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銀の光につつまれて  作者: 新田 葉月
彼、彼女たちの事情
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第四十三話 対峙

戦闘描写があります。

 二人――正確には二体の精霊もいるのだが――で廊下を歩いている最中、カロリナが急に立ち止まった。

「あの、ティーリア、様」

 なぜか真っ赤になっているカロリナに何を言うのかと首を傾げて促す。


「わたくし、貴方を……。その、友人、だと思っていますわ」

 その言葉がよく飲み込めずぱちり、ぱちりと瞬きを落とした。


(あぁ。なんだ)


 ティーリアは力を抜いてふわりと微笑んだ。

「ええ。わたしもそのように」

「! そ、そうですの」

 カロリナは分かりやすく瞳を輝かせた。


「そうですの……。友人……ふふっ」 

(か、可愛い……!)

 友人という単語に無邪気に口元を緩ませるカロリナを抱きしめたい衝動に駆られた。

「あ、あの。ではティーリア、と呼んでもいいかしら?」

「ええ、勿論」


 カロリナは確かめるようにティーリア、と呟いた。

「ふ、不束者ですが、これからよろしくお願いしますわ!」

 その挨拶は結婚の時用だ。つい、笑みがこぼれる。

「こちらこそ。またハーブのお話聞かせて下さいね」

 楽しかったし、勉強になる時間だった。

「ええ! あ、良かったら庭の散策に行きません?」

「良いですね。そういえばわたし、後宮の庭の一角にハーブ園があるの発見したんです」

「まぁ、見たいわ! 案内して下さる?」

「はい」


 つい一週間前まではカロリナとこんな関係を築けるとは思っていなかった。とても嬉しい。


 ティーリアとカロリナは庭に降り立った。

 程よく日差しが照っている。イオとサーラ、そして、近くにいた下位の精霊にもお願いして日傘を二人分持ってきてもらう。もうカロリナはあの日の時点でティーリアが精霊遣いだと知っているのに、驚いていた。精霊術をよく見たことが無かったのだという。確かに厨房等に出入りしなければあまりみないものだ。


「こちらです」


 折角だからと、カロリナはティーリアの渡したカツラにつけ替えている。やはり前にカロリナが使っていた物より各段に質がいいものなので日差しの中でも違和感は全くと言って良いほど無かった。


 良い天気だからか、数人の令嬢達も見える。ちらちらとこちらを伺ってきた。ティーリアと、カロリナという組み合わせが珍しいのか、侍女がいないのが珍しいのか。恐らく両方だろう。


「あら、ヒルデですわ」


 目的の花壇に向かう方向に知り合いが居たらしくカロリナが声をあげた。

(ヒルデ様……って確かヒルデ・チェーダ様よね)

 チェーダー子爵家は古参貴族で保守派だからカロリナのフレンテラ派閥の者なのだろう。新興貴族のダウス家とは敵対しているといっても過言ではない。

 そんなヒルデがティーリアとカロリナの組み合わせをみてどう出るのか。

 周りの令嬢達もこっそりと様子を伺っているのが分かる。

 

 カロリナの声によって気がついたヒルデが目を見開いて驚きを露わにしている。

「カロリナ様っ、どうして……!」

 信じられないというようにわなわなと震えこちらに向かってきた。


 ―――違う。

 そんな確信がストンと胸に落ちた。

 この驚き方は……違う。カロリナとティーリアが二人でいるのに驚いているわけではない。

 ゾワリと、背筋に冷たいものが走る。


『ひめさ!』


 イオが回らない舌で姫様! と警戒の声をあげる。

 淑女としてはよろしくないほど勢いよく向かってくるヒルデ。手元で日の光を浴び、何かが光った。―――短剣だ。

 考える前に体は動く。


「カロリナ様!」

「きゃあ!」


 ヒルデから避ける様にカロリナを突き飛ばした。カロリナを庇った事でティーリアの銀髪が刃先にかすり、舞う。


 素早く態勢を立て直し、カロリナの前に立つ。

「何を!」

「ああ、どうして?」

 どこか虚ろな瞳でそう呟くヒルデを睨みつける。だが、ヒルデの虚ろな瞳はティーリアを通り越し、背後のカロリナを映していた。


「カロリナ様、髪。どうして? 私が( • • )切った( • • • )はずなのに。どうして? なぜ、また戻って( • • • )いますの?」

「ぁ、貴方が!?」


 疑問の声をあげたのはカロリナだ。ヒルデは、あまりにも質の良いかつらにカロリナの髪が戻ったのだと勘違いしている。

 危険だと頭の片隅で痛いほどに警鐘が鳴り響く。


「騎士を呼んで!」 


 ティーリアが叫ぶとようやく侍女が走り始めた。ヒルデの背後に居たので、きっと彼女付きの侍女だろう。侍女さえもヒルデの狂気に気がつかなかったらしい。 


 ヒルデは持っている短剣を弄んで、顔をしかめた。ティーリアの銀髪がついていた。それを穢らわしいとでも言いたげに振り払う。


「おお! 銀髪なんて……。お前の髪はいりませんわ。私が欲しいのはカロリナ様の髪」

「貴方が、最近、王都に出没している連続髪切り魔だったんですね」

「そうですわ」


 この大陸では女性は髪をとても大切にする。髪は女性の象徴なのだ。それなのに、同じ女性なのに、彼女は何人もの髪を切った。

 悪びれのない様子に怒りが込み上げる。近くにいたなら分かったはずだ。カロリナがどれだけ苦しんだのか。


「ねぇ、退いて頂戴? 大丈夫。殺しはしませんから」


 狂気を乗せた笑みをヒルデは浮かべる。背後にかばったカロリナが大きく震えた。ぎりっとさらに睨みつける。

「それで、退くとでも?」

「退かないなら―――殺すまでですわ」


 一歩、ヒルデが近づく。


『姫様!』

「大丈夫」

 ティーリアの危機に駆けつけたのか、加護を貰った他の精霊達も現れた。しかし、そのどれもに大丈夫、とティーリアは言う。

 どちらにせよ人の目があるここでは精霊術は使えない。


 すっと袖に隠した短剣を手に落とす。近寄るヒルデと対峙した。スカートに隠した細剣レイピアもあるが相手の獲物が短剣なので、こちらの方がいいだろう。


「野蛮な。流石新興貴族ねぇ」

 ティーリアが短剣を構えても、ヒルデは己に優位があるというようにティーリアを嘲笑う。 

 確かに、ヒルデは沢山の髪を切ってきた事で少し剣の扱いに覚えがあるのだろう。それに、一方は殺す為に振るう。客観的に見てもティーリアがかなり不利だった。


「ティーリアっ逃げて、わたくしはいいから!」

 カロリナも焦った声をあげた。怖いのは狙われている彼女だろうに、ティーリアの心配をしてくれる。やはりカロリナは良い人だ。


「死に、なさい!」


 ヒルデが勢いよく剣を振る。躊躇いの一切ない動きは普通の令嬢なら一発で殺されてしまっていた。

 ―――だが、ティーリアはその「普通」の括りには入らない。

 ふっと短く息を吐き、剣の軌道を見据える。


 ――キィン!


 金属同士の高い音が響く。

「っな」

 迫り来る短剣を勢いを削がせながら受け――受け止められるとは思っていなかったのだろう――バランスを崩したヒルデの脇腹を剣の柄で思いっきり殴る。

「っぐぅう」

 ヒルデが痛みに声をあげた。

 だが、ティーリアは容赦なく足を払い、地面に押し倒した。手から離れた短剣を素早く蹴って、遠くにやる。油断せず短剣を首もとに添えた。


「動かないで」


 戦闘時間は一分にも満たなかった。ティーリアの圧勝だ。


 身分こそ隠しているもののティーリアは剣と魔に長けたファンレーチェの者だ。少し剣をかじっただけの素人に後れなど取るはずがない。


「離しなさいっ! 無礼な!」

「無礼なのはどっちですか」

 自分は侯爵令嬢であるカロリナに、剣を向けたくせによく言う。怒りを通り越して呆れてしまう。

「卑怯者っ!」

「動かないで下さいと言ったはずです」

 動かせないように押さえ込んでいるが、頭は流石に動く。首に突きつけた短剣が当たりそうになったので、咄嗟に手で頭を押さえる。

(……あれ?)

 手のひらに伝わる髪の感覚に違和感を感じた。


(本物の髪じゃない。もしかしてヒルデ様も―――、)


 そこまで考えた時、ちりりと首筋に何かが走った。

『姫様!』

「っ!」

 咄嗟にヒルデの上から飛び退く。距離を取るように転がって、振り下ろされた剣を避ける。連撃は短剣で受け止めた。

(―――っ重い)

 ヒルデは片手で受け止められたが、この剣は両手で受け止めても勢いを殺しきれず腕が痺れた。

 受け流し、素早く下がって、スカートに隠した細剣レイピアに手を伸ばしかけた、


「……え」


 そこで、初めて襲撃者の顔を見た。

 日の光に透け金髪にも見える色素の薄い茶の髪。真っ先に目がいくのは表情の読みにくい濃い緑の瞳。端正な顔立ちと爵位を表す紋章の制服。フィルラインだ。 


「フィ、」

「ロールデン様っ! 違います! 襲いかかってきたのはそこのヒルデです!」


 フィルライン様、と呟こうとした声はカロリナの悲鳴に近い叫びで打ち消された。

(あ、危ない……。わたし(ティーリア)はフィルライン様とは呼ばないのに)

 フィルライン様、と。そう呼ぶのはティーリアではなくティリーなのだ。

 カロリナが叫ばなければ口を滑らせるところだった。

 安堵に胸を撫で下ろす。


 続いて沸いてきた何故ティーリアに剣がおろされたのか、という疑問はカロリナの叫び声ですぐに理解した。あの状況ではどうみてもティーリアの方が襲撃者にみえる。恐らく、伝令に行った侍女がヒルデ様が……としか伝えなかったのだろう。これでは被害者なのか加害者なのか分からない。


「すまない。怪我は?」


 剣をしまったフィルラインが頭を下げる。

「いいえ。大丈夫ですわ」

 本当はフィルラインの重い剣を受け止めた腕が痺れるが、精霊達が恐ろしい形相で睨みをきかせているので言えない。


 ほっとした様に――相変わらず表情には出ていないが――頷き、フィルラインはなれた動作で短剣を拾おうとしていたヒルデを捕縛した。

 それを横目で確認して、ティーリアも漸く短剣をしまった。ほっと息を吐く。実は内心ひやりとしていた。

 後宮に来てからあまり訓練していなかったので、腕が鈍っていてしまったようだ。

(今度精霊達に訓練に付き合ってもらおう)

 ティーリアは自分を、誰かを守れる術を身に付けなくてはいけないのだから。

 

「ティーリアぁ!」

「わっ」

 カロリナが飛びついてきた。受け止めきれず倒れ込む。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ! わたくしのせいで! 怪我はない? ああ、どうしてわたくしなんかを庇うのよぉ……」

「あっ、だ、大丈夫ですから、泣かないで下さい。カロリナ様」

 覆い被さられたティーリアの頬にカロリナの涙が落ちてくる。

「貴方が、怪我をしてしまうと……怖かったんですから……!」

「大丈夫です。わたし防護の魔道具もありますから万が一でも怪我はしませんでした」

 倒れた体勢のまま、落ち着かせるようにぽんぽんとカロリナの背を叩く。


「それに、カロリナ様を助けられて良かったです」

 今でこそ、望んで剣をとるが、幼い頃は嫌々していた剣術。心の底から習っていて良かったと思う。


 にこっと笑いかけるとカロリナの金色の瞳からさらに涙が溢れ出す。


「……馬鹿、馬鹿ですわ、あなた」

 ティーリアの首筋に顔を埋めるようにしてカロリナがこぼす。ティーリアは笑って同意した。



※ ※


「事情聴取を行いたいんだが……」


 カロリナが静かになるとフィルラインが声をかけてきた。ティーリアは慎重に身を起こした。

(……えっと)

「申し訳ありません。ロールデン様。カロリナ様、眠ってしまわれたようで……、わたしだけでも構いませんか?」

 二回も泣いて疲れてしまったのだろう。すうすうと寝息をたててカロリナは眠ってしまっていた。


「いや、二人一緒の方がいいだろう。明日で構わない」

「お気遣い感謝いたします」

「ああ。それと勘違いして本当にすまなかった」

『本当ですわ!』

(落ち着いて。気づかれちゃうよ)

 精霊達がいきり立ったので諫める。

「気にしていません。タイミングが悪かったですもの」

 フィルラインの変わらない表情。だが、その瞳の奥に後悔が窺える。


「では、部屋まで送ろう。立てるか」

「……いえ。ちょっと」


 カロリナが上にのしかかって眠ってしまっているのでやや厳しい。ティーリアは苦笑をこぼした。

 ファンレーチェとして剣の腕は鍛えているが腕力はそれほどないのだ。

「そうか」

 つぶやくと、フィルラインは腰を落とした。

(……?)

 何がしたいのか、首を傾げるとフィルラインが片手でカロリナを抱き上げる。眠っているカロリナは抵抗もみせず抱えられた。

 そこまでは良かった。


「へっ!?」


 しかし、何故かフィルラインは続いてティーリアも抱き上げた。

「お、おろして下さい!」

「立てないのではないのか?」

 フィルラインは不思議そうに首を傾げた。ティーリアの顔は羞恥で真っ赤だ。


「立てます! カロリナ様が居たから立てなかっただけです!」

「そうか。だが、この体勢では少しおろしにくい。足台があるところまで我慢してくれ」


 確かに右腕にカロリナ、左腕にティーリアでは少しバランスを崩しただけでも倒れかねない。だからティーリアも悲鳴はあげこそしたものの、暴れてはいないのだ。分かっているがかなり恥ずかしい。


(……ご、拷問だわ)


 寝ているカロリナが心底羨ましかった。


やっと、やっと……! 戦闘描写が出せました!(泣)

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