美的感覚における、異世界間に聳え立つ大きな壁に関する記述
その日はゆっくりと眠り再び次の町へと徒歩で移動した。
移動途中、魔物や“昏き獣”をそこそこ倒し隣の町へ。
その間もずっと美湖の機嫌が悪い。
だからといって声もかけられずにいた俺だが、率先して戦闘に美湖が出たので俺の出番がまるでなかった。
そうやって移動していくとまたも街が見える。
初めの王城から次の街に移動するよりかは、近かったと思う。
そしてやってきたその町もまた、王城周辺に似た石造りの街だった。
そこを歩いて行くリリシアについて行きある宿までやってくる。
その宿は一見普通の宿に見えたが、リリシアがニコニコと笑う愛想のいい店主にあるカードを見せると、店主の表情が変わる。
「……お待ちしておりました。あちらからどうぞ」
そう言って、そのカウンターの奥にある扉を示す。
何だか胡散臭い展開になってきたなと思うとそこで、リリシアも含めて入り込んでいってしまう。
それを追いかけるように俺も中に入ると、そこは窓のない部屋だった。
ただ、魔法の白い明かりがともされているので、部屋自体は明るい。
その中央に色々な装備が揃っておいてある。
その装備を見て、猫耳娘のメイは目を輝かせて、
「こ、これは青玉のかけらををまぜて作った銀の胸当て。しかも弓矢も同じあの……」
次にシエラもそれを見て、
「私は剣は自分のものがあるのでいいがこの素晴らしい防具の数々……お金で買えるかどうかわからない優れた品物ばかり。こちらは美湖の分だな。そしてこれが、良太用の木刀か」
そう言ってシエラはその武器類を見てから、俺と美湖を手招きする。
それに俺が近寄ると、シエラはまず美湖に、
「この胸当てと、後は腰のあたりに……」
「あの、良太の分の防具は無いんですか?」
むっとしたような美湖に答えたのはリリシアだった。
「良太用の防具は別途で作らせているから、搬入が遅くなっているのよ。次の戦闘とあとは“勇者”の剣を手に入れてここに戻ってくる頃には送ってくれるよう、急いで作ってもらっているから安心しなさい」
「そうですか。でも今は良太用の防具がないのなら、一緒に行かないほうが……」
「それがね、その剣はある岩に刺さっているのだけれど、“勇者”じゃないと抜けないと言われているのよ。それでもしも良太が“勇者”だったら、良太にしか抜けないことになるの」
リリシアが困ったわねというかのように頬に手を当てて告げる。
それならば仕方がないと不満そうだが黙る美湖。
けれど反対に俺としては聞きたいことがある。
「俺、剣は使えませんよ?」
「そうなのよね。でも多分、その“勇者”の剣は使えないからシエラにでも渡しておきなさい。そうすればもしもの時になんとかなるかもしれないし、どのみち、良太の木刀のほうが強いだろうから」
「そんなのが分かるんですか?」
「ええ、こう見えても“魔王”だし」
さらっとリリシアは自分が“魔王”だという事実をばらした。
それにシエラとメイが固まっている。
そんな二人をよそに俺は、
「それで何で“勇者”の剣をわざわざ取りに行かないといけないのですか?」
「“勇者”の力が一番発揮されるのは、“聖女”がそばで力を増幅するからなの。そしてその“勇者”の剣が抜ければ多分、“勇者”だろうと特定できるから、そういった理由もあって底に行くことになっているの」
そういった話をしているとそこでシエラが、
「ま、魔王って、え? ……確かに事情に詳しいと思っていたが」
「それはそうよ。この世界で今一番強い子の世界の存在は私だから、駆りだされちゃって。折角自由気ままに色々なところを遊びに行っていたのに、困ったわ」
「……変に強い魔法使いがいると思ったら、そうだったのか」
「そうそう、これからもお友達でいてくれると嬉しいわ、シエラ」
「それは構わないが……魔王としての仕事は?」
「分身にやらせているから問題ないわ」
そうか、魔王って分身出来るのかと思っているとシエラが少し微妙な顔をしていたがそこで、猫耳娘のメイが、
「あ、あの、魔王様……」
「リリシアでいいわ。これまでどおりのほうが楽でいいもの」
「は、はい、あの、一つ疑問に思ったのですが……」
「何かしら?」
「その、“勇者”の剣が刺さった岩って沢山ありましたよね?」
「ええ。もしもの時のことを考えて、大量に偽物を作っておいたのよ。敵に気付かれないようにね」
どうやらこの世界には、“勇者”の伝説の剣が沢山あるらしい。
その中でも、今回行く場所は本物のようだ。
でもこういう凄い剣てこんな初めのほうで出てくるのかなと俺は思って、これはゲームじゃないんだと思い直した。
そこでリリシアはその武器と防具を指さして、
「早く装備して。すぐにその場所に移動するから」
と言われて装備する俺達。
けれどリリシアは特に準備はしていないようだったので試しに俺は、
「リリシアは準備しなくていいのか?」
「ええ、そこにあるものよりももっと貴重で軽い防具をつけているもの。そこは抜かりないわ」
そうリリシアは告げて、微笑んだのだった。
そして装備を揃えた俺達は、その“勇者”の剣が刺さっているという場所に向かった。
どこかの神話にありそうな設定に、俺は何だかなと思う。
どのみち俺の相棒はこの木刀だからと決まりきっているので、関係ないという部分もあるのかもしれない。
けれど、もしも俺が“勇者”だったならどうだろうと考えてみる。
いきなりモテモテ……はないだろう。
この木刀を使っての戦闘はあるだろうが、あった所で今までと同じだ。
せいぜい最前線にでないといけないくらいで、それは少しきついような気がする。
後は、“聖女”の力を借りて、何かをするらしい。
それはひょっとして、美湖との共同作業になるのだろうか。
「そう考えるとやる気が出てくるよな」
「……何がよ」
不機嫌そうな美湖の問かけに俺は慌てて誤魔化す。
「い、いや、美湖を守ったりできるかなって」
「……それよりも自分が怪我をシないか考えなさいよ。相変わらず良太は後先考えないんだから」
「美湖だって自分の身の安全くらい考えろよ。そういった意味では、美湖だって同じだろう!」
「何よ!」
「なんだよ!」
睨み合う俺達だが、そんな俺達にリリシアが、
「中がいいのはいいけれど、魔物も丁度倒し終わったし、それに目的地についたわよ」
そこで俺は、自分の目の前にある大きな洞窟と、“勇者”の剣が眠る洞窟という観光地にありそうな看板を見つけた。
その看板には、その昔、うんたらかんたらという伝説が短く纏められて書かれている。
この何処かで見たことがあるような雰囲気は何なんだろうと思いながらも俺は、リリシアたちと一緒に洞窟に入り込んでいく。
その洞窟には、白い球体の明かりがともされている。
電源がどこにも見当たらないことから、これも魔法なのだろう。
宙に浮かぶ球体の光を見ながら更に奥に進んでいくと、上の方に先ほどの大きい球体の明かりが灯っており、その下に岩に突き刺さった県が置かれている場所に出る。
演出、というか見た目がそれっぽくみえる。
実際にこの上の方の明かりは木漏れ日のように強さを変えて、剣についた赤い宝石が煌くようになっている。
これだけこった仕掛けがあるということは、もしかしたならここはあの町の結構重要な観光資源だったのかもしれない。
そんなどうでもいい事を考えていると、リリシアに急かされた。
「ほら、良太。早くあの剣を抜きなさい! もし抜けなかったらシエラに試させるから」
「そういえば“聖女”によって“勇者”は見つけられるらしいが、その見つけるって工程は踏んでいるのか?」
ふとわいた疑問を俺が聞いてみるとリリシアが、
「500年も前の話だから、詳しい記録が残っていないのよ。文章ばかり装飾して、その重要な部分はさらっと流しやがって……苦労して古い文を解読したらそうなっていたんだから、最悪よ」
リリシアが、何かを思い出したらしく握りこぶしをブルブル震わせる。
これ以上話すとリリシアの機嫌が更に悪くなりそうだったので、仕方がないので俺はその“勇者”の剣に触れる。
力を少し込めると、するりと剣は抜けた。
けれど俺の手からは逃れるように天井にぶち当たり、けれどすぐに重力に引かれるように地面に突き刺さり、そのまま、てんてんと跳ね跳んでシエラの側にまでやってきて止まる。
どうやらシエラにもらって欲しいらしい。
この世界の剣は好き嫌いが激しすぎて、いけないと俺は思う。
その点俺の世界の剣は持ち主をより好みしない。
早く元の世界に戻りたいなと、嬉しそうなシエラを見ながら俺は思った。
そしてその洞窟を出た所で、
「待っていたぞ」
笑っうような声がして、その場所にいたのは俺達の世界でも見覚えのある動物……そう、“馬”がいたのだった。
出口に立っていたのは、確かに“馬”だった。
かと言って俺の現実世界で見た馬は、イベントに連れて来られた馬か、TVに映しだされた馬くらいのものである。
ただその馬だが、こんな風に俺の二倍以上の身長で大きい物だっただろうかと思う。
全体の形としては、馬なのだ。
白馬と言うものや種類もあるが、俺の中のイメージに合うような茶色い肌にそれよりも濃いたてがみの生えた馬で、眼が赤い。
ただ俺の世界と違うのは、しゃべることだ。
しかも先ほどのカバのようにニヤニヤ笑っている。
そういえばこの馬だが、自分の名前をウマとか言い出したら嫌だな、と俺が思っていると、
「ようやく見つけたぞ。どうやってあのカバを倒したのかはしらないが、この私、ウマも同じように倒せると思うなよ!」
やはりそのような名前だったようだ。
俺はその安直な名前にうんざりしているとそこで、
「我らがドラゴン様の三王が一人、このウマがお前たちを蹴散らしてくれるわ」
そう高らかに宣言すると、そのウマが火を吐いた。
何故なのかは分からないが、その炎が俺達に迫り来る。
しかもここは洞窟、奥は行き止まりだ。
このまま炎を吐かれ続ければ、この洞窟内で蒸し焼きになってしまうかもしれない。
そう思っていると、そこでシエラが先ほどの“勇者”の剣を持ってそのウマに剣戟を加える。
「このっ!」
「随分と強力な力を感じるが、その前にこの炎で焼きつくして……何っ!」
そこで矢が何本もそのウマに向かって飛んできた方と思えば、矢の纏う氷が炎をすべてを包み込むように凍らせて消し去る。
離れた場所ではちょっとドヤ顔のメイがいて、その横でリリシアが、私の出番がなくなっちゃったというかのように顔に手を当てている。
そしてシエラがその手に入れたばかりの“勇者”の剣を振るう。
振るう瞬間、剣が金色の光が放出するかのように輝いてそのウマに攻撃を加える。
その剣は首のあたりに向かって薙ぐが、そのウマは嫌な予感を覚えたのか器用に増えるように足と首を曲げて避ける。
それにシエラは舌打ちするが、すぐに少しでも攻撃を加えようと剣を振り下ろす。
ウマはそれを魔法の防御壁のようなもので防御するが、数秒で大きな音を立てて壊れる。
けれどその攻撃を受けている僅かな間にウマはそこから退く。
同時に洞窟の入口に陣取っていたそのウマがいなくなったので、俺達は急いでその場から脱出した。
それにくづいたウマが再度突進を仕掛けてきたが、シエラの剣に撃退されそこでメイの弓が再び追い詰める。
それにウマが後ろに退くが、そこで美湖が杖を突き出し、
「目の前にありし悪夢を打ち払え、“フレア・トルネード”」
美湖の杖から一線に伸びた炎が、ウマを包み込むように燃え上がる。
空高く炎が飛び上がる炎が渦巻くようにして蠢き、その轟音は耳をふさぎたくなるくらいだった。
やがてその炎が収まった頃にはよれよれで、色々な場所が黒く焦げているウマが現れて呪うように、
「おのれ……許さない」
「お前が私達人間に今までしてきたことの報いだ」
シエラが一言告げて剣をふるう。
その一線でウマは絶命し黒い霧のようなものになって霧散していく。
どうやら俺の力がなくてもこの怪物達は余裕で倒せそうだな、リリシアもいるしと俺は思っているとそこで美湖が、
「シエラのその剣、強いね。でもこれで良太いなくても大丈夫ね!」
「おい、美湖……」
「だって良太は剣なんて握ったことのない素人じゃない! それが戦闘なんて死ににいくようなものよ!」
「……良い剣が手に入ったし俺が出なくてもいい状況が出来たのは良かったよ。戦闘には余裕があったほうがいいだろうし。……心配してくれてありがとうな」
「……分かってくれればいいのよ」
そう美湖が顔を赤くしている。
ただ現状ではこんなふうに上手く強力な力が使えるから、戦闘もそこまで大変にはないだろうと俺達はその時楽観していたのだった。
強い武器を手に入れた。
それは仲間のシエラという剣士、彼女の手に渡ったのだが、その力を持ってすればあの危険らしい“昏き獣”の三王だとか言う、大きさなどの差異はあるが俺達には身に覚えのある相手だった。
正確には動物園などで見たことがある動物だったというだけだが。
本当にあれは何なんだろうな、俺達がこの世界に飛ばれたことと何か関係があるのかといった内容を思考しているとそこで弓使いのメイが何かを思い出したかのように顔を蒼白にしてしっぽを震わせている。
なので俺は、
「どうしたんだメイ、もうあいつは倒しただろう?」
「い、いえ……あのカバといいウマといい、あんなおぞましい姿をした生物がいるなんて……とてもではありませんが信じられません」
「そうか? あれで喋らなくて魔法も使わなければ、草原を走っていたり水浴びをしていたらそれはそれで楽しい光景に思えるが」
「な、何を言っているんですか良太!」
ぎょっとしたようなメイ。
それに俺はそんなに半なこと入っていないだろうと思いながら、
「だってあれよりも小さくて、魔法を使わなくて喋らない生き物は、俺達の世界にもいるからな」
「……あ、あんな恐ろしい物がいっぱいいるってことですか!?」
メイが信じられないとでもいうかのように大きく目を見開く。
それに俺は慌てて、
「い、いや、俺達の世界でもそんなに周り歩いているというわけじゃなくて……」
「そ、そうなんですか。良かった……」
そんな安堵したようなメイに、俺はふと動物園の話をしたならどうなるんだろうと思って、
「動物園というものがあってだ」
「どうぶつえん?」
「以前戦ったカバとかそういった動物を柵で仕切った場所で、見に行く場所があるんだ」
「わざわざあれを見に行くんですか!?」
それを聞いてメイは信じられないといったように俺を見て、次にシエラに、
「シエラ、こんなの絶対、おかしいよね! あれ気持ち悪いよね! あんなものがこの世に存在しているのかってくらい!」
「……そうだな。なにか悪い夢でも見ているように感じる。正直、何が起こっているんだかさっぱりわからない。アレはどう見ても一目見るだけで精神が蝕まれるレベルだ」
シエラも俺のことを変なものでも見るかのように見る。
そんなに気持ち悪いかなと思っていると、今度はメイはリリシアに、
「リリシアもそう思うよね、アレって気持ち悪いよね?」
「もちろんよ! この私の美的センスに挑戦するかのようなあんなグロテスクなものをわざわざ見るなんて……それだったら、好みじゃない男の裸を見せつけられたほうがまだましだわ!」
「リリシア、男の人の裸、見たの?」
そのメイの問いかけにリリシアはふっと力のない笑みを浮かべて、
「以前、美味しいお店を聞いたからそこに行こうと気持ちよく歩いていたところ、物陰から一人の男が出てきて、そしてこう……ね。見せつけてきてね。ちょうど尾行していたらしい警察の方がすぐに回収していったけれど、その日は何を食べても味が分からなくなったわ」
「リリシア……ごめん。変なことを思い出させちゃったかも」
「いえ、いいわ。でもそうね、こんな気持ち悪い生物を愛でる感覚は私達には全くわからないわね。美湖もそうなのかしら」
リリシアが美湖に話を振る。
それに美湖はどう答えようか考える素振りを見せてから、
「……ええ、私は良太と同じような感覚だと思う」
「そう、異世界人の感覚ではそうなのね」
そこでリリシアは顎に手を当てて、考えこむように唇を人指し指で数回トントンと叩いてから、
「もしかしたなら、私達が見ているものと、良太や美湖が見ているものは違うかもしれないわね」
「「え?」」
不思議な事を言い出したリリシアに俺達は疑問符を浮かべる。
だって、何処からどう見てもあれは、俺達の世界でよく知っている動物にしか見えなかったから。
ただそれが俺達にとって見覚えのある姿なのは何故だろうと思っているとそこでリリシアが、
「これは仮説だけれど、もしかしたならその恐ろしい敵を躊躇なく倒せるようにそういった補正がかけられているのではないかしら」
「そうなのですか?」
「ええ、昔の文献で私達の女神様が、翻訳させると同時に強い戦士に慣れるよう加護を与えたと言われているの。そして、確かそれを与えられた選ばれし“勇者”は見える世界が違うとか」
「でもそれならば美湖はどうなるんだ?」
どうやら同じものを見ているらしい美湖と俺。
ならばどうして同じ風に見えるのかと思うと、
「“聖女”は特別な存在で正体不明の敵で心を痛めないようにと加護を与えたとなっているから、もしかしたなら、その“昏き獣”以外にも魔物ですらもそこまで恐ろしい物に見えていなかったかもしれないわね。魔族といえど魔物は見境なく襲ってくるから嫌な存在としか認知していなかったけれど、あなた達はどうかしら」
その問いかけに俺は、
「確かに魔物もそれほど恐ろしいものとは……」
その答えにリリシアは、
「なるほど、上手く出来ているわね。……まさか私達も絶世の美女に見えているとか!」
「見えますが」
「……もともとシエラもメイも美人にでモテモテなのよねぇ、私だって綺麗だと思うのに皆逃げやがって」
ボソリとリリシアが呟く。
どうやらこの三人の見かけは本物のようだ。
実は恐ろしい姿だったりしないよなと俺は思っていたが大丈夫らしい。
そんなことを考えている俺に、何故かむっとしたような美湖がやってきて、
「良太、そんなにメイやシエラやリリシアが魅力的なの?」
「いや、美人だし。でも美湖も美人で可愛いと思うよ」
「……取ってつけたように言われても、嬉しくない」
美湖はそう答えると同時に俺から逃げていく。
それを見て俺は、さっきは機嫌が治ったし今だって褒めたのに、と、何が美湖を怒らせたのかさっぱり分からなかったのだった。




