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裏三話『私兵団』(一)

1,000PVを達成出来ました!記念の裏話です!少し長いので何日かに分割します。

 ゲイルは目の前の光景に圧倒されていた。

 世界を横に切り裂いたように、真一文字の綺麗な筋が通っている。隆々とした山脈が、世界を二分にしているのだ。


「ひゃあぁ! こりゃあ、すげえ絶景だな!」


 ゲイルは思わず感嘆の声を上げた。視線を遮るものが特に無いにも拘わらず、左右を見ても山脈がどこまで続いて続いているのか分からなかった。


「ビオルエン山脈は世界の境界と言われている。あそこの反対側になにがあるのか、未だに分かっていない」


 団長のオルグが後ろから解説する。


 ゲイル達はマイン領主が独自に編成した私兵団である。主に領の騎士団では対処出来ない案件に駆り出される。団員は十名程度しか居ないが、うち五名が今回の討伐に参加している。


 ここはマイン領から数ヶ月を要する、大陸の北端である。本当はまだ先に大陸があるのでは、と言われているが、この山脈を越えた事のある人間が居ないのだ。実質人間世界の最北端になる。

 王都からも距離があり、帝国との戦争の舞台になる事もまずない。

 この地では、人間同士が戦っている場合ではないからだ。最強の魔物と言われる、ドラゴンが居る。今回の討伐対象である。


 ゲイル達の目的地であるビオルエン山は、もう目の前に広がっている。だが、ここからでも麓に到着するまでは、まだまる一日は掛かるだろう。


「今日はどこまで進むんですかい」


 ゲイルはまだ疲れを感じていなかったが、昼を過ぎてから数刻が過ぎていた。野営の準備をする前に夜になってしまう事が心配だった。夜は魔物に襲われかねない危険な時間である。


「地図を見ていなかったのか? ここから数刻の所に村がある。今日はそこで宿を取る段取りだっただろうが」


 団長のオルグは、その巨漢に似合わない、軽やかな動きで進んでいく。足運びに無駄がない証拠である。ゲイルは、そんな男の圧を受け、若干怯んだ。


「ローミーン、そうなのか?」


 ゲイルは横を歩く、オルグと同じく長身の団員に助けを求めた。オルグと同じとは言っても、ひょろ長い為、威圧感は無い。

 ローミーンは鷹揚に頷き肯定した。しゃべる事が出来ないのだ。


「ゲイルぅ。打ち合わせ、全然聞いて無かったでしょ? 一人で帰れなくなっても知らないよ?」

「うるせえ。お前も寝てたじゃねえか、ミグロウ」


 矮躯の男がローミーンの足の隙間から、ゲイルに向かいにやけた顔を覗かせた。身体に似合わない長い腕を、引きずるようにして歩いている。


「僕は、最悪飛んで帰れば良いからねぇ」


 ミグロウは大蝙蝠の羽をその長い腕に仕込んでいる為、空を滑空出来る。鳥と間違えられて打ち落とされちまえ、とゲイルは小声で悪態を吐いた。


「……その辺にしておけ。どちらにしても暗くなる前に村に到着したい」


 オルグが足を早める。


「モリオ、周囲の状況は?」


 速度を上げながら、オルグが最後尾で静かに付いて来ている男に尋ねた。


「……特段ありません」


 モリオ、と呼ばれた男が応える。モリオはその聴力で、遠く離れた場所の危険も察知出来る。

 それを聞いてオルグはまっすぐに向き直った。


「よし。急ぐぞ」




 到着した村は、閑散とした小規模の集落であった。そもそも、人里を離れた人類最北の地に、集落がある事自体が不思議なくらいである。


「こんな所に宿なんてあるんですかい」


 とても旅人が来るような所ではない。ゲイルには、宿が経営出来ているとは思えなかった。


「……お前、本当に何も聞いていなかったな? 宿と言っても、マイン候の伝手で寝る場所を借りるだけだ。この村では来る度に世話になっている」

「この村はこんな場所にあるから、魔物の被害を受けやすいんだ。僕達は魔法の実戦実験の為に魔物と戦いたいし、村は守ってもらえるから、宿を提供することで協力してもらってるんだよ」


 オルグの呆れた声に続いて、ミグロウが補足する。


 私兵団はマイン候の研究の一環で、全員が魔物の特殊な器官を移植されている。

 魔物は人間にはない特殊能力を持っており、それは魔法と呼ばれる。魔法は魔物が持つ特殊器官によって発生されているという事は分かっている為、それを人間が使うことは出来ないか、という研究だ。

 ミグロウが空を飛べたり、モリオが人間離れした聴覚を持っているのは、魔法が使えるからである。


「俺が私兵団に入ってからは、初めてだな」

「数年に一回だからねぇ。ゲイルが入った頃にちょうど何人か来ていたよ」


 ゲイルが私兵団に入ったのは二年ほど前の事である。マイン候に見いだされて、半ば強引に加えられたのだが、ゲイルにとってそんなに居心地の悪い所では無かった。ゲイルはそう言われ、入団試験の時に何人かが居なかった事を思い出す。


「何年か毎にドラゴンに襲われてんのか? 良くも生き残って来たもんだ」


 ドラゴンとは最強の魔物という評判の怪物である。傭兵たちの間でも、伝説に類する魔物だ。出会えばほぼ全滅しいてた為、情報がほとんど入って来ないのだ。傭兵達の中では、その目で見た事があるだけで、英雄扱いであった。


「ドラゴンの目撃情報は今回が初めてだよ。まあ、だからこの編成なんだけどねぇ」


 今回の遠征では、私兵団でも取り分け戦闘力の高い面子で構成されている。魔法が使え一騎当千の戦力である私兵団でも、ドラゴンとまともに渡りあうには、それくらいの用心が必要と踏んだ。

 ドラゴンが魔物の範疇なのか、その議論は決着が付いていないが、とにかく危険度が最高だと言うことは間違いない。私兵団の選択は間違って居なかった。


「お前……、本当になにも聞いていなかったな」


 オルグが、冷静な彼には珍しく頭を抱えている。そうは言ってもゲイルは長く傭兵家業をしていた男である。命令に従って何でも遣らざるを得ない傭兵は、自分で考える事を放棄している人間が多い。




 村に到着すると、ゲイル達は歓迎を受けた。魔物の討伐は村では死活問題である。彼らへの待遇も自然と良くなった。

 危険と隣合わせの生活を続けるくらいであれば、村を捨てれば良いのではないか、と根無し草のゲイルなどは思うが、長く村に住んでいる人間にとっては、どんな場所でも、そこに住み続ける理由というものがある。この村人達に取っても、それはあった。

 ゲイル達は村の中央に案内され、ささやかな宴が催された。


「酒も肉もあるな! すげえな、出発してから一番のご馳走だ!」


 旅の間は携帯食だけであり、ゲイル達にはまともな食事は久し振りである。


「周りに集落が無いから、食糧の取り合いにはならないんだよねぇ。僕も数年振りだけど、このご飯が唯一の楽しみだよ」


 ミグロウも目を輝かせて、食事にありついている。

 他の団員は静かに飲み食いをしている。あまり会話の弾む面子ではない。だがゲイルも私兵団の雰囲気にはなれており、良く話すミグロウと会話しながら、食事に舌鼓を打った。


 程良く酒が回った頃、私兵団を探るような視線で見る子供が居る事にゲイルが気が付いた。村には宴会が出来るほどの大きさがある建物が無い為、村の中央広場で飲食をしていた。見ようと思えば、誰でも出来るだろう。


「なんだ? お前も喰うか?」


 ゲイルはその時手に持っていた焼き肉を、その子供に見せつけるように上げた。だが、子供はそんなゲイルを無視するように黙っている。目線の先には、オルグが居た。


「オルグ団長、知り合いか?」


 オルグは飲む手を止めて、子供を見遣る。


「いや、知らん。……坊主、なにか用か?」


 オルグが話し掛けるが、子供は一際強くオルグを睨みつけると、その場を去っていった。


「なんか、恨まれてんのか?」


 少なくとも好意的な感情のこもった目ではない。


「分からん……。恨まれるような事は、身に覚えがあり過ぎるからな」


 私兵団は戦いに身を置き続けている。人間相手の戦いは戦争への介入くらいだが、どこで恨みを買っているかは分からない。


「それもそうか。……まあ、飲みますかい」


 それ以上は子供の事を考えず、ゲイルは子供に渡そうとした肉の塊をかじると、酒を一気に煽った。


「明日は早い。程々にしておけよ」


 ドラゴン討伐は私兵団でも初めての試みである。どれほど激しい戦いになるか、誰も想像が出来なかった。ゲイルが傭兵時代も関わった事はない。

 依頼としては村が無事であればそれで良い。追い出すなりが出来ればそれで良いのだ。


 ゲイルは更に酒を煽り、目の前の食事を満足がいくまで堪能した。

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