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王女殿下の婚約者

 自分に婚約者がいることを知ったのは、つい先日だった。

 リーナが隣国に嫁いでから、王は新しい王妃を娶るという。


 病に苦しんだ王妃を見捨てることなく最後まで献身的に愛情を注いだ父王だったが、いかんせん国内に世継ぎが王女1人というのは心もとない状況だ。ましてこの国では女性に王位継承権は認められていない。王はまだ壮年であり、まだまだ子どもを作れる歳である。健康な若い女性と再婚すれば、世継ぎを作ることも可能だろう。


 そのためには、リーナには早く伴侶をあてがわなければならない。


 お父様の言い分も、もちろんわかるんだけどね……。

 リーナは諦めのため息を吐いた。


 だけど、とリーナは悔しくなった。


 お母様が心を病んだ時に、犠牲になったのは幼い私。

 そして、お父様が新しい王妃を迎えるのに、やっぱり犠牲になるのは私。

 

 周囲に気を配る、出来た王だと称されているけど、その犠牲になるのはいつだって子どもの私なのよ。

 そう悪態をつきたくなった。


 そんな父にでも疎まれるのは嫌で、どうしても「いいえ」とは言えなかった。


「姫様、そろそろ隣国の王太子殿下がお見えになるころですよ」

 侍女のカーナに言われ、緊張で肩がびくりと震えた。

 

 その様子を見て、同室のソファに座って側近と話をしていた父王がリーナに声をかけた。

「リーナ。安心おし。隣国の王太子はなかなかに評判のいい方だよ。あの人なら、お前とお似合いの夫婦になるだろう」

 王はリーナに優しく語り掛ける。

 リーナはその中にいたわりのようなものが滲んでいるのを無視できるほど、子どもではなかった。

 でも、だからと言って素直に喜びの言葉を言うほど大人でもなかった。

 二つの気持ちがないまぜになったまま、笑顔が強張るのを感じていた。


 王太子殿下は国賓だから、王と王女が揃って出迎えることになっている。

「陛下、殿下、そろそろ……」

 声をかけられ、父王が立ち上がった。それにつられ、リーナも立ち上がる。

 二人は定刻通りに、王太子の出迎えに出ることになった。


 出迎えの広間に移動する間、リーナはずっと昨日のことを思い出していた。

 ……。

 昨日、あんなこと言わなきゃよかった。

 絶対気がつかれないと、政略結婚だなんてつい言ってしまった。

 もしも、今日、この場で会う人だとわかっていたなら、あんなこと言わなかったのに。

 エルダーは絶対気が付いている。リーナがディアテナ王女だと知られてしまったら、政略結婚の相手が隣国の王太子だということはすぐにわかるだろう。

 リーナは昨日のことを反芻して、やきもきしていた。




 到着した王太子の一行は、きらびやかで目にも眩しかった。聖騎士の騎士服に身を包み、白馬に乗っている。

 王太子の一行を見物に来た女性たちが、白馬に乗っている眩い王太子を見て、きゃあきゃあ黄色い声を挙げていた。

 

 ウソ……。

 

 王太子は正装をしている国王と、同じくドレスを身に纏っている王女を見て、ディアテナだとすぐに分かったのだろう。軽くウインクしてみせる。

 その手慣れた様子に、リーナは絶句した。


 王太子は年のころは22歳。隣国の社交界でも評判の王太子で、彼と結婚従っている有力貴族の娘は後を絶たないらしい。

 そんな王太子だからこそ、女の扱いにはなれているのだろう。自分の立場も、若い女性の喜ばせ方も、ちゃんと心得ているような男性だった。


 目の前に現れた王子様は、まるで物語の中の理想の王子様だった。

 昔、お母様が時折正気に戻った時に読んでくれた物語の王子様――金髪碧眼の美形。


 まだひどくなる前のお母様は私に「あなたは理想の王子様と結ばれるのですよ。お母様は、あなたの花嫁姿を見ることが生きがいなのよ」とふんわり微笑んでくれた。


 そうだ。あの時の物語の王子様のよう……。


 リーナがぼけっとしているうちに、王太子殿下はすっと国王の前に跪き最上礼をしていた。

 それからリーナに向き合うと、にっこりとほほ笑んでからひざを折ると、すっと左手の甲に口づけを落とした。

「あなたにお会いするのを楽しみにしておりました、ディアテナ王女殿下」

 王太子殿下の声はとても張りのある声で、高くも低くもなく、耳に心地よく響く。

 骨格がいいと、声まで美しいって聞くけどほんとなのね。とリーナはしみじみとした。


 本当に、物語の中から抜け出てきたような男の人……。

 

 リーナは王太子の顔を見上げた。

 

 理想の人――のはず。

 少し前の自分なら、この王太子の姿を見てときめいていたはず。


 それなのに、どうしてだろう。胸が高鳴らない。

 もちろん他国の王族に対峙するのは初めてだから、緊張はしている。――しているけど、それ以上ではなかった。


 国王が遠い地から訪れた王太子をねぎらう言葉をかけるのを緊張しながら聞いていたリーナは、ちらりと横にいるエルダーを盗み見た。


 黒髪に、黒い瞳の――がっちりした体つきに、日に焼けた浅黒い肌。

 キラキラするような大きな瞳ではないけど、切れ長の目が印象的だった。

 鼻筋が通ってるわけではないけど、バランスはとれている。

 

 そう、エルダーはぱっと見はそれほど美形ではないが、屈強な体格に少しいかつい顔立ちはその懐に入れば守ってもらえるという安心感がある。


 どう見比べても、エルダーは理想の王子さまじゃない。

 なのにどうしてエルダーのことばかりが気になるんだろう。


 違う。

 リーナはふと、昨夜カーナに言って聞かせた言葉を思い出した。

 

 本物の王子様は、黒髪に黒い瞳なのよ。


 あの時無邪気に言ったリーナは、確かにエルダーのことを言っていた。

 そうだわ。

 私、あの時にはもう――。


 思いつめているリーナを王太子は不思議そうな顔をして見つめていた。

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