リーナの事情
キラキラと眩しいシャンデリアの光は、まるで昼間のように広間を照らし出している。
人々の談笑がそこかしこで聞こえ、隣国の王太子のための晩餐会はとても穏やかに進められていた。
国王と王女と王太子は席に座ったまま、音楽の流れるホールを眺めつつ、談笑している。
エルダーは領主だが、主催者ではないので他の参列者に交じって知り合いと会話を交わしていた。
「これは、ネーンドルフ辺境伯。お久しぶりですな」
話しかけてきたのは、年のころはエルダーと変わらないアッサム子爵だった。アッサム子爵は宮廷の中でも大臣を務め国の中枢に近い。
「ちょうど一年ぶりですかな? ネーンドルフ伯もたまには王都のタウンハウスへおいでになったらいかがですかな?」
人のよさそうな笑顔を浮かべ、アッサム子爵が言う。エルダーも微笑しながら、辺り障りのない返事をした。
「ところで、知っておりましたか? 伯は。
ダージリン公のご息女のこと」
耳打ちするように言われ、エルダーは「は?」と首を傾げる。
「王妃の喪が明けたら、陛下は新しい王妃を迎えるそうですよ。その新王妃がなんと、ダージリン公のご息女で、若干20だというそうですよ」
国王の相手なのだから、初婚でなければならない。まして、王妃になる家柄の令嬢を探すとなれば、それぐらいの年なのは仕方ないのだろう。
それにしても、ディアテナ王女とは2才しか変わらない。
「次はお世継ぎに恵まれればよいのですけどね」
アッサム子爵は他人事のように、高らかに笑って見せた。ありきたりの世間話だ。エルダーはそう思いつつ、結婚のことや子どものことが大きな問題となる王族というものが背負っているものを感じざるを得なかった。自分だってあたりまえのように結婚をせっつかれている。これが、一国を担う王ならばその比重は全く違うだろう。その中にリーナのことも組み込まれていることを思うと、心中複雑だった。
そういうことか。
王とその周辺貴族の思惑。そして同盟の証の結婚。
生まれながらにがんじがらめになっている王女の一服の清涼剤になれてりゃ、マシなんかな。と一人ごちてみるしか、出来なかった。
それからもエルダーはいろんな人に掴まっては世間話を繰り返した。
ホールではデビュタントの女性たちが国王に謁見してから、ダンスを踊り始めている。
そういや、リーナも今日がデビュタントじゃないか? と、エルダーは話の継ぎ目にリーナの方を見た。
すると、椅子にはリーナの姿はなく、その姿を探すうちに会場がどよめいた。
王太子とリーナがダンスを踊っていたのだ。
王太子がステップを踏むごとに、若い女性のうっとりとした悲鳴が聞こえる。ああ、とか、きゃあ、とか黄色い声だ。
そして、リーナが笑顔で王太子の顔を見るその微笑みに、周りの若い紳士たちがおお、と目を奪われていた。
なんて優雅な組み合わせだろうか。
プラチナブロンドがシャンデリアの光を浴びて、きらきらと光っているように見える。同じくリーナの金色の髪も、揺れるたびにキラキラ光る。髪だけではなく、頭上のティアラが光を反射して、全体が輝くようだった。
王太子もリーナも白い衣装で揃えており、まるで示し合わせたかのように対になっている。
王子もリーナのステップに合わせて、リーナに視線を合わせる。そのたびに嫉妬のような非難の混じった黄色い声が広間のそこかしこから上がり、王太子はそれにもこたえるように、会場をぐるりと微笑みながら見渡していた。リーナも王太子の顔を見ながら、会場に視線を移す。
そして、ふとエルダーの姿を見つけて、リーナの視線が固まった。
エルダーもリーナを見つめていた。安心したように小さく笑ってみせると、リーナがさっと顔を背けた。
先ほどまでとは打って変わって笑顔がなくなり、少し強張っている。
王太子がそんなリーナの様子に気がついて、何やら耳打ちする。するとリーナは小さく首を振り、また笑顔を作ってステップを踏み始めた。
まるで、人形みたいだな。
リーナを目で追うたびに、エルダーは感じていた。
昨日踊ったリーナは、もっと頬が赤くて、子どものように目を輝かせていたな。今日みたいに澄ました笑顔じゃなかったけど、あんな顔の方が、よっぽどリーナらしい。
エルダーはそう考えてから、苦笑した。
なんだかホールにいるのが嫌になってしまい、そっと一人で外に出る。風に当たる客のためにバルコニーに設置してあるテーブルセットにも飲み物が置いてあるはずだ。
シャンデリアが眩しすぎたから、外の闇は思いのほか暗く感じる。テーブルに置かれたキャンドルとバルコニーに設置してあるキャンドルがぼんやりとテーブルを浮かび上がらせていて、エルダーはまっすぐそちらに向かった。