異議あり!
一服終えたエルダーも広間に戻ると、宴もたけなわだった。
ダンスも一通り終わり、出席者は思い思いに歓談したり、踊り続けたりしている。
そんな中、頃合を見計らったように国王が立ち上がった。
「みなの者、今日は隣国の王太子殿下をお迎えし、両国の絆があい深まった。
我が国と隣国との末永い繁栄を祈り、同盟の印として我が国の王女ディアテナと、隣国の王太子殿下との婚約をここに発表する!」
少し酒も入っていただろう国王は、上機嫌で広間の隅々まで聞こえるような声でそう、高らかに宣言した。
リーナははっと国王の顔を見、王太子は満足そうに頷いている。
王の宣言の後、広間が一斉にどよめいた。
女性たちはがっかりしたような声を漏らし、貴族たちは高揚したような声を上げていた。
エルダーはその言葉に諦めを感じ取り、黙って聞いていた。
俺はそれでいいのか?
リーナはそれでいいのか?
視線をリーナに送ると、リーナはこちらを見ることをしないで、諦めたように俯いている。
おいおい仕事はどうした? と尋ねたくなるほど落胆した様子で、エルダーは胸が痛んだ。
「王女」
王宮の側近に王太子の隣に促され、リーナは一歩踏み出して足を止めた。
そして、一瞬だけ広間を見回す。
エルダーはリーナの視線を受けた。そのまま動けないリーナに、エルダーも固まったままだった。
どうしたい? リーナはどうしたい?
そして俺は、どうしたい?
無理なはずじゃないか。
今から婚約を破棄するわけにはいかない。
王太子だって乗り気になっている。
リーナだって、今はあんなこと言っているけど、隣国に行ったらきっと幸せになれるはずだ
俺はそれを喜ばなきゃいけないんじゃないか?
そう思えば思うほど、リーナの顔を見ていられなくなった。
あいつの娘だし。
俺はネーンドルフを放り出すわけにはいかない。
だけど……。
思い出したのは、リーナの言葉だった。
――だから、今日会えたのはすごく素敵な偶然なのよ。
彼女は確かにそう言って笑っていた。あの時は、楽しかったじゃないか。まだ離れたくないと思うほどに。
このまま別れてしまっていいのか?
――あなたのこと、もっと知りたくなるじゃない。
そうだ。自分だってそうだ。それってもう恋じゃないのか?
俺たちは、お互い気になっているんじゃないのか?
ああ――、くそ!!
もうやけくそ近い気持ちだった。
「――その婚約、異議あり!」
そう言って、手を挙げていた。
それまで祝いの言葉で賑わっていた広間が、突然しんと水を打ったように静かになり、皆の視線がエルダーに注がれた。
皆の視線はそりゃ、驚きの一色に染まっている。
エルダーはそれをものともせずに、広間をずんずんと人をかき分けて歩いていった。
エルダーがリーナの前に進むまで、そう時間はかからなかった。
リーナは自分の方へ向かってくるエルダーを見て、その顔をくしゃりと歪ませた。
「バカ……、遅い!」
そう言うと、リーナがエルダーの胸に飛び込んできた。
「お前、この期に及んで……」
呆れたように苦笑してみせると、リーナは泣いてエルダーにしがみついた。
その間、周囲は何が起こっているのかわからないようで、エルダーが進んでくるのを黙って眺めていた。
その一瞬の間のうちに、エルダーはリーナの手を繋ぐと、「走るぞ!」と笑った。
エルダーに腕を引かれるようにリーナも走り出す。
まるでお姫様とは思えないくらい、走りっぷりは軽快だ。あの高いヒールでよく走れるものだと感心してしまう位だった。
誰もがぽかんと口を開けて二人を見ている中、王太子だけが我に帰ったのか、
「誰か! ネーンドルフ伯を捕まえろ!!」
と、叫んでいた。
王太子の側に控えていた騎士たちに王太子が何かを言うのがエルダーには聞こえたが、立ち止まるわけにはいかなかった。リーナの手を取って駆けだすと、そのまま城外へ続く階段を駆け下りた。
騎士たちが怒声とともに追いかけてきて、エルダーが追い付かれないか振り返った時、目の前に黒い影が降ってきた。
両手に短剣を構え、二人と騎士たちの間に立ちはだかる。見覚えのある姿だった。
「お前、アンデロ!?」
エルダーがそう言うと、アンデロがなぜエルダーがアンデロのことを知っているのか不思議そうな顔をして少しだけ視線をこちらに寄越した。それでもすぐに正面に向き直ると、素早く飛び上がった。
「お嬢様がそうしたいというのなら、従いますよー。一応、僕の雇人なんでね、お嬢様は」
頭上で、そんな声が響いた。
アンデロを振り返っている暇もないエルダーの耳に、聞きなれない男たちの悲鳴が聞こえた