尽きかけておる。お前さんの方で、鉄の確保は進んどるか?」


 儂も伝手を頼りにかき集めているが、最初の百本が予想よりも早く仕上がった為、輸送が間に合っていない。

 鉄の材料になる鉄鉱石は、王国の北方、赤山地域まで行かなければ発掘出来ん。

 さらに、流通の要であったマイン領が先の反乱で混乱してしまっている為、物の動きが遅くなっている事も重なった。


「ネルメ殿下の影響力が思った以上に落ちていて、予定量の鉄鉱石が確保出来ていないのよね……」

「少し生産速度を落とすかのう」


 今の調子の良さに乗って続けてしまいたいところじゃが、打つものがなければ話にもならん。

 だが、ミリャトは少し考える仕草を見せると、悪戯めいた微笑を浮かべて言った。


「……ふふ。ビトーさん、鎧蜥蜴ってご存知?」


 山岳地帯で出現する、魔物の一種だ。武器製造に携わる者として、ある程度の魔物の知識はある。

 確かその名の通り、鎧をまとったように外皮が硬い巨大な蜥蜴だったはずだ。


「魔物じゃろう。むろん、戦った事などないがの」

「そうよ。あれの外皮って、鉄鉱石に良く似てないかしら?」


 実際に見た事はない。傭兵どもの話に聞くだけだ。


「直接、見た事はないのう。しかし、魔物の皮を材料にか……?」

「材料探しのついでに、傭兵組合に繋ぎをつけてるの。ビトーさんも一緒に行く?」

「一緒に? お前さんも行くのか?」

「ええ。今でこそネルメ様のもとで働いてるけど、元々私は傭兵なのよ。魔物退治は得意分野だわ」


 なんと、この美人は戦いの世界に身を置いていたのか。儂は素直に驚いた。

 ミリャトは儂の驚嘆に、喜色を浮かべて言った。


「人を見た目だけで判断しない事ね」


 間違いなく、着飾って王宮にでもいた方が似合うと思うが、確かに出会ってから立ち振る舞いに隙がない。


「そりゃ悪かったの。儂は鍛冶一辺倒だったからの」

「それで、一緒に行く?」


 ミリャトは妙に積極的だ。

 しかし魔物と戦った事もない一般人が、魔物退治について行って、邪魔にならないだろうか。


「……いや、魔物など戦った事もないからのぅ。待って作業を少しでも進めとこう」


 ミリャトは、あからさまに落胆する。なにか悪い事をしちまった気分だわい。


「そう……、残念ね。分かったわ、じゃあ少し王都で待っていてちょうだい。鎧蜥蜴の外皮を確保して、戻って来るわ。すぐに生産に入れるように、準備しておいてね」

「任しておけい」


 それから三日後、ミリャトは旅立って行ったようだ。北部の赤山地帯は、どんなに早くても往復でひと月は掛かる。

 儂はその間、王都で材料を集めつつ、作業を進めるとしよう。




 だが、半月もせず、事態は思わぬ方向に動いた。


「ネルメ殿下が流刑!?」


 その日も儂は工房で、剣を打っていた。

 そこに一番弟子のドガーが、ネルメ殿下の報を持ってきた。


「は、はいっす! 大通りに、お触れ書きが出てたっす!」


 儂は工房を飛び出し、大通りに急ぐ。

 通りの一角に人だかりが出来ていた。

 確かに、ネルメ殿下流刑のお触れが出ている。


「王位継承権の放棄じゃ足りんかったか。先の大敗は、かなりのもんだったんじゃな」


 王族の流刑など、死刑に近い。ひと思いに死ねない分、余計たちが悪いかもしらん。


「ミリャトが戻るまであと半月はあるのう……。どうしたもんかの」


 基本的に前受けで代金を受け取っていた為、工房に損失はほぼない。

 先に納品した剣、百本分がある為、現時点ではむしろ黒字だ。

 だが、ミリャトの背後がなくなれば、今後の金払いは難しいだろう。これ以上、生産を続ける訳にはいかなかった。


「しょうがないの。この件はしばらく中止じゃ。ミリャトが戻ったら相談しよう」


 ミリャトがネルメ殿下派閥だからと言って、王都に戻ってすぐ拘束される事もあるまい。

 だが、注文はもう白紙だろう。


「残念じゃ。さらに精度の高い精錬が出来そうじゃったのにの」


 儂も半月、遊んでいたわけじゃない。

 さらに硬度を高める工程を模索していた。そしてそれは形になりつつあったのじゃが。


「親方の鍛冶は、もう神の領域っす! 俺らじゃもう相槌も打てないくらいっす!」

「ばかやろうっ! しっかり精進しろや!」

「は、はいっすーー!」


 この遣り取りも、恒例になりつつあった。


「おら! 戻んぞ!」


 儂はドガーをぶん殴ってから、工房に戻った。




「……なんじゃ?」


 工房に戻ると、何やら騒がしい。

 入り口を屈強な男達が、塞いでいた。

 男達は全身を鎧で固め、物々しい気配をまとっておる。


「おい! お前らなんじゃ!」

「あ! ビトーの親方!」


 男達越しに、弟子達が心細げな目でこちらを見ている。

 毎日のように、巨大な鎚を振り回しているのだから、目の前の男達にも負けない膂力はあるはずじゃ。そんな怯えんじゃない。

 ドガーもそうじゃが、どうにもうちの奴らは胆力というもんが足りん。


「まったく、何をやっとるんじゃ……」


 儂は額を押さえて、男達に向いた。


「それで、なんなんじゃ? お前さん達は」


 男達の頭らしき男が、儂の前に出る。


「我々は王都警察隊だ。この工房の代表か?」

「そうじゃ。儂が棟梁をやっとる」


 男達は、確認するように顔を見合わせる。


「この工房には、王家への反逆罪の疑いが掛けられている」

「……は?」


 儂は自分の耳を疑った。お世辞にも王家への忠誠心がある訳じゃないが、生まれてこのかた反逆なんて考えた事もなかった。


「なにを言っておるんじゃ、お主ら」


 だが警察隊は、儂の話など聞こうとしない。


「抵抗せずにおとなしく拘束されるんだ。貴様には追って沙汰がある」


 職業柄、脛に傷を持つ輩との付き合いはある。そいつらが警察隊に捕まった時点で、通常弁護の余地はない。

 つまり有罪確定じゃ。


「ちょっと待て! 理由を、罪状を教えろ!」


 聞く気を持たない男達に、つい声を荒げる。


「反逆罪だ」

「その反逆の内容じゃ! 儂らがなにをしたっちゅうんじゃ!」

「王家に仇なす者達に与していただろう。証拠も上がっている」


 仇なす者。記憶にない。


「誰の事じゃ?! 儂ゃ知らんぞ!」

「第三王位継承権を持っていた元皇太子であるネルメだ。奴が流刑になった事は知っておろう」


 知ってはいる。まさに今、お触れを見てきたばかりだ。


「……あの武器の注文か?」


 最近でネルメとの関わりがあるとなれば、それしかない。


「ふん、やはり分かっておるようだな。そうだ。武器はすでに押収している」

「あれは確かにネルメ殿下からの注文じゃが、儂らは注文を受けて作っただけじゃろ! 職人なんじゃから、注文を受ければ作るに決まっとるだろうが!」


 作った武器が犯罪に使われたからと言って、一々罪にされていたら、仕事にならない。

 山賊が儂の剣を使ったからと、儂まで罰を受けていては、武器職人としての仕事がままならないではないか。


「事は知らなかったでは済まされん!」

「知らんもなにも、新設部隊の武器じゃろ! 反逆もなにもあるかい!」


 儂の怒号にも、警察隊の男達は怯むようすも見せない。


「なにが新設部隊だ。あのような悪魔の仕業に手を貸しやがって」


 後ろに居る隊員の一人がつぶやく。悪魔の仕業とは、なにを指しているのだろうか。


「なんじゃ! 言いたい事があれば、はっきり言わんかい!」


 その男に向かって怒鳴る。男は儂を睨みつけながら、吐き捨てるように言った。


「あの事件で何人が犠牲になったと思っているんだ! お前らは武器を作って満足かも知れないが、王国騎士団は……」

「おい! それ以上は言うな!」


 隊長らしき男が、喚く男を遮る。

 騎士団が犠牲に、とはどう言う事だろうか。儂の武器はなにに使われたのじゃ。


「とにかく、おとなしく連行されるんだ。ここで事を荒立てたくはあるまい」


 弟子達が不安気な表情で、儂と警察隊を交互に見ている。

 警察隊は帯剣の柄に手を掛ける。

 ここでやろうと言うのか。その有無を言わさぬ行動が、事の重大さを表している。

 儂がどう言ったところで、状況は変わらぬらしい。


「……分かった、ついて行こう。ただし、弟子達には手を出すなよ」


 儂は剣呑な目で警察隊を睨む。

 隊長格の男が頷いた。


「分かれば良い。俺達も無駄な争いはしたくない」


 いきなり押し掛けて、とは思うが、確かに男達は抜刀しなかった。信じるしかあるまい。


 儂は手錠を掛けられ、警察隊の詰所まで連れて行かれた。




 詰所では数人の男達が待っていた。

 身に付けている鎧は、丁寧に磨かれており、装飾も素晴らしい。かなり上の身分のお方々じゃろう。


「まあ、座ってください」


 会議室のようなところに案内され、中央の代表らしき男が椅子を勧めてきた。

 大きな机が中央に置かれ、入口と反対、儂と向かい合うように五人の男達が座っている。

 儂は男に従い椅子に腰掛ける。まるで諮問を受けているようじゃ。

 警察隊に連行されたのじゃから、間違いではないが。


「……まずはこれを外さんかい」


 儂は付けられたままの手錠を、これ見よがしに上げる。


「すみません、規則でして。疑いが晴れれば、もちろん外させていただきます」


 男は、薄い笑みを顔に貼り付けて答えた。

 丁寧に言うが、まったく儂の言葉を聞く気がない様子だ。


「ふん。これでなにも無かったら、お主ら覚悟しとけ」


 儂の言葉に、端に座る若い見た目の男が気色ばむ。まだまだ青いのう。


「いいえ、相応の確信を持って貴方をお呼びしています。なにも無い事はないでしょう」


 代表格が、若い男を目配せだけで黙らせながら言った。中々に場数を踏んだ男のようだ。


「では改めて、自己紹介からにしましょうか」


 儂は男を観察する。

 歳の頃は四十ほどか。身に付ける鎧が、他の者に比べて格段に良い。磨かれた胸当は鏡のようになり、儂の虚勢を張った顔を映している。

 身体はあまり鍛えているとは思えない。頭で上がってきた人間じゃろう。

 顔の作りはいたって良く、若い頃はさぞかし女に人気があっただろう。

 それだけでも、嫌悪の対象じゃ。


「私は王国審問官のゾイデルと言います。審問官と言うのはご存知ですか?」


 赤子に諭すような言い方も気に喰わん。


「ふん、ろくなもんじゃあるまい」

「そう構えないで下さい。確信がある、とは言いましたが、この場で貴方を救えるのは私だけなのですよ?」


 その口振りが余計に儂を頑なにしておるのが、この男には分からんのじゃろうか。

 儂が黙っていると、納得したと勘違いしたのだろう。男が続けた。


「審問官は現行犯ではない犯罪の、調査及び尋問を任されている王家直轄の機関です。まあ、すべての犯罪に出てくる訳ではありませんよ。私達は忙しいですからね」


 いちいち自分を上げないと喋れんのか、こいつは。


「ですが、今回は王家への反逆罪ですからね。審問官である私が、わざわざ、出てきました」

「わざわざ、無駄な時間を使ってもらって申し訳ないの」

「……」


 ゾイデルは儂の言葉には答えず、眼が飛び出んくらいにひん剥きながら、睨み付けてきた。

 冷静な口調の割に、沸点が低いの。


「……後悔しますよ」

「なにをじゃ? お主がしっかりと職務を全うして、儂の冤罪を晴らしてくれりゃ良いのだ」

「はっ。……職人風情が」

「なんじゃと!」


 儂が声を荒げる。じゃが、ゾイデルの隣に座る男が間に入ってきた。


「ゾイデル審問官、それくらいにして貰えるか。話が進まん」


 座っていても、巨漢である事が分かる。全身を鎧に包まれながら、首の太さから、その奥にある体躯は筋肉の塊である事が、容易に想像出来た。

 瞳には黒い揺らめきが見える。なにか強い決意のようなものを感じる。


 ゾイデルと違い、この男はその武でのし上がってきたのじゃろう。

 このような男が使う剣を打ちたいものじゃ。


「お主は?」

「メルカトルだ。ゴルガン殿下の親衛隊長だ」


 ゴルガン殿下と言えば、第一王位継承権を持つ皇太子だ。


「横にいるのは、同じく親衛隊のモールド」

「モールドだ」


 先ほど気色ばんだ男だ。メルカトルと同じく、良く鍛えられているが、少し歳が若いようじゃの。

 続いて、ゾイデルを挟んでメルカトルの反対に座る男が手を挙げた。


「では、私も。王都傭兵組合の副代表をしています、ノゴリオです」


 傭兵組合まで出てくるとはのう。表も裏もあるこいつらは、あまり王家に近い者とは、行動を共にしないもんじゃが。


「おんしは?」


 儂は端に座る男に水を向けた。

 男は大きな帽子を目深に被り、その表情が伺えない。


「……リオだ」


 つぶやくように男が名乗る。


「すまんが、良く聞こえんのじゃが」

「……モリオだ」

「それで?」

「……」


 それ以上は喋る気はないようじゃの。

 名前だけでは、何者なのかさっぱり分からん。


「彼は傭兵組合から私が連れてきました」


 見かねて、傭兵組合のノゴリオ副代表が注釈した。


「最近、組合に加入したのですが、腕の良い斥候でしてね。物も良く知っているので、一緒に来てもらったんです」


 たかが入りたて斥候が、副代表に注目されとるのか。儂は傭兵の世界は分からんが、確かに妙な雰囲気を持っとる。


「さあ! それくらいで良いでしょう。ビトー氏への審問を始めましょう」


 最初に時間を掛けたのは誰か、もう忘れたのじゃろうか。ゾイデル審問官が話を戻した。


「そもそも、なんの審問なんじゃ? 反逆罪と言われても、身に覚えがないぞ」

「貴方は、聞かれた事だけを答えれば、良いのです」


 ゾイデルが、取り付く島もない様子で言い放つ。

 以後の会話は、ゾイデルが進めるようだ。各々の位の上下は良く分からんが、出来れば他の者に進めて欲しいのう。


「聞きたい事があるなら、呼び立てるんじゃなく、そっちから来るべきじゃないかの? 儂の罪も説明せずに無理矢理連行されては、開く口も開かんわ」


 再びゾイデルが物凄い形相で睨んでくるが、儂はどこ吹く風で、視線を流した。


「……貴方のその態度は、しっかり記録に残させていただきますよ」

「まあまあ」

「ノゴリオ副代表……」


 傭兵組合のノゴリオが、また助け舟を出した。


「ビトー氏も、納得出来ないままでは、態度を変えないでしょう。ご自身の立場を解っていただく為にも、しっかりとご説明をされたらどうですか?」


 なにが、ご自身の立場じゃ。儂はノゴリオも敵認定した。


「…………。そうですね、ご理解されれば、ビトー氏もこんな態度は取れないでしょうし」


 儂は、後ろめたい事はなんもないわ。


「ふん。聞いてやるから、話さんか」


 ゾイデルが、ノゴリオ副代表とメルカトル親衛隊長に確認するように視線を向ける。

 言い出したノゴリオはともかく、メルカトルからも反論はない。


「では、ビトー氏。これが貴方の犯した罪です」


 そう言って、ゾイデルは一枚の羊皮紙を取り出した。

毎週、日曜日に更新予定です。

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