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銀の光につつまれて  作者: 新田 葉月
彼、彼女たちの事情
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第四十八話 情報収集

 

「忙しいのに呼び出してごめんね。キシ」

「いいえ。貴方のお願い以上に優先すべき用事はありませんから」 

 キシは仮面の下、にこりと笑う。


 手紙でお願いをするにはやや人の目に触れられては困るものだったから、キシにわざわざきてもらったのだ。

「ティーリア様のお願い事とは、ミラー伯爵を殺した犯人についてですか?」

「……うん」

 やはり、キシはティーリアの言うことなどお見通しだ。

 あの後、詳しい話を聞いた。イレーネの父は冤罪を掛けられて心労で自殺したのではなく、自殺に見せかけられ殺されてのだと。

 事情を少しは知っているラーラリアも側にいて表情を引き締めた。


「申し訳ありませんが、犯人の特定まではしていません」

 キシは出来ていない、ではなくしていないといった。つまり可能と言うことだ。

 期待の目を向けると、キシは申し訳なさげに細めた。

「これからして差し上げたいところですが、生憎時間がなくて……申し訳ありません。今、分かっていることだけなら」

「あっ、ううん。ごめんね。それでお願い」

 そうだ。そもそも、キシは忙しくてティーリアに会いに来ることができなかったのだ。なのに無理を言おうとしていた自分が恥ずかしい。

 キシが咳払いをする。ティーリアも意識を切り替えた。


「犯人は、フレンテラ派閥のものです」


 ズキリと胸が痛んだ。

 やはり。と思う。

 カロリナの派閥だ。そこから、犯人が出れば……たとえ、カロリナが関わっていなくとも、なんらかの処罰が下る。

 カロリナ・フレンテラ。彼女は利用されていただけの良い人なのに。


「落ち着いて下さい。フレンテラ家が関わっているかどうかは定かではありませんが、その可能性は低いです。それに、私は貴方の騎士だ。貴方が望むなら、フレンテラ家に害が無いようにいたしますから」

「……ありがとう」

 キシはいつだって、ティーリアの事を気にかけてくれる。


「犯人はフレンテラ派閥の、中枢の人物たちの家です。主犯に絞り込んだのは三家です。勿論、主犯ではなくとも関わっている人物も多いでしょうが」

 キシはさらさらと何処からか取り出した紙に主犯候補の名前を連ねていく。

「もっとも、王家もここまでは絞れている……というか、証拠は持っていないでしょうがここにカロリナ様のフレンテラ家とあと二家を含めた六家だとねらいは付けているでしょう」

 やはり、客観的に見てカロリナの家も入ってしまっている。

「ですが、ご安心下さい。これを」

 またいつの間にか手に持っていた厚めの書類をおいた。キシは時折こうやってどう考えても収納しきれそうにないものを出してくる。慣れていてもやはり驚く。


「これは?」

「フレンテラ侯爵の浮気の証拠です」


 しれっと言うキシにあやうく持っていたカップを落としそうになった。

「フレンテラ婦人が夫の行動を怪しんで浮気調査していたんです。その期間が、あの汚職事件と、ミラー伯爵がなくなった日も入っていますので、証拠としては十分でしょう」


 それは、なんというか……。


「浮気に助けられましたね」

 完全に冷め切った瞳でラーラリアが書類を見る。由緒正しき男爵家の出で、少々お嬢様気質のあるラーラリアには信じがたいことなのだろう。

 キシが軽く肩をすくめた。

「まぁ、これでフレンテラ家はそこまで甚大な被害を被ることはないですね。そもそも候補にあげられたのは浮気の際の不振な行動故ですし、動機がありませんから」

 そう、高位ながらどちらかというと新興貴族分類されるフレンテラ家は、古参でありながら新興貴族を迎え入れようとしていた革新派の筆頭ミラー伯爵が亡くなってしまうと不利な状況になる。恐らくキシが何もしなくともいずれ候補から外されていただろう。 

 分かっていてもやはりキシの口から聞くと安心する。これで、イレーネにカロリナと仲良くしないで欲しいなどとイレーネ自身も辛いだろう事を言わせないで済む。

 ティーリアはすこしだけ肩の力を抜いた。


「動機として一番強いのが、ドゥルデン、ラーマ、ディーンですね。王家がいれていれている二家も保守派の筆頭ですが、状況的に追いつめられているのはこの三家ですし」

 

 勢いの激しい新興貴族たちと違い建国当初からいる貴族たちは徐々に衰えていく。初代は優秀であったのだろうが、血に傲ったのだろう。 


「それで、この三家が有力っていう根拠は?」

「ええ。書類はありませんが。二人は精霊界の誓約は知っていますよね?」

 ティーリアとラーラリアは頷く。この精霊が多く集まるロードニス国では平民や孤児から、貴族までほぼ全ての人が精霊の誓約について学んでいる。


「その、一つ。明確な主のいない精霊は嘘をついてはいけないという誓約が重要となってくるんです」

 キシは一旦言葉をきった。そして、有力候補となっている三家の家紋を書いていく。

 古参の貴族たちの家紋は鳥の意匠となっている。


「ちょうど、ミラー伯爵が亡くなった日に近くで遊んでいた精霊たちがいたんです。そして、ミラー伯爵邸からこそこそと出て行く人物をみたそうなんです」


 ごくりと喉がなる。それはかなり有力な証拠だ。


「つまり、解決にはその精霊達を探せばいいの?」

 それなら、加護をたくさん持ったティーリアの出番だろう。意気込むが、キシに苦笑された。

「まぁ、そうだといえばそうなんですが……。既に精霊達のほぼ全ては見つけて話も聞いているのです」

「えっ」


 精霊は下位も合わせるとかなりの数となる。ロードニスは人口より精霊の数の方が多いと言われる程だ。見つけるのは相当困難だっただろう。キシはティーリアと違い、精霊の加護を持っているわけではない。

 しかも、キシは精霊を大量に集める性質なので、おおっぴらに活動できず、精霊除けの結界を張って行動しているはず……。相当難しかったはずだ。

 いつも彼には迷惑かけてしまう。

 

 しかし、今はそれを考えるときではない。頭を振って切り替える。


「特定は出来たのにどうしてみつからないの?」


 伯爵を殺すようなまねは金で雇っただけの殺し屋には頼めないだろう。自分の手の内のものを使ったはずだ。だから、ミラー伯爵邸から逃げたその人物を辿っていけば自ずと分かる。


「ええ。特定は出来ました。しかし、全員が成り立ての精霊でして。精霊語さえ満足に操れず……。それでもなんとか意志疎通に成功して、家紋をみせたんですが、それぞれが違った家紋を指し、三家選ばれてしまったんです」

「うーん」

 思わず唸った。流石に加護を規格外なほど持ったティーリアとしても手の打ちようがない。


「あの、黒の騎士はほぼ全ての精霊を、と言いましたが、全てと言わないということはまだいるのですか?」

「あっ」

 今まで黙っていたラーラリアが控えめな声でキシに聞いた。

 確かにそうだ。キシに期待の目を向けると、「流石シェルドさんですね」と静かに頷いた。


「ええ。そうなんです。その特定出来ていないものの中に主のいない、それも中位の精霊がいまして」


 中位ならばかなり話せることだろう。しかも、主がいないということは嘘がつけないということ。証拠としてこんな明確なものはなかなかない。


「ですが……行方不明なんですよ。精霊たちが集会を開き騒がしているように、ここ最近の精霊たちの動きはおかしいです。精霊による、精霊狩りが多発していて……もしかしたらその被害にあっている可能性があるんです」

 確かに今、ティーリアの周りにはほとんど精霊がついていない。集会を開いたり、違反した精霊を駆逐しているのだ。

 もし、その精霊が被害にあっているのだとしたら……犯人につながる重要な手がかりが消えてしまう。


「申し訳ありません。私もここまでが限界で」

「ううん。気にしないで」

 キシは忙しい時間の合間を縫ってあらゆる手を尽くしたのだろう。キシはいつだってティーリアの望む情報をくれた。

 キシが情報を見誤ることはない。そんなキシが手を尽くして探したのにも関わらずもう何ヶ月も見つかっていない。

 つまり、その精霊がまだ存在している可能性はかなり低いということ。それでも、


「わたしが……探す」


 大好きな友人の為。たとえ可能性が低くとも、賭けたい。

 キシの瞳が鈍く光り、ティーリアを見つめた。


「危険が伴いますよ」


 透き通るように青い瞳が問う、覚悟はあるのかと。

 ティーリアはしっかりとその青を見つめ返した。


「いいの。だから、その精霊の特徴を詳しく教えて」

 イレーネは優しくて、聡明で心の美しい素敵な友人だ。危険が伴っても、力になりたい。


「……そういうとは思っていました」

 長いため息をつかれた。ちらりとラーラリアを伺う。

「シェルドさんも良いのですか? 止めなくて」

「私はティーリア様の選択に従います。それに、黒の騎士が不承不承ながらも許可するのなら、大丈夫でしょう?」

「信頼されたものですね」

 呆れの混じるキシの言葉にラーラリアが笑顔で返す。

 キシはすっと顔を上げ、意図的に纏う雰囲気を張りつめたものに変えた。


「お教えいたします。精霊の名は、サキア。闇の中位精霊です」


「サキア……」

 キシはまたさらさらと紙にペンを走らせた。描いているのは文字や家紋ではなく人物画だ。迷いのない手つきは絵を描くのに慣れている事を表していた。

 ほんの短い間で描き終えたキシはティーリアに紙を差し出した。ほぼ完璧と言っても過言ではないキシの画力はやはり高い。


「サキアはこの容姿を好んで使っていたようです」


 描いてあるのは十代程度の少女の絵だった。精霊らしく美しい顔で、目はややつり目がちでぱっちりとしている。色は無いがメモの欄には、髪と瞳には紫と紺と書かれている。


(この子を、みつけなきゃ)

 もう、彼女を苦しませない為。


 ティーリアはそっと十字架の首飾りに触れた。


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