Surprise・Birthday
時の移ろいは早い。俺は過ぎ去った日々を虚ろに思い出しながら、そんな事を思った。思った後に、何をセンチメンタルな事をと、肩を竦めて自嘲した。なにもかも、あれだ。初夏の雰囲気が悪い。どうもこの時期は清清しすぎるのだ、何もかもが。
突然響いた軽快な音に驚いて、その発信源が分かり、指定鞄から携帯電話を取り出した。画面を見れば、【新着メール(1)が届きました】の文字。誰からのメールかと、開いてみると、古い友人からだった。
【ハロー、あぁんど、HappyBirthday!! 今日また一つ年取っちゃったねー、ま、おめでとー^^きゃはっあ、そういえば、最近会ってないけど、日々の生活enjoyしてるー? つーことで、久々に積もる話もありそうでまた今度遊ぼーぜー、つれない返事してないでたまには誘いに乗れよなぁ。 じゃ、急いでるんで、用件のみでぇす♪】
俺はその文面を見て、あいつらしくて思わずふきだした。何故なら、残念ながら今日は俺の誕生日ではない。俺の誕生日は昨日だ。きっとこのメールの送信主であるあいつは本当に、今日が俺の誕生日だと思ったのだろう、この文面はわざとずらして今日送った様には見えない。なによりあいつは、そんなに器用な奴じゃないのを俺がよく知っている。
一日遅れのサプライズメールに、俺は返信する事をやめた。本当のことを言ったら、どんな返信が返って来るかわかったもんじゃない。むしろ、このまま勘違いさせておくのもいいかと思う。あいつが何かの拍子に気付いたとしても、きっと少しだけ怒りこそすれ、いつもの軽快な笑みで消えていくに決まっている。そういう奴だ。
とりあえず携帯を閉じて、俺は止まっていた足を目的地へと歩ませた。
ふと辺りを見回してみれば、ちらほらと人がいる。が、俺の様に携帯を見詰めて立ち竦んでいるような奴は、残念だが見受けられない。丁度何もない場所だし、と思うと先程までの自分が少し恥ずかしい。
ここの敷地は広い。一年前に踏み入れたときには驚いたし、何よりよく迷った。古風な雰囲気を持った建物たちが一様に並ぶ光景に、迷わないほうがおかしいと何度憤ったことか。今でこそそんな事はないのだが、新入生となれば仕方がなかろう。
寮からでて創立者の名前が付けられた中央ホールの横を通り過ぎて。俺の目的地は、その先の建物、三階の大扉の奥の部屋だ。
そこには恐らく、いつものメンバーが待っている。昨日は用事が立て続けに入っていて、顔を出していない。何も毎日毎日あの場所に顔を出す必要はないのだろうが、もう一年間で染み付いた癖みたいなものだ。なにも用がなくたって、何も事件がなくたって、暇だからとりあえずあの場所に居座る。居心地がいい、のだろう。
だがそんなあいつらが、俺の誕生日などを覚えているわけが無い。
大和や永田は、サプライズ好きだが、それなりに長い付き合いの中、過去一度もそのような催したこともなければ、された憶えも無い。きっと今後一切、少なくとも俺に向けてのそういったことは無いだろう。何故なら、俺がそういうのをあまり好まないからだ。あいつらはそれを知っている。
当日であったはずの昨日も、親は勿論、友人からはさっきのようなメールだけだった。親からはメールも電話もこない。むしろ来たら驚きだ。ほとんど絶縁状態の親父は勿論、そんなあいつに似た母親からの連絡もない。そんなもの、こっちから願い下げだ。
そんな事を鬱々と思っていたら、もう目的の建物に着いていた。ふと思い出して腕時計で時間を確認すると、呼び出し指定された時間より8分も遅れている。俺は急いで校舎内で中央階段と呼ばれる階段を、三段飛ばしで駆け上がった。三階まで辿り着けば、目の前には外観に合った古風な大扉。俺は躊躇わずにその扉を開けた。
「おっそーい!」
耳を突き刺したのは、言葉のとは裏腹に愉しそうな永田稔の声だった。
「悪い」
俺はとりあえず謝っておいて、部屋内を見回した。いつものメンバー四人が揃っていた。俺は応接用に設置されたであろうはずのソファに座って、俺らを集めた張本人を見た。
それこそただ見やっただけなのだが、
「怖いから、んな目すんなって!」
向かい側にある対の応接用ソファに座っている春風大和は、睨む俺に怒ったように言った。だが俺は睨んだ覚えが無いので、怒られるのも納得がいかなかったが、面倒だったので言及するのはやめた。
「で? 全員揃ったんだろ? 何で俺達はわざわざ召集されたんだよ。放っておけば、自然とここに集まるだろうが」
俺は誰として口を開かないメンバーの、代弁するように大和に言った。だがあいつは、俺のほうを見たまま、綺麗な弧に口を吊り上げただけだった。その口が、自然な形で音を発そうとしたとき、丁度被さるようにして声は発せられた。
「あ、……お誕生日でしたよね。……これ、大した物ではないのですが、どうぞ」
俺は声のした方を見て、驚いた。困ったようないつもの表情で、氷山白孤から花束を差し出される。色とりどりの花を差し出す彼女に、俺はどうしたものかと大和を見た。あいつは、何故かとても驚いた表情をしていた。だが見る見るうちにその表情は渋面に変わり、すぐに大きな声が響いた。
「あー! ビックリさせようと思ったのにっ! それじゃあフライングだよ!」
花を差し出していた彼女はビクッと体を震わせて、あいつを見た。俺は立ち上がって、そんな彼女から花束を奪うようにして受け取った。彼女は俺のそんな雑な動作にも反応して、怯えたようにこちらを見上げた。だがそんな事はどうでもいいのか、すぐにあいつに向き直って、珍しくどこか怒ったような声色で言った。
「ご、ごめんなさい……。で、でも、会長さん、私に教えてくれなかったじゃないですか……」
「そ、それは……、だってサプライズって言っても騙すのとかは否定されると思って……」
彼女の言及に、大和はまるで花がしぼむようにして声が徐々に小さくなっていく。
結局のところ、あいつらはサプライズを考えていたらしい。それを知らなかった彼女が壊してしまったと。それは、あいつが全員に伝えていなかった事が悪いんだろうな。俺はこの微妙な空気の中、いつになく強く居心地の悪さを感じていた。天性の才能を持つあいつがこういったことで失敗するのは珍しい。だが何で、よりによって俺が関係している時に失敗するんだよ。ああもう、この居心地の悪さ、何とかしてくれ。
「あー! もう! 知らない! ……とにかく、誕生日おめでとう!」
あいつが、やけくそに大声を出して、この場を収めようと俺に言った。俺は面食らって、反射的に頷いた。その時ボソッと俺の口から出たのは、“ありがとう”の言葉。誰かに聞こえたかは、わからないが。
「サプライズは失敗! せっかく考えたのにー、……まあ、仕方ない。はい、これプレゼント!」
大和はそういいながら、向こうの部屋から紙袋を持ってきて、俺に渡した。思ったより重い。俺がどう反応したものかと、逡巡していると、壁際で黙秘を続けていた荒芝坂奇跡が、俺に向かって小さな箱を投げた。
「気に入らんかもな」
俺は若干取り落としそうになりながらも、手に収まった箱を凝視した。丁寧だがシンプルにラッピングされたそれは、それほど重くない。中身が何かも気になるがまさか荒芝坂からプレゼントなんぞをもらう日がこようとは。驚きのほうが大きくて何も反応できずにいると
「はい、私からも!」
どん、と突然体当たりをされた。痛い、妙に強いのがまた、困る。後ろによろけながら、胸に押し付けられたのは骨壷くらいの四角い箱。本当に一瞬骨壷に見えて目を見張った。
「趣味がよくわかんないから、無難なのだけど」
そういって、永田は笑った。骨壷改めプレゼントを見て、俺は困った。こんな事をされたのは初めてで、一体どう反応するのが正しいのか、よく分からない。驚いて、喜ぶのが正しいのか、それとも何事もなかったかのように自然に振舞うべきか。俺はそんな単純なバカらしいことを考えて、やはりバカらしいと一蹴した。
「ありがと」
俺は改めて、メンバー四人を見た。応接用ソファに腰かけている大和は、悪戯成功の笑みを浮かべ、その隣では永田がとても楽しそうに笑う。その後ろで戸惑った様にしかし優しく微笑むのは花束をくれた氷山で、荒芝坂は未だに無言で壁際に佇んでいる。だがどこかその表情は、いつもより優しいのか。あいつに関してはよくわからないがとりあえずそう思っておこう。
「どういたしまして」
大和は、歯を見せてにかっと笑いながら、妙に改まった様子で返してきた。その表情と声色がちぐはぐでおかしくて、俺は思わず少しだけ、笑ってしまった。
「……それにしても、たいしたサプライズにならなかったなぁ。ちょっと残念」
大和が、そんな風に振り返るようにして言った。俺は手に持っている四つのプレゼントを目の前の応接用のローテーブルに置いて、改めてソファに座った。
誰もあいつの言葉に反応しない。俺は目の前のプレゼントを見ながら、両親から貰ったのはどのくらい前のことかと、昔の事を振り返ってみた。どうも思い出せない。最近は全く会わない、むしろ生きているのかと疑いたくなるような両親の存在、それすらもおぼろげだ。昔の事を思い出すのは苦手だ。とにかく、久しぶりの暖かさに俺は心が軽くなった気がした。
あいつが言葉を発してから部屋を包んだ少しの沈黙。解散と思ってか、みなそれぞれ行動を起こそうと動き出す。そんな光景を、丁度部屋の中心であるソファから見て、俺は大事な事をふと思い出した。
「俺の誕生日、昨日なんだけど」
Fin.